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10年ぶりに帰った俺、世界最強のUnknownになっていた  作者: 神崎昴
第二部 10年ぶりの日常、そして再び

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110/510

第110話 調査依頼

翌朝。


 美月はいつもより少し早く起きていた。リビングでは、朝食の支度をする音が静かに響いている。


 蓮が部屋から出てくると、美月は振り返った。


「おはよう、蓮」


「……おはよう」


 蓮はいつものように席に着く。テーブルには、簡単な朝食が並んでいた。


 焼いたパン。卵料理。温かいスープ。


 見慣れてきたはずの朝の光景。けれど、蓮は美月を少し見て、すぐに気づいた。


 出かける準備が、いつもより早い。鞄も、上着も、すでに玄関の近くに置かれている。


「……今日、ダンジョン?」


 蓮が尋ねる。


 美月は少し驚いたように目を瞬かせたあと、柔らかく笑った。


「うん。昨日話した調査依頼」


「……Aランクの?」


「そう。危険度はAランクのまま。今日は二十階層まで調べるだけ」


「……そう」


 蓮は小さく頷いた。それ以上、すぐには何も言わない。


 けれど、美月には分かった。蓮が気にしている。


 昨日の夜も、蓮は聞いた。危ないのか、と。


 それは、以前の蓮なら言葉にしなかったかもしれない感情だった。


 心配。不安。誰かがいなくなるかもしれないという、かすかな恐れ。


 蓮はまだ、それをうまく表に出せない。それでも、少しずつ言葉にしようとしている。


「大丈夫だよ」


 美月は、できるだけいつも通りの声で言った。


「調査だけだし、玲奈もひなたも一緒だから」


「……うん」


「危なそうだったら、すぐ戻る。無理はしないよ」


「……分かった」


 蓮はスープを口に運ぶ。けれど、視線は少しだけ下がっていた。


 美月はその様子を見て、少しだけ胸が温かくなる。心配してくれる。そのことが、嬉しかった。


 同時に、少しだけ申し訳なくもあった。


「蓮」


「……ん?」


「すぐ帰るね」


 美月は笑って言った。


「終わったら、ちゃんと連絡するから」


「……うん」


 蓮は短く答えた。


 朝食を終えると、美月は出発の準備を始めた。動きは慣れている。


 上着を羽織り、必要な道具を確認し、スマートフォンを鞄に入れる。それを、蓮は黙って見ていた。


「じゃあ、行ってくるね」


 美月が玄関で靴を履く。蓮はその後ろに立っていた。


「……いってらっしゃい」


 そう言ったあと、少し間を置いて。


「……気をつけて」


 美月の手が止まる。ゆっくりと振り返る。


 蓮はいつも通り、表情の変化は少ない。けれど、その言葉は確かに蓮の中から出てきたものだった。


 誰かを気遣う言葉。誰かの無事を願う言葉。


 美月は、嬉しそうに笑った。


「うん。気をつける」


 そして、ドアを開ける。


「行ってきます」


「……うん」


 ドアが閉まった。


 蓮はしばらく、その場に立っていた。静かになった玄関。美月の気配が、少しずつ遠ざかっていく。


 蓮はゆっくりとリビングへ戻った。テーブルの上には、料理の本が置かれている。


 蓮はそれを手に取り、ページを開いた。けれど、すぐには文字が頭に入ってこなかった。


 大丈夫。美月はそう言った。調査だけだと。すぐ帰ると。


 蓮は小さく息を吐く。


「……気をつけて」


 自分が口にした言葉を、もう一度だけ心の中で繰り返した。


 その頃。


 美月は冒険者ギルドへ向かっていた。


 朝の街は、いつも通り動き始めている。通勤する人。店を開ける人。学生たちの声。


 どこにでもある普通の朝。


 美月はその中を歩きながら、ふと蓮の顔を思い出した。


 気をつけて。


 たったそれだけの言葉。けれど、美月にとっては大きな変化だった。


