↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
124/491

第124話 世界が見つけた日

玲奈の声が止まった。


 封鎖線の向こうでは、報道陣の声がさらに大きくなっていく。


「黒瀬蓮さん!」


「Unknown本人というのは本当ですか!」


「世界ランキング第一位の名前が変更された件について、説明をお願いします!」


「行方不明の十年間どこにいたんですか!」


「Sランク変異ダンジョンを攻略したという情報は事実ですか!」


 カメラが一斉に向けられる。ライトが眩しい。


 マイクを持った記者たちが、警備の冒険者越しに前へ出ようとしていた。


 玲奈は、ゆっくりと蓮を見る。そして、美月を見る。


「ちょっと待って」


 声が震えていた。


「Unknownって……あのUnknown?」


 美月は黙っていた。けれど、その沈黙が答えだった。


 ひなたも口元を押さえる。


「世界ランキング……第一位……」


 玲奈はもう一度、蓮を見た。


 蓮は報道陣の声を聞いて、少しだけ眉を寄せている。だが、本人はその意味をほとんど理解していないようだった。


「美月の幼なじみが?」


「……うん」


「十年ぶりに帰ってきたっていう?」


「……うん」


「世界一位?」


「……たぶん」


「たぶんじゃないでしょ!」


 玲奈の声が裏返った。


 ひなたも茫然としている。


「蓮さんが……Unknown……」


 Unknown。その名は、冒険者なら誰でも知っていた。


 七年間。世界ランキングの頂点に表示され続けた、正体不明の存在。


 所属不明。年齢不明。国籍不明。


 顔も。声も。経歴も。


 何一つ分からない。


 ただ、ランキングの一位に存在し続けた名前。


 冒険者たちは噂した。


 本当に人間なのか。どこかの国が隠している秘密兵器なのか。そもそも実在しているのか。


 誰も知らなかった。誰も会えなかった。誰も届かなかった。


 そのUnknownが。今。


 目の前にいる。


 美月がずっと探していた幼なじみとして。何も分かっていないような顔で。


「情報量が多すぎる……」


 玲奈は頭を抱えた。


 ひなたも小さく頷く。


「私も……整理できません……」


 蓮は二人を見る。


「……Unknownって、何」


 玲奈が固まる。


「本人が一番分かってないの?」


「……うん」


「うんじゃないって」


 玲奈は思わず言ったが、すぐに言葉を失った。


 そうだ。蓮は知らない。


 十年間、ダンジョンにいた。外のランキングなど見ていない。


 自分が七年間、Unknownとして世界中に知られていたことも。自分が冒険者たちにとって、どれほど異常な存在だったかも。


 知らない。


 蓮にとっては。ただ、生き残っただけ。


 ただ、美月を助けに来ただけ。それだけなのだ。


 報道陣の声は止まらない。


「黒瀬蓮さん!」


「一言お願いします!」


「神崎美月さんとの関係は!」


「Unknownの名前が黒瀬蓮に変わったのは事実ですか!」


「冒険者登録は本日だったという情報があります!」


「本日登録で、即Sランク変異ダンジョンを攻略したんですか!」


 蓮は少しだけ後ろへ下がった。


 魔物ではない。敵意もない。


 だが。多すぎる。


 声が。視線が。質問が。


 十年間。


 ダンジョンの中には、人の声などほとんどなかった。


 聞こえていたのは、魔物の咆哮。刃が肉を裂く音。骨が砕ける音。


 血の匂い。死の気配。


 そういうものだけだった。


 目の前の人々は、蓮を殺そうとしているわけではない。それは分かる。


 けれど。どう返せばいいのか分からなかった。


「……美月」


 蓮が小さく呼ぶ。


 美月はすぐに気づいた。


 蓮の表情。わずかに寄った眉。困ったような目。


 それを見た瞬間、美月は前へ出た。蓮と報道陣の間に立つように。


「すみません」


 美月の声が、夜の空気に通った。


「今は救助直後です。私たちも状況確認と検査が必要です。取材対応は、ギルドを通してください」


 記者たちはなおも声を上げる。


「神崎さん!」


「黒瀬蓮さんとはどういう関係ですか!」


「彼がUnknownだと知っていたんですか!」


「今回の救助を依頼したのはあなたですか!」


 美月の表情が少しだけ硬くなる。だが、下がらない。


 蓮を背中に隠すように、一歩も動かなかった。


 玲奈はその横顔を見た。


 美月は、蓮を守ろうとしている。Sランク変異ダンジョンを攻略した男を。


