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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

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第116話 冒険者登録

冒険者ギルドは、混乱の中にあった。


 扉を開けた瞬間、蓮の耳にいくつもの声が飛び込んでくる。


「入口管理班からの続報は!?」


「救助隊候補者、第一班集まりました!」


「耐魔装備が足りません!」


「報道対応、誰が出ますか!?」


 職員たちが走り回っている。冒険者たちも集まり、受付前や掲示板の前でざわめいていた。


 大型表示には、赤い文字が浮かんでいる。


 ――Aランクダンジョン、大規模変異。


 ――危険度、Sランクへ変更。


 ――周辺区域封鎖中。


 蓮はその文字を見上げた。


 分からない言葉もある。だが、ひとつだけ分かる。


 ここに来れば、美月がいる場所が分かる。


 蓮は受付へ向かった。受付の女性職員は、書類を抱えたまま慌ただしく端末を操作していた。


「あの」


 蓮が声をかける。


「すみません、現在緊急対応中で――」


「……神崎美月が入ったダンジョンはどこだ」


 受付の手が止まった。周囲の音が、少しだけ遠くなる。


「……神崎、美月さん?」


「……うん」


「関係者の方ですか?」


「……美月を助けに行く」


 受付の表情が強張る。すぐに、申し訳なさそうに首を横に振った。


「申し訳ありません。現在、対象ダンジョンは封鎖中です。一般の方を向かわせることはできません」


「……場所を教えてくれ」


「できません」


 きっぱりとした声だった。


 蓮は受付を見る。受付も、目を逸らさなかった。


 怖がっているわけではない。ただ、止めようとしている。


「対象ダンジョンはSランクへ変異しています。入口も不安定で、救助隊ですら突入準備が整っていません。一般の方を行かせることはできません」


「……俺が行く」


「無理です」


「……美月が中にいる」


「分かっています」


 受付の声が、少しだけ震えた。


「ですが、だからこそです。無許可の突入は認められません。救助隊以外は近づけません」


 蓮は黙った。


 言葉が、うまく出てこない。美月が危ない。助けに行きたい。


 ただ、それだけなのに。それだけでは通じない。


 ここはダンジョンではない。力だけで進める場所ではない。


 人に伝えなければ、動けない場所だった。


「冒険者カードはお持ちですか?」


 受付が尋ねた。


「……カード?」


「ダンジョンへ入るには冒険者カードが必要です。登録のない方は、そもそも入口を通過できません」


「……持ってない」


「でしたら、なおさら無理です。今は新規登録を受け付けている状況でもありません」


 受付はそう言いながらも、蓮の様子を見ていた。


 普通ではない。怒鳴るわけでもない。泣き叫ぶわけでもない。


 けれど、目だけが動かない。まっすぐに、美月のいる場所だけを見ているようだった。


 蓮は拳を握る。


 冒険者カードがない。場所も分からない。入ることもできない。


 それでも、引くわけにはいかなかった。


 美月が中にいる。


 すぐ帰るね。


 そう言っていた美月が。


「…………」


 蓮は考える。自分にできること。自分が持っているもの。


 ギルドが無視できないもの。


 そこで、ひとつ思い出した。


 魔石。美月に預けた、あの異常な魔石。


 ギルドが十億円を提示した魔石。


 蓮にとって、それがどれほどの価値なのかは今でもよく分からない。けれど、美月は驚いていた。ギルドも動いていた。


 なら――。


「……支部長を呼んでくれ」


 受付が目を見開く。


「支部長は現在、救助対応中です。すぐには――」


「……十億の魔石のことで、話がある」


 その瞬間。受付の表情が変わった。


「……今、何と?」


「……十億の魔石」


 蓮は短く言う。


「あれを渡す」


「…………」


 受付は言葉を失った。


 十億の魔石。その言葉は、一般の冒険者は知らない。


 まして、ギルドに登録もしていない一般人が知っているはずがない。


 極めて限られた職員と、支部長。そして、持ち込んだ神崎美月。


 それくらいしか知らない案件だった。


「……なぜ、そのことを知っているんですか?」


「……俺の魔石だから」


 受付の喉が、小さく動いた。