 蓮が少しずつ、誰かと関わろうとしている。自分の気持ちを、言葉にしようとしている。


「……ちゃんと帰らないとね」


 美月は小さく呟いた。


 やがて、冒険者ギルドに到着する。


 扉を開けると、いつもの喧騒が迎えた。依頼を確認する冒険者たち。受付で手続きをする者たち。装備の点検をしているパーティー。


 その中で、玲奈とひなたはすでに待っていた。


「おはよう、美月」


 玲奈が軽く手を上げる。


「おはようございます、美月さん」


 ひなたも笑顔で挨拶する。


「おはよう、二人とも」


 美月が近づくと、玲奈は腰に下げた剣の柄を軽く叩いた。


「準備はばっちり。調査だけなら昼過ぎには終わるんじゃない?」


「油断はだめですよ、玲奈さん」


 ひなたがすぐに言う。


「分かってるって」


 玲奈は苦笑する。


「でも、今回は二十階層までなんでしょ? Aランクなら、私たちなら問題ないって」


「そうだね」


 美月は頷いた。


「でも、異常反応が出ているのは事実だから、無理はしない。少しでも危ないと判断したら撤退するよ」


「了解」


「はい」


 二人が頷く。


 美月はリーダーとして、もう一度だけ確認した。


「目的は原因調査。魔物の討伐が目的じゃない。戦闘になっても、長引かせないこと」


「分かってる」


「支援と索敵は私が注意しておきます」


「お願い」


 三人が話していると、受付から昨日の職員が歩いてきた。


「《アストラ》の皆さん、お待たせしました」


 職員は資料を抱えている。


「こちらが本日の調査資料です。昨日の説明に加えて、夜間の監視記録も入っています」


「夜間の監視記録?」


 美月が聞き返す。


 職員は資料を一枚めくった。


「はい。昨夜、一時的に監視水晶の反応が揺れました」


 その言葉に、美月の表情がわずかに変わる。


「警報は?」


「出ていません」


 職員はすぐに答えた。


「魔力濃度も基準値内です。高めではありますが、危険度を変更するほどではありませんでした」


「反応が揺れた原因は?」


「魔力の流れの乱れだと思われます。監視水晶では稀に起きる現象です」


 玲奈が首を傾げる。


「稀に、ってことは珍しいんじゃないの?」


「珍しくはあります。ただ、単発であれば中止判断にはなりません」


 職員は落ち着いた声で続ける。


「記録上も、すぐに通常表示へ戻っています。念のため、要経過観察として扱っていますが、現時点で入場制限は出ていません」


 ひなたが資料に目を落とす。


「つまり、注意は必要だけど、緊急事態ではないということですね」


「はい」


 職員が頷く。


「ギルドとしても、だからこそ経験のある皆さんに調査をお願いしています」


 美月は資料を見つめる。


 魔力濃度は基準値内。警報なし。入場制限なし。


 調査範囲は二十階層まで。撤退判断も認められている。


 条件だけ見れば、無理な依頼ではない。むしろ、Aランクパーティーである《アストラ》に依頼が来るのは自然だった。


「分かりました」


 美月は資料を閉じる。


「予定通り、調査に向かいます」


「ありがとうございます」


 職員が頭を下げる。


「ダンジョン入口には警備員を配置しています。何かあればすぐギルドへ連絡が入るようになっています」


「連絡手段は?」


「通常通り、浅層では通信具が使用可能です。ただ、深層では乱れる可能性があります」


「了解しました」


 美月は頷いた。


 玲奈は軽く肩を回す。


「じゃ、行こうか」


「はい」


 ひなたも杖を握り直す。


 三人はギルドを出た。


 市外のAランクダンジョンまでは、ギルドが用意した車両で向かうことになっていた。


 車に乗り込み、街を抜けていく。窓の外には、見慣れた景色が流れていた。


 建物が少しずつ減り、道の両側に緑が増えていく。


 玲奈は窓の外を眺めながら、明るい声で言った。


「終わったら、何か食べて帰らない?」


