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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

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第135話 世界一位の朝

蓮の十年間の話が終わってからも、しばらく誰も口を開かなかった。時計を見ると、もうかなり遅い時間になっている。


 最初に立ち上がったのは美月だった。


「今日は、もう寝よっか」


 玲奈が顔を上げる。


「そうだね。さすがに色々ありすぎたし」


 ひなたも頷いた。


 今日だけで、あまりにも多くのことがあった。ダンジョンのSランク化。美月の死と蘇生。蓮の正体の発覚。そして今まで、蓮の十年間を聞いていた。


 身体が完全に回復していても、精神的な疲れまで消えるわけではない。


「じゃあ、私たちは――」


 美月が言いかける。


「泊まるよ」


 玲奈が即座に答えた。


「え?」


「今日は泊まる」


「玲奈、大丈夫だよ。もう身体も何ともないし」


「一回死んだ人の『大丈夫』は、今日は信用しない」


「……」


 美月が言葉に詰まる。ひなたも玲奈の横で頷いた。


「私も泊まります」


「ひなたまで?」


「何かあったら、すぐ確認できますから」


「でも、本当に何ともないよ?」


「それでもです」


 ひなたの声は柔らかかったが、譲る気はなさそうだった。玲奈が腕を組む。


「今日くらい諦めなさい」


「……分かった」


 美月が苦笑した。


「じゃあ二人とも、泊まっていって」


「最初からそのつもり」


「私は一応、お願いするつもりでしたけど……」


「玲奈はお願いしてなかったね」


「細かいことはいいの」


 三人のやり取りを、蓮は少し離れたところから見ていた。美月が蓮を見る。


「蓮も今日はもう寝よう」


「……うん」


「疲れたでしょ?」


 蓮は少し考える。


「……たぶん」


「そこは自分でも分からないんだ」


「……身体は平気」


「身体じゃなくてね」


 美月はそう言って、少しだけ笑った。


 玲奈とひなたが泊まるための準備を始める。布団を出して。着替えをどうするか話して。誰がどこで寝るかを決める。


 蓮はその様子を見ながら、少しだけ不思議な感覚を覚えていた。


 いつもより多くの話し声。人の気配。誰かが笑う声。


 美月と暮らし始めてから、一人で眠ることはなくなっていた。それでも、こんなふうに家の中が賑やかな夜は、蓮にとってまだ新しかった。


「蓮?」


 美月の声。


「……?」


「どうしたの?」


「……何でもない」


「そう?」


「……うん」


 美月は少しだけ蓮を見ていたが、それ以上は聞かなかった。


「おやすみ、蓮」


「……おやすみ」


 その夜、蓮は、いつもより多くの人の気配を感じながら眠りについた。


      ◆


 翌朝。


 蓮は目を覚ました。しばらく天井を見る。


 魔物の気配はない。危険もない。すぐ近くから、人の気配がする。


 そこでようやく、美月の家にいることを思い出す。


 身体を起こす。その時、外から何かが聞こえた。


 人の声。かなり多い。


 蓮は窓へ近づいた。カーテンを少しだけ開く。


「……?」


 家の前。道路沿い。そこに大勢の人がいた。


 大きなカメラ。マイク。何かの機材。車も何台か停まっている。


 昨夜、美月たちを乗せたギルドの送迎車が、この家まで来た。その車を追っていた記者がいたらしい。


 そこから場所が知られ、朝には、報道陣が集まっていた。


 蓮がその光景を見ていると、後ろから足音がした。


「蓮?」


 美月だった。


「……外」


「外?」


 美月が窓を見る。


 そして。


「……あー」


 小さく声を漏らした。


「やっぱり来たか……」


「……何してるの?」


「蓮を待ってるんだと思う」


「……俺?」


「うん」


 蓮はもう一度外を見る。


「……なんで?」


 その声で、玲奈も起きてきた。


「何?」


「外」


「外?」


 玲奈が窓を覗く。


「うわ……」


 続いて、ひなたも来る。


「どうしたんですか?」


「見てみ」


 ひなたが外を見る。


「……すごいですね」


 蓮だけが、まだ分かっていない。


「……何?」


 玲奈が蓮を見る。


「自覚ないの?」


「……何が?」


「昨日、世界ランキング一位の正体が判明したの」


「……うん」


「しかも、その本人が日本にいる」


「……うん」


「昨日、Sランクダンジョンに一人で入って、私たち連れて帰ってきた」


