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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

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第137話 五十階層の報告

支部長は記録担当者へ目を向けた。


「では、五十階層についてお願いします」


「はい」


 記録担当者が端末を準備する。支部長は蓮を見る。


「黒瀬さん。覚えている範囲で構いません。まず、《ヴァルゼイン》を《鑑定》した時に確認できた情報を教えていただけますか?」


「……全部?」


「話しても問題ない範囲で結構です」


 蓮は少し考えてから、美月を見る。美月は何も言わなかった。話すかどうかは、蓮自身に任せている。


「……分かりました」


「では、レベルからお願いします」


「……258」


 一瞬、誰も反応できなかった。記録担当者の指が、端末の上で止まる。


「…………え?」


 聞き間違えたと思ったのか、担当者が蓮を見る。


「今……いくつと?」


「……258」


「二百……五十八?」


「……はい」


 会議室の空気が一変した。ダンジョン管理担当が、椅子から僅かに身を乗り出す。


「ちょっと待ってください。本当にLv258と表示されていたんですか?」


「……はい」


「見間違いではなく?」


「……ないです」


 職員たちが顔を見合わせる。記録担当者は、まだ数字を入力できていなかった。


 一般的な冒険者は、Lv50前後で成長の限界を迎える。そこを越えてなお成長できる者が、ようやくAランクと呼ばれる領域へ入る。


 そしてLv100を越えられるのは、その中でもさらに一握り。Sランクと呼ばれる世界最高峰の冒険者たちだった。


 だが、人類にはLv200を越えた者など一人も存在しない。


「……Lv258」


 支部長が、確認するように呟いた。


「人類の到達領域を……完全に越えている」


 玲奈とひなたも、改めてその数字の異常さを実感していた。


 昨日は、目の前にヴァルゼインがいた。生き残ることに必死で、数字の意味を冷静に考える余裕などなかった。


 だが今、改めて聞けば、自分たちが何と同じ空間にいたのか嫌でも分かる。


 支部長が一度息を整えた。


「……続けて、もらえますか」


「……はい」


「……HP、七万二千」


 記録担当者がようやく入力を始める。


「……MP、十一万八千」


 また指が止まりかけた。


「……筋力、三万八千。防御、四万四千。敏捷、五万二千」


 蓮は記憶を辿りながら続ける。


「……魔力、九万六千」


「…………」


 数字が一つ追加されるたびに、職員たちの表情が険しくなっていく。ダンジョン管理担当が小さく息を吐いた。


「……Aランクが戦える相手ではない」


「それどころじゃない」


 別の職員が低い声で言う。


「Lv100を越えればSランク級です。ですが、人類にはLv200を越えた冒険者すらいない」


 その視線が、端末に表示された数字へ落ちる。


「Lv258……」


 誰もすぐには言葉を続けられなかった。


「少なくとも、既知の人類の戦力で一人で対処できる相手ではありません」


 支部長の表情も険しくなる。


「複数のSランクを投入したとしても、どれだけ被害が出るか分からない……」


 会議室が重い沈黙に包まれた。支部長が蓮を見る。


「スキルも確認できたんですよね?」


「……はい」


「可能な範囲でお願いします」


 蓮が順番に答える。


「……《暗黒魔法》Lv.10」


 そこで、また空気が止まった。


「……Lv.10?」


「……はい」


 人間なら、一つ持っているだけでも、その分野で世界的に名を知られるほどの領域。


 しかし、蓮はそのまま続ける。


「……《魔力操作》Lv.10」


「二つ……?」


「……《魔力侵食》Lv.10」


「三つ……」


 記録担当者が思わず口にする。


「……《空間干渉》Lv.8。《魔力障壁》Lv.9。《飛行》Lv.10」


 まだ終わらない。


