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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

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第140話 ギルドの公式発表

蓮がそう言うと、支部長は静かに頷いた。


「分かりました」


 そして、それまでとは別の資料を手元へ引き寄せる。


「そのうえで、もう一つ。こちらから提案があります」


「……?」


「本日、ギルドとして記者会見を開こうと考えています」


 蓮の表情が止まった。


「……記者会見」


「はい」


「……俺も?」


 支部長は首を横に振る。


「いいえ。黒瀬さんご本人に出席していただく必要はありません」


「……よかった」


 ほとんど間を置かない返事だった。玲奈が吹き出す。


「今、絶対ほっとしたでしょ」


「……うん」


「隠す気もないんだ」


「……あんなに人いるの、嫌だから」


 今朝、美月の家の前を埋めていた報道陣を思い出したのだろう。蓮は明らかに嫌そうな顔をしている。


 美月が苦笑した。


「蓮を会見に出したら、聞かれたこと全部そのまま答えそうだもんね」


「……だめ?」


「内容によるかな」


「……難しい」


「だから、今回はギルドに任せよう」


「……うん」


 支部長も頷いた。


「我々としても、その方がいいと考えています」


 机の上の資料を開く。


「現在、黒瀬さんについて確認されていない情報や憶測が、かなりの速度で広がっています」


「……憶測?」


「例えば、黒瀬さんが以前から日本政府の秘密組織に所属していた。海外で極秘活動をしていた。七年間正体を隠していたのには何か理由がある――そういった話です」


「……違うけど」


「はい。ですが、公式な情報が少ないため、さまざまな話が勝手に作られています」


 蓮が眉を寄せる。


「……なんで?」


「情報がないからこそ、人は想像します」


 玲奈が小さく頷く。


「ネットなんて特にそうだろうね」


「……ネット」


「蓮は今、あんまり見ない方がいいかも」


「……なんで?」


「もっと面倒になるから」


「……じゃあ見ない」


 即答だった。


「素直だね」


 ひなたが小さく笑った。支部長は話を戻す。


「そこで、ギルドから確認できている事実だけを公式に発表します」


「……何を?」


「まず、《Unknown》と黒瀬蓮さんが同一人物であること」


 蓮が頷く。


「黒瀬さんは二十五歳の日本人であり、昨日正式に冒険者登録を行ったこと」


「……はい」


「現在、世界ランキング一位として登録されていること」


「……はい」


「そして昨日、Sランク化したダンジョンへ単独で進入し、《アストラ》の三名とともに無事帰還したこと」


 美月が支部長を見る。


「ダンジョンについては?」


「攻略完了が確認され、その後、入口が消滅したことまで公表します」


「中のことは?」


「詳細は公表しません」


 支部長は即答した。


「最深部に存在した魔物の詳細、内部での戦闘内容、黒瀬さんが使用した能力についても非公表とします」


「それがいいと思います」


 美月が頷く。


「私のことも?」


 支部長の表情が少し真剣になる。


「神崎さんが一度死亡したことについては、公表しません」


 美月もすぐに頷いた。


「お願いします」


 玲奈とひなたの表情も変わる。


「黒瀬さんが使用した特殊なアイテムについても、一切触れません」


「……はい」


 蓮が答える。


「公表するのは、《アストラ》の三名が救出され、現在四名とも健康上の問題はないという事実だけです」


「それでいいです」


 美月が答えた。


「その他、黒瀬さんのステータス、保有スキル、装備、アイテム、これまでの経歴についても回答しません」


 蓮は静かに聞いている。


「それから、黒瀬さんや神崎さんたちの私生活に対する過度な取材を控えるよう、ギルドから正式に要請します」


 美月が少し安心した表情を見せる。


「家の前の人たちも?」


「もちろんです。個人宅周辺での長時間の待機や、近隣住民への過度な取材についても控えるよう求めます」


 蓮が反応する。


「……帰る?」


「全員とは言えませんが、少なくともギルドが公式に要請する意味はあります」