「……うん」


「だからこうなるの」


 蓮は外を見る。


「……そうなの?」


「そうなの」


 美月がテレビをつけた。画面が映る。朝のニュース番組。


 その画面に、蓮の名前があった。


『世界ランキング一位、Unknownの正体が判明』


 大きな文字。


 その下には。


『黒瀬蓮 25歳』


『10年前に失踪した少年と同一人物か』


『Sランク化したダンジョンへ単独突入』


『Aランクパーティー《アストラ》を救出』


 別の番組へ変えても、似たような内容。また変える。そこにも蓮。


 蓮はテレビを見つめる。


「……俺」


「うん」


「……ずっと出てる」


「朝からずっとだと思う」


 玲奈が言う。


「たぶん日本だけじゃないよ」


 蓮が玲奈を見る。


「……?」


「Unknownって世界ランキング一位なんだから」


「……世界でも?」


「当たり前でしょ」


 蓮は少し考える。


「……そんなに?」


 三人が同時に蓮を見る。


「そんなに」


 美月が答えた。


 テレビでは、Unknownについて説明が続いている。


 七年前。世界ランキングが整備された頃から。


 名前も。年齢も。国籍も。所属も不明。


 ただ、ランキングだけはずっと一位。世界中の冒険者や研究者が、その正体を知りたがっていた。


 それが昨日、突然、Unknownという表示が消え、そこに、黒瀬蓮、という名前が表示された。


「七年間?」


「うん」


「……ずっと?」


「ずっと一位」


「……そうなんだ」


 玲奈が額を押さえる。


「昨日も思ったけど、ほんとに知らなかったんだ……」


「……知らなかった」


「自分が世界一位だったのに?」


「……ランキング、知らなかったから」


「そっか……」


 玲奈はもう何度目か分からないため息をついた。


 その時、テーブルの上に置いてあった美月のスマートフォンが鳴った。すぐ止まる。また鳴る。今度は通知。さらに、もう一度。


 玲奈のスマートフォンも震え始めた。


「うわ……」


 ひなたも自分の画面を見る。


「私もすごいです」


「昨日の件だよね」


「たぶん……」


 美月がスマートフォンを確認する。着信。メッセージ。通知。次々に表示される。


 蓮も自分のスマートフォンを見る。ニュースの通知。ギルドからの連絡。見慣れない表示がいくつか並んでいた。


 しばらく画面を見たあと。


「……壊れた?」


「壊れてないよ」


 美月がすぐに答える。


「……ずっと鳴ってる」


「ニュースとか、ギルドからの通知」


「……止められる?」


「あとで教える」


「……うん」


 玲奈が思わず笑う。


「そこ気にするんだ」


 その時、美月のスマートフォンがまた鳴った。画面を見た美月の表情が少し変わる。


「ギルド」


 玲奈とひなたも見る。美月が電話に出た。


「はい、神崎です」


 少しの間、相手の話を聞く。


「はい」


「……分かりました」


 美月は蓮を見る。


「本人も一緒にいます」


 さらに話を聞く。


「分かりました。玲奈とひなたもいます」


「はい」


「では、後ほど」


 電話を切る。蓮が聞く。


「……何?」


「ギルドから」


「……うん」


「昨日のことについて、正式に話を聞きたいって」


 蓮が黙る。


「私たち三人と、蓮」


「……俺も?」


「一番聞きたいのは蓮だと思う」


「……行かないとだめ?」


「たぶんね」


 蓮は少しだけ嫌そうな顔をした。


「……面倒」


 玲奈が吹き出す。


「世界中が大騒ぎしてるのに、感想それ?」


「……俺は、何もしてない」


「いや、昨日だけでも十分してるから」


 美月も少し笑った。


「とりあえず、ご飯食べよ」


「この状況で?」


 玲奈が外を見る。


「お腹は空くでしょ」


「それは空く」


「蓮も?」


「……空いた」


「じゃあ決まり」


 美月はそう言ってキッチンへ向かった。


 蓮は、もう一度窓の外を見る。大勢の人。自分へ向けられたカメラ。テレビでは今も、黒瀬蓮という名前が映っている。


 世界ランキング一位。Unknown。世界中が知りたがっていた存在。


 けれど、蓮自身が望んでいるのは、世界一位になることでも、有名になることでもない。


「……普通に暮らしたいだけなのに」


 蓮が小さく呟く。


 聞こえていた美月が振り返る。少しだけ困ったように笑った。


「蓮の場合、それが一番難しいかもね」


 蓮は窓の外を見たまま、少しだけ眉を寄せた。

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