↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
142/492

第142話 地上にはない素材

「……見る?」


「ぜひ」


 支部長の返事は早かった。


 だが、蓮がその場でアイテムボックスへ手を伸ばそうとすると、支部長が慌てて止める。


「少々お待ちください」


「……?」


「ここで出されるおつもりですか?」


「……うん」


「できれば場所を移しましょう」


「……なんで?」


 支部長が会議室を見回した。


「Lv250前後の魔物の素材ですよね?」


「……たぶん」


「何が出てくるか分からない以上、通常の会議室で確認するものではありません」


「……そうなの?」


「そうです」


 玲奈が横から頷く。


「私もそっちがいいと思う」


「……分かった」


      ◆


 四人は支部長に案内され、ギルド内部の素材査定室へ移動した。


 大型の魔物素材にも対応できるよう、天井は高く、床も広い。壁際には計測器や鑑定用の設備が並び、支部長から連絡を受けた数名の職員も集まっていた。


「こちらなら大丈夫です」


「……はい」


 蓮は部屋の中央まで歩いていった。支部長が確認する。


「黒瀬さん。先ほど、Lv250前後の魔物の素材をお持ちだと?」


「……うん」


「どの魔物のものか分かりますか?」


 蓮は少し考えた。


「……今は覚えてない」


「分からないということですか?」


「……鑑定したら分かる」


「鑑定で?」


「……うん」


 支部長は一瞬黙ったが、それ以上は追及しなかった。


 玲奈が蓮を見る。


「ちょっと待って」


「……?」


「Lv250くらいの素材って、一体分じゃないの?」


「……うん」


「じゃあ、どのくらいあるの?」


 蓮は少し考える。


「……何体分もあると思う」


「…………」


 素材査定室が静かになった。


「何体分も?」


「……うん」


 支部長が確認するように聞く。


「Lv250前後と思われる魔物の素材が、複数の個体分あるという意味ですか?」


「……はい」


「正確な数は?」


「……分かんない」


「分からない?」


「……その辺の階層の素材、いっぱいあるから」


「その辺の階層……?」


「……うん」


 玲奈が額に手を当てる。


「その言い方だけで嫌な予感するんだけど」


「……?」


「まあいいや。とりあえず出してみて」


「……うん」


 蓮はアイテムボックスの中を確認し、その中から一つを選ぶ。


「……じゃあ、これ」


 次の瞬間、床の上に、大きな素材が現れた。


 分厚い黒色の皮。人間の腕ほどもある巨大な爪。鋭く湾曲した牙。太い骨。そして、それらとは別に大きな魔石。


「…………」


 誰もすぐには口を開かなかった。


 最初に動いたのは、素材担当の職員だった。


「これは……」


 慎重に近づき、手袋を着けて素材を確認していく。


 ただし、その状態はギルドで普段扱われている素材とは少し違っていた。皮の切断面は不揃いで、ところどころ余分な肉や筋が残っている。


 骨にも刃物を何度も入れたような跡があり、牙や爪の根元も専門家が処理したように綺麗ではない。


「……これは、一体分でしょうか?」


 玲奈が蓮を見る。


「これ、全部同じ魔物?」


「……うん」


「もしかして、蓮が解体したの?」


「……うん」


「自分で?」


「……必要だったから」


 素材担当者が皮の端を確認する。


「なるほど……」


 美月が尋ねる。


「何か変なんですか?」


「いえ。むしろ納得しました」


 担当者は切断面を見る。


「専門的な解体処理ではありません。素材を綺麗に仕上げるというより、必要な部位を取り出すことを優先した切り方です」


 玲奈が蓮を見る。


「ずっとこんな感じでやってたの?」


「……途中まで」


「途中まで?」


「……後の方は、自分でやってない」


「後の方?」


「……アイテムボックスに入れたら、自動で解体されるようになった」


「…………自動で?」


 玲奈が固まる。ひなたも目を丸くした。


 その横で、美月だけが少しだけ苦笑した。


 ――それ、蓮言うんだ。


 そんな顔だった。


「美月?」


「ううん、なんでもない」


「……?」


 蓮は分からないまま首を傾げる。玲奈が美月を見る。


「美月、知ってた?」


「うん。前に蓮から聞いたよ」


「聞いてないんだけど」


「話す機会なかったから」


「それで済ませていい機能じゃない気がする」