「少々、お待ちください」


 受付はすぐに端末を操作し、奥へ連絡を入れた。


 声は抑えている。けれど、明らかに緊張していた。


「支部長へ緊急連絡。例の魔石の所有者を名乗る人物が受付に来ています。はい。十億の件も知っています。はい。神崎美月さんの件で――」


 数秒後。受付の顔色が変わる。


「……承知しました」


 通信が切れる。受付は蓮を見る。


「支部長が来ます」


「……うん」


 蓮は頷いた。


 待つ時間が、長く感じた。実際には、一分も経っていないのかもしれない。


 それでも蓮には、ひどく遅く感じた。


 その間にも、美月はダンジョンの中にいる。時間が過ぎていく。


 助けに行けないまま。


 やがて、奥の扉が開いた。


 支部長が早足で現れる。周囲の職員たちが一斉に道を空けた。


 支部長の表情は険しい。だが、蓮を見る目には、警戒とは別の色があった。


「君が、あの魔石の所有者だと?」


「……うん」


「なぜ、あの魔石を知っている」


「……俺が、美月に預けた」


 支部長の目が細くなる。


 美月。神崎美月。


 あの魔石を持ち込み、所有者を最後まで明かさなかったAランク冒険者。


 直接契約を求めても、本人を連れてくることを拒んだ。


 所有者の普通の生活を守りたい。そう言っていた。


 その所有者が、今ここにいる。


 美月を助けるために。


「名前は」


「……黒瀬蓮」


 受付が息を呑んだ。


 支部長は蓮を見つめたまま、さらに尋ねる。


「あの魔石は、どこで手に入れた」


「……ダンジョン」


「どのダンジョンだ」


「……俺がいたダンジョン」


「君が倒した魔物の魔石か?」


「……うん」


 短い返答。だが、その内容は重かった。


 あの魔石は、通常のSランク魔石と比較できないほど異常だった。


 魔力含有量。純度。密度。


 どれも、現行基準を超えていた。それを生み出す魔物を倒した。


 目の前の男が、本当にそう言っているのなら。


 支部長の脳裏に、一つの存在が浮かんだ。


 世界ランキング第一位。七年間、不動の頂点にいる存在。


 正体不明。名前も所属も不明。


 ただ、記録だけが残っている冒険者。


 Unknown。


「……冒険者カードを見せてくれ」


 支部長が言った。


 蓮は首を横に振る。


「……持ってない」


「登録していないのか?」


「……うん」


 周囲の職員がざわついた。


 登録していない。それなのに、あの魔石を持っている。


 普通ならありえない。


 だが、支部長だけは違う可能性を考えていた。


 登録がなかったからこそ、名前が表示されなかったのではないか。


 ギルドのランキングシステムは、ダンジョンの攻略記録や魔力痕跡をもとに実績を拾う。


 しかし、身元情報と紐づかなければ、名前は表示されない。


 だから、Unknown。


 もし、そうだとすれば――。


「支部長」


 受付が不安げに声をかける。


「この方は……」


 支部長は蓮を見た。


「君は、何を望む」


 蓮は迷わなかった。


「……美月がいるダンジョンに入らせてくれ」


「危険だ」


「……分かってる」


「今のダンジョンはSランクだ。入口も不安定で、内部構造も崩れている。入れば戻れない可能性が高い」


「……それでも行く」


「なぜだ」


 蓮の表情は大きく変わらない。けれど、その声だけは、わずかに強かった。


「……美月を助ける」


 支部長は、しばらく蓮を見つめていた。


 この男を行かせていいのか。登録もない。実績も表向きにはない。


 普通なら、絶対に許可できない。


 だが、あの魔石がある。あの魔石を持つ魔物を倒したという言葉がある。


 そして、もしこの男がUnknownなら。


 今、この場で最も救助に近い存在は、目の前の男かもしれない。


 支部長は決断した。


「緊急登録を行う」


 受付が目を見開く。


「今、ですか?」


「今だ」


「ですが、通常手続きが――」


「最低限でいい。身分証確認、魔力照合、カード発行。責任は私が取る」


 支部長の声に迷いはなかった。


 受付はすぐに姿勢を正す。


「承知しました!」


 蓮を見る。


「身分証はありますか?」


「……ある」


 蓮はポケットから身分証を取り出した。数日前に受け取ったばかりのもの。


 地上で生きるために必要だと、美月と一緒に取りに行ったもの。それが今、美月を助けるために必要になっていた。


 受付が身分証を確認する。