「……《高速再生》Lv.7。《威圧》Lv.9。《鑑定遮断》Lv.10」


 昨日すでに聞いていた《鑑定遮断》Lv.10。それだけでも十分に異常だった。


 そして。


「……《魔公の領域》Lv.10」


 蓮が言い終える。誰もすぐには口を開かなかった。


 記録担当者が入力した一覧を見直し、ゆっくり数える。


「《暗黒魔法》……《魔力操作》……《魔力侵食》……《飛行》……《鑑定遮断》……《魔公の領域》……」


 その顔が引きつる。


「……Lv.10が、六つ」


 支部長も言葉を失った。


 一つ。たった一つでも、人間ならその分野の頂点に立ち得る。


 それを六つ。しかも、本体のレベルそのものが、人類の誰一人として届いたことのないLv258。


「……こんなものが」


 ダンジョン管理担当が呟く。


「五十階層にいたのか……」


 支部長の表情がさらに険しくなる。


 もし蓮が来なかったら。アストラだけではない。後から救助へ向かった者たちまで、この存在と遭遇していた可能性がある。


 その場合、どれほどの被害になっていたのか。想像することすら難しかった。


 支部長が次の項目へ移る。


「黒瀬さん。もう一つ、確認したいことがあります」


「……はい」


「昨日、このダンジョンは突然AランクからSランクへ変化しました。それについて、ヴァルゼインを《鑑定》した時に何か分かりませんでしたか?」


「……分かった」


 職員たちが一斉に蓮を見る。


「分かった?」


「……《魔力侵食》と、《魔公の領域》」


「その二つのスキルが?」


「……はい」


 蓮は少し考えながら、見えていた情報をそのまま説明する。


「……ヴァルゼインが、その二つを使って、周りに高濃度の魔力を出してた」


「高濃度の魔力を……?」


「……はい」


「その影響は?」


「……ダンジョンの魔力濃度が、すごく上がってた」


 ダンジョン管理担当の表情が変わる。


「魔力濃度の異常上昇……」


「……それで、中にいる魔物も強くなってた」


「生息していた魔物まで?」


「……はい」


 玲奈が僅かに表情を曇らせる。


「だから、途中から明らかに強さがおかしくなってたんだ……」


 ひなたも頷く。


「最初に入った時とは、全然違いました」


 支部長が蓮へ確認を続ける。


「他にも影響が?」


「……階層の構造が、不安定になってた」


「階層構造が?」


「……はい」


「では、上へ戻ろうとしても通路が繋がらなくなっていたのは?」


「……それも」


 蓮が頷く。


「……通路の接続が、変わってた」


 記録担当者が急いで入力していく。


 ダンジョン内の魔力濃度の異常上昇。生息魔物の強化。階層構造の不安定化。そして、通路接続の変化。


 これまでギルドが外側から観測していた異常が、一つずつ繋がっていく。


 支部長の表情が険しくなる。


「つまり……今回内部で起きていた一連の異常は、《魔力侵食》と《魔公の領域》によるものだった」


「……はい」


「ヴァルゼイン自身が、ダンジョン全体へ影響を与えていたと」


「……はい」


 ダンジョン管理担当が端末へ目を落とす。


「それなら、魔力濃度が急激に上昇して、こちらの判定がAランクからSランクへ変わったことにも説明がつく……」


 支部長が蓮を見る。


「ヴァルゼインを倒せば、この影響が止まることも分かっていたのですか?」


「……はい」


「《鑑定》で?」


「……そう見えた」


 支部長はゆっくり頷いた。


「だから、黒瀬さんは五十階層でヴァルゼインを倒すことが、この異常を止めることにも繋がると分かっていた」


「……はい」


「では、その戦闘についても教えてください」


「……はい」


「五十階層へ到着したあと、最初に何を?」


 蓮は少し考える。


「……美月たちを、結界に入れた」


「結界?」


「……光の」


 美月が補足する。


「私たち三人を囲うように、蓮が結界を張りました」


「強度は?」


 玲奈が答えた。


「ヴァルゼインが何回攻撃しても、傷一つつかなかったです」


 職員が玲奈を見る。


「ヴァルゼインが直接?」


「はい」


「暗黒魔法も?」


「それも」


 ひなたも頷く。


