第154話 噛み合う四人
四人はさらに《白樹の迷宮》を進んでいく。
階層を進むにつれ、現れる魔物も少しずつ強くなっていた。それでも、ここまで大きな問題は起きていない。
ひなたが周囲を探り、美月が進む道を決める。玲奈が先頭を歩き、その少し後ろを蓮。続いて美月。最後尾にひなた。
ここまでと同じ隊列だった。
「…………」
蓮は歩きながら周囲の気配を感じていた。
前。左右。さらに遠く。
魔力の流れも、魔物の位置も、ほとんど分かる。
だが。もう、それを一つずつ口にしようとは思わなかった。
「止まってください」
後ろからひなたの声がする。四人が止まった。
「前方に反応があります」
美月が聞く。
「数は?」
「……五体です」
ひなたが集中する。
「小さい反応が四つ。それと、一つだけ大きいです」
蓮にも同じものが分かっていた。四体。そして、その中央に一体。他より強い。
「種類までは分かる?」
「もう少し近づけば」
「分かった。少しずつ進もう」
「了解」
玲奈が剣に手をかける。四人はゆっくりと前へ進んだ。
やがて、白い木々の向こうに魔物の姿が見える。四体の《白牙狼》。
そして、その中央。大きな身体を持つ熊型の魔物。
「《白角熊》ですね」
ひなたが小さく言った。
白い体毛。額から伸びる一本の角。太い四肢。
白牙狼とは、明らかに体格が違う。
「この辺りで出る魔物の中では強い方だね」
玲奈が剣を抜く。
「どうする?」
美月は魔物たちを確認する。
白牙狼が四体。白角熊が一体。
まだこちらには気づいていない。
「避ける?」
玲奈が聞く。
「…………」
美月は少し考えた。
「今回は倒そう」
「了解」
「白角熊は、今回の依頼でも見つけた場合は討伐する対象に入ってる。それに、この先の巡回ルート上にいるから」
「分かりました」
ひなたが杖を構える。
「蓮」
「……うん」
美月が蓮を見る。
「今回は、細かく全部は言わない」
「…………」
「私たちを見ながら、自分で動いてみて」
蓮が少し目を瞬く。
「……自分で?」
「うん」
「ただし」
玲奈が笑う。
「一人で全部片づけるのはなしね」
「……分かってる」
「よし」
美月が前を見る。
「じゃあ行こう」
◆
最初に動いたのは、ひなただった。
「《補助魔法》」
柔らかな光が玲奈と蓮を包む。
「…………」
もう。蓮はその感覚に戸惑わない。
身体が僅かに動かしやすくなる。自分で《身体強化》を使うのではなく。ひなたから受けた力を、そのまま使う。
「行くよ!」
玲奈が飛び出した。その瞬間。魔物たちもこちらに気づく。
「グルルルッ!」
四体の白牙狼が一斉に散った。
二体が玲奈へ。一体が蓮へ。残る一体は大きく外側へ回る。
「…………」
蓮には全部見えていた。
自分へ来る一体。玲奈へ向かう二体。後ろへ回ろうとしている一体。
以前なら。四体すべて、自分で斬っていた。だが。今は違う。
蓮は自分へ飛びかかってきた白牙狼の牙を《黒月》で受け流した。
斬らない。身体を捻り。その勢いだけを横へ変える。
白牙狼が玲奈の側へ流れた。
「玲奈」
「見えてる!」
玲奈は正面の一体を受けながら。流れてきた白牙狼へ剣を振るった。
一閃。一体が地面へ倒れる。
残り三体。
「右!」
美月の声。
「……うん」
蓮がすぐに動いた。
後方へ回ろうとしていた一体。その進路へ入る。
白牙狼が蓮へ顔を向けた。その瞬間。
「《炎魔法》!」
炎が走る。蓮は僅かに身体をずらした。
炎はその横を抜け。白牙狼へ直撃する。
「ギャッ!」
二体目が倒れた。残り二体。
その時。玲奈の横へ、一体の白牙狼が回り込もうとした。
「…………」
蓮の足が動きかける。
玲奈の死角。そう見えた。
だが。玲奈の視線が。すでにそちらへ向いていた。
「はっ!」
身体を反転させる。白牙狼の爪をかわし。そのまま剣を振るう。
一撃。三体目が倒れた。
「…………」
蓮は動かなかった。助ける必要はなかった。
玲奈は。自分で気づいていた。
「……任せていい」
小さく呟く。その直後。
「グオオオオッ!」
白角熊が動いた。地面を強く踏み。真正面から玲奈へ突進する。
「玲奈!」
美月の声。
「分かってる!」
玲奈が剣を構えた。受けるつもりだ。
「…………」
蓮は白角熊を見る。
速い。重い。玲奈なら受けられる。
だが。真正面から受ければ、体勢を崩される。
蓮は横へ動いた。玲奈の前には出ない。
白角熊の側面。一歩。さらに一歩。
そして。《黒月》の腹を、突進してくる白角熊の肩へ当てた。
斬らない。僅かに。軌道だけを変える。
「グオッ!?」
白角熊の巨体が。玲奈の真正面から僅かに外れた。
「そこ!」
玲奈が踏み込む。剣が白角熊の前脚を捉えた。
「グオオッ!」
巨体が揺れる。姿勢が崩れる。
「ひなた!」
「はい!」
ひなたの《補助魔法》が玲奈へ重なる。さらに動きが鋭くなった。
だが。まだ一体。白牙狼が残っている。
その一体が。白角熊の側へ走り出した。
「蓮、左!」
美月の声。
「……うん!」
蓮がその進路へ入る。白牙狼が牙を剥く。
「グルルッ!」
