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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

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第164話 次はいつ行く?

数日後。


 朝。


「蓮」


「……?」


 美月の声に、蓮が顔を上げる。美月は出かける準備をしていた。


「今日、ギルド行ってくるね」


「……ギルド」


「うん」


 美月は鞄を持ちながら続ける。


「次の依頼、そろそろ見に行こうかなって」


「…………」


「お昼過ぎには帰ってくると思う」


「……うん」


「もし遅くなるようなら連絡するね」


「…………」


 蓮は少しだけ止まった。


 以前なら、ここでどこに行くのか、何時に帰るのか聞いていた。けれど今日は、美月の方から全部先に伝えてくれた。


「…………」


「じゃあ、行ってくるね」


 美月が玄関へ向かう。


「……うん」


 いつもなら、それだけだった。けれど蓮は少しだけ考える。


「…………」


「美月」


「ん?」


「……いってらっしゃい」


「…………」


 美月が少しだけ目を見開く。それから、柔らかく笑った。


「うん」


「いってきます」


 玄関の扉が閉まる。


「…………」


 蓮はしばらく、その扉を見ていた。


 どこに行くのか分かっている。何時頃に帰ってくるのかも分かっている。遅くなれば、連絡が来る。


「…………」


 それだけで、前より少しだけ落ち着いていた。


      ◆


 昼を過ぎて、しばらくした頃。


「ただいま」


 玄関から美月の声がした。


「…………」


 蓮がすぐに顔を上げる。


「……おかえり」


「うん。ただいま」


 美月は靴を脱ぎながら笑った。


「ちゃんと言ったでしょ?」


「……うん」


「帰ってきた」


「…………」


 蓮は少しだけ頷く。


「……帰ってきた」


 それを聞いて、美月は何も言わず、少しだけ笑った。


      ◆


 午後。


 玲奈とひなたも、美月の家へやってきた。


「お邪魔しまーす」


「お邪魔します」


「……いらっしゃい」


 蓮が答える。


 玲奈が靴を脱ぎながら、蓮を見る。


「お」


「……?」


「今、ちゃんといらっしゃいって言った」


「…………」


「玲奈」


 美月が少し笑う。


「いちいちチェックしないの」


「いや、前なら『……うん』とかだったじゃん」


「……そう?」


「そう」


 蓮が少し考える。


「…………」


「……いらっしゃい」


「二回目はいらないって」


 ひなたが小さく笑った。


      ◆


「それで」


 四人がリビングに集まる。


「いくつか良さそうなのあったよ」


 美月がスマートフォンを取り出す。


「依頼書?」


「写真撮ってきた」


「……写真」


「うん」


 美月が画面を開く。ギルドで気になった依頼票を何枚か撮影してきたらしい。


「依頼そのものは持って帰れないからね」


「……他の人、見れなくなる」


「そういうこと」


 美月がテーブルの中央にスマートフォンを置く。


「候補は三つ」


 画面を一枚ずつ切り替えていく。


「まずこれ」


 Bランク。指定魔物討伐。管理ダンジョン内に出現している、指定個体の討伐。


「次」


 Bランク。魔石と指定素材の回収。


「最後が」


 Aランク。管理ダンジョンの巡回調査。


 玲奈が画面を見る。


「Aランクでもいいんじゃない?」


「私は大丈夫だけど」


 美月がひなたを見る。


「ひなたは?」


「私も大丈夫です」


「…………」


 美月が最後に蓮を見る。


「蓮はどうしたい?」


「…………」


 蓮が画面を見る。


 三つ。どれでも自分一人なら問題はない。


「……なんでも」


 そこまで言って、止まった。


「…………」


 三人は何も言わない。


 蓮は少しだけ、この前のことを思い出す。


 本当は、もう少し思っていることがあるなら、途中で諦めなくていい。


「…………」


 もう一度、三枚の写真を見る。


「……これ」


「どれ?」


 美月が画面を見る。


「Bランクの討伐?」


「……うん」


 玲奈が少し意外そうに蓮を見る。


「Aランクじゃなくていいの?」


「……うん」


「なんで?」


「…………」


 蓮が止まる。すぐには言葉が出てこない。でも今度は、三人とも待っていた。


      ◆


「前」


 蓮がゆっくり口を開く。


「……白樹の迷宮で」


「うん」


 美月が頷く。


「みんなに合わせて」


「…………」


「戦った」


「うん」


「…………」


 少し考える。


「もう一回」


「……?」


「……やってみたい」


 玲奈の表情が少しだけ変わる。


「パーティーで?」


「……うん」


 蓮はもう一度、依頼票の写真を見る。


「この依頼なら」


「うん」


「……四人で」


 少し止まる。


「戦えそうだから」


「…………」


 三人が蓮を見る。


「だから」


 蓮が少しだけ言葉を足す。


「……これがいい」


 玲奈が一瞬黙った。それから、口元を緩める。


「めちゃくちゃ分かりやすかったじゃん」


「……そう?」


「うん」


 美月も笑って頷く。


「蓮がどうしたいのか、ちゃんと分かった」


「…………」


 蓮は少し考える。


「……伝わった?」


「伝わったよ」


「…………」


 小さく頷く。


「……じゃあ」


 画面を見る。


「これ」


「決まりだね」


      ◆


 美月が依頼内容をもう一度確認する。


