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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

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第125話 帰る場所

簡易医療テントの中。


 美月は椅子に座り、医療班の検査を受けていた。


「血圧、正常」


「脈拍も問題ありません」


「魔力循環も安定しています」


 医療班の職員たちが、何度も数値を確認する。その表情には、困惑が浮かんでいた。


「……本当に、何ともないんですか?」


 美月が尋ねる。


「はい。少なくとも、現在確認できる範囲では」


 職員は答えながらも、もう一度端末を見る。そこに表示されている数値は正常だった。


 むしろ、Sランク変異ダンジョンの深部から帰還した冒険者とは思えないほど、状態がいい。


「でも……」


 別の職員が小声で言う。


「監視記録では、一度この人の生命反応……」


「今はそれを確認してる」


 すぐに隣の職員が制した。だが、美月には聞こえていた。


 一度、自分は死んだ。そのことは、美月自身が一番よく分かっている。最後の記憶もある。


 そして、目を開けたとき、そこに蓮がいた。


 美月は少し離れた場所を見る。蓮も検査を受けていた。


「……問題ありません」


 医療班の男性が首を傾げる。


「本当に?」


「……うん」


「痛みは?」


「……ない」


「息苦しさは?」


「……ない」


「疲労感は?」


 蓮は少し考えた。


「……ない」


「……そうですか」


 職員の方が困っていた。


 Sランク変異ダンジョンへ突入し、最深部まで到達し、ボスを倒して帰還した。


 それなのに、傷なし。呼吸の乱れなし。疲労すら見られない。


 玲奈は隣の椅子からその様子を見て、ため息をついた。


「もう驚く方が疲れるね」


 ひなたが苦笑する。


「分かります」


 二人も検査を終えていた。エリクサーのおかげで、身体には傷一つ残っていない。魔力も回復している。医療班からすれば、それも十分異常だった。


「三人とも、明日もう一度正式な検査を受けてください」


 医療班の責任者が言った。


「今夜は休養を優先します」


「分かりました」


 美月が頷く。


 そこで、テントの入口が開いた。支部長が入ってくる。


「検査は終わったか」


「はい。現時点では、四名とも異常ありません」


「そうか」


 短く答えたあと、支部長は四人を見た。


「今日は本格的な事情聴取はしない」


 玲奈が少し安心したように息を吐く。


「助かります」


「さすがに今日は休ませる」


 そして、蓮へ視線を向けた。


「確認だけさせてくれ」


「……うん」


「最深部にいたのは、ヴァルゼインという悪魔」


「……うん」


「それがダンジョン変異の原因だった」


「……うん」


「君が討伐した」


「……うん」


 すべて同じ返事だった。支部長は一瞬黙る。


「……君と話す時は質問を考えないと会話がすぐ終わるな」


「……?」


 玲奈が小さく笑った。


「分かります」


 美月も口元を緩める。支部長は軽く咳払いした。


「詳しい報告は明日以降で構わない。それと、報道対応はこちらで引き受ける」


 美月の表情が少しだけ緩んだ。


「ありがとうございます」


「今夜は外に出ない方がいいだろう」


「そんなにですか?」


 玲奈が聞く。支部長は苦笑した。


「すでにかなりの騒ぎになっている」


 その視線が蓮へ向く。


「特に、彼がな」


 蓮は首を傾げた。


「……俺?」


「君以外に誰がいる」


「……そうなんだ」


 まるで他人事だった。支部長はそれ以上説明するのを諦めたように息を吐いた。


「とにかく、今日は帰って休め」


 蓮の反応は早かった。すぐに美月を見る。


「……帰れる?」


 美月は笑った。


「うん」


 その言葉を聞いた瞬間、蓮の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


「……よかった」


 玲奈はその様子を見ていた。


「ねえ、美月」


「何?」


「私たちも行っていい?」


「え?」


「今日はさすがに、一人にして帰れないでしょ」


 玲奈は美月を見る。


「それに」


 今度は蓮を見る。


「聞きたいことが多すぎる」


 ひなたも小さく手を上げる。


「私も……美月さんの様子をもう少し見ていたいです」


 美月は少し考える。そして、蓮を見る。