「私たちには一度も攻撃が届きませんでした」


 職員たちは再び蓮を見る。


 今しがた聞いた。Lv258。魔力九万六千。《暗黒魔法》Lv.10。


 その攻撃を受けても傷一つつかなかった結界。その異常さは、誰にでも分かった。


 支部長が蓮を見る。


「その状態で、ご自身は結界の外へ?」


「……はい」


「そのあと、武器を取り出したんですね?」


「……はい」


「どのような武器ですか?」


「……黒月」


 支部長が僅かに首を傾げる。


「《黒月》?」


「……剣の名前」


「どのような武器なのですか?」


 蓮は少し考える。


「……魔力を流すと、その属性が出る」


「属性が?」


「……はい」


「例えば?」


「……火とか、風とか、雷とか」


「複数の属性に対応できるということですか?」


「……はい」


 職員たちの表情が変わる。


「では、ヴァルゼインとの戦闘では?」


「……光を纏わせた」


「なぜ光を?」


「……ヴァルゼインの弱点が、光だったから」


 支部長が反応する。


「弱点まで《鑑定》で確認できたのですか?」


「……はい」


「だから、最初から弱点属性を選んだ」


「……はい」


 美月がそこで口を挟む。


「黒月については、そのくらいでお願いします」


 支部長はすぐに頷いた。


「分かりました。では、戦闘の続きをお願いします」


「……はい」


「最初に仕掛けたのは?」


「……ヴァルゼイン」


「どのように?」


「……速く動いて、後ろに回った」


 巨大な悪魔とは思えない速度。背後へ回り、爪を振るった。


「……黒月で受けた」


「受け止めたんですか?」


「……はい」


「結果は?」


「……押し返した」


 玲奈が横から口を挟む。


「押し返したっていうか、吹っ飛ばしてましたけど」


 蓮が玲奈を見る。


「……そう?」


「そう」


 記録担当者の手が、また止まる。筋力三万八千。その相手の攻撃を受け止め、さらに吹き飛ばした。


 支部長が少しだけ息を整える。


「その後、ヴァルゼインは?」


「……暗黒の槍を、いっぱい出した」


「数は?」


 蓮は少し考える。


「……覚えてない」


 美月が代わりに答える。


「数えられるような量ではありませんでした」


 無数の暗黒の槍。その一部は、美月たちへ向かった。


「でも、結界が全部防ぎました」


 ひなたが言う。


「蓮さんに向かったものは……」


「……斬った」


「すべて?」


「……はい」


「黒月に光を纏わせて?」


「……その時は、風」


 担当者が顔を上げる。


「風?」


「……はい」


 黒月へ風属性を纏わせ、迫る暗黒の槍をまとめて切断した。


「属性を状況に応じて切り替えたということですね」


「……はい」


「その後、ヴァルゼインは空中へ?」


「……飛んだ」


「黒瀬さんは?」


「……俺も飛んだ」


「飛行できるのですか?」


「……風魔法で」


 記録担当者が再び入力を始める。


「空中戦になった?」


「……はい」


 ヴァルゼインが張った何重もの《魔力障壁》。


「……斬った」


「何重もの障壁を?」


「……はい」


「すべて?」


「……はい」


 会議室がまた静かになる。


 支部長が少し考えてから聞いた。


「その時点で、ヴァルゼインの攻撃は黒瀬さんに通用していたのでしょうか」


「……してない」


「一度も?」


「……はい」


「……Lv258ですよ?」


「……はい」


「人類にはLv200を越えた冒険者すら存在しない。それよりさらに五十以上高い相手です」


「……はい」


「しかも、Lv.10のスキルを六つ持っている」


「……はい」


 支部長が思わず聞く。


「それでも?」


「……うん」


 美月が小さく蓮を見る。


「蓮」


「……はい」


 玲奈が口元を押さえる。支部長も一瞬だけ言葉に詰まったが、そのまま質問を続けた。


「ヴァルゼイン自身も、黒瀬さんの強さを理解していたのでしょうか」


「……なんで攻撃が効かないって、言ってた」


 玲奈が頷く。


「あの時、実際に聞きました」


「会話を?」


