第102話 譲れない条件
美月は支部長をまっすぐ見つめる。
魔石を売ること自体に問題があるわけではない。
けれど――
所有者本人を表に出すことだけは、避けなければならない。
「……事情があるということか」
「はい」
「その事情については、聞かないほうがいいのか?」
「……お願いします」
美月ははっきりと答えた。支部長はしばらく黙っていた。
「分かった」
それ以上、無理に聞こうとはしなかった。
「だが、この魔石については、今後さらに調査する必要がある」
「分かっています」
「そして、価値が判明すれば、十億円以上の追加支払いになる可能性もある」
「……はい」
「その場合、正式な契約が必要になる」
「…………」
美月は黙って支部長の話を聞く。
「そこで、こちらから条件を提示したい」
「……条件?」
「ああ」
支部長は一つずつ説明していく。
「まず、魔石の所有者の身元については、ギルド内でも必要最低限の者にしか知らせない」
「…………」
「外部へ情報を公開することもしない」
「…………」
「そして、今後の交渉については、君を窓口とする」
美月は少し考える。
「……本人が表に出なくてもいいんですか?」
「できる限り、そうする」
「できる限り?」
「正式な契約が必要になった場合、本人の意思確認が必要になる可能性がある」
「…………」
美月は黙って考える。
少なくとも――
いきなり本人をギルドへ呼び出すような話ではない。所有者の情報も、外部へ出さない。自分が窓口になる。
これなら――
蓮の生活を守れる可能性はある。
しかし。ここで美月が勝手に決めるわけにはいかなかった。
「……その条件なら」
美月はゆっくり口を開く。
「一度、持ち帰って本人と話してから決めます」
「……分かった」
支部長は頷く。
「急がせるつもりはない」
「ありがとうございます」
美月は立ち上がる。
「十億円の前金についても、本人と話してから改めて返事をします」
「ああ」
「それまでは、こちらの魔石を預かっていてもらえますか?」
「もちろんだ」
美月は机の上の魔石を見る。
この小さな石が――
十億円。
いや。それ以上の価値を持っている。
それでも。美月にとって一番大切なのは、金額ではなかった。
「……失礼します」
美月は部屋を出た。
◇
ギルドを出た美月は、スマートフォンを取り出す。
連絡しようかと思った。
けれど――
「……帰ってからでいいか」
今すぐ電話で説明するより、直接話したほうがいい。そう思い、美月はそのまま家へ向かった。
◇
家に帰る。
玄関を開けると――
「…………」
静かな部屋。
そして。
「……もう一回」
リビングから、蓮の声が聞こえた。美月は思わず苦笑する。
「ただいま」
「……おかえり」
蓮はソファに座ったまま、スマートフォンの画面を見ている。
「ずっとゲームしてたの?」
「……うん」
「朝から?」
「……うん」
「…………」
美月は呆れたように笑う。
十年間、まともに遊ぶことすらできなかったのだ。今は――こうして普通にゲームをしている。
「ねえ、蓮」
「……ん?」
「今日、ギルドでアクアリザードと大海蛇の素材と魔石を売ってきたよ」
「……うん」
「合計で百八十万円だった」
「……百八十万?」
「うん」
蓮は少しだけ目を向ける。
「それと――」
美月は続ける。
「もう蓮の口座に入れておいたから」
「……口座?」
「この前作った銀行口座。そこに買取してもらったお金振り込んだよ」
「……そう」
蓮はスマートフォンへ視線を戻す。
「…………」
美月は思わず苦笑する。
百八十万円。普通なら、かなり大きな金額だ。
けれど――
蓮にとっては、まだ実感がないのだろう。
「それから、もう一つ話があるんだけど」
「……ん?」
「この前の魔石」
「……うん」
「ギルドで、かなり大変なことになってる」
美月は今日の話を説明する。
Sランク級の魔石と比較しても、桁違いの魔力。現時点では正式な価格をつけられないこと。
そして――
「電話で話した通り十億円を前金として払うって話になった」
「…………」
蓮の手が一瞬だけ止まる。
「……そう」
それだけだった。
美月は思わず吹き出す。
「反応、それだけ?」
「……よく分からない」
「まあ、そうだよね」
蓮は再びスマートフォンへ視線を戻す。
「……もう一回」
「またやるの?」
「……うん」
美月は笑いながら蓮を見る。
世界を揺るがすほどの魔石を持っている本人は――
そんなことなど何も知らず。
ただ、普通にゲームをしていた。




