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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

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第131話 死に最も近づいた日

「……どれくらい、強かったの?」


 玲奈が尋ねる。蓮は少し考えた。


「……かなり」


「蓮がそう言うくらい?」


「……うん」


 百階層。そこにいたのは、それまで蓮が戦ってきた魔物とは、明らかに違う存在だった。


 巨大な身体。全身を覆う硬い鱗。大きく広げられた翼。


 そして、存在しているだけで、周囲を圧迫するほどの魔力。


 蓮は、古龍を見て、すぐに《鑑定》を使った。


 ――古龍。


 レベル六百。


 HP――三十五万。


 MP――三十万。


 筋力――三十万。


 防御――三十五万。


 敏捷――十九万。


 魔力――二十八万。


「……その時」


 蓮が言う。


「久しぶりに、自分よりステータスが高い魔物を見た」


 玲奈の表情が変わった。


「……久しぶり?」


「……うん」


「百階まで来る間は?」


「……しばらく、俺の方が高かった」


 ひなたが目を見開く。


「深層の魔物よりも?」


「……ステータスだけなら」


「でも、古龍は違った?」


「……うん」


 すべてではない。敏捷なら、当時の蓮の方が上だった。


 けれど、筋力。防御。魔力。いくつもの能力で、古龍は、蓮を大きく上回っていた。


 玲奈は、今日戦ったヴァルゼインを思い出した。レベル二百五十八。


 蓮が、古龍と比べれば弱いと言った理由が、少しずつ、分かってきた。


「それで、どうしたの?」


「……まず」


 蓮が答える。


「《封魔の手袋》を解除した」


「ずっとやってた弱体化を?」


「……うん」


「古龍を見た時点で?」


「……ステータス見て」


 蓮は続ける。


「……このままじゃ無理だと思った」


 《封魔の手袋》で、意図的に抑えていた能力。そして、《重力の靴》で、特訓のために増やしていた、自分自身にかかる重力。


 長い間、自分へ課し続けていた負荷を、すべて外した。


「つまり」


 玲奈が言う。


「最初から全力で戦うことにした?」


「……うん」


 何年も、自分を抑え、自分を重くし、負荷をかけ続けてきた。その枷を、すべて外す。


 そして、蓮は、古龍と戦った。


 古龍は、巨大な翼を広げた。次の瞬間、百階層全体へ、凄まじい風が吹き荒れる。巨体が、地面から離れた。


「飛んだんですか?」


 ひなたが聞く。


「……うん」


「そんな大きな身体で?」


「……速かった」


 巨体からは、想像できない速度だった。


 それでも。


「……動きは見えた」


「敏捷は蓮の方が上だったから?」


「……うん」


 古龍が、一気に距離を詰めてくる。振るわれた、巨大な爪。


 蓮は、黒月で受けた。次の瞬間、凄まじい衝撃が、全身を突き抜ける。蓮の身体は、大きく後方へ弾き飛ばされた。


「……蓮が吹き飛ばされたの?」


 美月が聞く。


「……うん」


「速さでは勝ってたのに?」


「……力が全然違った」


 速度なら、蓮の方が上。けれど、純粋な力では、古龍が圧倒的に上だった。


 正面から、力と力をぶつければ、押し負ける。蓮は、すぐに戦い方を変えた。


 正面から受けない。速度を使う。避ける。隙へ入り、黒月を振るう。


 だが、古龍も、簡単には攻撃を許さない。大きく開かれた口。その奥へ、膨大な魔力が集まった。


「……ブレス」


 蓮が言う。


 放たれたのは、巨大な炎。正面から受けることはできない。


 蓮は、速度を活かして、その軌道から外れた。炎そのものは、避ける。


 それでも、通り過ぎた熱風だけで、身体が大きく煽られた。


「避けても、それ?」


「……うん」


「……めちゃくちゃね」


 玲奈が呟く。


 けれど、蓮も、ただ逃げていたわけではない。黒月へ、魔力を流す。


 火。水。風。状況に合わせて、属性を変える。


 接近する。斬る。離れる。また、接近する。


 黒月の刃が、古龍の鱗へ、食い込んだ。


「攻撃は通った?」


「……通った」


「じゃあ、倒せると思った?」


