第101話 魔石の価値
美月は、アクアリザードと大海蛇の素材、そして魔石を持って冒険者ギルドへ向かった。
蓮は美月の家で待っている。今回、ギルドへ来るのは美月一人だ。
まずは――
これくらいの素材なら、問題なく売れるのか。それを確認するためだった。
◇
「いらっしゃいませ」
受付に立った職員が、美月に気づく。
「あ、神崎さん」
「こんにちは」
美月は持ってきた素材をカウンターへ置く。
「今日は素材の買い取りをお願いしたいんです」
「はい。確認しますね」
職員が素材を一つずつ確認していく。
「アクアリザードと大海蛇ですね」
「はい」
「どちらも状態がいいですね。魔石もありますか?」
「はい。こちらです」
美月は、アクアリザードと大海蛇の魔石をそれぞれ取り出した。職員が素材と魔石を確認する。
「では、素材と魔石をまとめて買い取りにしますね」
「お願いします」
アクアリザードの皮や牙、爪。大海蛇の皮や牙、その他の素材。そして、それぞれの魔石。
どれもBランク相当の魔物から取られたものだ。職員は通常通り査定を進めていく。
しばらくして――
「査定額が出ました」
「はい」
「アクアリザード一体分の素材と魔石で、八十万円です」
「……八十万円」
「はい」
続けて職員が確認する。
「大海蛇一体分の素材と魔石が、百万円です」
そして――
「合計で百八十万円になります」
美月は提示された金額を見る。
「……これでお願いします」
「ありがとうございます」
職員が買い取り処理を進める。手続きは、何の問題もなく終わった。
美月は少し安心する。
Bランク相当の魔物でも、素材と魔石を合わせればこれくらいになる。これなら――まだ大量にある素材も、少しずつ売っていけそうだ。
そう思った――その直後だった。
「神崎さん」
「……はい?」
受付の職員が声をかける。
「支部長がお呼びです」
「……支部長が?」
「はい。少しお時間をいただけますか?」
「……分かりました」
美月の表情が少しだけ変わる。
そして――
先日持ち込んだ、あの魔石のことが頭をよぎった。
あの魔石について。何か分かったのかもしれない。
美月は職員の案内に従い、支部長の待つ部屋へ向かった。
◇
部屋に入ると、支部長が立ち上がった。
「来てくれたか、神崎君」
「はい」
「座ってくれ」
「失礼します」
美月が椅子に座る。支部長は机の上に置かれた魔石へ視線を向けた。
「先日、君が持ってきた魔石についてだ」
「……何か分かったんですか?」
「ああ」
支部長は静かに頷いた。
「ようやく、詳しい鑑定結果が出た」
「……どうでした?」
支部長は少し黙った。
そして――
「正直に言おう」
魔石を見る。
「……桁が違う」
「…………」
「現在確認されているSランク級の魔石と比べても、比較にならない」
美月の表情が変わる。
「魔力含有量」
「魔力純度」
「魔力密度」
「どれも、これまで確認された最高水準を大きく上回っている」
「……そんなに?」
「ああ」
支部長は頷く。
「既存の魔石の基準では、この魔石の価値を正確に算出できない」
「…………」
「つまり――」
少し間を置いて。
「値段をつけられない」
美月は魔石を見る。
以前見たときから異常だとは思っていた。
けれど――
Sランク級ですら比較にならない。その事実は、美月が想像していた以上だった。
「では……どうするんですか?」
「それが問題なんだ」
支部長は苦笑する。
「この魔石を実際にどう利用できるのか。どれだけのエネルギーを取り出せるのか。それがまだ分かっていない」
「…………」
「だから現時点では、正式な価格を決められない」
支部長は美月を見る。
「そこで、ギルドから提案がある」
「……提案?」
「まず十億円を支払う」
「……十億円」
「ああ」
「前金としてだ」
美月は黙って聞く。
「正直、この金額が安いのか高いのかも、今の我々には判断できない」
「…………」
「だが、今後この魔石の用途が判明し、実際にどれだけのエネルギーを利用できるのかが分かれば――」
支部長は続ける。
「その時点で改めて価値を算定する」
「そして?」
「追加で支払う」
美月は少し考える。
「……分かりました」
ただし――
この場で勝手に決めることはできない。
「少し、確認してもいいですか?」
「ああ」
美月はスマートフォンを取り出した。
そして――
蓮へ電話をかける。
◇
「……もしもし」
『蓮?』
「……うん」
『今、ギルドにいるんだけど』
「……どうした?」
『この前の魔石のことなんだけど』
美月は簡単に説明する。
鑑定結果。Sランク級の魔石と比較しても、比較にならないほどの魔力。
そして――
十億円の前金。
『……十億?』
「うん」
電話の向こうで、少し沈黙があった。
そして――
「……全部、美月に任せる」
『……本当に?』
「……うん」
『分かった』
「……俺には、よく分からないから」
『うん』
「……任せる」
『分かった』
電話が切れる。美月はスマートフォンをしまった。
「……どうだった?」
支部長が尋ねる。
「全部、私に任せるそうです」
「そうか」
美月は頷く。
「では、十億円の前金という条件でお願いします」
「分かった」
支部長も頷いた。
「では、振込先を教えてもらえるか?」
美月は迷わず答える。
「……私の口座でお願いします」
「……君の口座に?」
「はい」
美月は頷く。
魔石の所有者については――
まだ、知られるわけにはいかない。
今は自分が表に立つ。
「分かった」
支部長は頷いた。
しかし――
「ただ、一つ問題がある」
「……何ですか?」
「今回の十億円は前金だ」
「はい」
「今後、この魔石の価値が判明すれば、追加で支払うことになる」
「…………」
「その場合、正式な契約を結ぶ必要がある」
美月は黙って聞いている。
「できれば――」
支部長が続ける。
「魔石の所有者本人と契約したい」
「…………」
その瞬間。美月の表情から笑みが消えた。
「それは――」
美月は静かに言う。
「できません」
「……なぜだ?」
「所有者本人を、ここに連れてくるつもりはありません」
支部長の目が僅かに細くなる。
「本人と契約できないのであれば、困るのだが」
「それなら――」
美月は迷わなかった。
「この話は、なしでお願いします」
「…………」
「十億円の前金もいりません」
「神崎君――」
「魔石も返してください」
美月はまっすぐ支部長を見る。
「本人との直接契約が条件なら、売りません」
「…………」
美月の声は静かだった。けれど、その意志は揺らがない。
「この魔石の所有者は、今の生活を大切にしています」
「…………」
「だから、余計なことに巻き込みたくありません」
支部長は黙って美月を見る。美月は一歩も引かなかった。
魔石の価値よりも――
大切な人の平穏を守ることのほうが、ずっと重要だった。