「指定魔物の討伐だから」


「うん」


「前みたいに二十階層全部巡回する依頼じゃない」


「……うん」


「対象を見つけて討伐」


「…………」


「討伐後に証明になる素材と魔石を持ち帰る」


「……分かった」


「それと」


 美月が蓮を見る。


「今回は」


「……?」


「できるだけ最初から四人で戦う」


「…………」


「蓮が一人で終わらせない」


「……うん」


 玲奈がすぐに入る。


「そこ重要」


「……分かってる」


「ほんとに?」


「…………」


「玲奈」


「だって蓮だよ?」


「……俺?」


「蓮だよ」


「…………」


 ひなたが小さく笑う。


「でも前回は、ちゃんと待ってくれましたよ」


「そうだけどさ」


 玲奈が蓮を見る。


「今回もお願いね」


「…………」


 蓮は少し考えて。


「……四人でやる」


「うん」


「俺も」


 さらに少しだけ続ける。


「……その方がいい」


 美月が小さく笑った。


      ◆


「日程は?」


 玲奈が聞く。


「三日後なら全員空いてる」


「私は大丈夫」


「私もです」


 美月が蓮を見る。


「蓮は?」


「……俺も」


 そこで、いつものように終わりかける。


「…………」


 蓮は少しだけ考える。


「……行きたい」


「…………」


 玲奈が笑う。


「おお」


「……何?」


「いや」


 玲奈が少しだけ楽しそうに。


「ちゃんと言ったなって」


「…………」


「前なら」


 少し真似をする。


「『……うん』」


「…………」


「だけだったでしょ」


「……そうかも」


「成長してるじゃん」


「…………」


「蓮さん」


 ひなたも柔らかく笑う。


「ちゃんと伝わってますよ」


「……うん」


 蓮は少しだけ、安心したように頷いた。


      ◆


「あ」


 玲奈が何かを思い出す。


「そうだ」


「……?」


「依頼終わったら」


 蓮を見る。


「焼肉ね」


「…………」


 蓮が少しだけ目を見開いた。


「……覚えてた?」


「そりゃ覚えてるでしょ」


「この前」


「……うん」


「四人で行きたいって言ったじゃん」


 ひなたも笑いながら頷く。


「私も覚えてます」


「…………」


 蓮は三人を見る。


 自分が言ったこと。自分がしたいと言ったこと。それを三人が覚えている。


「…………」


 ダンジョンではなかった。誰かに何かを伝えることも、その言葉を覚えていてもらうことも。


「…………」


「蓮?」


 美月が声をかける。


「……ううん」


「どうした?」


「…………」


 少し考える。


「焼肉」


「うん」


「……楽しみ」


「…………」


 美月が僅かに目を見開いた。


「楽しみ?」


「……うん」


「まだ行ってないのに?」


「…………」


 蓮が少し考える。


「行きたいって」


「うん」


「思ってる」


「…………」


「四人で」


 少しだけ言葉を続ける。


「食べるの」


「……うん」


「楽しみだと思う」


 美月の表情が柔らかくなる。


「そっか」


「……うん」


 玲奈が嬉しそうに笑う。


「じゃあ絶対行こう」


「……うん」


 今度のその返事は、それだけでも十分だった。


      ◆


 同じ頃。


 冒険者ギルド。支部長室。


「支部長」


「なんだ」


 職員が厚い書類の束を机の上へ置く。


「また海外からです」


「…………」


 支部長が目元を押さえる。


「今度は?」


「アメリカ支部」


「…………」


「フランス支部」


「…………」


「ドイツ支部です」


 さらに職員が別の書類を出す。


「他にも、研究機関と報道機関から」


「内容は?」


「黒瀬蓮本人への取材依頼」


「…………」


「面会希望」


「…………」


「それから、各国ギルドからも問い合わせが来ています」


 支部長が小さく息を吐く。


「本人の許可なく、こちらから個人情報は出すな」


「はい」


「住所も連絡先もだ」


「承知しています」


「《アストラ》を通して接触しようとするところもあるだろう」


「すでに何件か」


「…………」


 支部長の眉間に皺が寄る。


「そっちも勝手に繋ぐな」


「はい」


 Unknown。


 七年間、世界ランキング一位に名前だけが存在していた正体不明の冒険者。その正体が、日本の黒瀬蓮だと判明した。


 世界に知られているのは、まだ決して多くない。


 黒瀬蓮という名前。日本人であること。《アストラ》に所属していること。そして、長年世界ランキング一位だったUnknown本人だということ。


 それだけでも十分だった。世界中の人間が彼を知ろうとするには。


「まだあるのか?」


「……一件」


 職員の声が少しだけ変わった。


「これは」


 支部長が顔を上げる。


「問い合わせではありません」


「何?」


「来日の連絡です」


「…………」


 職員が一枚の書類を支部長の前へ置く。


 支部長がそこに書かれた名前を見る。


「…………」


 その表情が変わった。


「本人が来るのか?」


「はい」


「目的は?」


「黒瀬蓮に」


 職員が静かに答える。


「会いたい、と」


「…………」


 支部長はしばらく、その書類を見つめていた。


 世界ランキング一位、黒瀬蓮。その存在が公になったことで、これまで遠い国にいた者たちまで動き始めている。


 その頃、本人はそんなことなど知らず、次の依頼と四人で食べる焼肉を楽しみにしていた。


 蓮の知らないところで、世界は確実に動き始めていた。

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