「……そっか」


 蓮の顔が僅かに明るくなった。玲奈が笑う。


「そこが一番嬉しそう」


「……家、静かな方がいいから」


「分かるけど」


 支部長はさらに確認する。


「海外での活動についてはどうしましょう」


 蓮が見る。


「……?」


「先ほど、現時点で海外を拠点に活動する意思はないと伺いました」


「……はい」


「その点を公表してもよろしいですか?」


 蓮は美月を見る。


「蓮が嫌じゃなければ、言ってもいいと思うよ」


「……なんで?」


「海外から同じ質問が何度も来てるなら、先に答えておいた方が少しは減るかもしれないから」


 蓮は少し考える。


「……じゃあ、いい」


「分かりました」


 支部長が記録担当者へ伝える。


「『本人から、現時点で海外を拠点に活動する意思はないと確認している』。その程度に留めましょう」


「はい」


 記録担当者が入力する。


「理由については?」


 支部長が蓮を見る。


「……美月がいるから?」


「それは言わなくていい!」


 美月が即座に止めた。会議室に少しだけ笑いが起きる。


 蓮は首を傾げる。


「……だめ?」


「だめじゃないけど、今は言わなくていいの」


「……分かった」


 玲奈が美月を見ながら笑っている。


「美月、顔赤くない?」


「赤くない」


「そう?」


「玲奈」


「はいはい」


 ひなたも小さく笑った。


      ◆


 その日の午後。


 ギルド本部の会見場には、多くの報道関係者が集まっていた。


 国内のテレビ局。新聞。ネットメディア。海外の報道機関。


 カメラが並び、会場の空席はほとんどない。壇上に立ったのは、蓮ではない。ギルドの広報責任者と、今回の件を担当する幹部だった。


「それでは、昨日確認された世界ランキング一位《Unknown》に関する発表を行います」


 無数のカメラが一斉に向けられる。


「世界ランキング一位として《Unknown》の名称で登録されていた人物は、日本人冒険者、黒瀬蓮氏であることを確認しております」


 会場がざわつく。


「黒瀬氏は二十五歳。昨日、日本国内の冒険者ギルドにて正式に冒険者登録を行いました」


 記者たちが一斉に端末へ入力する。


「また昨日、Sランク化したダンジョンへ黒瀬氏が単独で進入し、《アストラ》所属の三名とともに無事帰還したことも確認しております」


 さらに続ける。


「当該ダンジョンについては攻略完了を確認しており、その後、入口の消滅も確認されています」


 途端に、会場のざわめきが大きくなった。すぐにいくつもの手が上がる。


「質問を!」


「Unknownが黒瀬氏として確認された理由は?」


「なぜ七年間も正体不明だったんですか?」


「黒瀬氏はこれまでどこにいたのでしょうか!」


「Sランクダンジョンを一人で攻略したということですか!」


 次々と声が上がる。広報責任者が手を上げた。


「順番にお願いします」


 最初の記者が立つ。


「黒瀬蓮氏が《Unknown》本人であることに、疑いはないのでしょうか?」


「ありません」


「どのように確認したのですか?」


「冒険者登録時に、ランキングシステム上の《Unknown》表記が黒瀬蓮氏の実名へ更新されたことを確認しております」


 次の記者。


「黒瀬氏は七年間、どこにいたのですか?」


「個人の経歴に関わるため、お答えできません」


「海外にいたという情報もありますが?」


「確認されていない情報についてコメントはいたしません」


「政府機関に所属していたという話は?」


「そのような事実は確認しておりません」


 さらに別の記者が立つ。


「先ほど、黒瀬氏が単独でSランクダンジョンへ進入したと発表されました。では、実質的に黒瀬氏一人で攻略したということですか?」


「黒瀬氏が単独で進入したことは確認しております。ただし、内部で誰がどの戦闘を行ったかについては公表いたしません」


「ですが、アストラ三名を救出したのは黒瀬氏本人なのですね?」


「はい。それは確認しています」


「黒瀬氏のレベルはいくつですか?」


「非公表です」


「ステータスは?」


「非公表です」


「保有スキルは?」


「同様です」


 質問する側の声が少しずつ熱を帯びていく。


「Unknownは世界ランキング一位です! 世界二位との能力差はどれほどあるのですか!」


