第127話 無限成長と生存適応
「そのスキルって、何?」
玲奈が尋ねた。蓮は少しだけ昔を思い出してから答える。
「……《無限成長》」
「無限……成長?」
玲奈が聞き返す。ひなたも眉を寄せた。
「聞いたことありません」
「私もない」
玲奈は蓮を見る。
「どんなスキル?」
「……成長の限界がなくなる」
一瞬、玲奈の表情が止まった。
「……限界がなくなる?」
「……うん」
「レベルとか、ステータスの?」
「……たぶん、全部」
「全部……」
玲奈が思わず呟く。
普通、人間には限界がある。どれだけ鍛えても。どれだけ戦っても。いつか成長は鈍る。
能力にも。技能にも。到達できる場所がある。
けれど、《無限成長》。
蓮には、その限界がなかった。
「でも」
ひなたが尋ねる。
「それを手に入れた時から、強かったんですか?」
蓮は首を横に振る。
「……全然」
「え?」
「……何も変わらなかった」
力が急に増えたわけではない。速くなったわけでもない。魔法が使えるようになったわけでもない。
ただ、これから成長していく先に、限界がなくなっただけだった。
「だから、最初はゴブリン一匹でも怖かった?」
「……うん」
玲奈は少し考える。
「強くなるためのスキルっていうより……」
「成長を止めないためのスキル、みたいな感じでしょうか」
ひなたが続ける。蓮は少し考えてから頷いた。
「……たぶん」
「たぶんなんだ……」
玲奈は小さく息を吐いた。
蓮自身、当時は《無限成長》がどれほど異常なスキルなのか分かっていなかった。そもそも、比較する相手すらいなかった。
「それで?」
玲奈が聞く。
「その後は?」
蓮は視線を少し落とした。
「……最初の頃」
まだ、ダンジョンに入って間もない頃。一体の魔物と遭遇した。
「……狼みたいな魔物がいた」
「狼型?」
「……うん」
「倒したの?」
蓮は首を横に振る。
「……無理だった」
玲奈が少し驚いた。
「蓮が?」
「……その時は」
戦うという選択肢すら、ほとんどなかった。
目が合った。次の瞬間、魔物が走ってきた。蓮は逃げた。ただ、必死に。
何度も転び。壁にぶつかり。背後から迫る足音に怯えながら。走り続けた。
「……追いつかれなかったの?」
「……何回か、危なかった」
「怪我は?」
「……腕を噛まれた」
美月の表情が強張る。
「それで……?」
「……逃げた」
「それだけ?」
「……うん」
今なら、一瞬で倒せる。けれど、十五歳だった蓮にとって、その一体は、本当に、命を奪われかねない相手だった。
「……怖かった?」
美月が聞く。蓮は頷く。
「……怖かった」
短い答えだった。けれど、美月には、それだけで十分だった。
そして、その少し後。蓮は初めて、自分の力で魔物を倒した。
「……スライム」
「スライム?」
玲奈が聞く。
「……うん」
「初めて倒した魔物が?」
「……うん」
今なら、最低級の魔物として扱われる存在。それでも、当時の蓮には、どう倒せばいいのかすら分からなかった。
「どうやって倒したの?」
「……石」
「石?」
「……投げた」
玲奈が一瞬黙る。
「……本当に最初は普通だったんだね」
「……?」
「いや、何でもない」
何度も石を投げた。近づかれたら逃げる。距離を取ったら、また投げる。それを繰り返して、ようやく、倒した。
「その時に?」
ひなたが尋ねる。蓮は頷いた。
「……《生存適応》を手に入れた」
「生存……適応」
ひなたが繰り返す。
「それも聞いたことない」
玲奈も蓮を見る。
「どんなスキル?」
「……生き残るために」
蓮は言葉を探す。
「……身体が適応していく」
「適応?」
「……うん」
「何に?」
「……環境とか」
「うん」
「……危ないものとか」
玲奈が少し考える。
「その場所で生きていくために、身体そのものが変わっていく?」
「……そんな感じ」
最初は、本当に小さな変化だった。暗い場所でも、前より見えるようになる。寒さにも、少し耐えられるようになる。
傷も、以前より治りやすくなる。魔物の気配にも、少しずつ敏感になっていく。
生き残る。危険に晒される。それを乗り越える。その繰り返しの中で、《生存適応》は、少しずつ蓮を変えていった。
玲奈が黙って蓮を見る。
「つまり……」
頭の中で整理するように口にする。
「《無限成長》で、成長に限界がない」
「……うん」
「《生存適応》で、生き残るほど環境や危険に適応する」
「……うん」
玲奈はそこで止まった。
そして。
「それを……」
一拍。
「十年間?」
「……うん」
「……そりゃ、こうなるわ」
「……こう?」
「今のあんた」
蓮は少し首を傾げる。
けれど、ひなたは別のところに気づいていた。
「でも……」
「……?」
「それって」
ひなたは蓮を見る。
「生き残れなかったら、意味がないですよね」
蓮は頷いた。
「……うん」
《無限成長》を持っていても、死ねば終わる。《生存適応》を持っていても、適応する前に死ねば終わる。
二つのスキルを手に入れたからといって、十年間の生存が約束されたわけではなかった。
何度も逃げた。何度も傷ついた。何度も死にかけた。それでも、生き残った。
だから、成長した。適応した。そして、また次の危険を越えた。
蓮は少し考えて、いつものように短く言った。
「……死なないようにしてたら」
一拍。
「……強くなった」
玲奈は、今度は何も言わなかった。その言葉の意味が、少し分かったからだ。
美月も、静かに蓮を見ている。
「……その二つだけ?」
玲奈が尋ねる。蓮は首を横に振った。
「……違う」
「まだあるの?」
「……いっぱい」
玲奈が止まる。
「いっぱい?」
「……うん」
「どのくらい?」
蓮は少し考えた。
「……覚えてないくらい」
「……」
玲奈とひなたが、同時に黙った。
《無限成長》。《生存適応》。
それは、蓮の十年間を形作った、数え切れないほどの力の、始まりにすぎなかった。




