第155話 四人で倒す
四人は《白樹の迷宮》を進み続けた。
途中。何度か魔物と遭遇した。だが。大きく足を止めるような戦闘はなかった。
ひなたが敵を見つけ。美月が進むか。避けるか。戦うかを決める。
戦う時は。玲奈が前に出る。蓮はその動きに合わせた。
「…………」
少し前までなら。蓮は。魔物を見つければ。どう倒すかを考えていた。
今は。違う。
美月が何を見ているのか。玲奈がどこへ動こうとしているのか。ひなたが何を支えようとしているのか。
それを見ながら。自分の位置を決める。
まだ。完全に慣れたわけではない。
それでも。最初よりは。ずっと自然に動けるようになっていた。
◆
「ここから第20階層です」
ひなたが言った。四人は。階段の先を見る。
これまでと同じように。白い木々が広がっている。
けれど。木々の間隔は少し広く。地面には。太い根が幾重にも走っていた。
「ここまで来たね」
玲奈が言う。
「今回の巡回は、この階層の指定区域まで確認したら一区切りだよね?」
「うん」
美月が端末を見る。
「第20階層の指定区域を確認して、討伐対象がいれば対処。それで帰還」
「了解」
「…………」
蓮は。前方へ意識を向ける。
すでに。一つ。大きな気配を感じていた。
この階層へ入った時から。ずっと。同じ場所にいる。
「…………」
強い。ここまでに出てきた魔物より。明らかに。
けれど。今の蓮にとって。危険というほどではない。
「ひなた」
美月が言う。
「お願い」
「はい」
ひなたが意識を集中させる。少しして。表情が変わった。
「……います」
「どこ?」
「前方です。少し先に一体」
「強さは?」
「かなり大きい反応です」
玲奈が剣へ手をかける。
「第20階層周辺で報告されてる大型種かな」
「たぶん」
美月が端末を確認する。
「この辺りで確認されてるのは――」
画面を見る。
「《白樹巨獣》」
「それか」
玲奈が息を吐く。
「今回、見つけたら討伐する対象だよね?」
「うん」
美月が頷く。
「指定区域にいるなら、そのまま対処しよう」
「了解」
「…………」
蓮は何も言わなかった。美月が蓮を見る。
「ひなたの報告と合ってる?」
「……うん」
それだけ答える。ひなたが少し笑った。
「ありがとうございます」
「……うん」
もう。蓮は。自分が先に分かっていたことを。わざわざ付け加えようとはしなかった。
◆
四人は前へ進む。やがて。木々が途切れた。
少し広い空間。その中央。一体の魔物が立っている。
大きい。白角熊よりも。さらに大きい。
四足。全身を覆うのは。白い毛ではない。
硬い樹皮のような外殻。背中からは。枝のような突起がいくつも伸びている。
太い前脚。大きな牙。
そして。額には。木の角のようなものが伸びていた。
「《白樹巨獣》……」
ひなたが呟く。魔物が。ゆっくりと顔を上げた。
「グルルルル……」
低い唸り声。地面が僅かに震える。
「来るよ」
美月の声。玲奈が前へ出る。
「了解」
ひなたが杖を構えた。
「補助、入れます」
「お願い」
「《補助魔法》」
柔らかな光が。玲奈と蓮を包む。
蓮も。《黒月》を構えた。
誰も。蓮に何をするかは言わない。
「…………」
それでいい。
蓮は。三人を見る。
玲奈は前。美月は全体を見ている。ひなたは最後尾から。周囲と三人を確認している。
蓮は。自分が立つ位置を決めた。
その瞬間。
「グオオオオオッ!」
白樹巨獣が地面を蹴った。
◆
「来る!」
玲奈が正面へ出る。
白樹巨獣の前脚が。大きく振り下ろされた。
「っ!」
玲奈が剣で受ける。重い衝撃。足元の土が沈んだ。
「玲奈!」
「大丈夫!」
耐えた。だが。白樹巨獣は止まらない。
反対の前脚を振り上げる。
「…………」
蓮が動いた。
玲奈の前へは入らない。側面。
《黒月》の腹を。白樹巨獣の脚へ当てる。
振り下ろされる軌道を。僅かに外へ流す。
「グオッ!?」
前脚が。玲奈の横へ落ちた。
「ありがとう!」
玲奈が踏み込む。剣を。外殻へ叩き込む。
甲高い音。
「硬っ……!」
刃が浅い。
「玲奈、離れて!」
美月の声。玲奈が後ろへ跳ぶ。
「《炎魔法》!」
炎が。白樹巨獣の側面へ直撃する。
「グオオオッ!」
だが。樹皮のような外殻は。炎を受けても。完全には崩れない。
「かなり硬いね……」
美月が眉を寄せる。
「…………」
蓮は。白樹巨獣を見る。
外殻。厚い。
だが。均一ではない。
脚の付け根。腹の下。首元。
外殻の継ぎ目がある。
一人なら。そこへ剣を入れれば。すぐに終わる。
「…………」
けれど。蓮は飛び込まない。
「玲奈」
「何?」
「……前脚の付け根」
「そこが薄い?」
「……うん」
「分かった!」
玲奈が走る。その動きに。白樹巨獣が反応する。
「グオオオッ!」
巨体が前へ出る。
「玲奈、右!」
「了解!」
美月の声と同時に。玲奈が横へ飛んだ。
