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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

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126/504

第126話 十年間の始まり

少しの沈黙のあと、玲奈が最初の質問をした。


「じゃあ、まず一つ」


 蓮が玲奈を見る。


「なんで十年間も、ダンジョンから出られなかったの?」


 蓮は少し考えた。


「……出口が、なくなったから」


「……なくなった?」


「……うん」


 玲奈が眉を寄せる。ひなたも蓮を見る。美月だけは、その話を以前少しだけ聞いていた。


「どういうこと?」


「……入って」


 蓮は昔を思い出すように、ゆっくりと言葉を続けた。


「……少し進んで」


「うん」


「……戻ろうと思ったら」


 一瞬、言葉が止まる。


「……入口がなかった」


 玲奈の表情が変わった。


「え?」


「……消えてた」


「ちょっと待って」


 玲奈は思わず身を乗り出した。


「入ったばっかりだったんでしょ?」


「……うん」


「それで戻ろうとしたら、入口そのものがなくなってた?」


「……うん」


「別の場所に移動したとかじゃなくて?」


「……たぶん、違う」


「探した?」


「……探したよ」


 蓮は短く答える。


「……何回も」


 その言葉に、玲奈は黙った。


 十年前、十五歳だった蓮は、一人でダンジョンへ入った。そして、帰るための入口を失った。


「外に連絡は?」


 ひなたが尋ねる。


「……できなかった」


「携帯電話は?」


「……圏外だった」


「じゃあ……助けを呼ぶことも」


「……できなかった」


 当時、地上では、まだダンジョンという存在そのものが発見されていなかった。冒険者という職業もない。ギルドもない。


 魔物。魔石。スキル。魔法。そのすべてが、地上の人間にとって、未知のものだった。


 蓮がダンジョンへ入ってから三年後。今から七年前になって、地上で初めて、ダンジョンが発見された。


 そこから、魔物の存在が知られ、スキルや魔法が確認され、冒険者という職業が生まれ、ギルドが作られていった。


 けれど、地上がようやくダンジョンという存在を知った頃には、蓮はすでに三年間、一人で、何の知識もないまま、ダンジョンの中を生きていた。


「じゃあ……」


 玲奈が声を落とす。


「本当に一人だったの?」


「……うん」


「十五歳で?」


「……うん」


 玲奈は蓮を見つめる。今、目の前にいる蓮からは、十五歳の少年が一人で閉じ込められた姿など、想像することが難しかった。


「……怖くなかったんですか?」


 ひなたが聞いた。


 蓮はすぐには答えなかった。少しだけ視線を落とす。


「……怖かったよ」


 玲奈が目を見開く。


「蓮が?」


「……うん」


「……なんか意外」


「そう?」


「だって今日のあんた見てたら、怖いものなんてないのかと思うでしょ」


 蓮は少し考える。


「……最初は」


 一拍。


「何回も、死ぬと思った」


 部屋が静かになる。


「最初から強かったわけじゃないんだ?」


 玲奈が聞く。蓮は首を横に振った。


「……全然」


「どのくらい?」


「……最初?」


「うん」


 蓮は少し考えた。


「……ゴブリン一匹でも」


 一拍。


「……怖かった」


「……ゴブリン?」


 玲奈が聞き返した。


「……うん」


「今日、あの悪魔を弱いって言ってた人が?」


「……その頃は」


 玲奈が言葉を失う。冗談ではない。蓮は本気で言っている。


「じゃあ……どうやって生き残ったんですか?」


 ひなたが尋ねた。


「……逃げたり」


「はい」


「……隠れたり」


「はい」


「……戦ったり」


 蓮はそこで言葉を止めた。


 それだけ。けれど、十五歳の蓮にできることなど、本当に、それくらいしかなかった。


「食べ物は?」


 玲奈が聞く。蓮は少し考えた。


「……最初は、何が食べられるか分からなかった」


「そりゃ……そうだよね」


「……だから」


 蓮は淡々と続ける。


「……少しだけ食べた」


「少しだけ?」


「……うん」


「……口に入れて」


 一拍。


「……しばらく待った」


 玲奈が眉を寄せる。


「待ったって……何を?」


「……お腹が痛くならないか」


「……」


「……気持ち悪くならないかとか」


 ひなたの表情が曇る。


「それで……何ともなかったら?」


「……もう少し食べた」


「それを繰り返してたんですか?」


「……うん」


 木の実。見たことのない植物。倒した魔物の肉。食べられるのか。毒なのか。十五歳の蓮には判断できない。


 だから、ほんの少しだけ口にする。時間を置く。身体に異変が出ないか確かめる。大丈夫なら、少しだけ量を増やす。


 そうやって、一つずつ、食べられるものを覚えていった。


「……危なすぎない?」


 玲奈が呟く。


「……他に、分からなかったから」


 蓮はそれだけ答えた。


「じゃあ、水は?」


「……水も似たような感じ」


「似たような?」


「……少し飲んで」


「うん」


「……待った」


「それも、身体に異変が出ないか?」


「……うん」


 濁っていないか。変な臭いがしないか。周囲に死んだ魔物がいないか。目で見て分かることは確認した。


