第130話 強くなり続けた日々
玲奈が少し考えてから尋ねる。
「火魔法を覚えてからは?」
蓮は答えた。
「……色々」
「色々って?」
「……必要になったもの」
「だから、それを聞いてるんだけど」
玲奈が苦笑する。蓮は少し考えた。
「……魔法も増えたし」
「うん」
「……スキルも増えた」
「どうやって?」
「……使ったり、戦ったりしてたら」
「またそれ?」
「……うん」
玲奈は小さく息を吐いた。けれど、もう、その意味は分かり始めていた。
覚える。使う。失敗する。工夫する。また使う。
危険な状況になれば、《生存適応》が働く。そして、《無限成長》がある。成長そのものに、限界がない。
だから、使い続けた能力は、止まることなく伸び続けた。
「階層が深くなれば、魔物も強くなったんですよね?」
ひなたが尋ねる。
「……うん」
「怖くなくなった?」
蓮は少し考える。
「……怖いのは、減った」
「強くなったから?」
「……うん」
最初は、ゴブリン一匹でも怖かった。
けれど、十階。二十階。三十階。下へ進むほど、蓮自身も変わっていった。
魔物の動きを読む。攻撃を避ける。必要な場所にだけ魔力を流す。武器に魔力を纏わせる。
魔法を使う。相手に合わせて、戦い方を変える。それが、当たり前になっていった。
「でも」
蓮が続ける。
「……途中から」
「何?」
「……普通に戦うと、余裕が出てきた」
玲奈が瞬きをする。
「それの何が問題なの?」
「……強くなるの、遅くなるから」
「いや」
玲奈がすぐに返す。
「普通は余裕が出てきたら喜ぶところだからね?」
「……そうなの?」
「そうなの」
蓮は少し首を傾げた。玲奈は、なんとなく嫌な予感がした。
「……それで、何したの?」
「四十階で」
蓮が答える。
「……《封魔の手袋》を手に入れた」
「封魔の手袋?」
「……うん」
四十階層。ボス。アビス・サーペント。それを倒したあと、現れた宝箱。
中に入っていた手袋を、蓮は《鑑定》した。
――《封魔の手袋》。
装備者のステータスを弱体化させる魔道具。さらに、流す魔力によって、弱体化の強さを調整できる。
「……待って」
玲奈が眉を寄せた。
「弱くなる装備?」
「……うん」
「それ、普通は外れじゃない?」
「……たぶん」
「それをどうしたんですか?」
ひなたが尋ねる。
「……使った」
「使った?」
「……特訓に」
玲奈が固まる。
「自分を弱くする装備を?」
「……うん」
「わざわざ?」
「……うん」
「なんで?」
蓮は少し考えてから答えた。
「……普通に戦ったら」
「……《生存適応》が、あまり働かなくなったから」
玲奈の表情が変わる。
「……なるほど」
今度は、すぐに意味が分かった。
《生存適応》。危険な状況。生き残るために適応が必要な状況。そういう時ほど、蓮を大きく成長させる。
けれど、蓮自身が強くなれば、以前なら危険だった魔物も、簡単に倒せるようになる。それでは、適応する必要がない。
「だから……」
玲奈が蓮を見る。
「自分で危険な状態を作った?」
「……うん」
蓮は迷わず頷いた。
「最初から、それが目的だったの?」
「……うん」
「《封魔の手袋》でステータスを落として」
「……うん」
「本来なら簡単に勝てる相手を、ギリギリの相手に変えた?」
「……そう」
玲奈は黙った。
ただ、自分を弱くしていたわけではない。蓮は、自分のスキルを理解した上で、意図的に、《生存適応》が働く状況を作っていた。
「どこまで下げてたの?」
「……ギリギリ」
「何が?」
「……勝てるくらい」
「やっぱり……」
弱体化する。戦う。適応する。強くなる。余裕が出る。
なら、さらに弱体化する。また、戦う。また、適応する。それを、繰り返す。
「それを、ずっと?」
「……結構長く」
「余裕が出るたびに?」
「……下げた」
ひなたも言葉を失っていた。
「それって……」
ひなたが小さく言う。
「自分で、ずっと成長するための環境を作ってたってことですよね」
「……うん」
蓮は頷く。
《無限成長》。成長に限界がない。
《生存適応》。危険に適応する。
そして、《封魔の手袋》。自分から、危険な状況を作る。
三つが、完全に噛み合っていた。
玲奈は深く息を吐いた。
「……そりゃ、成長が止まらないわけだ」
その特訓を続けながら、蓮は、さらに下へ進んだ。
「……五十階で」
「何を手に入れたの?」
「……《重力の靴》」
玲奈が蓮の足元を見る。
「それも宝箱?」
