後編
「リーゼお姉さまが、一番大きくできる魔法が見たいですっ!」
私を取り囲むロリック様とルイド様の向こうで、険しい表情のライル様の視線を感じる。
いいんでしょうかね、本当に。
「ライル兄さまもいいってー!」と元気よく帰ってきたロリック様に連れられて、庭に出てきたら、ライル様が仁王立ちで待っていた。
近づいてくることもなければ、声もかけてこない。
むうう、これ余計に怒りを買っていません?
「私ができるものだと、今お見せできないですねぇ」
「ええっ!?どうして?」
「私が一番大きくできる魔法は、目に見えないのですよ。ですから、他のものならいいですよ」
「目に見えない?」
ロリック様と一緒にルイド様も首を傾げるので、くすっと笑ってしまう。
兄弟で仕草がそっくりだ。
3兄弟とも顔も似ているし、3人揃って同じようにしたら可愛いんだろうな。
「目に見えるものだと、土魔法ですかね」
私は地面の方に手を向けて、ぐるぐると掻き回すように動かした。
すると、地面がうねうねと動き出して、ロリック様と同じ背丈まで伸びてきた。
その盛り上がった土を、人のような形にしていく。
「すごーい!人形みたいだ!」
「リーゼ姉様、土魔法も使えるのですかっ…!」
「ちょっとだけですけどね。こうして、こうしたら…っと。ロリック様、腕を上げてみてくれませんか?」
「腕?」
ロリック様は不思議そうにしながら、ひょいと右腕を上げた。
鏡に映るように、土人形は左腕部分を上げる。
「えっ!」
ロリック様が左腕を上げると、ついていくように土人形も右腕部分を上げた。
「僕と同じ動きするよっ!」
「はい、それが最大限です」
「すごいすごいすごいっ!」
「リーゼ姉様、かっこいい…」
「僕以外の真似もできるっ?」
「できますよ〜」
私は魔法を加えて、土人形に腕組みをさせた。
なんとなく、ないはずの表情がいかつく見えるのは、気のせいかしらね。
「ライル兄さまだ!」
ロリック様は嬉しそうに声をあげて、拍手をした。
ルイド様も観察するように、ライル様と土人形を交互に見ている。
肝心なご本人からは、鋭い視線が飛んできている。
ん〜、ダメでしたかね。
「ライル兄さま、見てみて!」
ロリック様は駆け出すと、ライル様の手を握って引っ張ってくる。
それと一緒に土人形も前屈みになって、その場で転びそうになる。
あら、同じ動きで可愛い。
「おい、ロリックっ」
「ライル兄さまも怖い顔してないで、こっちに来なよ」
「俺は、別に、いいって」
「兄様は水魔法属性みたいなんです」
「あ、おいっ、ルイドまで…!」
「あら、じゃあこの土人形もぺしゃんこにできちゃうかもしれませんね」
「ぺしゃんこになるの?」
「土は水に弱いですからね」
いつの間にか両腕をしっかり弟たちに掴まれているライル様が、ギリギリ話が届くくらいまで近づいている。
ライル様はすっごく足を踏ん張っているけど、構わずぐいぐい引っ張っている。
お2人とも、意外と容赦ないんですね?
「…俺は、魔法は使えない」
「そんなことないと思いますよ?」
「なっ、何も知らないくせに、テキトーなこと言うなよ!」
ライル様の牙が向いて、やっと会話にこじつけた。
ライル様の目がギラギラというよりも、グラグラしていた。
黒髪が揺れて、手負いの獣みたいに苦しそうだ。
それもそうだろう。
「いえ、ライル様から膨大な魔力を感じますので、魔法回路にうまく流れていないだけだと思います」
魔力回路が詰まっていると、イライラするケースもありますしね。
「は…?」
「魔法を使おうとすると、回路は通っていきますし。何回か試したら、案外スルッと使えるようになっちゃいそうですね」
「リーゼ姉様は、魔力探知もできるんですか…?」
「あら、みなさんもできるようになりますよ?私に魔力探知を教えてくれたのは、みなさんの魔法の先生と同じですからね」
「リーゼお姉さま、何ができないの?」
「えっ、そりゃあたくさんのことですよ。領地経営とか?」
「「「……」」」
ポカンと口を開けている3人を見て、本当にそっくりな兄弟ねと思った。
思っていたよりもずっと早く、同じリアクションをしている3人を見られて、口元がにやけそうになる。
「俺も、魔法を…」
ライル様がぽそりと呟いたのを見て、ロリック様はにっこり見上げた。
ルイド様も兄の腕をぎゅーっとしている。
「私も魔法を使えるようになったのは、去年の13歳だったので、そんなに焦ることない気がします」