「蓮、二人も来ていい?」


「……美月の家だろ」


「今は蓮も住んでるでしょ」


「……そうか」


 少し考える。


「……いいよ」


 玲奈が眉を上げた。


「なんか許可もらった感じするけど、美月の家なんだよね?」


「そうだよ」


「……まあいいか」


 四人は、ギルドが用意した車で美月の家へ向かうことになった。


 車内。


 蓮は窓の外を眺めていた。夜の街。流れる光。見慣れ始めた景色。


 その隣では、玲奈がスマートフォンを凝視していた。


「……うわ」


「どうしたの?」


 美月が尋ねる。


「もう出てる」


「何が?」


「これ」


 玲奈が画面を見せる。そこには大きな文字が並んでいた。


 ――世界ランキング第一位《Unknown》の正体判明か。


 ――黒瀬蓮、Sランク変異ダンジョンを攻略。


 ――《アストラ》三名、全員生還。


 ――世界一位の名がUnknownから黒瀬蓮へ。


 記事。速報。動画。投稿。次々と更新されている。


 ひなたも自分のスマートフォンを開いた。


「本当です……どんどん増えてます」


 玲奈は蓮を見る。


「蓮」


「……何?」


「あんた、完全にニュースになってる」


「……ニュース?」


「そう。ニュース」


 蓮が玲奈のスマートフォンを見る。画面には、自分の名前が大きく表示されていた。少しだけ眉を寄せる。


「……消せる?」


「無理」


「……そう」


 少し残念そうだった。玲奈が笑う。


「世界一位になった本人の感想がそれ?」


「……別になりたかったわけじゃないし」


「まあ……そうなんだろうね」


 玲奈はスマートフォンを閉じた。


 美月は隣の蓮を見る。世界が蓮を見つけた。もう、以前のように静かに暮らすことは難しいかもしれない。


 それでも、せめて今夜だけは、何も考えずに休ませてあげたかった。


 しばらくして、車が止まった。


「着きました」


 運転していた職員が告げる。


 四人は車を降りる。見慣れたマンション。美月が鍵を開ける。玄関の扉が開いた。


「……ただいま」


 美月が言う。


 そのすぐ後ろ、蓮も家へ入る。靴を脱ぎ、部屋の中を見る。


 いつもの玄関。いつもの廊下。昨日までと何も変わらない。


 ダンジョンでも、大勢に囲まれていた時でも、ほとんど表情を変えなかった蓮が、小さく息を吐いた。


「……ただいま」


 美月が振り返る。一瞬、蓮の顔を見つめる。


 そして。


「おかえり、蓮」


 柔らかく笑った。蓮の表情が、ほんの少しだけ緩んだ。


 玲奈とひなたは、その後ろから静かに入ってきた。四人でリビングへ向かう。


「とりあえず座ろう」


 美月が言った。


「さすがに今日は疲れた」


「賛成」


 玲奈はすぐにソファへ座った。ひなたも隣へ腰を下ろす。美月も椅子に座る。


 すると、蓮だけが立ったままだった。


「蓮?」


「……何?」


「座らないの?」


「……お茶」


「今?」


「……うん」


 蓮は三人を見る。


「……疲れてると思って」


 美月の表情が止まった。


 死んだ。助けられた。世界中が蓮を追い始めた。


 そんな一日の最後に、蓮が考えているのは、自分たちが疲れているから、お茶を入れること。


「……ありがとう」


 美月が小さく言った。


「……うん」


 蓮は台所へ向かう。


 少しして、四人分のお茶がテーブルに並んだ。


 玲奈が湯呑みを両手で持つ。一口飲む。


「……落ち着く」


 ひなたも頷く。


「生きて帰ってきた感じがします」


 美月は湯呑み越しに蓮を見る。蓮も自分の席へ座った。


 ようやく、四人が揃う。


 玲奈はしばらく黙っていた。それから、湯呑みをテーブルへ置いた。


「……で」


 蓮が玲奈を見る。


「……何?」


 玲奈は蓮をまっすぐ見る。


「そろそろ聞かせてもらおうか」


「……何を?」


「全部」


 即答だった。蓮が少し首を傾げる。


 玲奈は続けた。


「十年間」


 一拍。


「何があったのか」


 そして。


 世界ランキング第一位。Unknown。黒瀬蓮。


 その十年間を、玲奈とひなたは、初めて聞くことになる。

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― 新着の感想 ―
 うーん。Aランク冒険者なら住所はわれているだろうから……跡をついてくる金魚のフン、張っているマスゴミが必ず居るでしょう。  ハイドするか偽装するか、ギルドなりセーフハウスなぞを使う必要があると思いま…
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