「……うん」
「どんな装備?」
「……自分にかかる重力を、変えられる」
「重力を?」
「……うん」
《重力の靴》。装備した者自身にかかる重力を、自在に調整できる魔道具。
「軽くしたら、速く動けるとか?」
「……できる」
「便利じゃん」
「……でも」
「でも?」
「……重くしてた」
玲奈が止まった。
「……自分を?」
「……うん」
「なんで?」
「……特訓」
「また!?」
玲奈の声が少し大きくなる。
自分にかかる重力を、通常より重くする。その状態で、歩く。走る。戦う。武器を振るう。魔法を使う。
身体には、常に大きな負荷がかかる。
「どれくらい重くしてたの?」
「……最初は少し」
「最初は?」
「……慣れたら、上げた」
玲奈が天井を見上げる。
「やっぱりそうなるんだ……」
重力に身体が慣れる。なら、さらに重くする。その状態に適応する。また、重くする。
《封魔の手袋》で、能力を抑える。《重力の靴》で、身体への負荷を増やす。その状態で、深層の魔物と戦う。
そして、《生存適応》で、その負荷へ適応する。《無限成長》によって、その成長には、終わりがない。
ひなたが呆然と蓮を見る。
「二つ同時に使ってたんですか?」
「……うん」
「弱くした上に、自分を重くして?」
「……うん」
「その状態で魔物と戦ってた?」
「……そう」
玲奈が額を押さえる。
「もう特訓っていう範囲じゃない気がする……」
それでも、蓮にとっては、もっと深く進み、生きて地上へ帰るために、必要なことだった。
五十階を越え、六十階を越え、そして、七十階。
「……そこで」
蓮が少し視線を動かした。
「黒月を手に入れた」
玲奈の表情が変わる。
「黒月って……」
「今日使ってた剣ですか?」
ひなたが尋ねる。
「……うん」
「あれ、七十階のボス報酬だったの?」
「……うん」
七十階層のボスを倒したあと、宝箱から手に入れた。魔剣。《黒月》。
「どんな能力なの?」
玲奈が聞く。
「……魔力を纏わせると」
「うん」
「……その属性が出る」
「属性?」
「……火なら火」
「雷なら?」
「……雷」
「氷も?」
「……うん」
玲奈は、今日のヴァルゼイン戦を思い出した。蓮が黒月へ纏わせた、光。
「じゃあ、今日使ってた光も?」
「……うん」
「光魔法を黒月に流してた?」
「……そう」
玲奈が小さく息を吐く。
「七十階で、あれを手に入れたんだ……」
そこからも、蓮は進み続けた。八十階。さらに、九十階。
そこでも、蓮はボスを倒した。
「九十階では、何を手に入れたの?」
玲奈が尋ねる。
「……指輪」
「指輪?」
「……《身代わりの指輪》」
玲奈とひなたが反応する。
「どんな効果?」
「……致命傷を」
「……一回だけ、代わりに受けてくれる」
空気が変わった。
「……致命傷?」
美月が聞き返す。
「……うん」
玲奈が慎重に確認する。
「つまり、本来なら死ぬ攻撃を受けても」
「……うん」
「一回だけ助かる?」
「……そう」
「《鑑定》で分かったの?」
「……うん」
「それは装備したよね?」
「……した」
玲奈が少しだけ安心したように息を吐く。
「さすがに、それは使うんだ」
「……死にたくなかったから」
「そりゃそうでしょ」
九十階層を越えても、ダンジョンは、まだ続いていた。九十一階。九十二階。さらに、その先へ。
階層が深くなるほど、現れる魔物も、周囲を満たす魔力も、強くなっていった。それでも、蓮は進んだ。
九十五階。九十八階。九十九階。
そして。
「……百階まで行った」
玲奈が蓮を見る。
「百階……」
「……うん」
今日、ヴァルゼインとの戦いで、蓮が口にした存在。玲奈は、その名前を思い出した。
「百階にいたのが……」
蓮が頷く。
「……古龍」
美月の表情が変わった。
あの日、蓮が手のひらに乗せて見せた、巨大な魔石。その魔石だけで、息が詰まるほどの圧力があった。
その持ち主が、百階層で、蓮を待っていた。
「……今までで」
蓮が静かに言う。
「……一番、強かった」
レベル六百。HP三十五万。MP三十万。筋力三十万。
防御三十五万。敏捷十九万。魔力二十八万。
魔公ヴァルゼインすら、蓮が、弱いと言った理由。その存在が、百階層にいた。
九十階層で手に入れた、《身代わりの指輪》。その指輪が、なぜ、蓮の十年間の中で、最も重要な装備の一つになったのか。
三人は、まだ知らない。
そして、百階層。
そこで、蓮は、十年間で最も死に近づくことになる。




