第148話 四人で選ぶ依頼
二日後。蓮は再び、美月たちと冒険者ギルドを訪れていた。
今回は、誰かを助けるためでも、事情を聞かれるためでもない。《アストラ》の四人で、次に受ける依頼を選ぶためだった。
「今日は本当に普通の依頼だからね」
ギルドへ入る前、美月が念を押すように言った。
「……うん」
「Sランクダンジョンにも行かない」
「……うん」
「異常が起きてるダンジョンにも行かない」
「……うん」
「最深部に変な魔族もいない」
「……それは、分からなくない?」
「縁起でもないこと言わないで」
玲奈が即座に返した。
「前回が前回だから、本当にやめて」
「……分かった」
ひなたが小さく笑う。
「今回は蓮さんのパーティー練習ですからね」
「……パーティー練習」
「そうです」
この前決めたこと。
一人で先へ行かない。敵を全部一人で倒さない。探索も判断も、自分一人で先回りしない。そして、美月の指示を聞く。
十年間一人で戦ってきた蓮にとっては、強い魔物と戦うことよりも、そちらの方が難しいかもしれなかった。
「……できるかな」
「そこ不安になるんだ」
玲奈が苦笑する。
「魔物相手には一回も言わないのに」
「……魔物は倒せばいいから」
「それをやめる練習なの!」
「……うん」
四人はギルドへ入った。
◆
受付へ向かうと、職員が四人に気づき、すぐに頭を下げた。
「神崎さん。それから皆さん、おはようございます」
「おはようございます」
美月が答える。
「今日は依頼を受けに来ました」
「承知しました」
職員は端末を操作する。そして、何かを思い出したように顔を上げた。
「あ、その前に一点だけ」
「はい?」
「先日のダンジョンに関する調査協力報酬と、依頼報酬、それから追加補償についてですが」
美月たちが職員を見る。
「現在、正式な金額を算定しています」
「まだ時間がかかりそうですか?」
「もう少しだけお時間をいただくと思います。確定しましたら、こちらからご連絡します」
「分かりました」
「お待たせして申し訳ありません」
「大丈夫です」
美月が答える。
「それから、黒瀬さん」
「……?」
名前を呼ばれ、蓮が職員を見る。
「今回の調査協力報酬については、黒瀬さんの分も含めて算定しています」
「……俺も?」
「はい」
職員が頷いた。
「黒瀬さんから提供していただいた情報も、今回の調査では非常に重要なものでしたので」
「……そうなんだ」
蓮はそれだけ答えて頷いた。特に金額を聞く様子もない。
玲奈が横から蓮を見る。
「相変わらず反応薄いね」
「……?」
「報酬もらえるんだよ?」
「……うん」
「嬉しくないの?」
蓮は少し考える。
「……もらえるなら、嬉しい」
「そのくらいなんだ……」
玲奈が苦笑した。職員も少しだけ笑ってから、端末へ視線を戻す。
「では、依頼ですね」
「お願いします」
端末に、現在受注できる依頼が表示された。
ダンジョン内の魔物討伐。素材採取。内部調査。探索。護衛。
その他にも、冒険者向けの様々な依頼が並んでいる。蓮は画面を覗き込んだ。
「…………」
「どう?」
美月が聞く。
「……いっぱいある」
「そりゃあるよ」
「……どれが普通?」
「そこからか」
玲奈が呟いた。
「蓮にとって普通の基準が全然信用できないからなあ」
「……?」
「古龍が基準の人に普通を聞かれても困るの」
「……古龍は強かった」
「知ってる」
美月が画面を操作する。
「今回はBランクくらいにしようと思ってる」
「……Bランク」
「うん」
「私たちなら普段はもっと上も受けるけど」
玲奈が続ける。
「今回は依頼を早く終わらせることが目的じゃないからね」
「……一緒に戦う練習」
「そういうこと」
美月が条件をBランクへ絞った。いくつかの依頼が残る。蓮は一つずつ見ていった。
「……これは?」
蓮が一つを指す。
◆
【Bランク魔物討伐依頼】
指定ダンジョン内に生息する対象魔物を一定数討伐。
◆
玲奈が画面を見る。
「悪くはないけど、今回は違うかな」
「……なんで?」
「これだと戦闘が中心になりすぎるから」
美月が続ける。
「せっかくなら、探索とか移動とかも含めて、パーティーで動く練習ができる依頼の方がいいと思う」
「……そっか」
次の依頼を見る。
「……これは?」
◆
【Bランク素材採取依頼】
指定ダンジョン内部で、特定素材を必要数採取。
◆
「それも今回は違うかな」
ひなたが答えた。
「採取が中心なので、戦闘や連携の練習には向かないかもしれません」
「……採るだけ?」
「必要なら魔物と戦うこともありますけど、目的は素材ですからね」
「……そっか」
蓮が次を見る。
◆
【Bランク護衛依頼】
ダンジョン内部で活動する調査員を指定地点まで護衛。
◆
「……これは?」
「それはまた今度かな」
美月が答えた。
「他の人が一緒にいると、今回は余計に難しくなるから」
「……俺が?」
「主に蓮が」
「……そっか」
「まずは四人だけで動くところからね」
「……分かった」
さらに依頼を探していると。
「あ」
ひなたが一つを見つけた。
「これ、どうですか?」
三人が画面を見る。
◆
【Bランクダンジョン調査依頼】
《白樹の迷宮》
