第144話 四人目
ギルドを出た頃には、外は少しだけ落ち着きを取り戻していた。記者会見の影響もあるのだろう。建物の周辺に報道関係者の姿は残っているものの、朝のように大勢が押し寄せてくる様子はない。
「やっと終わった……」
玲奈が大きく息を吐いた。
「長かったですね」
ひなたも少し疲れたように笑う。
ここ一日ほどで起きたことが多すぎた。ダンジョン災害から始まり、Unknownの正体まで世界に知られ、事情聴取に記者会見。十億円規模の魔石や、地上では前例のない魔物素材の話まで出てきた。ようやく一段落したところだった。
「今日はもう何も起きないでほしいな」
玲奈が呟く。
「玲奈、そういうこと言った日に限って何か起きるんだからやめて」
美月が苦笑する。
「私のせいじゃないでしょ」
「昨日から色々ありすぎるから、念のため」
「念のためって何よ」
ひなたが小さく笑う。蓮だけが三人のやり取りを眺めていた。
「……帰る?」
「うん。帰ろうか」
美月が答える。四人は駐車場へ向かって歩き始めた。
その途中。玲奈がふと蓮を見る。
「……あ」
蓮も見る。
「……?」
「そういえばさ」
「……うん」
「蓮って今、どこのパーティーにも入ってないんだよね?」
「……入ってない」
美月が玲奈を見る。ひなたも何かに気づいたようだった。
今日。支部長との話の中でも確認されていた。蓮は現在。特定のパーティーにも、組織にも所属していない。完全な無所属だった。
「でさ」
玲奈が続ける。
「蓮、さっき言ってたじゃん」
「……何を?」
「普通に暮らしたいって」
「……うん」
「美月たちと一緒にいたいって」
「……うん」
蓮は迷いなく頷いた。美月が少しだけ視線を逸らす。玲奈はそれを見て口元を緩めたが、今は何も言わなかった。
「だったらさ」
「……?」
玲奈は立ち止まる。そして。
「アストラに入れば?」
蓮が瞬きをした。
「……アストラに?」
「うん」
美月が驚いたように玲奈を見る。
「玲奈?」
「いいと思わない?」
「いや、それは……」
美月は蓮を見る。蓮も美月を見ていた。
「……入るって?」
玲奈が固まる。
「そこから?」
「……?」
「パーティーに入るって意味」
「……それは分かる」
「じゃあ何が分からないの?」
蓮は少し考えた。
「……入ったら、何するの?」
「…………」
玲奈が額を押さえた。
「やっぱりそこからだった」
ひなたが小さく笑う。
「蓮さん、パーティーを組んだことないんですよね」
「……ない」
「十年間ずっと一人だったもんね」
美月が言う。
「……うん」
誰かと役割を分ける。互いの動きを見ながら戦う。誰かに任せるところは任せる。そんな戦い方を。蓮は経験したことがなかった。
玲奈が説明する。
「まあ簡単に言えば、一緒に依頼受けたり」
「……うん」
「一緒にダンジョン行ったり」
「……うん」
「戦う時は、それぞれ役割決めて動いたり」
「……役割?」
「私は前衛。美月は魔法。ひなたは回復と支援」
玲奈は蓮を見る。
「で、蓮は……」
止まる。
「…………」
「……?」
「何になるんだろ」
美月が苦笑する。
「そこはあとで考えればいいんじゃない?」
「だって何でもできるじゃん」
「……何でもはできない」
「蓮基準で言わないで」
「……?」
ひなたが笑う。
「報酬も、基本はパーティーで相談して分けます」
「……お金?」
「はい」
「……俺、いらないかも」
「そこは最初から放棄しないで」
玲奈がすぐに止める。
「……だめ?」
「だめ」
「……難しい」
「それもこれから覚えればいいよ」
美月が言った。蓮は少し考える。
「……でも」
「うん?」
「……それ」
三人を見る。
「……今と、あんまり変わらない?」
「…………」
三人が黙った。
一緒にいる。一緒に出かける。一緒にダンジョンへ行く。困った時には助ける。
確かに。蓮からすれば。すでに始まっていることに、名前が付くだけなのかもしれない。
玲奈が腕を組む。
「まあ……言われてみればそうなんだけど」
「……じゃあ」
「でも、正式に仲間になるってこと」
「……仲間」
蓮がその言葉を繰り返した。玲奈が頷く。
「そう」
ひなたも蓮を見る。
「私は、蓮さんが入ってくれたら嬉しいです」
「……ひなたが?」
「はい」
「……なんで?」
「一緒にいて楽しいからです」
「…………」
蓮が少しだけ目を見開く。
強いから。世界ランキング一位だから。Sランクダンジョンを攻略できるから。そんな理由ではなかった。
玲奈も続ける。
「私も賛成」
「……玲奈も?」
「うん」
「……なんで?」
「そりゃ、強いのも助かるけど」
玲奈は少し笑う。
「それだけなら、こんな話してないよ」
「……?」
「蓮だから誘ってるの」
蓮は黙った。そして。最後に美月を見る。
「……美月は?」
「私は……」
美月は少し迷った。
