前編
「おやまあ、お父様。年若い男の子を3人も誘拐してくる趣味を持ち合わせておいでだったのですか?」
父を出迎えたはずなのに、玄関ホールには、肩を寄せ合ってビクビク震えている私よりも年下に見える男の子3人がいた。
見たことのない綺麗な男の子たちは、怯えたようにこちらを睨んでいる。
そんな様子を見て、私は口元に手を当てて、どうしたものかと思った。
その横で、お父様が額を押さえながら、呻きに近い声で話しかけてきた。
「どうしてそうなるんだい、エストリーゼ…」
「だっていきなり男児を3人も連れて帰ってくるなんて、只事ではないですし」
「伯爵家の当主が、可愛い愛娘と歳の近い少年を誘拐してくるとでも…?」
「人生、何があるかわかりませんし」
「父様を誘拐犯にしないでくれ…、むしろ逆だよ」
「逆と言いますと?」
「身売りにされそうになっているところを、無理矢理連れて帰ってきた」
お父様の苦い顔に、私は再度「あらまあ」と声を出した。
「やはり誘拐でしたか。どうしましょう、こういう時はどこに報告したらいいんでしたっけ」
「違うからな、断じて誘拐してきてないからなっ!」
お父様の声に、3人の少年がビクッと肩が跳ねたのが見えた。
お父様は違うというけど、ただならぬ事情がありそうだ。
「とにかく、先に食事と風呂だ!話はそれからにしよう」
「でしたら、お風呂の用意をお願いしてきますね。僕たち、好きな匂いはあるかしら?」
私は近づくことなく、少年たちに訊いたけれど、じっと不安そうな目で見られるだけだった。
特に一番大きいであろう黒髪の少年が、キツく睨み返してくる。
警戒心マックス、出産前の親猫みたいね。
黒髪の少年の頬が腫れていることだけが気になる。
他の2人も、綺麗な濃い色の髪で顔を隠しているように見えた。
だけど、私はなんでもないように話を続けた。
「入浴剤の匂いは何がいいかしらって話なのだけれど」
「………は?」
年長の少年から空気が抜けたような声が返ってきて、声が出ないわけではないことがわかった。
あら、美少年は声まで美声なのね。
「オレンジと薔薇とユーカリと、あとラベンダーがあったと思うのだけれど、何か苦手なものはある?」
「……なんでも、いい」
「そう、じゃあそう伝えてくるわね。3人一緒の方がいいわよね?」
黒髪の少年に確認を取ると、私をじっと見たままコクリと頷いた。
私も頷き返して、その場をあとにして階段を上った。
これが、私が義弟たち3人と出会った時の出来事だった。
「うちの親戚に間違いないのですか?」
「ああ、貴族名簿で確認してある。だから、我が家で引き取る手続きもスムーズにいった」
「私は全然知りませんでした」
「それは父様もだ。もう何世代も前から交流すらなかったようだし。血もずいぶん遠いからね」
私は少年3人が入浴している間に、お父様と書斎で事の顛末を聞いていた。
なんでも少年たちは地方の男爵家の息子たちで、その家の使用人からお父様宛に手紙が来たのだそうだ。
その使用人は懲罰をも覚悟で、家の坊っちゃまたちを助けてほしいと伝えてきたという。
その彼も、先代から勤めていた唯一残っていた執事だったらしい。
「我が家が本家だから、うちが口を出せば事が収まると思ったのだろうね」
「それで調べて確認が取れたから、実際に向かってみたら──」
「借金のために男爵に売られそうになっているところだったというわけだ」
人身売買は平民でも禁じられているというのに、随分思い切った男爵だことだ。
しかも、自分の息子たちを売ろうとするのが、なんとも腹立たしい。
借金も己の賭博が理由だというから、手に負えない。
まあ、その辺りはお父様がうまいことやってくれたのだろう。
普段の仕事にやる気はないが、やることはきちんと徹底的にやるお父様だ。
男爵領の運営も、向こう10年はお父様の監視下にしてきたらしい。
どうやってそんなこと調整できたんだか、聞かない方がいいだろう。
私が何かをお手伝いする必要もなさそうだ。
お父様はお疲れのようで、普段は絶対になさらないのにソファーに深く沈み込んだ。
人払いをさせている部屋には、私とお父様だけだ。
お父様の空になったカップに、紅茶を注ぐ。
ついでに、氷魔法をかけて冷やしてみる。
お父様は疲れた顔で笑いながら、ありがとうと紅茶を一気に飲み干した。
「というわけで、彼らの今日からうちの子だ」
「まあ、一気に弟が3人。賑やかになりますね」
「あの調子だと口を聞いてくれるのは、いつになるかわからないが…。まあ、気長に行こうと思う。世話をかけるが、エストリーゼもそのつもりでいてくれると助かる」
「ふふふ、お母様が生きていらしたら、とても長いお説教が待っていたと思いますよ?」
