第100話 異常なアイテムボックス
「じゃあ、一旦家に帰ろうか」
「……家に?」
「うん。蓮がどんな魔石や素材を持ってるのか、ちゃんと見てみたいから」
「……分かった」
二人は美月の家へ向かって歩き出した。
◇
家に戻ると、美月は改めて蓮のアイテムボックスについて考えた。
蓮から聞いた話では、アイテムボックスの中には魔石だけではなく、魔物そのものも入っている。
しかも――
食べられそうなものや、使えそうなものを選んで保存しているらしい。
「……でも」
美月は少し困った顔をする。
「魔物って、丸々一頭なんだよね?」
「……うん」
「それをギルドに持っていっても、そのままじゃ買い取ってもらえないよね」
「……そうなの?」
「うん。素材ごとに分けないといけないから」
皮。肉。牙。爪。骨。
魔物によっては、特殊な素材もある。それらを一頭分まとめて持っていけば、かなりの大きさになる。
「……どこで解体しよう」
美月は考える。
ギルドには解体施設がある。けれど、持ち込む量によっては時間もかかる。
「……蓮」
「……ん?」
「解体した素材とかって、あったりする?」
「……あるよ」
「え?」
蓮は何でもないことのように答えた。
「……アイテムボックスに入れたら、勝手に解体してくれるから」
「…………」
美月の動きが止まる。
「……え?」
「……全部、解体済みだよ」
「…………」
数秒。美月は何も言わなかった。
「……アイテムボックスが?」
「……うん」
「勝手に?」
「……うん」
「……解体を?」
「……うん」
蓮は不思議そうに美月を見る。
けれど――
美月の頭の中は、それどころではなかった。
「……そんなアイテムボックス、聞いたことないんだけど……」
「……そうなの?」
「そうだよ!」
思わず声が大きくなる。
美月は冒険者だ。Aランクまで上がるほど、数多くのダンジョンを攻略してきた。
アイテムボックスを持つ冒険者も知っている。容量が大きいもの。収納した物の時間を遅らせるもの。特殊な収納能力を持つもの。
それでも――
「……自動で解体するアイテムボックスなんて、聞いたことない……」
「……便利だったよ」
「便利とか、そういう話じゃないよ……」
美月は頭を抱えそうになる。
蓮にとっては、十年間の生活で当たり前に使ってきた機能なのだろう。
けれど――
そんな機能を持つアイテムボックスが存在するなんて、美月は知らなかった。
「……じゃあ」
美月は気を取り直す。
「解体済みの素材、少し見せてもらってもいい?」
「……うん」
蓮が手をかざす。
次の瞬間――
テーブルの上に、いくつかの素材が現れた。
「……!」
美月が目を見開く。
そこには、綺麗に処理された素材が並んでいた。
肉。皮。牙。爪。骨。
それぞれが種類ごとに分けられている。
「……これ、全部?」
「……うん」
「アイテムボックスに入れただけで?」
「……うん」
「…………」
美月は素材を一つ手に取る。
状態がいい。傷も少ない。余計な部分も綺麗に取り除かれている。
「……すごい」
「……そう?」
「うん……」
美月は改めて蓮を見る。
十年間。蓮は一人でダンジョンを生き抜いてきた。
その中で――
自分が生きるために必要な機能を、知らないうちに使いこなしていたのだろう。
「……これなら、そのままギルドに持っていけるね」
「……うん」
「じゃあ、必要なものだけ出していこう」
「……分かった」
美月は並べられた素材を見ながら、少し考える。
「蓮」
「……ん?」
「まずは、できるだけ弱い魔物の素材を出してもらえる?」
「……弱いの?」
「うん。最初だから、あまり高ランクのものを持っていくと目立つかもしれないし」
「……分かった」
蓮はアイテムボックスの中を確認する。
「……これでいい?」
「うん。見せて」
次の瞬間。
テーブルの上に、いくつかの素材が現れた。
皮。牙。爪。骨。
どれも綺麗に処理されている。
美月は一つずつ確認していく。
「……これ、何の魔物?」
「……アクアリザード」
「……え?」
美月の手が止まる。
「これって……Bランク相当の魔物じゃない?」
「……そうなの?」
「そうだよ」
美月は別の素材を見る。
「じゃあ、これは?」
「……大海蛇」
「これもBランク……」
さらに別の素材。
「……これも?」
「……うん」
「…………」
美月は言葉を失う。
「蓮……」
「……ん?」
「これが、一番弱いの?」
「……うん」
あまりにもあっさりとした返事だった。
「…………」
美月は素材を見つめる。
Bランク。Bランク。またBランク。
最低でもBランク。
つまり――
蓮のアイテムボックスに入っている素材は、最低ラインからしてすでに普通ではない。
「……弱いって言ったよね?」
「……うん」
「これ、冒険者からしたら全然弱くないからね?」
「……そうなの?」
「そうなの!」
美月は思わず声を上げた。
蓮にとっては、十年間のダンジョン生活の中で「弱い」部類なのだろう。
けれど、美月にとっては違う。
Bランクの魔物。それだけでも、十分に危険な相手だ。
「……じゃあ、もう少し出す?」
「うん。もう少し見せて」
蓮が手をかざす。
次の瞬間――
ドサッ。
新しい素材が床に現れた。
「……え?」
一つ。二つ。三つ。
次々と素材が増えていく。
皮。牙。爪。骨。さらに別の素材。
気がつけば、床が素材で埋まり始めていた。
「ちょ、ちょっと待って!」
美月が慌てて声を上げる。けれど蓮はまだ手を止めない。
「……これも?」
「もういい!」
美月が即座に止める。蓮の手が止まった。
「…………」
部屋の床には、大量の素材が並んでいる。
「……蓮」
「……ん?」
「こんなに持っていけないよ」
「……そう?」
「そうだよ」
美月は床を見る。これだけの量をギルドへ持っていくとなると、それだけで大変だ。
しかも――
「素材って、誰でも売れるわけじゃないんだから」
「……そうなの?」
「うん。基本的に冒険者じゃないと買い取ってもらえないの」
美月は苦笑する。
「だから、今回は私が持っていかないといけないんだよ」
「……なるほど」
美月は少し考える。
目の前にある素材の中から、アクアリザードと大海蛇の素材を選ぶ。どちらもBランク相当の魔物。
この二体分なら、十分なお金になる。
それに――
最初から高ランクの素材を大量に持ち込むより、これくらいなら目立つ可能性も低い。
「……じゃあ」
美月は必要な素材をまとめる。
「今回は、アクアリザードと大海蛇の分だけにしよう」
「……うん」
「魔石も一緒に持っていくね」
「……分かった」
美月はまとめた素材を見る。
「これなら大丈夫そう」
そして、蓮を見る。
「じゃあ、ギルドに売ってくるね」
「……うん」
美月は素材を持って立ち上がった。
こうして――
蓮にとって初めての収入を得るために。
美月は一人、冒険者ギルドへ向かうのだった。