「ランキング以外の個人的な能力情報については回答いたしません」


「最深部にいた魔物については?」


「詳細は公表しておりません」


「すでに種類や能力は特定されているのですか?」


「調査内容については回答を控えます」


「黒瀬氏がその魔物を倒したのでしょうか?」


「内部の戦闘内容については回答いたしません」


 さらに別の場所から声が上がる。


「黒瀬氏は現在、どこかのパーティーや組織に所属しているのでしょうか?」


「所属や契約状況については、本人の意向もあるため回答を控えます」


「では無所属である可能性もあると?」


「回答は同じです」


 別の記者が立ち上がる。


「海外のギルドや組織から接触は?」


「個別の問い合わせについては回答できません」


「他国で活動する可能性は?」


 広報責任者が答える。


「黒瀬氏本人から、現時点で海外を拠点に活動する意思はないと確認しております」


 会場がまた大きくざわめいた。


「では、日本で活動を続けると?」


「現時点では、その認識です」


「理由は?」


「本人の私生活に関わるため回答いたしません」


      ◆


 同じ頃。


 蓮たちは、ギルド内の別室で会見の中継を見ていた。テレビ画面いっぱいに記者が映っている。次々と手を上げ、途切れることなく質問していた。


 蓮はしばらく無言で画面を見る。


「……いっぱい」


「今朝の家の前より多いね」


 玲奈が答える。


「……あそこに行かなくてよかった」


「でしょ?」


 美月が笑う。


「……うん」


「もし蓮があそこに座ってたら、どうなってたかな」


 玲奈が聞く。蓮は少し考える。


「……聞かれたこと、答える」


「だから危ないんだって」


「……そっか」


 画面では、さらに別の記者が質問している。


『黒瀬氏本人の会見予定はありますか?』


『現時点では予定しておりません』


『本人が取材を拒否しているということでしょうか?』


『現在は、昨日発生したダンジョン災害から帰還した直後でもあります。本人および関係者への過度な取材はお控えください』


 広報責任者の声が続く。


『特に、黒瀬氏および《アストラ》関係者の居住地周辺での長時間の待機、近隣住民への取材、私生活を妨げる行為については、ギルドとして強く自粛を要請します』


 蓮が画面を見る。


「……言ってくれた」


「うん」


 美月が答える。


「これで少しは落ち着いてくれるといいんだけど」


「……家の前、減るかな」


「減ってほしいね」


 玲奈が言う。


「ゼロにはならなそうだけど」


「……ゼロがいい」


「それはみんなそう思ってるよ」


 ひなたが小さく笑った。


 会見はその後もしばらく続いた。だが、ギルド側は最後まで線を崩さなかった。


 蓮のステータス。スキル。装備。過去。昨日のダンジョン内部での詳細な戦闘。


 どのパーティーや組織に所属しているのか。そのどれについても、必要以上の情報は公表されなかった。


      ◆


 会見が終わったあと、支部長が四人のいる部屋へ戻ってきた。


「お待たせしました」


「お疲れさまでした」


 美月が頭を下げる。


「いえ。こちらこそ、ご協力ありがとうございます」


 支部長は椅子へ座る。


「これですべての取材が止まるわけではありません」


 蓮が見る。


「……止まらない?」


「残念ながら」


「……そう」


 目に見えて肩を落とした。


「ただ、公式な情報と問い合わせ窓口を一本化しましたので、少なくとも今までよりは対応しやすくなります」


「……家の前は?」


「ギルドからも改めて報道各社へ要請を出します」


「……分かりました」


 蓮は少しだけ安心したようだった。支部長はそんな蓮を見て、僅かに笑う。


「世界ランキング一位として世界中から注目されている方が、一番気にしているのが自宅前の静けさとは思いませんでした」


「……普通に暮らしたいから」


 蓮は迷わず答えた。支部長は少しだけ目を細める。


「そうでしたね」


 美月も蓮を見る。


 世界中が、黒瀬蓮という名前を知った。だが、当の本人が望んでいるものは変わらない。


 世界一位としての特別な生活ではなく。


 ようやく取り戻した、普通の日常だった。

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