 世界ランキング第一位を。守る必要などないほど強いはずの蓮を。


 それでも。今、この場所では。


 美月が蓮を守っていた。


 玲奈は小さく息を吐く。


「……なるほどね」


 ひなたが玲奈を見る。


「どうしたんですか?」


「美月が最近、早く帰ってた理由」


「あ……」


 ひなたも気づく。


 帰る場所。待っている人。


 美月がずっと大切にしていた人。それが、今ようやく繋がった。


 報道陣がさらに前へ出ようとした瞬間。


 支部長が片手を上げた。


「封鎖線を越えるな」


 低い声だった。それだけで、周囲の空気が変わる。


 警備の冒険者たちが前へ出た。


「下がってください!」


「ここから先は立入禁止です!」


「救助対象者への接触は認められません!」


 記者たちは押し戻される。それでもカメラは蓮を追っていた。


 支部長は報道陣へ向き直る。


「ここはまだ安全確認中のダンジョン区域だ。関係者以外の接近は許可しない」


「ですが、Unknownが――」


「正式発表はギルドから行う」


 強い声。


「今は救助者と救助対象者の安全確認が最優先だ」


 その言葉に、報道陣の勢いがわずかに弱まる。だが、完全に静まるわけではない。


 封鎖線の向こうから、ざわめきは続いていた。


「本当にUnknownなのか……」


「あの若さで?」


「世界一位が、今まで無登録だったってことか?」


「今日登録して、今日Sランクを攻略?」


「ありえないだろ……」


 蓮はその声を聞いても、ほとんど意味を理解できなかった。


 ただ一つ。自分が見られている。


 それだけは分かる。あまり、心地よくはなかった。


 支部長が蓮へ向き直る。


「黒瀬蓮」


「……うん」


「詳しい事情は、後で聞かせてもらう」


「……うん」


「だが今は、まず全員の安全確認が先だ」


 蓮は美月を見る。


「……美月も?」


「もちろんだ」


 支部長が答える。


「《アストラ》三名は医療班の検査を受ける。君もだ」


「……俺も?」


「当然だ」


「……怪我してない」


「怪我がないことを確認するのが検査だ」


 蓮は少し考えた。それから美月を見る。


「……検査」


「うん。受けるよ」


「……一緒に行く」


 美月は一瞬だけ驚いた。それから、柔らかく笑う。


「うん。一緒に来て」


 玲奈が小さく呟く。


「世界一位、完全に美月しか見てないじゃん」


 ひなたも小さく笑った。


「でも……それが蓮さんらしい気がします」


「もう分かってきたの?」


「少しだけ」


 玲奈は肩をすくめる。


「私はまだ全然分かんない」


 そう言いながらも。玲奈の表情は、少しだけ緩んでいた。


 蓮がどれほど異常な存在でも。世界一位でも。Unknownでも。


 今ここで、美月を気にしている蓮の姿だけは分かりやすかった。


 医療班が四人を誘導しようとする。


 だが、蓮は一歩進んだところで止まった。


 封鎖線の向こう。報道陣。冒険者。ギルド職員。


 すべての視線が、自分に向いている。


 蓮は少し困った顔をした。


 そして。美月へ小さく聞いた。


「……帰っていい?」


 その場にいた何人かが、言葉を失った。


 今。世界が自分を見ている。


 Sランク変異ダンジョンを攻略した直後。Unknownの正体が判明した直後。


 報道陣が押し寄せ。冒険者たちが騒然としている。


 その中心にいる本人が。帰っていいかと聞いた。


 美月は一瞬だけ目を丸くする。


 それから。少しだけ笑った。


「うん」


 声が優しかった。


「帰ろう」


「……うん」


 蓮は頷いた。


 支部長が苦笑に近い息を吐く。


「検査と最低限の確認が終われば、すぐに休ませる。詳しい話は明日以降でいい」


 美月が頭を下げる。


「ありがとうございます」


 玲奈もひなたも、ようやく緊張を解いた。


 夜の空気の中。投光器の光が、四人を照らしている。


 黒瀬蓮。Unknown。世界ランキング第一位。


 その正体が。ついに地上へ現れた。


 報道陣が叫ぶ。冒険者たちが息を呑む。ギルド職員が慌ただしく動き回る。


 けれど。その中心にいる蓮だけは。


 何も分かっていないような顔で。ただ美月を見ていた。


 世界が、黒瀬蓮を見つけた日。


 蓮が望んだのは。名声でも。称賛でも。説明でもなく。


 ただ一つ。


 美月と一緒に、家へ帰ることだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。