 支部長も驚いてはいたが、それ以上は踏み込まなかった。


「アイテムボックスの機能については、詳しく伺わないことにしましょう」


「……いいの?」


「はい。黒瀬さん個人の能力や所有物に関する情報ですから」


「……ありがとうございます」


 蓮は小さく頷いた。


 十年間の最初から、自動で解体されていたわけではない。それ以前は、蓮自身が魔物の遺体を解体していた。


 食べるため。使えるものを残すため。


 誰かに教わったわけでもない。何度も繰り返すうちに、必要な部分を取り出せるようになっただけだった。


 そして、長いダンジョン生活の後半。アイテムボックスに入れた魔物が、自動で素材ごとに分けられるようになった。


 支部長は素材担当者へ視線を向ける。


「確認を」


「はい」


 担当者が慎重に皮や牙を調べていく。別の職員は魔石を専用の台へ載せた。


 しばらくして。


「……支部長」


「どうですか?」


「少なくとも、当ギルドで通常取り扱っている魔物素材とは明らかに違います」


「具体的には?」


「魔力含有量が高すぎます。それに、皮の強度も……」


 測定器を見た職員が眉を寄せる。


「通常の測定範囲を超えています」


「こちらの牙もです」


 別の担当者が続ける。


「加工できる設備があるかどうかから検討が必要かもしれません」


 玲奈が小さく呟いた。


「そんなに……」


 蓮は並んだ素材を見る。


「……珍しくなかったけど」


「何が?」


 玲奈がすぐに聞き返した。


「……その辺の階層にいたから」


「その辺って、どの辺?」


 蓮は少し考えた。


「……七十階層くらい」


「…………」


 玲奈の表情が止まる。支部長も反応した。


「七十階層前後、ですか?」


「……たぶん」


「先ほどからLv250前後とおっしゃっていますが、この魔物の正確なレベルをご記憶なのですか?」


 蓮は首を横に振った。


「……覚えてない」


「では、なぜLv250前後だと?」


「……七十階層くらいの魔物」


「はい」


「……だいたい、そのくらいだったから」


「…………」


 支部長が黙った。素材担当者も蓮を見る。


 玲奈がゆっくり聞き返す。


「待って」


「……?」


「その魔物だけがLv250くらいだったんじゃなくて?」


「……うん」


「七十階層辺りにいた魔物が?」


「……だいたい、そのくらい」


「…………」


 再び静かになった。


 美月だけは、蓮から聞いた十年間の話を思い出していた。階層を下りるたびに、魔物は強くなった。それでも蓮は、さらに先へ進み続けた。


 目の前に並んでいる素材も、その途中で戦った魔物の一体から得たものにすぎない。


 だが、地上では違う。一般的な冒険者は、Lv50前後で成長の壁にぶつかる。Lv100を越えられる者ですら、世界でもごく僅か。


 そして、知られている人間の中にLv200を越えた者はいない。


 そんな世界で、Lv250前後の魔物が、一体だけではなく、同じ階層帯に何体も存在していた。


「……黒瀬さん」


 支部長の声が少し低くなる。


「そのレベル帯の魔物とは、何度も戦ったのですか?」


 蓮は少し考える。


「……通るから」


「通る?」


「……先に行くのに」


「…………」


「……邪魔だったら倒す」


 玲奈が目を閉じた。


「やっぱり蓮に聞くと感覚がおかしくなる……」


「……?」


「褒めてないからね」


「……そうなの?」


「そう」


 支部長はさらに聞きかけたが、途中で止めた。


「……失礼しました」


「……?」


「黒瀬さんの過去について、詳しく伺わないというお話でしたね」


「……はい」


「これ以上、そこへ踏み込むつもりはありません」


「……分かりました」


 そこで、支部長は少し迷うように黙った。そして、もう一度蓮を見る。


「……ただ、黒瀬さん」


「……はい」


「一つだけ、伺ってもよろしいでしょうか」


 蓮が首を傾げる。


「……?」


「先ほど申し上げたことと矛盾するようで申し訳ありません。黒瀬さんの過去について、無理に聞くべきではないことは承知しています」


 美月が支部長を見る。支部長は続けた。


「ですので、答えたくなければ答えていただかなくて構いません」


「……はい」


「先ほど買い取りのお話をさせていただいた、あの魔石についてです」


「……十億の?」


「はい」


 以前、美月が持ち込んだ巨大な魔石。初期査定だけでも十億円。


 現在のギルドでは、正確な価値すら決められていない魔石だった。


「魔物の種類や能力、どこでどのように戦ったのか。そのようなことを伺うつもりはありません」


