第153話 任せるということ
四人は《白樹の迷宮》をさらに進んでいた。
何度か魔物と遭遇したが。戦い方は。少しずつ形になってきていた。
ひなたが周囲を探る。美月が状況を見て判断する。玲奈が前で受ける。蓮がその動きに合わせる。
必要なら。美月が魔法を使い。ひなたが補助する。
蓮も。目の前の敵をただ倒すのではなく。三人がどう動くのかを見るようになっていた。
まだ。斬れば終わると思うことは多い。
だが。それとは別に。今、自分が何をすればいいのか。少しずつ考えられるようになっていた。
◆
しばらく進むと。道が二つに分かれた。
「分かれ道ですね」
ひなたが言う。
右。左。どちらも。白い木々の間へ続いている。
「…………」
蓮は二つの道を見る。
右。少し先に魔物の気配。五体。
左。近くに魔物はいない。
さらに。右側では。複数の魔物の魔力が重なり。周囲の魔力の流れも僅かに乱れている。
当然。蓮にはそこまで分かっていた。
「ひなた」
美月が言う。
「お願い」
「はい」
ひなたが意識を集中させる。蓮は何も言わずに待った。
「…………」
右に五体いることも。左に近い敵がいないことも。魔力の状態も。
蓮なら。すでに把握している。
けれど。今は。ひなたに任せる。
少しして。ひなたが口を開いた。
「右に複数の魔力反応があります」
「数は?」
美月が聞く。
「五体です」
「左は?」
「近くに魔物の反応はありません」
ひなたは続ける。
「それと、左の方が周囲の魔力も安定しています」
「右は少し乱れてる」
蓮が言った。ひなたが頷く。
「はい。魔物が集まっている影響もあると思います」
「……うん」
魔力の状態そのものなら。蓮の方が細かく把握できる。
だが。ひなたはさらに周囲を探る。
「左の方が進みやすそうです。右は魔物の反応が重なっていて、周囲も少し確認しづらくなっています」
「なるほど」
美月が頷く。
「調査ルートとしては?」
玲奈が携帯端末の簡易地図を確認する。
「どっちからでも先には進めるみたい」
「なら」
美月がひなたを見る。
「ひなたはどっちがいいと思う?」
「左です」
ひなたはすぐに答えた。
「近くに魔物がいませんし、周囲の魔力も安定しています。定期調査を進めるなら、無理に右で戦う必要はないと思います」
「私もそう思う」
美月が頷いた。
「じゃあ左へ行こう」
「了解」
「はい」
「……うん」
四人は左の道へ進み始める。
玲奈が先頭。その少し後ろを蓮。続いて美月。最後尾にひなた。
「…………」
歩きながら。蓮は少し考えていた。
魔物の数。位置。魔力の乱れ。
そこまでは。自分の方が詳しく分かる。
けれど。ひなたは。得た情報を。どう使うかまで考えていた。
今の依頼は。魔物を倒すことだけが目的ではない。
第20階層まで巡回し。内部を調査する。
なら。無理に戦闘を増やさず。安全に進める道を選ぶ。
「……俺」
「ん?」
先頭を歩く玲奈が少しだけ顔を向ける。
「……分かってた」
「何が?」
「……右に五体いるのも。魔力が乱れてるのも」
「だろうね」
玲奈が苦笑する。
「蓮だし」
「……でも」
蓮は少し後ろにいるひなたを見る。
「ひなたは、それで左を選んだ」
「はい」
「……俺は」
蓮が少し考える。
「右に行くと思ってた」
「え?」
玲奈が今度ははっきり振り返る。
「魔物がいる方に?」
「……うん」
「なんで?」
「……戦えるから」
「…………」
三人が蓮を見る。
蓮にとって。魔物を見つけることは。ただ危険を見つけることではなかった。
ダンジョンで過ごしていた頃。魔物と戦うことは。生き延びるために必要だった。
そして。強くなるためにも。必要だった。
楽に倒せる相手だけを選ぶのではない。《封魔の手袋》で自分の能力を抑え。ぎりぎり勝てるところまで。自分を追い込む。
苦戦する。傷つく。それでも。生き残る。
そうすれば。《生存適応》が働いた。
身体が。感覚が。戦い方が。少しずつ変わっていく。
昨日まで苦戦していた相手が。少しだけ楽になる。できなかった動きが。できるようになる。
自分が強くなっていることを。蓮は何度も実感してきた。
だから。危険を避け続けることが。必ずしも。生き残るための正解ではなかった。
次の階層には。もっと強い魔物がいるかもしれない。今のままでは。次は勝てないかもしれない。
なら。戦える時に戦う。苦戦できる時に苦戦する。そして。少しでも強くなる。
それが。蓮がダンジョンで生き延びるために身につけた考え方だった。
「……強くならないと」
蓮が言う。
「……次、もっと強いのが来た時に死ぬから」
三人が黙る。
「だから、魔物がいるなら戦ってたの?」
美月が聞く。
「……うん」
「避けられる時でも?」
「……戦えるなら」
「なるほど……」
美月が静かに頷いた。
今まで。蓮にとっては。危険を避けることと。生き残ることは。必ずしも同じではなかった。
