第129話 魔力と魔法
「……それで、どうやって覚えたの?」
玲奈が尋ねる。蓮は少し考えた。
「……最初は」
一拍。
「魔力っていうのも、知らなかった」
「……え?」
玲奈が止まった。ひなたも目を瞬かせる。
「魔力を知らなかったんですか?」
「……うん」
「じゃあ、どうやって魔法まで……」
「……《鑑定》」
蓮が答えた。
「鑑定?」
「……自分に使った」
「自分自身を?」
「……うん」
三階層。《鑑定》を手に入れたばかりの頃。蓮は、魔物や食べ物だけではなく、自分自身にも《鑑定》を使った。
「……そしたら」
蓮は自分の胸元へ視線を落とす。
「身体の中で」
一拍。
「……何かが動いてる感じがした」
「何か?」
「……その時は、何か分からなかった」
ただ、身体の奥に、今まで意識したことのない力がある。そして、その力が、身体の中を流れている。
そんな感覚だけがあった。
「それが魔力だった?」
玲奈が聞く。
「……後で分かった」
「最初は?」
「……ただの、変な力だと思ってた」
蓮は少し考える。
「でも」
「うん」
「……ブラッドウルフと戦った時にも、似た感じがあった」
追い詰められ、必死に身体を動かした時。身体の奥から、力が湧き上がるような感覚があった。
《鑑定》を使って自分を意識したことで、それが、身体の中に存在する何かだと、初めて気づいた。
「それで動かしてみたの?」
「……うん」
「どうやって?」
「……腕に行けって思った」
「それだけ?」
「……最初は」
胸の奥にある力へ意識を向ける。そこから、腕へ。少しずつ、動かしてみる。
すると、本当に、その力が動いた。
「……腕に流れた」
「それが最初?」
「……うん」
玲奈が驚いたように息を吐く。
「そこから魔力の使い方を?」
「……少しずつ」
ただ、最初は、加減すら分からなかった。
「……流しすぎて」
「うん」
「……動けなくなったこともある」
「え?」
「身体から力が抜けて」
「それ、魔力切れじゃない?」
「……今なら分かる」
「その時は?」
「……知らなかった」
玲奈は額に手を当てる。
「全部、自分で失敗して覚えてるんだ……」
「……他に聞く人いなかったから」
蓮は当然のように答えた。
そして、四階層。魔力を扱うことに慣れ始めた蓮は、さらに考えた。
「……最初は、身体全部に流してた」
「身体強化みたいに?」
「……うん」
「でも?」
「……走るなら、脚だけでいいと思った」
玲奈が蓮を見る。
「攻撃なら?」
「……腕」
「なるほど」
必要な場所だけに、必要な量の魔力を流す。何度も試した。何度も失敗した。
魔力が全身へ散る。集中が切れる。思った場所へ流れない。それでも、繰り返した。
やがて、《生存適応》が働き、蓮は、《魔力操作》を獲得した。
「そこから、狙った場所に魔力を流せるようになった?」
「……うん」
「それで終わりじゃないんでしょ?」
「……うん」
今度は、持っていた槍へ、魔力を流そうとした。
「武器にも?」
「……流せるかなって」
「よく思いつくね……」
最初は、うまくいかなかった。魔力を槍へ流しても、すぐに消える。穂先まで届かない。
けれど、実戦の中で、何度も試した。そして、再び《生存適応》が働く。
腕から、槍へ。槍から、穂先へ。
初めて、途切れることなく魔力が流れた。
「それで、武器にも魔力を纏わせられるようになった?」
「……うん」
「さらに《魔力操作》の熟練度も?」
「……上がった」
玲奈は小さく息を吐く。
「そうやって一つずつ……」
覚えて。使って。失敗して。また使う。そして、さらに成長する。
それを、蓮は繰り返していった。
「じゃあ」
ひなたが尋ねる。
「魔法は?」
「……もう少し後」
さらに階層を進んだ頃。蓮は、初めて、魔法を使う魔物を見た。
「……火を出してきた」
「そこで?」
「……うん」
それまで、蓮にとって魔力とは、身体を強くするもの。武器へ流すもの。それだけだった。
けれど、目の前の魔物は、魔力を、炎へ変えていた。
「それを見て、真似したの?」
「……うん」
「見ただけで?」
「……最初は無理だった」
「そりゃそうでしょ」
「……何回もやった」
自分自身へ《鑑定》を使い、体内の魔力の動きを、なんとなく確認する。魔力を集める。動かす。そして、炎へ変えようとする。
失敗。もう一度。失敗。何度も。何度も。繰り返した。
その中で、《生存適応》も、蓮の身体と魔力を、少しずつ、その使い方へ適応させていった。
「それで……」
玲奈が聞く。
「出たの?」
蓮は頷く。
「……うん」
「最初から大きい炎?」
「……小さかった」
蓮は手のひらを見る。
「……このくらい」
ほんの小さな炎。今の蓮からは、想像できないほど、弱い魔法。
けれど、それが、黒瀬蓮が、初めて自分の意思で生み出した、属性魔法だった。
「……《火魔法》」
蓮が言う。
「それが最初?」
「……うん」
玲奈はしばらく黙っていた。やがて、小さく息を吐く。
「本当に……全部、自分で覚えたんだ」
「……うん」
「教科書も?」
「……ない」
「先生も?」
「……いない」
「他の冒険者も?」
「……いない」
「……そっか」
玲奈はそれ以上言わなかった。
今では、蓮は、複数の属性魔法を扱う。魔力を自由に操り、武器へ流し、強力な魔法すら扱う。
けれど、始まりは、三階層。自分自身へ《鑑定》を使ったことで、身体の中を、何かが動いていると気づいたこと。
それだけだった。
蓮は、最初から、すべてを知っていたわけではない。一つ知る。一つ試す。一つ失敗する。そして、また一つ覚える。
それを、十年間、繰り返してきた。
美月は、何も言わず、蓮を見つめていた。




