第151話 合わせるということ
最初の戦闘を終えてから。四人は《白樹の迷宮》をさらに奥へ進んでいた。
先頭は玲奈。その少し後ろを蓮。三番目に美月。最後尾にひなた。
隊列は変わらない。
「前方、反応ありません」
ひなたが報告する。
「了解」
美月が答えた。蓮も。何も言わない。
「…………」
もちろん。蓮には分かっていた。
周囲に魔物の気配がないことも。少し先で道が分かれていることも。さらにその向こうに。小さな気配があることも。
だが。今は言わない。ひなたに任せる。
「…………」
玲奈が横目で蓮を見る。
「今度は答え合わせもしないんだ」
「……しない方がいいって言われた」
「ちゃんと覚えてるんだね」
「……うん」
玲奈が笑う。
「少しずつ慣れてきてるじゃん」
「……まだ我慢してる」
「やっぱり我慢なんだ」
「……うん」
その後も。何度か魔物と遭遇した。
ひなたが気配を探り。美月が判断し。玲奈が前へ出る。
蓮も。指示された相手だけを倒した。
自分の相手を倒したあと。玲奈の方へ動きかけることもあった。
倒せる。そう思った瞬間。身体が勝手に動きそうになる。
だが。そのたびに止まった。
任せる。待つ。少しずつ。それを繰り返していく。
「……難しい」
蓮が呟く。
「まだ?」
玲奈が笑う。
「……まだ」
「まあ、一日目だからね」
美月が言った。
「一気に慣れなくてもいいよ」
「……うん」
しばらく進むと。ひなたが足を止めた。
「待ってください」
四人も止まる。
「前方に三体。さっきまでの魔物より反応が大きいです」
「距離は?」
美月が聞く。
「近いです。こっちへ来ています」
「分かった」
美月が前を見る。
「玲奈、前へ」
「了解」
「蓮も玲奈の横に」
「……横?」
「うん。今回は一緒に前衛をやってみよう」
「……分かった」
蓮が前へ出る。玲奈の隣。
これまでは少し後ろだった。今度は。同じ位置に立つ。
「…………」
蓮が玲奈を見る。
「何?」
「……横にいる」
「いるよ」
「……変な感じ」
「それ今日何回目?」
「……分からない」
玲奈が笑った。
木々の奥から。低い唸り声が響く。
現れたのは。大きな猪に似た魔物だった。
背中から肩にかけて。樹皮のような硬い外殻に覆われている。
三体。
「《樹甲猪》」
美月が言う。
「この辺りから出てくる魔物。正面の外殻が硬いから注意して」
「了解」
「……うん」
蓮は三体を見る。
脚の付け根。腹。首の下。外殻に覆われていない場所。
どこを斬れば倒せるか。すぐに分かった。
「蓮」
美月が言う。
「今回は一人一体じゃないよ」
「……?」
「玲奈と合わせて戦ってみて」
「……合わせる?」
「玲奈が前で相手の体勢を崩す。蓮はその動きを見て、空いたところを狙う」
「……倒していい?」
「玲奈が作った隙ならね」
「……分かった」
玲奈が蓮を見る。
「私の動き、見てて」
「……うん」
「先に全部終わらせないでね」
「……分かってる」
「ちょっと不安」
「……頑張る」
三体の《樹甲猪》が地面を蹴った。巨体が。真正面から突進してくる。
「来る!」
玲奈が前へ出る。
一体目。正面から受け止めない。
直前で横へずれ。剣を外殻へ滑らせる。
突進の向きがずれ。《樹甲猪》の身体が傾いた。
「今!」
玲奈が叫ぶ。
「……うん」
蓮が動く。露出した腹部。そこへ。《黒月》を走らせる。
一撃。《樹甲猪》が地面へ倒れた。
「次!」
美月の声。
二体目が正面。三体目が横から回り込む。
蓮には。両方の動きが見えていた。
どちらも。斬れば倒せる。
「…………」
だが。先には動かない。
「玲奈、正面!」
「了解!」
「蓮、左を止めて!」
「……うん!」
美月の指示を受け。玲奈が正面へ。蓮は左へ動く。
三体目の《樹甲猪》が突進してくる。急所は見えている。
首の下。そこへ黒月を通せば。終わる。
「…………」
だが。美月は。倒せとは言わなかった。
止めろと言った。
蓮は《黒月》を返す。刃ではなく。剣の腹を使った。
突進してきた頭部へ当て。力の向きを横へ流す。《樹甲猪》の進路が逸れた。
「おお……」
玲奈が一瞬だけ蓮を見る。
「ちゃんと倒さなかった」
「……止めろって言ったから」
「そうだけど!」