「……その時は」


 蓮は少し考える。


「……時間かければ、いけると思った」


 特に、風属性を纏わせた黒月。その刃は、硬い鱗を裂き、古龍の身体へ、深い傷を作った。


 だが。


「……治った」


「え?」


「……傷が」


 斬り裂いたはずの場所。裂けた鱗。流れた血。その傷が、徐々に塞がっていった。


 古龍が持つ、《自己再生》。


「再生まであるの……」


 玲奈が眉を寄せる。


「……うん」


 攻撃は通る。速度でも、戦える。


 けれど、筋力。防御。魔力。そこでは、古龍に大きく負けている。


 そして、与えた傷も、時間をかければ、回復していく。


「それで?」


「……次に」


 蓮が続ける。


「咆哮が来た」


 古龍が、大きく息を吸う。そして、放たれた咆哮。


 空気そのものが、震えた。音が、衝撃へ変わる。百階層全体が、揺れる。


 蓮の身体も、その衝撃に、大きく弾かれた。


「咆哮だけで?」


「……うん」


 さらに、その咆哮には、別の効果があった。


「……麻痺」


 ひなたが反応する。


「状態異常ですか?」


「……うん」


「効いたの?」


 玲奈が尋ねる。


「……効かなかった」


「え?」


「……《状態異常耐性》がEXだったから」


「……EX?」


 玲奈の目が見開かれる。ひなたも、思わず蓮を見る。


「待って。状態異常耐性までEXなの?」


「……うん」


「《鑑定》だけじゃないの……?」


「……他にもある」


「他にも!?」


 玲奈が思わず声を上げた。


 十年間、蓮は、毒。麻痺。精神への干渉。様々な危険に晒されながら、生き残ってきた。


 その積み重ねによって、《状態異常耐性》も、EXまで成長していた。


 古龍にとっても、麻痺が効かなかったことは、想定外だった。本来なら、《竜の咆哮》を受けた相手は、身体の自由を奪われる。


 だが、蓮は止まらなかった。古龍の反応が、一瞬だけ遅れる。


 その隙へ、蓮は踏み込んだ。風を、黒月へ纏わせる。そして、振り抜く。


 それまでより、さらに深く、刃が入った。古龍の身体から、血が流れる。


「……そこから」


 蓮が言う。


「古龍の魔力が、変わった」


「変わった?」


「……うん」


 火。そして、風。二つの魔力を、古龍は、《魔力操作》で操り、一つにまとめた。


 さらに、それを、一点へ、圧縮していく。


「二属性を……?」


 玲奈の表情が険しくなる。


「……うん」


 蓮も、見た瞬間、危険だと判断した。


「……避けようとした」


 速度なら、蓮の方が上。だから、避けられる。そう考えた。


 古龍から、火と風、二つの魔力を圧縮した、巨大な攻撃が放たれる。蓮は、すぐに距離を取った。


 だが、攻撃は、周囲の空気を巻き込みながら、広がっていった。


「広がる?」


「……うん」


 進むほど、攻撃範囲が、大きくなる。横へ逃げる。さらに広がる。


 後ろへ下がる。それでも、範囲が追ってくる。


 そして。


「……避けきれなかった」


 蓮が言う。


 美月の指が、僅かに動いた。


 次の瞬間、蓮は、その攻撃に、飲み込まれた。


 衝撃。熱。圧力。すべてが、同時に、身体を襲う。


 骨が、砕ける。筋肉が、裂ける。皮膚が、焼ける。


 身体が、動かなくなる。そして、意識が、途切れた。


「……蓮」


 美月が、小さく名前を呼ぶ。


 蓮は、美月を見る。


「……その攻撃」


 少しだけ間を置く。


「……普通なら、死んでた」


 誰も、すぐには口を開かなかった。


 蓮は、そのまま続ける。


「……その時」


 美月が蓮を見る。


「……指輪が発動した」


「指輪……?」


 ひなたが呟く。


「……九十階で手に入れた」


 蓮は答える。


「……《身代わりの指輪》」


 美月の表情が変わる。


 致命傷を、一度だけ、肩代わりする。あの指輪。


 蓮が、致命傷を受けた瞬間、《身代わりの指輪》は、その効果を発動した。


 光が、蓮の身体を包む。そして、指輪が、砕けた。


 本来なら、蓮の命を奪っていた、致命傷。その部分を、指輪が、肩代わりした。


「じゃあ……」


 美月が小さな声で聞く。


「その指輪が、蓮を……?」


「……うん」


「もし……持ってなかったら?」


 蓮は、迷わず答えた。


「……死んでた」


