第162話 家族みたいなもの②
すいません。
ちょっと聞きたいのですが、今まで通り①web小説的な書き方で改行多め
改行を減らして地の文をつなぎ、会話と心理描写を自然にまとめる②
どちらの方が読みやすかったですか?
アイスを食べ終えてから、しばらくが経った。
さっきまで蓮の感情について話していた四人も、今は少しだけいつもの空気に戻っている。
玲奈は空になったカップを眺めていたが、ふと思い出したように顔を上げた。
「じゃあさ」
「……?」
蓮が玲奈を見る。
「蓮にとって、美月って特別なの?」
「玲奈?」
美月がすぐに反応した。
「何、その聞き方」
「いや、ちょっと気になって」
「何が?」
「だって、Sランクダンジョンの時もそうだったでしょ」
玲奈は蓮へ視線を向ける。
「美月が取り残されてるって知って、すぐに助けに来た」
「……うん」
「あの時の蓮、美月を助けることしか考えてなかったじゃん」
蓮は何も答えなかった。
「もちろん、私とひなたも助けてもらったけど」
「はい」
ひなたも小さく頷く。
「でも、最初に蓮を動かしたのって、美月だったんでしょ?」
美月も蓮を見る。
ニュースで、美月たち《アストラ》がSランクへ変異したダンジョンに取り残されていると知った直後、蓮は冒険者登録をするためにギルドへ向かった。
迷ったわけでも、時間をかけて考えたわけでもない。
美月を助けるために、身体が先に動いていた。
「だからさ。蓮にとって、美月ってやっぱり特別なのかなって」
「……特別」
蓮が小さく繰り返す。
「うん。美月だけ、ちょっと違うでしょ?」
「玲奈」
美月が少し困ったように笑った。
「変な意味に持っていかないでよ」
「まだ何も言ってないじゃん」
「顔が言ってる」
「そんな顔してないし」
ひなたが隣で笑う。
「少ししてますね」
「ひなたまで!?」
三人のやり取りを、蓮は黙って見ていた。
やがて玲奈がもう一度聞く。
「違う?」
蓮は今度こそ、きちんと考えた。
美月。
幼い頃から、ずっと一緒だった。
学校へ行く時も、帰る時も、遊ぶ時も、秘密基地にいる時も、気づけばいつも近くにいた。
特別だから一緒にいたわけではない。
幼い蓮にとって、美月がいること自体が当たり前だった。
「……昔から、ずっと一緒だった」
美月の表情が少しだけ変わる。
「どれくらい?」
「……小さい時から」
「うん」
「気づいたら……いつもいた」
蓮は美月を見る。
「学校でも?」
「……うん」
「遊ぶ時も?」
「……うん」
それだけではない。
家族を失って、蓮の周りから当たり前だったものが一つ消えたあとも、美月は変わらずそこにいた。
蓮は少しだけ視線を落とした。
「……ずっと」
「うん?」
「……美月はいた」
部屋が静かになる。
玲奈は、それ以上昔のことには踏み込まなかった。
しばらくしてから、今度は静かに尋ねる。
「じゃあ、蓮にとって美月ってどういう人?」
蓮は長く考えた。
幼馴染。友達。仲間。
どれも間違ってはいない。
けれど、どれもしっくりこなかった。
「……昔は、美月がいるのが当たり前だった」
「…………」
「朝会って、一緒に帰って……次の日も、いる」
そんなことを疑ったことすらなかった。
美月はそこにいる。
それが蓮にとっての日常だった。
「だから……家族に近い」
「え?」
美月が蓮を見る。
「家族?」
蓮は少し考えてから、言い直した。
「……家族みたいなもの」
玲奈もひなたも、静かに蓮を見ている。
「美月が?」
「……うん」
「どうして?」
蓮はもう一度、美月を見た。
「……ずっといたから。いるのが……当たり前だったから」
美月は何も言えなかった。
玲奈の顔からも、もうからかうような色は消えている。
「そっか」
「……うん」
少しの沈黙のあと、玲奈が静かに尋ねた。
「じゃあ……もし美月がいなくなったら?」
その瞬間、蓮の表情が止まった。
さっきまでとは明らかに違う。
答えが、すぐには出てこなかった。
「玲奈」
美月が玲奈を見る。
「ごめん」
玲奈も、言ってから少し踏み込みすぎたと思ったらしい。
「別に変な意味じゃなくて――」
「……嫌」
三人が蓮を見る。
「え?」
「……嫌」
「美月がいなくなるのが?」
「……うん」
ひなたが静かに尋ねる。
「怖いんですか?」
蓮がひなたを見る。
「……怖い?」
「はい」
少し考える。
さっきまで、感情には正解がないと話していた。
楽しい。悲しい。寂しい。怖い。
蓮は自分の中にあるものを、ゆっくり確かめた。
「……たぶん」
そして視線を落とす。
「……もう、家族を失いたくない」
三人が黙る。
蓮はゆっくりと言葉を続けた。
「……あんな思い、もうしたくない」
美月の表情が変わった。
家族を失った時、蓮が何を感じていたのか。今まで詳しく話したことはなかった。
けれど、忘れたわけではない。
昨日までそこにいた人が、いなくなる。
もう会えない。
声も聞けない。
戻ってこない。