白樹巨獣が。その玲奈を追って。身体の向きを変えようとする。
「…………」
蓮は。側面へ回る。
《黒月》の腹を。白樹巨獣の角へ当てた。
押す。ほんの僅か。巨体の向きをずらす。
正面が。美月から外れた。
「ひなた!」
「はい!」
ひなたが杖を振る。
「《補助魔法》!」
玲奈の動きが。さらに鋭くなる。
「行く!」
玲奈が一気に距離を詰めた。前脚の付け根。
「はあっ!」
剣が入る。
「グオオオッ!」
白樹巨獣の身体が大きく傾いた。
「美月!」
「見えてる!」
炎。狙うのは。今。外殻がずれた側面。
「《炎魔法》!」
炎が爆ぜる。白樹巨獣が。大きくよろめいた。
「…………」
蓮は。その動きを見る。
まだ。倒れていない。
けれど。流れはできている。
玲奈が崩す。美月が削る。ひなたが支える。
なら。自分は。
白樹巨獣が。大きく身体を起こした。
「グオオオオオオオッ!」
怒りの咆哮。前脚が。地面へ叩きつけられる。
衝撃。
「っ!」
地面が揺れる。太い根が跳ね上がる。
「ひなた!」
美月が叫ぶ。
「大丈夫です!」
ひなたは後ろへ下がりながら。周囲も確認している。
別の魔物の気配はない。
「…………」
蓮は。白樹巨獣を見る。
次。玲奈へ来る。
巨体が踏み込む。だが。さっき傷つけた右前脚。
僅かに動きが鈍い。
「玲奈」
「うん!」
それだけで。伝わった。
玲奈も。すでに見ている。
白樹巨獣が。傷ついた前脚へ体重を乗せた。
「今!」
美月の声。玲奈が動く。
同時に。蓮も動いた。
玲奈は。傷ついた前脚へ。
蓮は。その反対側へ回る。
「はあっ!」
玲奈の剣。前脚が崩れた。
「グオッ!?」
巨体が沈む。
蓮は。白樹巨獣の横を抜け。その後方へ入る。
逃げ道を塞ぐ。
美月が魔力を集める。ひなたが玲奈へ補助を重ねる。
「もう一度いけます!」
「ありがとう!」
玲奈が踏み込む。白樹巨獣が。玲奈へ顔を向ける。
その瞬間。首元。外殻の継ぎ目が露出した。
「蓮!」
美月が呼ぶ。
「……うん!」
蓮が踏み込む。《黒月》を振るう。
一閃。刃が。外殻の継ぎ目へ入り。深く斬り裂いた。
「グ――」
白樹巨獣の身体が止まる。数秒。
そして。巨体が。地面へ倒れた。
大きな音。土埃が舞う。
「…………」
静かになった。
◆
「……倒した?」
玲奈が息を吐く。ひなたが白樹巨獣を見る。
「はい。もう動きません」
「周囲は?」
「他の魔物の反応はありません」
「よし」
美月が杖を下ろす。蓮も。《黒月》を下げた。
「…………」
倒れた白樹巨獣を見る。
最後に斬ったのは。自分だった。
けれど。そこまでを作ったのは。自分だけではない。
玲奈が正面で受けた。ひなたが玲奈を支えた。美月が外殻を削った。玲奈が前脚を崩した。
蓮は。向きを変え。逃げ道を塞ぎ。最後に。開いた場所を斬った。
「蓮」
美月が声をかける。
「どうだった?」
「…………」
蓮は少し考える。
今の戦い。細かい指示は。ほとんどなかった。
それでも。迷うことは少なかった。
玲奈が何をするか。ひなたが何を支えるか。美月が何を狙っているか。
それを見れば。自分が何をすればいいのかも。分かるようになってきていた。
「……できた」
「何が?」
「……四人で」
三人が蓮を見る。
「……倒せた」
玲奈が笑う。
「そうだね」
「はい」
ひなたも笑った。美月が頷く。
「うん。四人で倒した」
「…………」
蓮は。もう一度。倒れた白樹巨獣を見る。
一人なら。もっと早かった。一撃で。終わらせることもできた。
それは。今でも分かる。
けれど。今の戦いを。無駄だとは思わなかった。
「……一人より遅いけど」
蓮が言う。
「うん」
美月が答える。
「……嫌じゃない」
玲奈が笑った。
「それ、かなり大事じゃない?」
「……そう?」
「そうだよ」
蓮は少し考える。
「……そっか」
◆
白樹巨獣の死体を。蓮が《アイテムボックス》へ収納する。
内部で。魔石。外殻。牙。爪。肉。
その他の素材へ。自動的に分けられていく。
「回収できた?」
美月が聞く。
「……うん」
「これで第20階層の指定区域も確認できたね」
「じゃあ」
玲奈が剣を収める。
「今回の依頼は終了?」
「うん」
美月が端末を確認する。
「戻ろう」
「はい」
「了解」
蓮も。
「……うん」
四人は。来た道を戻り始める。
「…………」
蓮は。前を歩く玲奈を見る。
後ろには。美月とひなたがいる。
一人なら。もっと速く終わっていた。それは。分かっている。
誰かを待つ必要もない。任せる必要もない。合わせる必要もない。
けれど。今日の戦いを。無駄だとは。少しも思わなかった。
むしろ。
「…………」
胸の中に。これまでの戦いでは。感じたことのないものが残っている。
生き残れた安堵とも。強くなった実感とも。違う。
まだ。それが何なのか。蓮には分からない。
ただ。悪くなかった。