 美月の表情が、止まった。


「確実に?」


「……うん」


 十年前、突然、いなくなった蓮。その蓮が、誰にも知られない場所で、本当に、死んでいたかもしれない。


 九十階層で、《身代わりの指輪》を、手に入れていなければ。


 今、ここに、蓮はいない。


「……でも」


 ひなたが、静かに尋ねる。


「致命傷を肩代わりしただけなんですよね?」


「……うん」


 命を奪う傷は、指輪が肩代わりした。けれど、古龍の攻撃によって受けた、その他の損傷まで、すべて消えたわけではない。


 焼けた皮膚。裂けた筋肉。砕けた骨。


 それを、《高速自己再生》が、修復していった。


「その時、《高速自己再生》は?」


「……Lv8」


 ひなたが、息を呑む。


 皮膚が再生する。筋肉が繋がる。骨が戻る。身体は、少しずつ、元の状態へ、戻っていった。


 けれど、蓮の意識は、すぐには戻らなかった。


「古龍は?」


 玲奈が聞く。


「……俺が死んだと思ったみたい」


「追撃は?」


「……されなかった」


 蓮の気配が、消えていた。だから、古龍は、蓮を倒したと判断した。


 そして、その場から、離れていった。


 しばらくして、蓮は、意識を取り戻した。身体は、《高速自己再生》によって、再び動けるところまで、戻っていた。


 そして、手を見る。そこにあったはずの、指輪がない。


「……そこで」


 蓮が言う。


「指輪が使われたって分かった」


 自分は、一度、死ぬはずだった。それを、《身代わりの指輪》が、防いだ。


 けれど、もう、指輪はない。


 次は、ない。


 そして、その時、蓮の中で、別の変化が始まった。


「……《生存適応》が動いた」


 玲奈が蓮を見る。


「古龍に適応し始めた?」


「……それだけじゃなかった」


「え?」


 極限状態。致命傷。そして、そこからの生存。


 十年間、積み重ねてきた、生存経験。戦闘経験。適応。成長。


 それらすべてに、《生存適応》が、反応する。


 さらに、もう一つ。蓮が、最初から持っていた、《無限成長》。


 限界なく、成長し続ける力。その二つが、互いに、強く反応した。


「……二つのスキルが?」


 ひなたが尋ねる。


「……うん」


 《無限成長》。《生存適応》。


 成長する力と、生き残るために適応する力。十年間、蓮を支え続けてきた、二つのスキル。


 それが、互いに重なり、一つへ、まとまっていく。


「……その時」


 蓮が言う。


「《無限成長》と《生存適応》が」


 少し間を置く。


「……融合した」


 玲奈が目を見開く。


「スキル同士が?」


「……うん」


「そんなこと、あるの?」


「……分からない」


 蓮には、他の人間のスキルが、どう成長し、どこまで変化するのか、比較する相手が、十年間、一人もいなかった。


 ただ、あの時、確かに、二つのスキルは、一つになった。


 限界なく成長する力。生き残るために適応する力。


 二つが融合し、新しい、一つのスキルへ、変わった。


「……それが」


 蓮が言う。


「《超越者》」


 玲奈が、その名前を繰り返す。


「……《超越者》」


「……うん」


「どんなスキルなの?」


 蓮は少し考えた。


「……身体が変わった」


「身体が?」


「……うん」


 骨格。筋肉。身体の作りそのもの。


 それまでとは、明らかに違う状態へ、変化していった。


「強くなったってこと?」


 玲奈が尋ねる。


「……それもある」


「他にも?」


「……身体が」


 蓮は、言葉を探す。


「……戦うのに、一番いい形になった感じ」


 ひなたが目を見開く。


「身体そのものが、変化したんですか?」


「……うん」


 《超越者》。《無限成長》と、《生存適応》。


 二つのスキルが融合したことで、蓮の身体は、それまでとは、まったく違う状態へ、変わった。


 美月は、黙って蓮を見る。今、目の前にいる蓮。十年前とは、大きく変わった身体。


 その変化が起きたのが、百階層、古龍との戦いだった。


 玲奈が、静かに尋ねる。


「……それで」


「うん」


「古龍とは、どうなったの?」


 蓮は答えた。


「……もう一回、戦った」

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