「間違いないね…」
お父様はようやく力が抜けたように笑ってくれた。
「私、兄弟がいる生活、楽しみです」
「悪いね、君にも相談なく」
「いいえ、お父様の采配なら間違いございません。なんなら、3人のうちの誰かに我が家を継いでもらうのもいいかもしれませんよ?」
私が笑って両手を合わせると、お父様は不思議そうに首を傾げた。
「おや、なんだい。弟の誰かと結婚するのかい?」
「違いますよ、私が当主じゃなくてもいいですよって話です」
「僕の愛娘は君だけなんだけどねぇ」
「あら、今日からは跡を継げる息子が3人もいますよ?」
「嬉しそうだね、エストリーゼ」
「ふふふ、お父様には悪いですけど、私当主という器ではございませんの」
「そんなことないと思うけど、まあ、それは追々ね。長男はいつか男爵家を継がせるし、残りの弟たちも後継者教育をさせておいてもいいだろう」
お父様がそう言うので、私は満足して頷いた。
「ええ、ええ、そうしてくださいな。あの子たちに任せられるなら、私は外国に旅でもしたいですねえ〜」
「本当に、君って子は…」
お父様が苦い顔した時、部屋のドアがノックされた。
すぐに声を顰めて、手短に話を済ませる。
「というわけで、この話は私とエストリーゼと執事長と侍女長のみに話してある。優秀な男児の話を聞いて、兄弟まとめて養子にしたということにしてあるから、そのつもりで」
「バレバレそうな嘘ですね」
「こちらが何も言わなければ、ちゃんと真実になるよ」
お父様がウィンクをして、当主らしい声音で返事をした。
その返事で、侍女長が書斎に入ってきた。
「様子はどうだった?」
「ご長男のライル様は、頬以外に腕にもかすり傷が見られました。次男のルイド様と三男のロリック様もおそらく痣だらけだと思うのですが、入浴の手伝いは拒否されたので確認まではできておりません」
「そうか、まあ、あの子たちの心優先にしてやってくれ」
「御意に」
「うーん、男爵家の例の執事もうちに呼び寄せた方がいいかもね」
「その方は、今どうしているのですか?」
「憔悴しきっていたから、男爵領の医者に預けてきた。回復したら、呼んでみるよ」
「その方がよろしいでしょうね。じゃあ、我が家の医師に診せるのも拒まれちゃうかしら」
「そうかもねぇ。こればっかりは、言うことは聞いてあげられないかもね」
お父様はすっかり疲れの取れた顔で、立ち上がった。
「ひとまず、彼らと食事にしようか。いいかな、エストリーゼ」
「もちろんです。料理長にお願いして、パン粥などを作ってもらったのですよ」
「そりゃあいいね。私の胃にも優しそうだ」
「ふふふ、お疲れ様でしたお父様」
お父様は愛おしそうに私の頭を撫でたので、この手がいつかあの子たちにも届くのかななんて思いながら、私も部屋を出て行った。
食堂には、パン粥の入った鍋とその他の副菜やフルーツなどが用意されていた。
兄弟たちは3人で部屋の隅っこに固まっている。
私はパン粥の鍋の前に立つと、スプーンをもらって鍋からそのまま一口食べた。
「うん、美味しい。この通り、毒などは入っていませんから、お好きなだけお皿に盛って食べてくださいね」
兄弟、特に長男のライル様に向かってそう言った。
きっと3人のリーダー的存在の彼が動けば、他の2人も動くはずだ。
お父様も目を細めて、新しいスプーンで鍋から一口食べた。
「エストリーゼ、どうする?我が家には効かない毒なんかがあったら、これでは証明にならないね」
「まあ、本当ですね。調理するところを見てもらえばよかったですかね」
「はははっ、気になるなら次からそうしてもらおうか」
お父様は自分の分を盛り付けて、席に着いた。
私も同じように盛り付けている間に、兄弟たちがそろそろと近づいてくる。
私はおたまを渡すように彼らの方に傾けて、遠回りして席に着こうとした。
だけれど、普段こんなふうに料理を自分で盛ることもないから、鍋からお玉が落ちそうになった。
「わ」
「…あっ」
私と同時にライル様の手が伸びて、そのまま鍋にお玉が戻っていった。
思わずライル様の方を見ると、怖い顔をしながら腕を引っ込めていた。
「あら、ありがとうございます。ライル様」
「……あ、いや」
「それと、いい匂いですね。オレンジにしたのですね」
入浴剤のオレンジの香りがして笑いかけると、ライル様は自分の腕を嗅いで、顔を顰めた。
「私のおすすめはラベンダーなので、ぜひ今度使ってみてください」
それだけ言って、向かい側の席に行くために彼らから離れていく。
「あの、お姉さん…!」
ところが、三男のロリック様が次男のルイド様の後ろから顔を出して、私を呼び止めた。
「あら、お姉さんっていい響きですねぇ。むふふ、どうかされましたか?」