むしろ。戦わず。強くならないまま先へ進む方が。次に現れる敵に殺される可能性を高める。
そんな環境だった。
だが。今は違う。
ここは。一人で生き延びるために進むダンジョンではない。
受けた依頼には。目的がある。
第20階層まで巡回し。内部を調査する。
指定された魔物を倒し。必要な素材を回収する。
戦闘そのものが。目的ではない。
「……今回は」
蓮が左の道を見る。
「……戦わなくていいんだ」
「うん」
美月が頷く。
「必要のない戦闘まで、わざわざ増やす必要はないからね」
「……そっか」
蓮は一度。魔物の気配がある右の道を思い返す。
戦える。倒せる。
それでも。行かなくていい。
以前の蓮には。ほとんどなかった選択だった。
けれど。今は。目的そのものが違う。
それもまた。蓮が地上で覚えていく判断の一つだった。
◆
左の道を進む。しばらくすると。蓮の《気配察知》に反応があった。
「…………」
前方。三つ。少し離れている。
こちらへ一直線に来ているわけではない。木々の間を。ゆっくり移動している。
蓮は。何も言わなかった。
ただ我慢しているわけではない。ひなたに任せる。そう決めたから。
待つ。
「…………」
少しして。最後尾を歩いていたひなたが足を止めた。
「待ってください」
全員が止まる。
「前方に反応があります」
美月が聞く。
「数は?」
「三体です」
「こっちに向かってる?」
「いいえ」
ひなたが集中する。
「少し前を横切るように移動しています」
「距離は?」
「まだあります」
美月が少し考える。
「避けられそう?」
「はい。このまま少し待てば、進行方向から外れると思います」
「分かった。じゃあ待とう」
「了解」
「はい」
蓮も。
「……うん」
四人はその場で待つ。やがて。三つの気配が遠ざかっていく。
「もう大丈夫です」
ひなたが言った。
「行こうか」
美月が歩き出す。玲奈も前へ進む。蓮もその後に続いた。
「蓮」
玲奈が声をかける。
「分かってた?」
「……うん」
「いつから?」
「……結構前」
「やっぱり」
玲奈が笑う。
「でも、何も言わなかったね」
「……ひなたに任せたから」
蓮は少し後ろを見る。ひなたと目が合う。
「ありがとうございます」
「……うん」
蓮は少し考えた。
「……俺の方が先に分かってた」
「はい」
「……もっと遠くも分かる」
「はい」
ひなたは素直に頷く。
「そこは蓮さんの方がずっと上です」
「……でも」
蓮は前を向き直る。
「任せても、大丈夫だった」
「はい」
「…………」
「普通の探索なら、私に任せてもらって大丈夫です」
「……俺の方が早く分かってても?」
「はい」
「……全部分かってても?」
「はい」
ひなたは笑った。
「蓮さんにもできるのは分かってます」
「……うん」
「でも、探索は私の役目ですから」
「……役目」
「普通の時は任せてもらえた方が、私も動きやすいです」
「…………」
「もちろん」
ひなたの声が少しだけ真剣になる。
「私が気づく前に本当に危険になりそうなら、すぐ教えてください」
「……その時は言っていい?」
「その時は絶対お願いします」
「……分かった」
蓮は頷いた。少し考えてから。
「……じゃあ、普通の時はひなたに任せる」
ひなたが少し目を丸くした。それから。笑う。
「はい。任せてください」
「……うん」
「その代わり」
ひなたが続ける。
「蓮さんにしかできないことが必要になった時は、お願いしますね」
「……俺に?」
「はい」
蓮は少し考える。
「……分かった」
美月が二人を見ながら微笑む。
「それがパーティーだからね」
「……またそれ」
「何?」
「……パーティーって、色々ある」
「そうだよ」
玲奈が笑う。
「戦うだけじゃないからね」
「……難しい」
「でも、ちょっと分かってきたでしょ?」
蓮は少し考えた。
「……うん」
任せるというのは。自分にできないことを。誰かにやってもらうことだけではない。
自分にもできる。自分の方が早くできる。自分の方が詳しく分かる。
それでも。仲間の役割を信じて。任せる。
そして。本当に必要な時だけ。自分が補う。
蓮にとって。それはまだ慣れない感覚だった。
けれど。少しずつ。理解できるようになっていた。
「ひなた」
「はい?」
「……次もお願い」
「任せてください」
「……うん」
四人は再び歩き始める。
前には玲奈。その後ろに蓮。続いて美月。最後尾にはひなた。
敵の位置も。魔力の流れも。危険も。蓮には。三人より早く、詳しく分かることが多い。
それでも。全部を自分でやる必要はない。
玲奈に任せる。美月に任せる。ひなたに任せる。
そして。蓮もまた。三人から何かを任される。
違う役割があるから。四人でいる意味がある。
蓮は。そのことを。少しずつ理解し始めていた。




