第128話 鑑定
「じゃあ、その次は?」
玲奈が尋ねる。蓮は少し考えた。
「……《鑑定》」
「鑑定?」
「……うん」
ひなたが反応する。
「それなら、私たちも知ってます」
今では、冒険者の間でも知られているスキル。対象の情報を読み取る。
魔物。素材。アイテム。習熟度によって見える情報には差があるが、冒険者にとって、非常に便利な能力だった。
「でも」
玲奈が蓮を見る。
「蓮の《鑑定》って、普通じゃないでしょ?」
蓮は少し首を傾げた。
「……分からない」
「分からない?」
「……他の人の《鑑定》」
一拍。
「……見たことないから」
玲奈が止まった。
「……あ」
そこで気づく。
蓮には、比べる相手がいなかった。十年間、ダンジョンの中で一人。他の冒険者が、どんな《鑑定》を使うのか。どこまで情報を見ることができるのか。
何が普通で、何が異常なのか。そんな基準を知る機会など、一度もなかった。
「じゃあ」
玲奈が聞く。
「自分の《鑑定》が、どれくらいすごいのかも?」
「……よく分からない」
「ヴァルゼインの《鑑定遮断》Lv.10を突破したのに?」
「……見えたから」
「それが異常なの」
「……そうなんだ」
玲奈は額に手を当てた。
「そこからなのね……」
ひなたも苦笑する。
蓮にとって、自分の能力は、十年間、生きるために使い続けてきたもの。それだけだった。
「それで」
玲奈が話を戻す。
「《鑑定》は、どうやって手に入れたの?」
蓮は少しだけ視線を落とした。
「……三階で」
「三階?」
「……宝箱を見つけた」
玲奈とひなたが反応する。
「宝箱?」
「……うん」
当時、蓮はまだ、ダンジョンについて何も知らなかった。宝箱が存在することも、そこから何が出てくるのかも。当然、知らない。
「開けたの?」
「……うん」
「怖くなかった?」
「……ちょっと」
罠かもしれない。何かが飛び出してくるかもしれない。けれど、確認しなければ、何も分からない。
蓮は慎重に宝箱を開いた。
「……中に」
一拍。
「光る球が入ってた」
「球?」
「……うん」
「何だったの?」
「……スキルオーブ」
玲奈の表情が変わった。
「スキルオーブ!?」
「……知ってる?」
「知ってるに決まってるでしょ」
スキルオーブ。使用することで、特定のスキルを獲得できる。今の地上でも、簡単に手に入るような代物ではない。
「それが三階の宝箱に?」
「……うん」
「それで使ったの?」
「……使った」
光る球体に触れた瞬間、頭の中に声が響いた。
――スキルオーブを確認しました。
蓮は、使う意思を向けた。すると、球体の光が、手の中から身体へ吸い込まれていった。
――スキル《鑑定》を獲得しました。
「それで《鑑定》を?」
「……うん」
玲奈が頷く。
「じゃあ、そこからかなり楽になった?」
「……かなり」
「即答なんだ」
「……それまでは」
蓮は続ける。
「何が食べられるかも、分からなかったから」
美月の表情が少し曇った。
さっき聞いた話。見たことのない食べ物を、ほんの少しだけ口にする。時間を置いて、腹が痛くならないか。気分が悪くならないか。
自分の身体で確かめる。水も同じだった。
けれど、《鑑定》を手に入れてから、それが変わった。
「食べられるかどうかも分かった?」
ひなたが尋ねる。
「……うん」
「毒があるかも?」
「……分かるようになった」
「水も?」
「……うん」
玲奈が息を吐いた。
「それは……大きいね」
「……うん」
初めて、蓮は、目の前にあるものを、自分の身体を使わずに、調べることができるようになった。
植物。水。魔物の肉。拾った道具。そして、魔物そのもの。
「魔物にも使った?」
「……使った」
「何が分かったの?」
「……名前とか」
「レベルは?」
「……見えるやつもいた」
「見えないやつも?」
「……うん」
当時の《鑑定》では、何でも見えたわけではない。相手によっては、一部しか情報が分からない。あるいは、ほとんど何も見えないこともあった。