「はい。自分はLv258の魔公だって言ってました」


 支部長が蓮へ視線を戻す。


「それに対して、黒瀬さんは?」


 蓮は少しだけ考える。


「……だって、弱いもんって」


「…………」


「……古龍に比べたら」


 職員たちの表情が止まる。


「そのあと」


 蓮が続ける。


「……ヴァルゼインが、魔力を戻した」


「戻した?」


「……ダンジョンに流してた魔力」


 ダンジョン管理担当が身を乗り出す。


「《魔力侵食》と《魔公の領域》に使っていた魔力を、自身へ戻したということですか?」


「……はい」


「それで?」


「……強くなった」


 傷ついていた翼も再生した。ダンジョン全体へ流していた膨大な魔力を取り戻し、先ほどまでより明らかに魔力が増大した。


「そこからが、最大出力だった?」


「……たぶん」


 ヴァルゼインが集めた膨大な暗黒の魔力。五十階層を覆うほどの巨大な暗黒魔法。


 支部長が聞く。


「黒瀬さんは、それをどうしたのですか?」


「……斬った」


「……魔法を?」


「……はい」


「防いだのではなく?」


「……斬った」


 蓮は黒月へ、それまで以上に強く光属性の魔力を流した。そして振り抜いた。


 光の斬撃。ヴァルゼインが放った巨大な暗黒魔法が、真ん中から二つに裂けた。


「その斬撃は?」


「……そのまま進んだ」


「ヴァルゼインまで?」


「……はい」


 途中に張られた何重もの《魔力障壁》。


「……全部、壊れた」


 そして、光の斬撃がそのままヴァルゼインの胸を斬った。


「……それで、倒した」


 会議室が静まり返る。


「一撃で?」


「……最後は」


 蓮が答えた。


 ヴァルゼインが倒れたあと、ダンジョン全域へ流れていた魔力の影響が止まった。異常に高まっていた魔力濃度が下がり、不安定だった階層の接続も正常化した。


 そして、地上側の監視にも攻略完了が表示された。


 支部長は長く息を吐いた。


「……これで、ようやく今回の異常についてかなり整理できます」


 ダンジョン管理担当も頷く。


「Sランク化の原因がヴァルゼインによるものだったなら、異常の発生から攻略完了までの変化にも説明がつく」


「はい」


 記録担当者が、今まで入力した内容を確認している。


 しかし、支部長は端末に並ぶ数字へもう一度目を落とした。Lv258。それだけでも、人類の到達領域を大きく越えている。


 その存在を、蓮は古龍に比べれば弱いと言った。


「黒瀬さん」


「……はい」


「先ほど、ヴァルゼインは古龍に比べれば弱かったとおっしゃいましたね」


「……はい」


 支部長は少し迷ってから続ける。


「前にも古龍を倒したと伺いましたが、差し支えなければ、その古龍のステータスも教えていただけますか?」


「……いいです」


 蓮は少しだけ記憶を辿る。


「……レベル600」


「…………」


 今度は、誰もすぐには声を出せなかった。記録担当者が端末から顔を上げる。


「……Lv600?」


「……はい」


 支部長の表情が固まる。


 先ほど、Lv258という数字だけで、人類の到達領域を遥かに越えていると驚いたばかりだった。それが、六百。


「……HP、三十五万。MP、三十万」


 蓮が続ける。


「……筋力、三十万。防御、三十五万。敏捷、十九万」


 記録担当者が、黙ったまま数字を入力していく。


「……魔力、二十八万」


 入力が止まった。


 ヴァルゼインの筋力は三万八千。古龍は三十万。


 防御は四万四千に対して、三十五万。魔力も九万六千に対して、二十八万。


 同じ強敵という言葉で括るには、あまりにも差がある。


 蓮が淡々と言う。


「……だから」


 全員の視線が蓮へ集まる。


「……ステータス、一桁違うところもあるし」


「…………」


「……古龍に比べたら、ヴァルゼインは弱かった」


 先ほどまで、Lv258のヴァルゼインを人類ではまともに対処できない怪物だと考えていた。その認識自体は間違っていない。


 ただ、蓮が「弱い」と言った理由だけは、ようやく理解できた。

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