第104話 二人の休日
翌朝。
蓮は、いつものように早く目を覚ました。
静かな部屋。窓から、朝の光が差し込んでいる。
ベッドから起き上がり、部屋を出る。リビングへ向かうと――
「……おはよう、蓮」
美月がいた。
「……おはよう」
蓮も返す。
昨日までなら。ここで会話は終わっていた。
けれど――
「……今日は?」
「ん?」
「……仕事」
蓮が尋ねる。
「今日は休みだよ」
「……そうなのか」
「うん」
美月は笑う。
「今日は《アストラ》の依頼もないからね」
「……休み」
「そう。久しぶりにゆっくりできる日」
「……そうか」
蓮は少し考える。
「……何するんだ?」
「え?」
「……休みの日」
美月は少し驚いた。蓮のほうから、こんなことを聞いてくるとは思わなかった。
「うーん……」
美月は考える。
「普段なら、買い物したり、家でゆっくりしたりかな」
「……そうなんだ」
「蓮は?」
「……分からない」
「そっか」
美月は少しだけ笑った。
「じゃあ――」
蓮を見る。
「今日は一緒に出かけようか?」
「……出かける?」
「うん」
「……どこへ?」
「特に決めてないよ」
「……?」
「目的地を決めないで、適当に街を歩いてみるの」
「……そんなのでいいのか?」
「いいのいいの」
美月は立ち上がる。
「今日は休みなんだから」
「……分かった」
◇
準備をして、二人で家を出る。
外は、いつもの街。人が歩いている。車が走っている。店の看板が並んでいる。
十年前にはなかったもの。十年間で変わったもの。
蓮は歩きながら、周囲を見ていた。
「……人、多いな」
「そう?」
「……うん」
「昔から、この辺は結構多いよ」
「……そうなのか」
「うん」
美月は蓮の歩く速度に合わせる。
蓮は、以前よりも少しだけ周囲を見るようになっていた。以前なら、必要なもの以外にはほとんど目を向けなかった。
けれど今は違う。
店。看板。人。車。
何気ないものまで、少しずつ目に入る。
「……あれ」
蓮が足を止めた。
「ん?」
美月も止まる。
蓮が見ている先には――
ゲームセンターがあった。
「……ゲーム」
「ああ」
美月が笑う。
「ゲームセンターだね」
「……入ってみたい」
「え?」
美月が目を丸くする。
「蓮から言った?」
「……うん」
「ふふっ」
美月は嬉しそうに笑った。
「もちろん。入ろう」
「……うん」
◇
ゲームセンター。
様々な音が響いている。大きな画面。光る筐体。ゲームの音。
蓮は少しだけ目を見開いた。
「…………」
「どう?」
「……すごい」
「やってみる?」
「……うん」
美月がゲームを選ぶ。
「これなら簡単だよ」
蓮が椅子に座る。画面を見る。
「…………」
ゲームが始まる。
敵が現れる。蓮が操作する。攻撃。回避。また攻撃。
「……あ」
美月が驚く。
「蓮、上手くない?」
「……そうか?」
「うん」
蓮は画面を見たまま答える。
「……簡単」
「簡単って……」
美月は苦笑する。
ゲームは、あっという間にクリアされた。
「……終わった」
「本当に終わった……」
「……もう一回」
「やっぱり」
美月が笑う。
「どうぞ」
「……うん」
もう一度。その次も。さらに、その次も。
「蓮」
「……ん?」
「もう三回目だよ?」
「……そうなのか?」
「そうだよ」
「……もう一回」
「ふふっ」
美月は笑った。
「いいよ」
◇
しばらくして。
二人はゲームセンターを出た。
「楽しかった?」
「……うん」
「よかった」
美月は隣を歩く蓮を見る。
「次、どこ行く?」
「……分からない」
「じゃあ、本屋でも行ってみる?」
「……本屋」
「うん。蓮が興味あるものがあるかもしれないよ」
「……行く」
二人は本屋へ向かった。
◇
本屋。
蓮は店内をゆっくり歩く。様々な本が並んでいる。
料理。旅行。ゲーム。小説。漫画。
「……こんなにあるのか」
「うん」
「……昔は?」
「昔もあったけど、今は電子書籍とかもあるからね」
「……そうなのか」
蓮は一冊の本を手に取る。
表紙には――
料理の写真。
「……料理」
「料理の本?」
「……うん」
「興味ある?」
「……少し」
美月が笑う。
「じゃあ、買ってみる?」
「……いいのか?」
「もちろん」
「……じゃあ」
蓮はその本を手に取った。
◇
昼。
二人は近くの店で昼食を取った。
「何食べたい?」
「……美月と同じでいい」
「じゃあ、これにしようか」
「……うん」
料理が運ばれてくる。
「いただきます」
「……いただきます」
二人で食事をする。
蓮は料理を食べながら、ふと顔を上げた。
「……美月」
「ん?」
「……昨日」
「うん」
「……ありがとう」
美月の動きが止まる。
「……え?」
「……話、聞いてくれて」
「…………」
美月は少しだけ目を細める。
「ううん」
そして笑った。
「こちらこそ、話してくれてありがとう」
「……うん」
蓮は料理を口に運ぶ。
「……美味しい」
「よかった」
◇
昼食を終え。
二人は再び街を歩く。
特に目的はない。店を見たり。街を歩いたり。途中で飲み物を買ったり。
ただ、それだけ。
けれど――
蓮には、それが新鮮だった。
十年間。そんな時間はなかった。
目的がある。生きるため。食べるため。強くなるため。進むため。
常に何かをしなければならなかった。
けれど今日は――
何もしなくていい。
ただ歩いて。好きなものを見て。気になった場所へ行って。美月と話す。
それだけだった。
◇
夕方。
二人は家へ戻る。
「今日はどうだった?」
美月が聞く。蓮は少し考える。
「……楽しかった」
「そっか」
「……うん」
少しだけ間を置いて。
「……美月と一緒だったから」
「…………」
美月の顔が少し赤くなる。
「そ、そう?」
「……うん」
蓮は本当にそう思っていた。
十年間。一人だった。
だからこそ――
誰かと一緒に過ごす時間が、こんなにも穏やかなものだとは知らなかった。
「……また、行きたい」
「うん」
美月は笑う。
「また行こうね」
「……うん」
二人は家へ入る。
何か特別なことをしたわけではない。ただ街を歩いて。ゲームをして。本を買って。一緒にご飯を食べた。
それだけ。
けれど――
蓮にとっては。
十年ぶりに誰かと過ごした、普通の休日だった。