蓮と一緒にいられる。それは嬉しい。十年間。もう二度と会えないと思っていた幼なじみ。
その蓮が。今。目の前にいる。
だからこそ。美月は一度だけ、きちんと確認したかった。
「蓮」
「……うん」
「世界一位だから入ってほしいわけじゃないよ」
「……うん」
「強いからでもない」
「……うん」
「アストラに入ったら、蓮だけで全部やるんじゃなくて、私たちと一緒にやっていくことになる」
「……一緒に?」
「うん」
「蓮が一人でやった方が早いことでも、みんなでやることもあると思う」
蓮は少し考える。
十年間。一人で戦い。一人で進み。一人で生きてきた。
地上へ帰ってきてからも。美月を助ける時は。自分一人でダンジョンへ飛び込んだ。
だが。これからは違う。
「……それが、パーティー?」
「そう」
美月が笑う。
「だから」
少しだけ言葉を区切る。
「蓮自身が、私たちと一緒にやっていきたいと思うなら」
「……うん」
「私は、入ってほしい」
蓮は三人を見る。
玲奈。ひなた。そして。美月。
「……入ったら」
「うん」
「……美月たちと、一緒にいられる?」
美月は迷わなかった。
「いられるよ」
「……そっか」
蓮は少しだけ考えた。
世界ランキング。組織。勧誘。待遇。そんなものは何一つ考えなかった。
「……じゃあ、入る」
「…………」
玲奈が瞬きをする。
「決まるの早くない?」
「……だめ?」
「だめじゃないけど!」
玲奈が思わず声を上げる。
「世界中の組織が欲しがってる世界一位の加入が、そんな感じで決まっていいの?」
「……?」
「もっとこう、条件とか!」
「……いらない」
「報酬とか!」
「……よく分かんない」
「待遇とか!」
「……美月たちと一緒ならいい」
「…………」
玲奈が黙る。ひなたが口元を押さえて笑った。美月も少しだけ頬を赤くする。
「本当に、それだけでいいの?」
美月が聞いた。蓮は頷く。
「……うん」
そして。
「……美月たちだから」
美月が固まった。玲奈がゆっくり美月を見る。ひなたも見る。
「……何?」
美月が二人を見る。
「別に?」
「何も言ってません」
「その顔やめて」
蓮だけが分からず首を傾げている。
「……?」
「蓮も気にしなくていいから」
「……うん」
玲奈が笑う。
「じゃあ、決まりだね」
「……うん」
「今日から蓮もアストラの――」
そこで。玲奈が止まった。
「……あ」
美月が見る。
「どうしたの?」
「加入手続き」
「…………」
ひなたも気づく。
「あ」
四人が揃って振り返った。目の前には。つい先ほど出てきたばかりのギルドがある。
蓮が聞く。
「……戻るの?」
「戻るね」
玲奈が答えた。
「……そっか」
◆
数分後。支部長は執務室で、一人資料を前にしていた。
Sランク災害。Unknown。Lv258の《魔公》。Lv250前後の素材。九十一階層。
Lv300台後半の魔物。十億円規模の魔石。どの情報をどこまで上層部へ報告するべきか。そして。黒瀬蓮という世界ランキング一位との距離を、今後どう取るべきなのか。
「…………」
頭が痛い。そう思いながら資料へ目を落としていた時。扉がノックされた。
「どうぞ」
職員が顔を出す。
「支部長」
「はい」
「黒瀬蓮さんたちが戻られました」
「…………」
支部長が顔を上げる。
「戻ってきた?」
「はい」
数分前に帰ったはずだった。
「何か忘れ物でも?」
「いえ、その……」
職員も少し困惑したような顔をしている。
「パーティーのメンバー追加手続きをしたいそうです」
「……メンバー追加?」
「はい」
「どちらの?」
「《アストラ》です」
「…………」
支部長は黙った。
嫌な予感ではない。むしろ。その逆だった。
「追加される方は?」
分かっていながら。聞く。
「黒瀬蓮さんです」
「…………」
支部長はしばらく何も言わなかった。
世界ランキング一位。どこの組織にも所属していなかったUnknown。世界中から勧誘が届いている男。
その黒瀬蓮が。日本の一パーティーへ。自分の意思で入るという。
「……そうですか」
支部長は椅子の背にもたれた。
つい先ほどまで。どうすれば蓮に日本を安心できる場所だと思ってもらえるか。どうすれば余計な干渉をせず、信頼関係を守れるか。そんなことを考えていた。
だが。その答えの一つが。向こうから戻ってきた。
神崎美月。水野玲奈。小川ひなた。そして。黒瀬蓮。
蓮自身が。ここに居場所を作ろうとしている。
「……分かりました」
支部長は立ち上がる。
「私も行きます」
「支部長もですか?」
「ええ」
扉へ向かいながら。支部長は、ほんの少しだけ笑った。
「これは、直接確認しておきたいので」
◆
三人だった《アストラ》に。その日。四人目が加わることになった。
世界ランキング一位。七年間、正体不明だったUnknown。
そんな肩書きではなく。美月たちと一緒に歩いていく。一人の。新しい仲間として。