それを蓮は、一度知っている。
「だから……美月まで、いなくなるのは嫌」
美月は何も言わず、蓮を見ていた。
「美月は……家族みたいなものだから」
「…………」
「家族は……二度と失いたくない」
美月の目が僅かに揺れる。
「それに……俺も」
「……?」
「美月の前から……いなくなった」
十年前。
蓮自身も、美月の前から消えた。
蓮の意思ではない。
それでも美月からすれば、ある日突然、ずっと一緒にいた蓮がいなくなった。
「だから……人って、いなくなる」
それは考え方ではない。
蓮が実際に知っていることだった。
家族がいなくなった。
そして、自分もいなくなった。
だから、目の前にいる人が明日も同じ場所にいることを、蓮はまだ当たり前だとは思えない。
「私が、一番いなくなってほしくない?」
美月が静かに尋ねる。
「……うん」
蓮は迷わず頷いた。
「美月は昔からいるから。家族みたいで……だから、いなくなるのが一番嫌」
玲奈とひなたは何も言わなかった。
蓮はふと玲奈を見る。
「……でも、玲奈も」
「え?」
今度はひなたを見る。
「ひなたも」
「私も?」
「……うん。いなくなるのは……嫌」
玲奈の表情が柔らかくなる。
「そっか」
「……うん」
「でも美月は別?」
「……うん」
今度も迷わなかった。
「昔から……ずっといるから」
「なるほどね」
玲奈が小さく笑い、ひなたも柔らかく頷いた。
美月は何も言わず、蓮を見ていた。
その時、美月が何かを思い出したように口を開く。
「そういえば、蓮」
「……なに?」
「私が出かける時、どこに行くのとか、何時に帰るのとか……よく聞くよね」
「……聞いてる?」
「うん」
蓮は少し考えた。
「……そうかも」
「もしかして、ちゃんと帰ってくるか気になってた?」
蓮が止まる。
「……分からない。でも……」
言葉を探すように、ゆっくり続ける。
「朝、いる」
「うん」
「帰ったら……いる」
「うん」
「それだと……大丈夫って思う」
美月の表情が少しだけ柔らかくなった。
「それ、安心っていうんだと思う」
「……安心」
「うん」
蓮はその言葉を確かめるように、小さく繰り返した。
「……安心」
玲奈もようやく、さっきの話とつながったように頷く。
「美月がいなくなるのは怖くて、美月が帰ってくると安心する」
蓮は少し考えた。
「……両方」
「そっか」
美月が静かに蓮を呼ぶ。
「蓮」
「……なに?」
「私、出かける時はちゃんと言うね」
「…………」
「どこに行くか。何時くらいに帰るか。遅くなるなら連絡する」
「……うん」
「それで、帰ってきたらちゃんとただいまって言う」
蓮は美月を見る。
「……毎回?」
「毎回」
「……忘れない?」
「忘れない」
蓮は僅かに肩の力を抜いた。
それから玲奈とひなたを見る。
「玲奈とひなたも」
「ん?」
「はい?」
蓮は少し言葉に迷った。
「……何も言わずに、いなくならないで」
玲奈が一瞬だけ目を見開く。
ひなたも蓮を見つめた。
やがて玲奈が柔らかく笑う。
「分かった」
「私もです」
ひなたも頷く。
「……うん」
「でも」
ひなたが続けた。
「蓮さんもですよ」
「……俺?」
「はい。蓮さんだって、何も言わずにいなくならないでください」
蓮が止まった。
十年前。
自分は美月の前から突然いなくなった。
自分の意思ではなかった。
それでも、残された美月にとっては突然だった。
「……俺も、言う?」
「言ってください」
玲奈も少し笑う。
「出かけるなら、出かけるって」
「……うん」
「帰ってきたら、美月にはただいま」
蓮が美月を見る。
美月も静かに頷いた。
「私も、おかえりって言う」
蓮は三人を見る。
美月。玲奈。ひなた。
「……分かった」
「約束ね」
「……うん」
家族を、一度失った。
あんな思いは、もうしたくない。
そして自分自身も、十年間、大切な人の前からいなくなった。
だから蓮にとって、誰かが今日そこにいることは、明日もいるという保証にはならない。
美月は、その中でも特別だった。
幼い頃からずっと一緒にいた。
蓮にとって、美月がいることは当たり前だった。
だから、家族に近い。
そして家族みたいな存在を、蓮はもう二度と失いたくなかった。
玲奈も、ひなたも、今ではいなくなってほしくないと思う。
けれど、美月とはやはり少し違う。
蓮は三人を見る。
三人とも、今ここにいる。
何も言わずにいなくならない。
そして、自分もいなくならない。
そんな小さな約束だけで、胸の奥にあったものがほんの少し軽くなった。
「……安心」
蓮が小さく呟く。
「ん?」
美月が見る。
「……なんでもない」
蓮は小さく首を振った。
誰かがそばにいることを、蓮はまだ当たり前だとは思えない。
それでも、帰れば美月がいる。
出かける時はちゃんと伝える。
戻ってきたら、ただいまと言う。
そして自分も、もう何も言わずにいなくならない。
そんな日々を、蓮は少しずつ信じ始めようとしていた。




