第133話 命を繋いだ報酬
「……古龍を倒したあとって」
玲奈が尋ねる。
「何かあったの?」
「……報酬があった」
「報酬?」
「……うん」
百階層。古龍を倒したあと。蓮は、そこで、報酬を手に入れた。
その中に、一つ、小さな瓶があった。中には、淡い金色の液体。
「……それを《鑑定》した」
「何だったの?」
玲奈が聞く。蓮は、少しだけ間を置いた。
「……《霊薬》」
ひなたの表情が変わる。
「霊薬……?」
「……うん」
「どんな効果だったんですか?」
蓮は答える。
「……死んだ人を」
少しだけ言葉を止める。
「……戻せる」
空気が、一瞬、止まった。
「……え?」
玲奈が聞き返す。
「今、死んだ人って言った?」
「……うん」
「蘇生……?」
「……そう」
玲奈も、ひなたも、言葉を失う。
「条件は?」
ひなたが聞く。
「……あった」
「どんな?」
「……死んでから」
蓮は続ける。
「十分以内」
ひなたの目が、大きく見開かれた。
「……待ってください」
美月も、その言葉で、気づいた。
「それって……」
美月が、蓮を見る。
「今日、私に使った……?」
「……うん」
蓮は、迷わず頷いた。
四十五階層。美月が倒れ、心臓も、呼吸も、止まっていた時。
蓮が、取り出した、金色の液体。
あれが、百階層、古龍を倒した報酬として手に入れた、《霊薬》。
「だから……」
ひなたが呟く。
「蓮さん」
「……?」
「最初に、時間を聞いたんですね」
蓮は、ひなたを見る。
「……うん」
「『何分』って」
「……うん」
「美月さんが倒れてから、何分経ったのか」
「……霊薬が使えるか、確認したかったから」
玲奈の表情が変わる。
「あの時」
「……?」
「美月が死んでるって分かった瞬間に」
「……うん」
「もう、霊薬を使うことまで考えてた?」
「……うん」
脈がない。呼吸もない。心臓も止まっている。
なら、確認するべきことは、一つだけだった。死んでから、何分経っているのか。
「……十分以内なら」
蓮が言う。
「……戻せるって、知ってたから」
ひなたは、小さく息を吐いた。
「あの時……」
声が、少しだけ震える。
「私、もう無理だと思ってました」
美月を見る。
「完全に……亡くなってたから」
蓮は、何も言わなかった。
美月も、静かに、自分の手を見る。今、こうして、指が動く。呼吸ができる。心臓が、動いている。
そのすべてが、あの《霊薬》によって、戻されたものだった。
「……それって」
美月が、静かに口を開く。
「蓮が十年間頑張って」
「……うん」
「あのダンジョンを最後まで攻略して」
「……うん」
「古龍まで倒して」
蓮が、美月を見る。
「……うん」
「それで、やっと手に入れたものなんだよね」
「……そう」
美月は、少しだけ視線を落とした。
「そんなに貴重なものを……」
自分の胸元へ、そっと手を置く。
「私に使ってくれたんだ」
「……うん」
蓮に、迷いはなかった。
「……ありがとう」
美月の声が、僅かに震える。
「蓮の十年間の」
言葉を選ぶように、少しだけ間を空ける。
「大事な報酬だったのに」
蓮は、少し考えた。けれど、答えは、すぐに出た。
「……美月が戻ったから」
美月が、顔を上げる。
「……使ってよかった」
美月は、何も言えなくなった。
十年間、一人で生き残り、百階層まで進み、古龍に殺されかけ、それでも、最後まで攻略して、ようやく手に入れたもの。
それでも、目の前で、美月が死んでいるなら、使わないという選択肢は、蓮には、最初からなかった。
「……なんか」
玲奈が、小さく呟く。
「繋がってるね」
美月が、玲奈を見る。
「何が?」
「九十階で手に入れた指輪」
「……うん」
「あれがなかったら」
玲奈は、蓮を見る。
「蓮は古龍に殺されてた」
「……うん」
「でも、その指輪で生き残ったから」
古龍を倒せた。そして、古龍を倒した報酬として、《霊薬》を手に入れた。
「それが今日」
玲奈が、美月を見る。
「今度は、美月を助けた」
美月は、何も言わず、蓮を見る。
もし、九十階層で、《身代わりの指輪》を、手に入れていなかったら、蓮は、百階層で死んでいた。
もし、蓮が、古龍を倒せなかったら、《霊薬》は、手に入らなかった。
そして、今日、自分も、ここにはいなかった。
美月は、もう一度、蓮を見る。十年間、一人で生き抜いた、その果てに、蓮が手に入れた報酬。
それが、今、自分の命を繋いでいる。
「……ありがとう、蓮」
蓮は、美月を見る。そして、静かに頷いた。
「……うん」




