第107話 初めてのプレゼント
翌朝。
美月は出かける準備をしていた。
「じゃあ、行ってくるね」
「……うん」
「夕方には帰ってくるから」
「……いってらっしゃい」
美月が家を出ていく。扉が閉まる。
蓮はしばらく玄関を見ていた。
そして――
リビングへ戻る。
「…………」
ソファに座り、スマートフォンを手に取る。いつものようにゲームを始めようとする。
けれど――
ふと、昨日のことを思い出した。
料理。美月が教えてくれたこと。
これまでにも。服を買ってくれた。スマートフォンも用意してくれた。身分証を作るのも手伝ってくれた。銀行口座のことも。
十年ぶりに地上へ戻ってきた蓮にとって、美月は何度も助けてくれた。
「…………」
蓮はスマートフォンを見つめる。
「……何か」
小さく呟く。
「……お返ししたほうがいいのかな」
しばらく考える。
そして――
「……プレゼント」
その言葉が浮かんだ。
誰かにプレゼントを買ったことなど、ほとんどない。まして――美月に何かを贈るなんて。
「…………」
蓮は少し考える。
「……買ってみるか」
スマートフォンを置く。立ち上がる。
そして――
一人で家を出た。
◇
街を歩く。
以前よりも、周囲の景色に慣れてきた。
人が多い。車が走っている。店が並んでいる。
十年前とは違う景色。
それでも――
今日は、少しだけ違って見えた。目的があるからだ。
「…………」
蓮は店の前で足を止める。
アクセサリーショップ。ガラス越しに、様々なアクセサリーが並んでいる。
「…………」
蓮は店へ入った。
◇
店内には、たくさんのアクセサリーが並んでいた。
ネックレス。ブレスレット。イヤリング。指輪。
蓮は一つずつ見ていく。
「…………」
手に取る。見る。戻す。また別のものを見る。
「……これか」
シンプルなネックレス。
けれど――
「…………」
首を傾げる。
違う。何となく、そう思った。
次を見る。今度は少し派手なもの。
「…………」
これも違う。
蓮はしばらく店内を歩き続けた。けれど。なかなか決められない。
「…………」
美月が身につけている姿を想像する。
普段の服。冒険者としての服。
どちらにも似合うもの。派手すぎず。目立ちすぎず。
それでいて――
美月らしいもの。
「…………」
そのとき。
蓮の目に、一つのネックレスが入った。
小さな星がついている。
「…………」
蓮は足を止めた。
星。
その形を見て――
昔の記憶が蘇る。
十年前。美月と交わした約束。
将来。二人で星を見に行く。街の明かりがないところで。
「…………」
蓮はネックレスを手に取った。小さな星が、静かに光を反射している。
「……これ」
蓮はしばらく見つめる。
そして――
「……美月に」
小さく呟いた。
初めて。自分から誰かのために選んだものだった。
◇
レジへ向かう。
店員が笑顔で声をかける。
「こちらでよろしいですか?」
「……はい」
「プレゼント用でしょうか?」
「……はい」
「かしこまりました」
それ以上、蓮はほとんど話さなかった。
店員がネックレスを包んでいく。蓮は黙ってその様子を見ている。
やがて――
「お待たせしました」
「……ありがとう」
蓮は代金を支払う。そして、包まれた小さな箱を受け取った。
「…………」
箱を見る。
「……これでいい」
蓮は店を出た。
◇
家へ戻る。
美月はまだ帰っていない。
蓮は自分の部屋へ入り、プレゼントを机の上へ置いた。
「…………」
しばらく眺める。
けれど――
「…………」
蓮は少し考える。
「……いつ渡せばいいんだ」
それが分からなかった。
プレゼントを買った。そこまではできた。
でも――
渡すタイミングまでは考えていなかった。
「…………」
蓮は箱を見つめる。そして、そのまま机の上へ置いておいた。
◇
夕方。
玄関の扉が開く。
「ただいま」
「……おかえり」
蓮がリビングへ出てくる。
「今日も疲れた……」
美月が荷物を置く。
いつものような、二人の時間。
「蓮は今日、何してたの?」
「……少し外に出た」
「外?」
「……うん」
「どこか行ったの?」
「……買い物」
「何を買ったの?」
「…………」
蓮が黙る。
「蓮?」
蓮は自分の部屋へ戻る。
そして――
小さな箱を持って戻ってきた。
「……これ?」
美月が首を傾げる。
「……美月に」
「…………」
美月の目が少しだけ大きくなる。
「私に?」
「……うん」
「どうして?」
蓮は少し考える。
「……いつも助けてもらってるから」
「…………」
「……何か、お返ししたかった」
美月は、しばらく箱を見つめていた。
「……開けてもいい?」
「……うん」
美月がゆっくり箱を開ける。
中には――
小さな星のネックレス。
「…………」
美月の動きが止まった。
星。
その形を見た瞬間――
十年前の記憶が、鮮明に蘇った。
そして。再会したあの日。
蓮と二人で確認した、あの約束。
将来。二人で星を見に行く。街の明かりがないところで。
「…………」
美月はネックレスを指先でそっと持ち上げる。
「……星、選んだんだ」
「……うん」
「…………」
美月は蓮を見る。
「……あの日のこと、思い出した」
「……うん」
蓮も小さく頷く。
「……俺も」
美月の目に、少しだけ涙が浮かぶ。
「……そっか」
「…………」
「ありがとう、蓮」
美月は笑う。
「すごく嬉しい」
蓮は少しだけ美月を見る。
「……嬉しい?」
「うん」
美月は頷く。
「すごく嬉しいよ」
「……そうか」
蓮の表情が、ほんの少しだけ緩む。
「……買ってきてよかった」
「うん」
美月はネックレスを大切そうに見つめる。
「大事にするね」
「……うん」
二人の間に、静かな時間が流れる。
十年前。二人で交わした約束。
そして――
十年後。蓮が初めて、美月へ贈ったプレゼント。
小さな星のネックレスは――
あの日の約束を、静かに繋いでいた。