斬れる。一撃で倒せる。けれど。今、倒す必要はない。
白牙狼の攻撃を《黒月》で受け流し。一歩。押し返す。
白角熊へ近づけない。それだけでいい。
その間に。
「玲奈、離れて!」
「了解!」
玲奈が大きく跳ぶ。直後。
「《炎魔法》!」
炎が白角熊の側面へ突き刺さった。
「グオオオオオッ!」
巨体が大きく揺れる。だが。まだ倒れない。
「…………」
蓮は白牙狼を抑えながら全体を見る。
玲奈は体勢を立て直している。美月は次の魔法に備えている。ひなたは周囲を警戒しながら、玲奈への補助を維持している。
白角熊はまだ動ける。
「…………」
なら。自分がすることは。
蓮の中で自然に決まった。
目の前の白牙狼を大きく横へ弾く。そのまま。白角熊の後方へ回った。
逃げ道を塞ぐ。
「グルル……!」
白角熊が後ろへ下がろうとする。だが。そこには蓮がいる。
巨体が止まった。
「今!」
美月の声。玲奈が一気に踏み込む。
「はあっ!」
剣が白角熊の体勢を崩す。巨体が横へ傾いた。
蓮は《黒月》を握る。ここなら。斬っていい。
「蓮!」
「……うん!」
美月の声とほとんど同時。蓮が踏み込んだ。
一閃。《黒月》が白角熊の首を斬り裂く。
「…………」
巨体が地面へ倒れた。
残った一体の白牙狼が。一瞬。動きを止める。
「こっちは私!」
玲奈が走る。
「……任せる」
「よし!」
今度は。蓮の足は動かなかった。
玲奈の剣が最後の白牙狼を捉える。四体目。地面へ倒れた。
「…………」
辺りが静かになる。
◆
「終わった……」
玲奈が息を吐いた。ひなたが周囲を確認する。
「他の反応はありません」
「ありがとう」
美月が答える。
蓮にも。すでに分かっていた。けれど。何も付け加えない。
「蓮」
「……なに?」
玲奈が近づいてくる。
「今の、かなりよかったんじゃない?」
「……そう?」
「そうだよ」
玲奈が笑う。
「私が戦ってる相手を取らなかったし」
「……うん」
「私が自分で対応できる時は、ちゃんと任せてくれたし」
「……うん」
「それに、必要な時は動きやすくしてくれた」
「…………」
蓮は倒れた白角熊を見る。
最後に斬ったのは。自分だった。
けれど。一人で倒したわけではない。
玲奈が前で受けた。ひなたが補助した。美月が魔法で削った。
蓮が軌道を変え。逃げ道を塞いだ。玲奈が体勢を崩し。
その先に。蓮の剣があった。
「……今」
蓮が言う。
「ん?」
「……あんまり考えなかった」
美月が蓮を見る。
「どういうこと?」
「前は」
蓮は少し考える。
「……斬るか。斬らないか」
「うん」
「……待つか。動くか」
一つずつ。考えていた。
「でも、今は」
蓮は《黒月》を見る。
「玲奈が前にいたから、横に行った」
「うん」
「美月が魔法を使うと思ったから、空けた」
「うん」
「ひなたが玲奈を強くしてたから」
少し後ろのひなたを見る。
「……玲奈に任せた」
「はい」
「白角熊が逃げそうだったから」
蓮は続ける。
「……俺が後ろに行った」
美月が少し笑った。
「うん」
「……合ってた?」
「合ってたよ」
「…………」
「私が全部指示しなくても、ちゃんとみんなの動きを見てた」
蓮は三人を見る。
さっき。玲奈がどう動くのか。なんとなく分かった。
美月がどこを狙っているのかも。ひなたが誰を支えているのかも。
だから。自分がどこへ行けばいいのか。考え込む前に。身体が動いた。
ただ。一度だけ。玲奈を助けようとして動きかけた。
けれど。玲奈は自分で対応した。そこで止まれた。
「……少し」
蓮が言う。
「何?」
「……分かってきたかも」
玲奈が笑う。
「何が?」
「……三人が、どう動くか」
美月の表情が柔らかくなる。
「うん。それでいいよ」
「……うん」
まだ。たった一日。一緒にダンジョンを進んだだけ。
完璧に分かるわけではない。迷うこともある。動きかけることもある。
それでも。最初に入った時とは。確かに違っていた。
「……楽になった」
「戦うのが?」
玲奈が聞く。
「……違う」
蓮は首を振る。
「三人と動くのが」
玲奈が少し目を丸くする。美月が笑った。
「それは、かなり進歩したね」
「……そう?」
「そう」
「……そっか」
◆
倒した魔物を。蓮が《アイテムボックス》へ収納する。
内部で自動的に。魔石。毛皮。牙。爪。肉。
それぞれの素材へ分かれていく。
「回収終わった?」
玲奈が聞く。
「……うん」
「じゃあ先へ行こう」
美月が言う。
「まだ巡回は終わってないからね」
「はい」
「了解」
蓮も頷く。
「……うん」
再び。四人が歩き始める。
先頭に玲奈。その後ろに蓮。美月。ひなた。
「…………」
蓮は前を歩く玲奈を見る。後ろにいる美月とひなたの気配も感じる。
一人なら。もっと速く進める。
一人なら。もっと早く倒せる。
一人なら。誰かの動きを待つ必要もない。
けれど。今は。それを不便だとは。思わなくなっていた。
待つ。任せる。助ける。合わせる。
そして。自分も任される。
まだ。完全ではない。
それでも。四人の動きは。少しずつ。噛み合い始めていた。