 支部長は慎重に言葉を選ぶ。


「可能であれば――元になった魔物のレベルだけでも、教えていただけないでしょうか」


「……レベル?」


「はい」


「……査定のため?」


「それもあります」


 支部長が頷く。


「今確認しているLv250前後の素材と比較する上でも、あの魔石がどの程度の魔物から得られたものなのか分かれば、大きな参考になります」


「……そっか」


 蓮は少し考えた。


「あれ……」


 記憶を辿る。


「……九十一階層だったと思う」


「…………九十一?」


「……うん」


 支部長の顔が僅かに強張る。玲奈も蓮を見る。


「九十一階層の魔物?」


「……うん」


「レベルは?」


 蓮は少し考えた。


「……正確には覚えてない」


「おおよそで構いません」


「……300台後半くらいだったと思う」


「…………」


 誰もすぐには反応できなかった。支部長がゆっくり聞き返す。


「……Lv300台後半、ですか?」


「……うん」


 素材担当者たちの視線が、一斉に蓮へ向く。玲奈が額を押さえた。


「待って待って」


「……?」


「今のLv250が七十階層くらいだったよね?」


「……うん」


「九十一階層で、300台後半?」


「……うん」


「じゃあ、その先って……」


 言いかけて、玲奈が止まった。蓮の過去へ踏み込みすぎる。それに気づいたのだ。


 支部長も、それ以上は聞かなかった。


「……ありがとうございます」


「……これだけでいいの?」


「十分です」


 支部長ははっきり答えた。


「むしろ、十分すぎるほどです」


 七十階層前後。Lv250前後。


 九十一階層。Lv300台後半。


 そして、そのさらに先に、蓮がすでに倒したと聞かされている、Lv600の古龍がいた。


 目の前の数字だけでも、蓮が十年間を過ごした場所が、地上の常識からどれほど外れていたのか。十分すぎるほど伝わっていた。


 素材担当者はまだ目の前の素材を調べ続けている。


「支部長」


「はい」


「現時点では、価格を出せません」


 蓮が見る。


「……売れない?」


「逆です」


 担当者は即座に首を横に振った。


「比較できる取引例がありません」


「……?」


「この水準の素材を、いくらで評価すべきなのか判断するための前例がないんです」


「……そうなの?」


「はい」


 牙。爪。皮。骨。魔石。


 どれも、現在の地上では簡単に価格を決められるものではない。


「研究資料としても非常に価値があります」


 支部長が蓮を見る。


「黒瀬さん」


「……はい」


「お願いがあります」


「……?」


「この素材の一部を、詳しく調査させていただくことは可能でしょうか?」


「……いるの?」


「ぜひ」


 また即答だった。


 蓮は少し考える。


「……じゃあ、欲しいの持っていっていいよ」


「それはできません」


「……なんで?」


 今度は支部長が即答した。


「所有者は黒瀬さんです」


「……うん」


「価値もまだ分かっていない素材を、ギルドが勝手に選んで持ち帰るわけにはいきません」


「……また?」


 玲奈が笑う。


「十億の魔石と一緒」


「……難しい」


「地上ではそういうところちゃんとするの」


「……そっか」


 支部長も苦笑した。


「まずは黒瀬さんの所有物のまま、一部を調査用としてお預かりする形がよいでしょう」


「……預ける?」


「はい。調査内容も記録し、素材を使用する必要がある場合は事前に黒瀬さんへ確認します」


「……分かりました」


「その上で、もし黒瀬さんに売却の意思があるのであれば、改めて相談させてください」


「……はい」


 玲奈が蓮を見る。


「今度は勝手に『あげる』って言わないでよ」


「……言ってない」


「さっき『持っていっていい』って言ったでしょ」


「……同じ?」


「ほぼ同じ」


「……そっか」


 ひなたが笑った。


 素材担当者たちは、目の前に並ぶものから目を離せない。


 Lv250前後。それだけでも異常なのに、蓮のアイテムボックスには、七十階層前後で戦った同じレベル帯の魔物から得た素材が、まだ何体分も眠っている。


 そして、十億円という初期査定がついた魔石は、九十一階層のLv300台後半の魔物から得たものだった。


 それでも、そこはまだ、最深部ではない。


 蓮だけが、そんな周囲の反応を不思議そうに見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。