第149話 封魔の手袋
翌朝。蓮たち四人は、《白樹の迷宮》へ向かうために集まっていた。
美月。玲奈。ひなた。そして蓮。
これまで三人だった《アストラ》が、初めて四人で依頼へ向かう日だった。
「忘れ物ない?」
美月が三人を見る。
「大丈夫」
玲奈が答える。
「私も大丈夫です」
ひなたも頷いた。最後に美月が蓮を見る。
「蓮は?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「……必要なもの、よく分からない」
「そうだった」
玲奈が苦笑する。
「蓮、普通の依頼初めてだったね」
「……うん」
「食料は?」
「……ある」
「水」
「……ある」
「武器」
「……黒月」
「回復手段は?」
「……ある」
玲奈が少しだけ考える。
「……中身聞くの怖いから、それでいいや」
「……?」
「絶対普通の回復薬じゃないでしょ」
「……色々ある」
「ほらね」
ひなたが小さく笑う。
蓮にとっては、十年間のダンジョン生活で使っていた物をそのまま持っているだけだった。だが。今日はもう一つ、必要な物がある。
「それで」
美月が蓮の手を見る。
「例の手袋は?」
「……ある」
蓮がアイテムボックスを開く。そこから取り出したのは、黒い一組の手袋だった。
《封魔の手袋》。蓮が十年間のダンジョン生活で使っていた装備の一つ。
能力を意図的に抑え、自分自身を弱体化させるための道具。
「これが……」
玲奈が手袋を見る。
「前に話してたやつなんだ」
「……うん」
「これで本当に、あのステータスを私たちくらいまで落とせるの?」
「……できる」
蓮は慣れた手つきで《封魔の手袋》を装着した。
「じゃあ」
美月が言う。
「まずステータス出してみようか」
「……うん」
蓮が冒険者カードを操作する。この前覚えたばかりの機能。ステータスを表示し、三人へ共有する。
◆
【黒瀬蓮】
Lv:651
HP:500,750
MP:450,680
筋力:600,900
防御:550,820
敏捷:751,120
魔力:701,050
◆
「何回見てもすごいな……」
玲奈が呟く。
「……下げる」
「待って待って」
玲奈が止めた。
「勝手にやらないで」
「……?」
「この前、美月も言ったでしょ。みんなで決めるって」
「……そうだった」
美月が苦笑する。
「本当にぎりぎりまで下げそうだから怖いんだよね」
「……その方が戦いやすい」
「蓮にとっての戦いやすいは信用できないの」
「……そっか」
三人も自分たちのステータスを確認する。
玲奈は前衛。美月は魔法。ひなたは支援。当然、全員の能力値は違う。
「同じくらいって言っても」
玲奈が蓮を見る。
「私たち三人、ステータス全然違うよ?」
「……うん」
「ぴったり誰かに合わせたりできるの?」
「……ぴったり?」
蓮が少し考える。
「……そこまでは無理」
「じゃあ、どのくらい?」
「……全体を下げる感じ」
美月が確認する。
「それなら、Aランクの冒険者と大きく変わらないくらいまで抑えることはできる?」
「……できると思う」
「じゃあ、それくらいにしよう」
「……分かった」
「一回でぎりぎりまで下げないでね」
「……うん」
蓮が《封魔の手袋》へ魔力を流す。次の瞬間。全身に満ちていた力が、急速に遠ざかっていく。
「…………」
「どう?」
美月が聞く。
「……懐かしい」
「懐かしい?」
「……弱くなる感じ」
「その感想嫌だなあ……」
玲奈が苦笑する。
一度、ステータスを確認する。まだ高い。美月たちと相談しながら、さらに少し抑える。
もう一度。そして。何度か調整した結果。
蓮の能力値は、ようやく地上のAランク冒険者に近い範囲まで下がった。蓮がステータスを表示する。
◆
【黒瀬蓮】
Lv:651
HP:500,750(3,560)
MP:450,680(3,210)
筋力:600,900(4,270)
防御:550,820(3,910)
敏捷:751,120(5,340)
魔力:701,050(4,980)
※()内は《封魔の手袋》による制限中の能力値
固有能力
《超越者》
スキル
《鑑定》EX
《身体強化》EX
《魔力操作》EX
《魔力感知》EX
《アイテムボックス》EX
《剣術》EX
《気配察知》EX
《危機察知》EX
《状態異常耐性》EX
《高速自己再生》EX
《火魔法》EX
《水魔法》EX
《風魔法》EX
《木魔法》EX
《土魔法》EX
《雷魔法》EX
《光魔法》EX
◆
「…………」
玲奈が表示を見る。
「こうやって見ると余計すごいね……」
「……?」
「元の数字と、今の数字が一緒に出てるから」
六十万を超える筋力が。今は四千程度。
七十五万を超える敏捷が。今は五千程度。
美月も表示を見ながら言う。
「ちゃんと制限されてるのが分かるね」
「……うん」
「手袋を外したら?」
「……元に戻る」
「すぐ?」
「……すぐ」
「なら大丈夫そう」
玲奈の視線が下へ移る。
「でもさ」
「……?」
「Lv651」
「……うん」
「スキルほとんどEX」
「……うん」
「そこは何も制限されてないんだよね」
「……うん」
「結局、全然普通じゃないんだけど」
「……ステータスは近い」
