中編
「えっ、ライル様って私より一つ年下だったのですか!?」
レディーらしからぬ声を出してしまって、慌てて口に手を当てた。
遅かったようで、ライル様にはしっかり睨まれた。
ライル様に限らず、3人とも細身で背が低いので、もっと歳が離れているかと思っていた。
「じゃあ、そのうちすぐに背を抜かされてしまいますねぇ。今の身長の皆様は、今のうちだけですね、きっと」
「……」
「私が姉らしく威張っていられるのも、少しの間だけかもしれません」
「なんだい、威張りたかったのかい?エストリーゼ」
「いとこのお姉様も、弟君には偉そうですよ?」
「それは参考にしない方がいいかな」
お父様は苦笑いしながら、私の頭を撫でた。
あのあと、お医者様に診てもらったり、手紙をくれた男爵家の使用人を呼び寄せたりと、家の中は忙しくなった。
あの晩、3兄弟は同じ部屋で眠っていたけれど、疲れが出たのかロリック様が熱を出して、ライル様がひどく苛立っていた。
ロリック様から離れようとしないし、使用人が近づくにも嫌がって、看病は難航した。
けれど、そのあとすぐにルイド様も熱を出したので、なんとか医者だけは部屋の中に入れてくれた。
唇を噛み締めて立っているライル様の姿が、廊下から見ていて苦しかった。
ようやく回復した2人は、ここに来た時より少し背が伸びたように感じる。
栄養が取れて、十分な睡眠を取ったからか、血脈と同じように身体中を回っている魔力回路が正常に流れ始めたらしい。
魔力回路の量が増えれば、自然と背も伸びる。
成長期には熱が出る子どももいるので、それだったみたいだ。
向かいに座っている3兄弟たちの顔色がいいので、今はそれで十分だろう。
ライル様は相変わらず警戒しているが、ルイド様とロリック様はおどおどしている時間が減った。
特に、ロリック様は使用人にも心を開き始めているようだ。
さっきも料理長におやつをもらっているのを見たばかりだ。
それにしても、ライル様は13歳で、ルイド様が10歳、ロリック様が8歳は予想外だったというか、もう少し幼く見えてしまっていた。
いや、ライル様は態度は大人びているけれど、背が明らかに小さいから、てっきりルイド様くらいの歳なのかと。
私、子ども扱いしすぎてしまったかもしれないわ。
きちんと適切な距離でいないとね!
それ以来、私なりに考えて、仲良くなろうとするのではなくて、影のように動くようにしてみた。
元々、不用意に近づかないようにはしていた。
私はライル様の心を刺激しやすいように感じていたのもあるし、いきなり兄弟になれるはずもないし。
下手したら仲良くなる前に私の方が嫁いでいくなんてこともあるかな〜、その前に旅がしたいな〜なんて思っていたのだけれど。
「リーゼお姉さま!」
この家での暮らしに真っ先に慣れたロリック様は、お勉強の時間以外は私を探すようになったのだった。
3人は今まで勉強をしてこなかったのか、みるみるうちに吸収しているという報告は受けている。
おかげで私が当主にならずに旅ができる現実が近づいてきている気がして、頼もしい限りだ。
普段は一人でかくれんぼのように楽しんでいるけれど、今日はすぐに見つかった。
しかも、ルイド様の手を握って連れてきていた。
「今日の授業はもう終わったんですね?」
「うん!兄さまたちと聞いたよ。それでね、リーゼお姉さま」
ロリック様はそわそわしながら、私の目を見てきた。
こうやって普通に目が合うようになってきたのは、喜ばしいことだ。
「リーゼお姉さまは、魔法が得意だって先生に聞いたんです!」
その目が輝いているのを見て、ロリック様と同じ頃の自分と重なった。
私も最初に魔法を覚えた時は、こんなふうに興奮していましたね。
「あら、得意といっても満遍なくそれなりにできる程度ですよ?」
「それがすごいって先生言ってたよ?」
「そうですね、一般的には一つの属性に特化しやすいものですしね」
「でも、リーゼお姉さまは全部できるって!」
「あらあら、全部はできても小さな魔法くらいですよ」
「それでね、ルイド兄さまが見てみたいんだって!」
ロリック様の無邪気な声に、私はルイド様を見た。
縮こめていた体をビクリと跳ねさせて、自分より小さいロリック様の後ろに立って動かない。
話しかけても大丈夫なのかわからなかったので、ロリック様に目線を戻した。
「そうですね、例えばですが私は魔力調整が得意なので、こういう魔法ができますよ」
私は人差し指を掲げて、くるっとロリック様の方に向けた。
指先から空気が動いて、そよそよとロリック様の頬を包んでいく。
「あったかいよ…!?」
ロリック様は目を丸くして、自分の頬を触った。
「はい、風魔法と熱魔法の掛け合わせですね」
「魔法ってこんなこともできるの?」
「う〜ん、使える属性が2つ以上あったらできるかもしれませんが、特化型と違ってこのように威力は落ちてしまいますねぇ」
私は首を捻りながら、思ったままを話す。
属性を多く扱えるよりは特化型の方が求められるので、お勧めしていいのかは悩むところだ。
それでもいいところはあるので、私は内緒話をするようにニコッと笑った。
「でも、寒い日は布団を温められるので、最高ですよ」
「僕もできるようになりたい!」
「ふふふ、では魔法の先生の授業をしっかり聞いてみてください」
私の返事にルイド様はじっとロリック様を見つめて、その頬に手を伸ばした。
そして、風に触れた途端、弾かれたようにこちらを見た。
ルイド様と目が合ったのははじめてで、私の方がびっくりしてしまった。