「黒瀬蓮さん、二十五歳。本人確認、照合します」


 端末に情報が入力されていく。


 ギルド内の喧騒の中で、その受付周辺だけが異様に張り詰めていた。


 魔力照合用の小さな水晶が置かれる。


「こちらに手を」


 蓮は言われた通りに手を置いた。


 水晶が光る。


 次の瞬間。光が大きく揺れた。


「……っ!」


 受付が息を呑む。


 水晶の中に、黒いような、青いような、深い光が広がっていく。


 測定器の表示が一瞬乱れた。だが、完全には壊れない。


 緊急登録用の最低限の照合だけが進んでいく。


「魔力照合……完了。カード発行に移ります」


「急げ」


 支部長が短く言う。


「はい!」


 受付が端末を操作する。


 冒険者カードの発行機が低い音を立てた。白いカードが内部で形成され、魔力情報と身分情報が刻まれていく。


 蓮はその様子を黙って見ていた。


 焦りがないわけではない。むしろ、身体の奥は熱くなっている。


 だが、どうすればいいのか分からない時間ほど、苦しいものはなかった。


 今は待つしかない。カードができるのを。


 美月のもとへ行くために。


 やがて、発行機が止まった。


 受付がカードを取り出す。


「発行、完了しました」


 その瞬間だった。


 ギルド内の大型表示が、激しく揺れた。


 赤い警告表示の隣。冒険者ランキングを示す画面。


 普段なら、冒険者たちが何気なく眺めているだけの表示。


 そこに、ノイズが走った。


「……何だ?」


 近くの冒険者が顔を上げる。


 職員たちも振り返った。


 大型表示の最上段。世界ランキング第一位。


 そこには、長い間、同じ名前が表示されていた。


 Unknown。


 誰も正体を知らない、不動の一位。


 その文字が、ゆっくりと揺らぐ。


 そして――。


 変わった。


 世界ランキング第一位。


 黒瀬蓮。


 ギルド全体が、凍りついた。


 誰も声を出せない。


 受付の手から、カードが落ちそうになる。彼女は震える声で、大型表示を見上げた。


「Unknownが……黒瀬蓮に変わってる!?」


 その叫びが、ギルド中に響いた。


 次の瞬間、ざわめきが爆発する。


「Unknown!?」


「黒瀬蓮って誰だ!?」


「今、登録した男か!?」


「世界一位の正体……!?」


 視線が、一斉に蓮へ集まる。職員も、冒険者も、受付も。


 全員が、蓮を見ていた。


 支部長だけは、驚きながらも納得していた。


 やはり。


 目の前の男が、Unknown。七年間、世界の頂点にいながら、誰にも見つからなかった存在。


 その正体。黒瀬蓮。


 けれど、蓮だけが状況を理解していなかった。


「……Unknown?」


 小さく呟く。


 聞いたことのない名前だった。


 世界ランキング第一位。不動の頂点。


 そんなものは、蓮にとって何の意味もなかった。


 蓮は受付を見る。それから、支部長を見る。


「……カードは?」


 受付が慌ててカードを差し出す。


「こ、こちらです」


 蓮はそれを受け取った。


 そこには、自分の名前が刻まれていた。黒瀬蓮。冒険者カード。


 それを見ても、蓮は特に反応しなかった。


 ただ、すぐに顔を上げる。

 蓮は受付を見る。


 それから、支部長を見る。


「……美月の場所を教えてくれ」


 その言葉に、周囲のざわめきが少しだけ弱まった。


 世界ランキング第一位だと判明した。Unknownの正体だと分かった。


 ギルド中が、その事実に震えている。


 だが、蓮は違った。


 蓮が見ているのは、ランキングではない。名声でもない。驚く人々でもない。


 ただ一人。


 神崎美月。


 彼女のいる場所だけだった。


 支部長は深く息を吐いた。そして、すぐに職員へ指示を出す。


「対象ダンジョンの位置を出せ」


「は、はい!」


 職員たちが慌ただしく動き出す。


 蓮は、発行されたばかりの冒険者カードを握りしめた。


 黒瀬蓮。その名が刻まれたカード。


 世界がUnknownと呼んでいた存在。


 だが、蓮にとってはどうでもよかった。


 今、蓮が知りたいのは一つだけ。美月がいる場所。


 そして、そこへ向かう方法。


「……美月」


 小さく名前を呼ぶ。


 その声は、ギルドの喧騒の中に消えた。けれど、蓮の目は動かなかった。


 美月を助ける。


 ただ、それだけを見ていた。

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