お姉さんなど呼ばれたことがないので、自然と口元が緩んでいく。
「…あの、その」
「ゆっくりで大丈夫ですよ?」
「おい、ロリック。余計なこと言うなよ…!」
「あっ、そうだよね、ごめんなさい…」
ライル様がすぐに咎めたので、ロリック様は後ろに引っ込んでしまった。
ルイド様がぎゅっとロリック様を捕まえるように肩を掴んでいた。
いつもの3人の光景なのだろうと、納得させられる雰囲気があった。
「あら、残念。また何か言いたいことがあったら、ぜひ教えてくださいね」
そう言うと、ロリック様がもじもじしながら私をチラチラ見ているのに気づいて、ゆっくり首を傾げた。
うーん、こういう時って待った方がいいのかしら。
座っていいのかしら。
「…お姉さんは、オレンジの匂いは好きじゃないですか?」
ロリック様は、消えそうなほど小さな声で訊いてきた。
「あら、言い方が悪かったですね。オレンジも好きですよ」
「…僕も、ちゃんといい匂いかな?」
不安そうに俯くロリック様を見て、私だけではなく、ライル様もルイド様も小さい弟を揺れた瞳で見つめていた。
「ロリック様もオレンジの匂いがするのですか?」
「…たぶん、兄さまたちと一緒にお風呂に、入ったから」
「ふふふ、近づいて嗅いでみてもいいですか?」
「ぼ、僕が、お姉さんの方に行くっ…!」
「おい、ロリック…!」
ライル様の声を聞かずに、ロリック様がこちらに近づいてきたので、私はお皿を持ったまま目線が合うように膝をついた。
ロリック様はギリギリ届くくらいのところで止まって、腕を出してくる。
これだけ近づいてくるのは予想外で、私は余計なことを言っちゃいそうで、なんとか微笑みを作った。
「失礼しますね」
それだけ言って、腕から微かに香るオレンジの匂いを確かめた。
「ロリック様もオレンジの美味しそうな香りがしますよ」
「いい匂い?」
「はい、とっても。フルーツの中にはオレンジもあるので、よかったら一緒に食べましょう」
「うん…!」
ロリック様がぎこちなく笑うのを見て、弟って可愛いんだなあと思った。
だから、思わずお父様の方に振り返ってしまった。
「お父様、どうしましょう。私の弟が可愛いです!」
「おや、よかったねえ」
「はい!」
子どもみたいに大きい返事をしてしまって、ロリック様が目を丸くしていた。
それから固い笑みからくすくす笑う笑みに変わって、私はもう一度お父様と目が合わせた。
お父様も顔には出ていなかったが、驚いているようだった。
小さな肩を震わせながら笑う姿が、部屋の空気を柔らかくしていく。
「僕、お姉さんの弟?」
「はい、今日から私の弟です」
「僕が弟でもいいの…?」
「もちろんです。私の方こそ不甲斐ない姉だと思いますが、よろしくお願いしますね」
「…お姉さんは怒らなそうだから、お姉さんがお姉さんなのはうれしい」
頑張って目を合わせようとしてくれている仕草に、胸の内がくすぐられるようでこそばゆい。
一人っ子でも全然問題ないと思っていたが、兄弟がいるというのは私も嬉しいかもしれない。
「自己紹介が遅れましたね、私はエストリーゼと言います」
「僕は、ロリックです。エス、エスト、リーゼお姉さん」
「リーゼで構いませんよ」
「リーゼお姉さま!」
「はい、ロリック様」
私が頷くと、ロリック様も大きく頷いてくれた。
そして、お腹の音が大きくなった。
ロリック様は慌ててお腹を押さえた。
「ふふふ、ご飯にしましょう。お腹空きましたね」
「…うん、僕もご飯盛る」
「ええ、そうしましょう」
私は立ち上がる前にライル様を見て小さく頷いた。
きっと、私がやるより兄弟でやった方がいい。
私は今度こそ彼らから離れて、席に着いた。
それを確認してから、ライル様は動いて、そのあとにルイド様が続いた。
ライル様が弟たちが差し出したロリック様とルイド様の分を注いで、最後に自分の分を盛り付けていた。
私と違って、慣れた手つきだった。
3人が固まって座ったのを見て、お父様は鷹揚に頷いた。
きっと、お父様のパン粥はもう冷め始めているだろう。
「さて、では家族最初の食事としようか」
お父様の優しい声に、私とロリック様は頷いた。
ライル様は険しい顔のまま、ルイド様は変わらず瞳が揺れていた。
「いただきます」
お父様、私と口をつけて、それを見てからライル様が一口食べて、弟2人に頷いていた。
今日のパン粥はかぼちゃとにんじんのペーストも入っていて、風邪の日に食べる時よりずっと甘かった。
弟たち3人が食べている姿が、何より愛おしく思えて、「まるでお姉さんみたいね」と自分のことを笑いそうになるのだった。
お読みくださりありがとうございます!!
毎日投稿186日目。
短編のつもりでしたが、分けました。よろしくお願いします〜!