 それでも、本当に安全なのかまでは分からない。最後は、自分の身体で確かめるしかなかった。


「……《鑑定》は?」


 玲奈が聞く。


「……その頃は、まだなかった」


 ひなたが小さく息を呑む。


 今なら、食べ物でも、水でも、《鑑定》で調べることができる。けれど、最初からそうだったわけではない。


 何が安全で、何が危険なのか。蓮は、一つずつ、自分の身体で覚えていった。


「寝る場所は?」


 玲奈が続ける。


「……魔物が来なさそうなところ」


「安全地帯みたいなのがあったの?」


「……最初は、分からなかった」


「じゃあ?」


「……探して」


「うん」


「……何日か無事だった場所を覚えた」


 最初から安全な場所が分かるわけではない。教えてくれる人もいない。地図もない。攻略情報もない。


 生き残った経験だけが、次の日を生きるための情報になっていった。


「怪我した時は?」


 ひなたが尋ねる。


「……自分で」


「回復魔法ですか?」


「……最初は使えなかった」


「じゃあ……」


「……布を巻いたり」


 蓮は淡々と続ける。


「……動けるまで待ったり」


 美月の手が、湯呑みを握ったまま止まった。


 十五歳の蓮が、一人で、傷を負って、誰にも助けを求められず、動けるようになるまで、ただ耐えていた。


 その姿を想像する。


「魔物を倒した後は?」


 玲奈が尋ねる。


「その頃から魔石とか素材とか知ってたの?」


「……知らなかった」


「じゃあ、魔石は?」


 蓮は少し考えた。


「……石なら、入ってた」


「石?」


「……魔物の中に」


「それが魔石でしょ?」


「……今は分かる」


「当時は?」


「……知らなかった」


「じゃあ、どうしてたの?」


「……捨ててた」


「……え?」


 玲奈の声が止まった。


「捨ててた?」


「……うん」


「魔石を?」


「……うん」


「全部?」


「……最初は」


 玲奈が額に手を当てる。


「いやいや……」


 今の冒険者にとって、魔石は重要な資源だ。けれど、十年前の蓮には、そんなことを知る方法などなかった。


 魔物の身体の中から出てくる、用途の分からない石。それだけだった。


 食べられない。武器にもならない。生き残るための役にも立たない。十五歳の蓮にとって、その石に価値はなかった。


「もったいな……」


 玲奈が思わず呟く。蓮は首を傾げる。


「……その時は、いらなかったから」


「まあ……蓮からしたらそうなるのか」


 ひなたが続けて尋ねる。


「素材は?」


「……使えるものは使った」


「使えるもの?」


「……肉とか」


「はい」


「……皮とか」


「はい」


「……牙とか、骨とか」


 価値があるから集めたわけではない。売るためでもない。生きるために使えるか。使えないか。


 蓮にとっては、それだけだった。


「……蓮」


 美月が呼ぶ。


「……何?」


「その時」


 美月は少し言葉を選ぶ。


「誰かと話すことは……本当に一度もなかったの?」


「……なかった」


「ずっと?」


「……うん」


「十年間?」


 蓮は美月を見る。


 そして。


「……うん」


 それだけだった。


 部屋が静かになる。玲奈も、ひなたも、すぐには何も言えなかった。


 十年間、誰とも話さない。話しかける相手はいない。助けを求める相手もいない。


 怖いと言う相手も。痛いと言う相手も。嬉しいと言う相手も。いない。


 今まで、蓮の会話が短いことを、玲奈もひなたも知っていた。質問されたことにしか答えない。言葉が足りない。人の反応に戸惑う。


 普通なら説明するようなことさえ、本人にとっては、説明するという発想そのものがないこともある。


 その理由が、ようやく少し分かった。


「……そりゃ」


 玲奈が小さく呟いた。


「話すの、苦手にもなるよね」


 蓮は少し首を傾げる。


「……たぶん」


「そこは自分でも分かんないんだ」


「……うん」


 玲奈は少しだけ笑った。


 そして、ひなたが蓮を見る。


「でも……」


「……?」


「一つ、分からないことがあります」


「……何?」


「そこから」


 ひなたは蓮をまっすぐ見た。


「どうやって、今みたいに強くなったんですか?」


 蓮は黙った。


 最初は、ゴブリン一匹でも怖かった。食べ物も、水も、安全なのか分からない。眠れる場所も、傷を治す方法も、何一つ知らなかった。


 ただ、生き残るために、一つずつ覚えていった。


 そんな十五歳の少年が、十年後、古龍を倒し、魔公ヴァルゼインを圧倒するまでになった。


 その間に、何があったのか。


 蓮は少しだけ視線を落とした。


「……それは」


 一拍。


「……最初に手に入れたスキルから、話した方がいいと思う」


 玲奈の表情が変わる。


「スキル?」


「……うん」


 蓮が頷く。


 それは、黒瀬蓮という人間の、十年間を大きく変えることになった力。


 そして、今の蓮へ繋がる、すべての始まりだった。

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― 新着の感想 ―
頭悪そうな会話だな 10年も出れなくて彷徨ってるんだから魔石回収とか優先度低いだろってわからないのか
あ、すみません下のコメント私の勘違いです; 分かり辛くなかったですよ!
ガラケーもってましたよ
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