推奨ランク:B
確認済み階層:20階層
依頼内容:
・ダンジョン内部の定期調査
・指定魔物の討伐
・魔石および指定素材の回収
・第20階層までの巡回調査
現在確認されている異常:なし
◆
「これ、いいんじゃない?」
玲奈が言う。
「戦闘もあるし、探索もある」
「私もいいと思う」
美月も頷いた。
「定期調査だから、内部の情報もかなり揃ってるね」
ひなたが過去の記録を確認する。
「最近の調査でも大きな変化はありません。確認されている魔物の種類も、以前とほぼ同じみたいです」
「……異常なし」
蓮が表示を見る。
「うん」
「……本当に?」
「そこ疑わなくていいから」
玲奈が苦笑する。
「今回は普通だから」
「……そっか」
蓮の視線が別の場所へ移る。
「……二十階」
「短い?」
「……うん」
「言うと思った」
美月が笑う。
「でも地上だと、これくらいの規模のダンジョンも普通にあるの」
「……そっか」
蓮にとって、ダンジョンとは。どこまで続くか分からず、生きて帰れる保証もない場所だった。
だが。目の前の依頼には、すでに確認された階層数が書かれている。
出現する魔物。危険な場所。過去の内部構造。必要な装備。
これまでに冒険者たちが集めた情報が、細かく記録されていた。
「……すごい」
「何が?」
美月が聞く。
「……どんな場所か、入る前から分かってる」
三人が蓮を見る。
「……俺の時は、何も分からなかったから」
「…………」
美月の表情が少しだけ変わった。
十年前。世界で初めて現れたダンジョン。蓮がその中へ入った時。人類はまだ、ダンジョンというものすら知らなかった。
何階あるのか。どんな魔物がいるのか。どうすれば外へ出られるのか。
その中で何が起こるのか。何一つ分からない。
蓮は自分で確かめながら、進むしかなかった。
「今は、こういう情報を集めるのもギルドの仕事なんだよ」
美月が言う。
「……そっか」
「冒険者が定期的に入って、以前と変わったところがないか調べる。それを記録して、次に入る人たちが使うの」
「……今回の依頼も?」
「そう」
蓮はもう一度、《白樹の迷宮》の情報を見る。
自分が調べたことが。次に入る誰かの役に立つ。
十年前のダンジョンでは、考えたこともなかった。
「……じゃあ、これがいい」
「決まり?」
玲奈が聞く。
「……うん」
美月も頷く。
「じゃあ、これにしよう」
「私も賛成です」
「私も」
四人の意見が揃った。美月が受付職員へ伝える。
「《アストラ》で、《白樹の迷宮》の定期調査依頼を受けます」
「承知しました」
職員が端末を操作する。少しして。四人の冒険者カードに依頼情報が登録された。
蓮が自分のカードを見る。
◆
受注パーティー
《アストラ》
リーダー:神崎美月
メンバー:
水野玲奈
小川ひなた
黒瀬蓮
受注依頼:
Bランクダンジョン《白樹の迷宮》定期調査
◆
「…………」
蓮はしばらく表示を見ていた。
「どうしたの?」
美月が聞く。
「……初めて」
「何が?」
「……依頼」
三人が蓮を見る。
「あの時のは?」
玲奈が聞く。
「……美月たちを助けに行っただけ」
「ああ……」
「冒険者登録も、そのためでしたもんね」
ひなたが言う。
「……うん」
あのSランクダンジョンは、蓮にとって依頼ではなかった。ニュースで美月たちが危険な状況にいると知った。
だから冒険者登録をして。助けに行った。ただ、それだけだった。
自分で依頼を選び。仲間と一緒に受注し。同じ目的でダンジョンへ向かう。
それは蓮にとって、初めての経験だった。
「……これが冒険者?」
蓮が聞く。
「まだ依頼受けただけだけどね」
玲奈が笑う。
「これから」
「……そっか」
美月も笑った。
「明日の朝、出よう」
「……明日?」
「うん。今日は準備」
「……何を準備するの?」
「食料とか、道具とか。必要な物がないか確認したり」
「……アイテムボックスにある」
「蓮はそうだろうけど」
「……いっぱいある」
玲奈が苦笑する。
「ダンジョンで集めた物、かなり入ってるんでしょ」
「……うん」
「むしろ一回、中身整理した方がいいんじゃない?」
「……俺も全部は覚えてない」
「やっぱり?」
「……鑑定すれば分かる」
「そういう問題じゃない気もするけど……」
ひなたが笑った。そして、何かを思い出したように蓮の手を見る。
「それと、《封魔の手袋》ですよね」
「……うん」
蓮も自分の手を見る。
明日。久しぶりに、あの手袋を使う。
かつては、自分を追い込み、少しでも強くなるために使っていた装備。だが。今度は違う。
「蓮」
美月が呼ぶ。
「……うん」
「どこまでステータスを下げるかは、明日みんなで決めようね」
「……分かった」
「勝手にぎりぎりまで下げちゃ駄目だからね」
「…………」
「蓮?」
「……分かった」
「今ちょっと間があったよね?」
「……気のせい」
「絶対違う」
玲奈が笑う。ひなたも笑った。
蓮は三人を見る。そして、ほんの少しだけ。明日が楽しみだと思った。
強い敵がいるからではない。まだ見たことのないダンジョンだからでもない。
初めて。《アストラ》の四人で。一つの依頼へ向かうからだった。




