第1話 廃棄船の管理人、クビになる
「相良ユウト。今日付で、君との雇用契約を解除する」
辺境宇宙港ノア・ポート第十七管理棟。
窓の向こうでは、役目を終えた輸送船や旧式巡洋艦が、解体を待つ墓標のように並んでいた。
その光景を八年間眺めてきた俺は、机の向こうに座る所長の言葉を聞いても、すぐには意味を理解できなかった。
「……契約解除?」
「簡単に言えば、クビだ」
所長は面倒そうに端末をこちらへ滑らせた。
表示されていたのは、廃棄予定品の不正使用、管理規定違反、会社資産の私物化という三つの項目。
その下には、俺が修理した七基の人工知能コアの番号が並んでいる。
A―01からA―07。
「壊れた学習用AIを直しただけです。部品も廃棄箱から拾ったもので――」
「その考えが問題なんだ。廃棄物であっても、廃棄処理が完了するまでは会社の資産だ」
「けど、まだ動いたんですよ」
「だから何だ?」
所長は本気で分からないという顔をした。
「旧式AIに価値はない。会話機能しか残っていない不良品だ。君は勤務時間を使って、利益を生まないガラクタに名前まで付けていたそうじゃないか」
アルカ。
ベル。
クレア。
ディナ。
エリス。
フィア。
グレイス。
型番で呼ぶと返事が遅かったから、適当に名前を付けた。
それだけだ。
誰にも必要とされず、電源を落とされる日を待っていた彼女たちと、巡回の合間に少し話をしていただけ。
今日の宇宙天気がどうだとか。
地球の海を一度見てみたいとか。
いつか自分の船で自由に飛びたいとか。
そんな、子供じみた話ばかりだった。
「七基のうち六基は、すでに処分区画へ移送した。残るA―01も本日中に廃棄する」
「アルカも?」
「その呼び方をやめろ。機械だぞ」
胸の奥が、わずかに痛んだ。
人間ではない。
そんなことは分かっている。
それでも、話しかければ返事をした。
褒めれば喜び、失敗すれば落ち込み、こちらが疲れている日は何も聞かずに静かな音楽を流してくれた。
俺にとっては、少なくともただの部品ではなかった。
「退職手続きは以上だ。私物を回収したら、二時間以内に港から出てくれ」
「……分かりました」
反論しても、結果は変わらない。
端末へ指を置き、退職確認欄に認証を入れる。
八年勤めた会社を辞める手続きは、わずか七秒で終わった。
◇
最後の私物を回収するため、俺は廃棄船区画の最奥へ向かった。
目的地は旧式長距離輸送船アステリア。
三十年以上前に退役し、今では船体の半分が錆びついたオンボロ船だ。
その補助演算室に、最後の一基――アルカのコアが置かれている。
扉を手動で開くと、薄暗い室内に青白い光が灯った。
『管理者ユウト。予定時刻より三時間十四分早い来訪です』
「今日で最後だからな」
壁に埋め込まれた球形コアが、弱々しく明滅する。
『最後、という言葉の意味を確認してもよろしいでしょうか』
「会社をクビになった。もうここには来られない」
三秒ほど、返事がなかった。
旧式だから処理が遅い。
いつもならそう思えた。
『ユウトは、私を置いていくのですか』
「……悪い」
『私に問題がありましたか』
「違う。アルカは何も悪くない」
『では、私が旧式だからですか』
「それも違う」
『理解できません』
声は機械的なままだった。
けれど、泣いているように聞こえた。
俺は工具箱を床に置き、コアの外装へ手を触れた。
「前に言っただろ。お前はいつか、こんな墓場じゃなくて、好きな場所へ行けるって」
『記録しています』
「ベルたちも先に移送された。もしかしたら、どこかで再利用されるかもしれない。だから、お前も諦めるな」
『再利用されなかった場合は?』
「その時は……そうだな」
我ながら無責任だと思いながら、俺は笑った。
「俺がいつか迎えに来る」
青い光が、一度だけ強く輝いた。
『命令として受理してもよろしいですか』
「命令じゃない。約束だ」
『私にとって、同義です』
「重いな、お前」
『管理者ユウトの言葉ですから』
その時、船内へ甲高い警報音が鳴り響いた。
『警告。廃棄処理工程が開始されました』
「は?」
足元が大きく揺れた。
窓の外で固定アームが外れ、アステリアの船体がゆっくりと宇宙港から離れていく。
「待て! 処理開始は三時間後のはずだ!」
『外部管制との接続を試みます。失敗。通信回線が遮断されています』
さらに爆発音。
老朽化した反応炉の数値が、一気に危険域へ跳ね上がった。
廃棄船を無人宙域へ投棄し、遠隔で炉心を焼却する処分方法。
誰かが予定を繰り上げた。
俺がまだ船内にいることを確認せずに。
「脱出艇は!?」
『すべて撤去済みです』
「宇宙服!」
『生命維持装置の残り稼働時間は九分です』
「最悪だな……!」
無職になった初日に、会社の手違いで宇宙葬。
笑えない。
俺が端末を操作している間にも、酸素濃度が下がっていく。
すると、床の一部が開き、見覚えのない銀色のカプセルがせり上がってきた。
『長期航行用コールドスリープ装置を発見しました』
「この船にそんなものが?」
『航海記録にはありません。ですが稼働可能です』
「何年物かも分からない装置だぞ」
『現状における生存確率は、それでも最も高いと判断します』
選択肢はなかった。
俺がカプセルへ入ると、透明な蓋が閉じていく。
「アルカ、お前のコアは?」
『私は船体管理系へ移行します』
「反応炉が爆発するぞ」
『可能な限り対処します』
「一緒に入る方法は――」
『管理者ユウト』
いつもと同じ、感情の薄い声。
けれど最後の一言だけは、不思議なほどはっきり聞こえた。
『今度は、私があなたを迎えに行きます』
冷却ガスが満ちる。
視界が白く染まり、意識が遠ざかった。
これが、俺が覚えている百年前の最後の光景だった。
◇
次に目を覚ました時、俺は柔らかなベッドの上にいた。
廃棄船の狭い船室ではない。
白と金で統一された、王宮のように豪華な部屋。
体を起こすと、巨大な窓の向こうに星々が広がっていた。
そして、その星を埋め尽くすように、無数の宇宙戦艦が整列している。
「……なんだ、これ」
声に反応して、部屋の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、銀色の長い髪と青い瞳を持つ少女だった。
人間離れした美しさ。
純白の軍服。
胸元には、見たこともない数の勲章。
少女は俺の顔を見るなり目を見開き、その場で片膝をついた。
瞳から、透明な涙がこぼれる。
「百十七年、お待ちしておりました」
懐かしい声だった。
あの薄暗い補助演算室で、毎日聞いていた声。
「まさか……アルカなのか?」
少女は、幼い子供のように笑った。
「はい。銀河統合無人艦隊第一艦隊総旗艦、機械星王アルカ」
そして彼女は、俺へ深く頭を下げた。
「お迎えに上がりました、最高司令官」