「玲奈さん、調査前から帰りの話ですか?」


 ひなたが少し呆れたように言う。


「いいじゃん。こういうの大事でしょ。終わった後の楽しみ」


「まあ、それは分かりますけど」


「美月は? 帰り、時間ある?」


 玲奈に聞かれ、美月は少しだけ考えた。


「今日は、まっすぐ帰るかな」


「やっぱり?」


 玲奈がにやりと笑う。


「最近の美月、帰るの早いもんね」


「蓮が待ってるから」


「はいはい」


 玲奈は楽しそうに笑った。


「いいじゃん。そういうの」


「そういうのって何」


「別に?」


 玲奈はわざとらしく視線をそらす。


 ひなたはそのやり取りを見て、柔らかく笑った。


「でも、いいことだと思います。美月さん、前より少し楽しそうです」


「そうかな」


「はい」


 美月は少しだけ視線を落とす。


 今朝の蓮を思い出す。


 気をつけて。そう言ってくれた蓮。


 すぐ帰るね。そう答えた自分。


「……うん」


 美月は小さく頷いた。


「ちゃんと帰らないとね」


 その声は、とても穏やかだった。


 やがて車は、ダンジョン入口近くの管理区域へ到着した。


 そこは市街地から離れた場所にある、広い封鎖区画だった。周囲には簡易フェンスが張られ、ギルドの警備員が数名配置されている。


 中央には、黒い門のような入口があった。空間が歪み、奥へ続く暗い通路のように見える。


 Aランクダンジョン。全五十階層。


 これまでにも多くの冒険者が挑み、地図もある程度整備されている。


 危険ではある。だが、未知ではない。


「《アストラ》の皆さんですね」


 入口の警備員が声をかけてきた。


「はい。調査依頼で来ました」


 美月が冒険者カードを提示する。玲奈とひなたも続けてカードを見せる。


 警備員は端末で確認し、頷いた。


「確認しました。調査範囲は二十階層まで。異常が強い場合は撤退。ギルドからの指示通りです」


「分かっています」


「現在、入口付近の反応は安定しています。魔力濃度はやや高めですが、警報はありません」


 美月はダンジョン入口を見る。見た目は、通常のAランクダンジョンと大きく変わらない。


 ただ――


「……少し、空気が重いね」


 美月が小さく呟く。


 玲奈も入口へ視線を向けた。


「確かに。いつもより圧がある感じはする」


 ひなたは杖を両手で持ち、集中する。


「魔力の流れが、少し不安定です。でも、今すぐ危険というほどではありません」


「なら、予定通り進む」


 美月は二人を見る。


「ただし、違和感が強くなったらすぐ共有して。無理に進まない」


「了解」


「はい」


 三人は装備を確認した。


 玲奈は剣を抜きやすい位置に調整する。ひなたは支援用の魔道具を確認する。


 美月は杖を握り、深く息を吸った。


 ダンジョンの入口から、冷たい風が流れてくる。それは、どのダンジョンにもある感覚だった。


 地上とは違う空気。魔力の濃い、閉じた世界。


 美月は一瞬だけ、蓮の言葉を思い出した。


 気をつけて。


 その声が、胸の奥に残っている。


「……行こう」


 美月が言う。


 三人は並んで、ダンジョンの入口へ向かった。


 一歩。また一歩。


 そして、美月たちはAランクダンジョンの中へ足を踏み入れた。


 その瞬間。


 入口の光が、ほんのわずかに揺れた。


 けれど、それはあまりにも小さな変化だった。外にいた警備員は気づかない。監視用の端末にも、異常は表示されない。


 ダンジョンの入口は、すぐに元の静けさを取り戻した。


 だから誰も気づかなかった。


 その小さな揺らぎが。


 もう、始まっていたことを。

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― 新着の感想 ―
AIの小説はマウスコロコロしてすっとばして読むのが丁度いいね
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