「玲奈、前!」
美月の声で玲奈が視線を戻す。二体目が迫る。
玲奈は正面を避け。脚へ剣を入れる。巨体が崩れる。
「蓮!」
「……うん!」
今度は。玲奈の声。
蓮が踏み込む。空いた首元へ。一閃。
二体目が倒れた。
残る一体。進路を逸らされた《樹甲猪》が、こちらへ向き直る。
「最後、二人で!」
美月が言う。
「了解!」
「……うん!」
玲奈が先に出る。蓮はその横。だが。前には出ない。
玲奈の動きを見る。《樹甲猪》が突進する。
玲奈が直前でかわした。同時に。剣を外殻の隙間へ滑り込ませる。
魔物の身体が止まる。
「今!」
「……うん!」
蓮が踏み込む。露出した首元。黒月を振るう。
《樹甲猪》が崩れ落ちた。静かになる。
「…………」
玲奈が息を整える。蓮も黒月を下ろした。
「どう?」
美月が聞く。玲奈が蓮を見る。
「さっきよりずっといい」
「……そう?」
「うん」
「私が崩したところをちゃんと狙ったし」
「……うん」
「美月に止めろって言われた時も倒さなかった」
「……うん」
「最後も先に行かなかった」
「……頑張った」
「そこは自分で言うんだ」
ひなたが笑う。蓮は倒れた三体を見る。
「……これが合わせる?」
「そう」
玲奈が頷く。
「まだ簡単な連携だけどね」
「……一人で倒すのと違う」
「違うでしょ」
「……うん」
一人なら。三体とも。最初から急所を斬れば終わっていた。
その方が早い。その方が簡単。何より。倒せるのに。倒さない理由がなかった。
ダンジョンで過ごしていた時なら。斬れる隙を見つけたなら。迷わず斬った。
敵を残しておく方が危険だった。
けれど。今は違う。
玲奈が崩した。蓮が斬った。美月が状況を見て指示した。
そして。倒せる敵を。あえて倒さず。進路だけを変えた。
玲奈がもう一度崩し。最後に蓮が斬った。
「…………」
蓮は少し考える。
「……難しい」
「何が?」
美月が聞いた。蓮は倒れた《樹甲猪》を見る。
「……斬れば終わるのに」
「うん」
「……斬らない方を選ぶの」
三人が蓮を見る。
「……倒せるなら、倒した方が早い」
「そうだね」
美月は否定しなかった。
「蓮一人で戦うなら、それでいいと思う」
「……でも、今は違う?」
「うん」
美月が頷く。
「今は四人で戦ってるから」
「…………」
「蓮が全部倒すことが、一番いいとは限らないの」
「……一番早くても?」
「早くても」
蓮は少し黙った。
「……難しい」
「だろうね」
玲奈が苦笑する。
「蓮からしたら、斬れば終わるのに、わざわざ斬らないようにするんだもんね」
「……うん」
「でも」
美月が続ける。
「さっきはちゃんと選べてたよ」
「……倒さない方を?」
「そう」
「倒せるから倒すんじゃなくて」
美月は蓮を見る。
「その時、パーティーに必要なことをする」
「……必要なこと」
「うん」
蓮はもう一度、倒れた魔物を見る。
斬れば終わる。それは今も変わらない。けれど。斬らない方がいい時もある。
蓮にとっては。その判断の方が。魔物を倒すより、ずっと難しかった。
戦闘を終えると。蓮は三体の《樹甲猪》を《アイテムボックス》へ収納する。
内部で自動解体された素材を確認し。そのまま依頼用として保管した。
「回収も終わり」
美月が言う。
「じゃあ進もうか」
「うん」
「はい」
「……うん」
四人は再び隊列を組む。
玲奈。蓮。美月。ひなた。
歩き始める前に。美月が三人を見る。
「次は、もう少し四人で合わせてみようか」
「……四人で?」
蓮が聞く。
「うん」
玲奈が笑う。
「今度は私だけ見てればいいわけじゃないってこと」
「……美月とひなたも?」
「もちろん」
ひなたが頷く。
「私もちゃんといますからね」
「……うん」
蓮は少し考える。
「……難しそう」
「だから練習するの」
美月が笑った。
「……分かった」
四人が歩き始める。
力を合わせる。言葉だけなら。簡単だった。
けれど。相手を見る。動きを待つ。任せる。指示を聞く。
そして。倒せる敵を。あえて倒さない。
そのうえで。今、自分が何をするべきなのかを選ぶ。
一人で戦っていた頃には。必要のなかった判断だった。
だからこそ。蓮にとっては。魔物を倒すことよりも。ずっと難しい戦い方だった。