けれど、それでも、何も知らずに魔物と遭遇していた頃とは、まるで違った。
少しでも情報があれば、戦うか、逃げるか、判断できる。
「そういえば」
玲奈が何かを思い出す。
「魔石も、その時に?」
「……うん」
「それまで捨ててた石」
「……見た」
倒した魔物の身体の中。何度も見つけ、何度も捨てていた石。そこへ、初めて《鑑定》を使った。
「……《魔石》って出た」
「そこで初めて名前を知ったんだ」
「……うん」
「価値は?」
蓮は首を横に振った。
「……分からなかった」
「魔石って出たのに?」
「……名前だけだから」
玲奈は一瞬考えて。
「ああ……そっか」
と納得する。
名前が分かった。それだけだった。地上で売れることも、いくらの価値があるのかも、何に利用されるものなのかも、ダンジョンの中にいる蓮には、知りようがない。
「じゃあ、すぐ集め始めたわけじゃない?」
「……うん」
「なんで?」
「……使い道が分からなかったから」
「……まあ、そうなるよね」
今の冒険者にとっては、魔石は重要な資源。けれど、当時の蓮にとって重要なのは、金になるかどうかではない。
生きるために使えるか。使えないか。それだけだった。
けれど、《鑑定》を手に入れたことで、蓮の生活は、確実に変わった。
食べ物。水。魔物。道具。素材。
今まで、一つずつ、自分の身体や経験で確かめていたものが、情報として分かるようになった。
「……これ」
ひなたが静かに言う。
「蓮さんにとっては、本当に大きなスキルだったんですね」
「……うん」
蓮は迷わず頷いた。
強い魔法でもない。敵を直接倒す能力でもない。それでも、十五歳の蓮にとって、《鑑定》は、明日まで生きるために、必要な情報を与えてくれる力だった。
「それで」
玲奈が蓮を見る。
「その《鑑定》って、今はどこまで成長してるの?」
蓮は少し考えた。
「……今?」
「うん」
「……《鑑定EX》」
一瞬、玲奈とひなたが固まった。
「……EX?」
「……うん」
「ちょっと待って」
玲奈が身を乗り出す。
「Lv.10じゃなくて?」
「……EX」
「EXなんて聞いたことないんだけど」
ひなたも目を見開いていた。
「私も……初めて聞きました」
蓮は二人の反応を見て、少し首を傾げる。
「……珍しい?」
「珍しいかどうかを判断できる段階じゃないから」
玲奈が即答する。
「少なくとも私は、EXなんて見たことも聞いたこともない」
「……そうなんだ」
「いつEXになったの?」
蓮は少し考えた。
「……分からない」
「分からない?」
「……ずっと使ってたから」
「どれくらい?」
「……十年」
玲奈が額に手を当てた。
「また十年か……」
食べ物を見る。水を見る。植物を見る。魔物を見る。素材を見る。
武器を見る。罠を見る。未知のものを見る。生きるために。
何度も。何度も。十年間。使い続けた。
そして、《無限成長》によって、その成長にも、限界はなかった。
玲奈は今日の戦いを思い出した。
「……だから、ヴァルゼインの《鑑定遮断》Lv.10まで突破できたのか」
蓮は少し首を傾げる。
「……たぶん」
「そこは『たぶん』なの?」
「……他の人の《鑑定》が」
一拍。
「……どこまで見えるか知らないから」
「……ああ」
玲奈は思い出した。
そうだった。蓮には、比較する相手がいなかった。十年間、一人だった。
《鑑定EX》が、地上の基準から、どれほど外れた力なのか。本人だけが、まだ正確に分かっていない。
「……それから」
蓮が言った。
「……魔法も覚えた」
玲奈の動きが止まる。
「待って」
「……?」
「魔法も、自分で覚えたの?」
「……うん」
「誰にも教わらず?」
「……うん」
玲奈は、しばらく蓮を見つめた。そして、小さく息を吐く。
「……次、それ聞く」
蓮は少し首を傾げた。
《鑑定》によって、生きるための情報を手に入れた蓮。その次に、彼が身につけたものは、魔物と戦い、さらに深い階層へ進むための、新しい力だった。