目の中に星屑が散りばめられているようで、綺麗だった。
「すごいです…」
たった一言だったけれど、ルイド様との間に隔てていた膜のようなものが薄れたのがわかった。
ルイド様はロリック様の手をギュッと握って、後ろに立つのをやめた。
「よかったら、今からおやつを食べに行きませんか…?もっと、お話ししてみたい、です」
「わあ、僕も僕も!」
「あら、いいんですか?では、料理長におやつをもらいに行きましょう」
私が笑うと、ルイド様はほっとしたようにほんの少しはにかんだ。
私たち兄弟が、ぎこちなくだけれど廊下を並んで歩いたはじめての日となった。
「リーゼお姉さま、みっけ!」
「リーゼ姉様、今よろしいでしょうか?」
魔法で距離が縮まったのか、ロリック様が私を探すときにはルイド様もついてくるようになった。
「あら、また見つかっちゃいましたねぇ」
最近では、2人に対してのかくれんぼがうまくいかなくておもしろい。
「リーゼお姉さま、影魔法を使ってるでしょ?でもね、僕は光魔法が使えるから、すぐにわかっちゃうんだよ!」
「ロリック様は、魔法の上達も早いですねえ」
「ルイド兄さまとどっちが早いか競争してるもん!」
「ルイド様も光魔法が使えるようになっちゃったんですか?」
「いいえ、僕は風魔法特化なので、…空気とかで」
「へえ〜、それ興味あります!今度ぜひ教えてください」
「わ、わたしでいいなら」
ロリック様とルイド様と一緒にいる時、ライル様はどうしているんだろうと思ってしまう。
この家に来てしばらく経つとはいえ、基本的には3兄弟はいつも一緒に過ごしている。
だけど、私が2人と会っている時には、ライル様の姿はない。
ライル様が嫌がっていないといいんですけどねぇ。
「はいどうぞ、お2人とも。勉強の疲れを癒してくださいな」
「わあ、僕の好きなオレンジのクッキーだ」
「ナッツクッキーもある…」
「私も2人が来ると予想して、先回りしてみました。どうです?」
私が笑うと、ロリック様が躊躇なく隣に座ってきた。
そのまま腕にギュッと抱きつかれる。
なんだか思ったより懐かれたらしくて、ロリック様はくっついてくるようになった。
うむ、レディーに必要以上に触ってはいけませんよと言うべきか、甘やかしてあげるべきか、いつも悩んでしまう。
でも、その笑顔を曇らせたいわけでもないし、何より可愛い。
「リーゼお姉さま、ありがとう!」
「はい、どういたしまして」
こういう時、お父様なら私の頭を撫でてくれるのだろうけれど、私はそこまでしない。
私から必要以上に触るのは、まだ心を不安定にさせる気がするから。
「うれしいです、リーゼ姉様」
「あら、よかったです」
ルイド様も反対側に遠慮がちに座って、不器用に微笑んだ。
2人に挟まれているので、両手に花である。
このポジションは、きっとライル様がいたい場所なんじゃないかと思う。
一緒にいるのもほどほどにしましょうかね。
「ねえねえ、リーゼお姉さま。ルイド兄さまがね、特大魔法を使えるようになったんだよ!」
「えっ、すごいじゃないですか!」
「あ、いや、できたのは一回だけなので」
「でも、竜巻がビューってなってたよ」
「わあ、すごいじゃないですか!」
私とロリック様が褒めると、ルイド様は肩を縮めて顔を赤くした。
あら、褒めて伸ばす方針は効かないですかね?
「でもね、ライル兄さまが、いつも怖い顔してるの…」
「あっ、ロリック」
ルイド様が慌てたように止めようとしたけれど、間に私がいるから手を伸ばせなかった。
「だって、ライル兄さまは、まだ魔法が使えないからずっと悩んでいるんだよっ?」
「そうだけど…」
「魔法の成長は、人それぞれですしねぇ。身長が伸びるスピードが違うのと一緒ですよ」
そうは言っても、ロリック様とルイド様は着々と背も伸びている。
食堂で一緒になるライル様を見る限り、この家に来た時と変わらず私より背が低いままだ。
魔法回路にまだ量が流れていないだけな気もするけど。
「兄さま、悲しい顔するの…」
そう言って、ロリック様までしょんぼりしてしまう。
背が伸びてすっきりし始めた頬が少し垂れる。
「うーん、でも大魔法使いたちは魔法が使えるようになるのは遅いと聞きますよ?」
「そうなんですかっ…?」
「はい、絵本によく出てくる伝説の魔法師なんて、大人になるまで魔法が使えなかったって言いますしね」
「じゃあ、ライル兄さまも大人になったら、魔法が使える?」
「魔法が嫌いにならなければ、大丈夫だと思いますよ」
私がそう言うと、ロリック様はぱあっと顔を上げて、ルイド様はほっと胸を撫で下ろした。
ふふふ、みなさん兄弟思いですね。
「魔法は共鳴しやすいですからね。ライル様にいっぱい魔法を見せてあげるのもいいかもしれませんね」
「じゃあ、じゃあ、今から兄さまと魔法を見るのはどう?リーゼお姉さまも一緒に!」
「えっ、私もですか?」
「うん!」
「ロリック…」
「では、ライル様に訊いてきてくれますか?ライル様がいいよと言ったら、庭で魔法の見せ合いでもしましょうか」
私がそう提案すると、ロリック様はすぐにソファーを飛び降りた。
「ライル兄さまを呼んでくるー!」
「あっ、許可をもらってからですよ!」
「わたしも行ってきます…!」
ルイド様もロリック様を追いかけて、部屋を出て行った。
あらあら、大丈夫ですかね…?
お読みくださりありがとうございます!!
毎日投稿187日目。
(書きたいシーンがどんどん増えていく不思議…。)
(追記)誤字報告ありがとうございました!修正いたしました!(2026.7.9)