「分かってるけど!」
玲奈がため息をつく。
「同じくらいの筋力でも、《剣術》EXなんだよね……」
「……うん」
「絶対私と同じ動きにはならないよね」
「……たぶん」
「そこは否定しないんだ」
ひなたが笑う。美月は蓮を見る。
「あと、《身体強化》は?」
「……使える」
「今日は最初から使わないでね」
「……分かった」
「魔法も必要以上に使わない」
「……うん」
「《黒月》は?」
玲奈が聞く。蓮は腰の剣へ視線を向ける。
「……使う」
美月が続ける。
「属性はつけないでね」
「……分かった」
「本当に必要な時だけ」
「……うん」
「普通の剣として使ってみよう」
「……分かった」
《黒月》そのものは、蓮にとって使い慣れた武器。だが。今日は火も。風も。雷も。光も纏わせない。
剣としてだけ使う。それもまた、蓮にとっては少し変わった戦い方だった。
美月がもう一度確認する。
「それから」
「……うん」
「本当に危険だと思ったら、すぐに《封魔の手袋》を解除すること」
「……分かった」
「私たちに確認しなくてもいいからね」
「……いいの?」
「そこはいい」
美月の表情が少し真剣になる。
「パーティーの練習のために、誰かが本当に危険になったら意味ないから」
「……うん」
蓮は頷いた。
十年前。《封魔の手袋》を使っていた時とは、まるで逆だった。
あの頃は、危険になるために自分を弱くした。死なないぎりぎりまで能力を落とし、《生存適応》を働かせる。それが目的だった。
けれど今日は。仲間と一緒に戦うために弱くなる。
そして、仲間が本当に危険になれば。迷わず元の力へ戻る。
「……変な感じ」
「何が?」
美月が聞く。
「……前と逆」
「手袋の使い方?」
「……うん」
美月は少しだけ笑った。
「今は一人じゃないからね」
「…………」
蓮が美月を見る。
「……うん」
◆
《白樹の迷宮》は、市街地から少し離れた場所にあった。ギルドによって周囲は整備され、入口近くには管理施設も設置されている。
蓮は車を降りると、少し離れた場所にあるダンジョンの入口を見た。
「…………」
「どうしたの?」
玲奈が聞く。
「……普通だ」
「何が?」
「……入口」
三人が首を傾げる。
蓮が見ているのは、管理されたダンジョン。周囲には職員。冒険者。注意書き。簡単な休憩場所まである。
十年前。蓮が入ったダンジョンには、そんなものは何一つなかった。
「これが今のダンジョンなんだ」
美月が言う。
「……うん」
受付で四人の冒険者カードを確認してもらう。
「《アストラ》ですね」
「はい」
「《白樹の迷宮》定期調査依頼。確認しました」
職員が端末を操作する。
「現在、内部に異常報告はありません。第20階層までの巡回と、指定対象の確認をお願いします」
「分かりました」
美月が答える。蓮はそのやり取りを静かに見ていた。
入る前に行き先を伝える。誰が入ったのか記録される。何かあれば。外にも情報が残る。
「……ちゃんとしてる」
「何が?」
玲奈が聞く。
「……色々」
「ざっくりしてるなあ」
ひなたが笑う。
「行きましょうか」
美月が三人を見る。
「うん」
「はい」
そして、蓮を見る。
「蓮」
「……うん」
「今日の目的、覚えてる?」
蓮は答える。
「……一人で全部倒さない」
「それから?」
「……先に全部やらない」
「うん」
「……美月の指示を聞く」
「よし」
美月が頷いた。蓮はダンジョンの入口へ視線を向けた。
「…………」
「どうしたの?」
玲奈が聞く。
「……ちゃんとできるかなって」
「え?」
「……一緒に戦うの」
三人が少しだけ驚いた顔をする。
「そこを心配してるんだ」
玲奈が笑った。
「……うん」
「Bランクダンジョンそのものじゃなくて?」
「……魔物は大丈夫」
「だろうね」
玲奈が苦笑する。ひなたも蓮を見る。
「でも、私たちも蓮さんと一緒に戦うのは初めてですよ」
「……初めて」
「はい。前回は蓮さんが助けに来てくれただけでしたから」
「……そっか」
あのSランクダンジョンで。蓮は美月たちと同じ場所にいた。だが。一緒に戦ったわけではない。
蓮が三人を守り。自分一人で敵を倒した。
今回は違う。最初から四人で入り。同じパーティーとして戦う。
それは三人にとっても。蓮にとっても。初めてだった。
「最初から上手くできなくてもいいよ」
美月が言う。
「……いいの?」
「もちろん」
美月は笑う。
「私たちも蓮とどう合わせればいいか、まだ分からないから」
「そうそう」
玲奈も頷く。
「蓮だけの練習じゃなくて、四人の練習ってことで」
「……四人の」
「うん」
蓮は三人を見る。
「……じゃあ」
「うん?」
「……頑張る」
「私たちもね」
美月が答えた。
「じゃあ行こう」
「……うん」
四人が並んで歩き出す。ダンジョンの入口が近づく。
蓮にとって、ダンジョンへ入ること自体は何度も繰り返してきたことだった。けれど。今日は違う。
一人ではない。生き残るためだけでもない。
依頼を受け。仲間と一緒に。同じ目的を持って入る。
《アストラ》として。
蓮にとって初めての。そして三人にとっても初めての。
四人でのダンジョン依頼が。始まろうとしていた。