「は」
「え、リーゼ姉様は、魔法を使い始めて1年ってことですか…?」
「リーゼお姉さま、意味わかんない」
「あれ、何かおかしなこと言いました?」
「うん」
「はい」
「…あんた、変なんだな」
なんだか一気に空気が生温くなった気がした。
それと同時に、ライル様の表情にも固さが取れていく。
ロリック様がライル様の腕にしがみついたまま、ぴょんぴょん跳ねた。
「ねえねえ、ライル兄さまっ。魔法使ってみない?」
「いいね、やりましょう」
「じゃあ、私も参加していいですか?」
「もっちろん、ねー!ライル兄さま!」
「あ、いや…」
ライル様は言いにくそうにしながら、気まずそうに目を逸らした。
「すぐに、できるとは、限らねえぞ…」
その言葉に、私たち3人は満足気に頷いた。
「ライル兄さま。こう、指先をグッとするんだよ」
「ええぇ?どちらかというと、ホワッとじゃないかな」
「どっちだよ」
「うーん、私は流れるようにだと思います」
「それもわかんねえって…」
ライル様が空に向かって手を伸ばすけど、一向に魔法は発動されない。
試しにやってみたいことはあるのですが、それは果たしてライル様にとっていいことなのか…。
「こうね、力を入れると集まってくるの」
ロリック様は自分の手のひらを見せて、光が照明のように集まっていく。
もう光魔法を扱えるのだから、よっぽど優秀だ。
普段、私が影魔法を使って存在感を消しても、その反対の光で姿形を捉えてくるわけだ。
これだけ魔法も使えるのなら、将来うちの領主になってくれたりしませんかねぇ。
ああ、そうだ、魔法の発動もロリック様に手伝ってもらいましょうか。
「ロリック様、さっき言っていた一番大きくできる魔法をやってみようと思うのですが、よかったら手伝ってくださいませんか?」
「リーゼお姉さまの一番の魔法!?やるやるっ、何をしたらいい?」
「そのまま光魔法を集めていてください。それから、空いている方の左手を貸してくれると嬉しいです」
「こう?」
「はい、ロリック様。私が手を握っても、大丈夫でしょうか?」
「えっ」
私は体を屈めて、ロリック様と目線が合うようにして笑った。
やっぱり、そこまで気安いのは、まだ早かったかしら。
と思ったのも束の間、ロリック様は今まで見た中で一番破顔してみせた。
「リーゼお姉さまと手繋ぐ!早く早くっ!」
「あら、思いの外あっさり許可が出ちゃいましたね」
「ねえねえ、もう〜、僕から握っちゃうから!」
待ちきれない様子で、ロリック様は私の右手を握った。
私よりも小さい手は、ふわふわで温かかった。
「兄弟と手を繋ぐって、こんな感じだったのですねぇ」
私は自然と目を細めて、きゅっと握り返した。
「では、そのまま魔法を使っていてくださいね。今からちょっとおまじないをかけますから」
それだけ言って、私は繋いだ手を見て集中していく。
ロリック様だけでなく、ルイド様も、そしてライル様も私を見ているのがわかった。
魔力を流すように、空気の通り道を作るように。
私は手から手へと魔力を込めた。
「えっ、わ、なにこれっ…!」
ロリック様の声がするのとほぼ同時に、集まっていた光の球がどんどん膨れ上がって、大きくなっていった。
自分の魔力操作範囲を超えているからか、ロリック様は動揺していたが、それも気にせず手を強く握った。
「大丈夫ですよ。これが私の一番大きくて得意な魔法なんです」
「リーゼお姉さま、なにが起こってるの?」
「これは魔力調整です」
「魔力調整って、魔法を使う時に一気に魔力を使いすぎないようにコントロールする、あれですか?」
「ええ、それです。私の場合は、他人の魔力回路のツボを見つけて、その人の魔力の流れを増幅させるのが、一番得意な魔法なんです」
「そんなこと可能なんですか…!?」
「出力調整の話なので、出しすぎないのと全開にするのとは、同じ要領ですよ」
「なるほど…?」
ルイド様は納得していなさそうに首を傾げた。
私は2人から目を離して、ライル様の方を見た。
しっとりとした目と、視線が交わった。
「そこで、ものは相談なのですが」
一旦そこで区切って、ライル様が私から興味をなくしていないことを確認する。
ライル様は、私と、増幅した光に目を奪われていた。
「ライル様にも同じことを試してみるのは、いかがでしょうか?」
「…俺の、魔力回路のツボを押すと?」
「うまくいく保証はないんですけどね」
あははと笑うと、ライル様の口が一瞬結ばれるのが見えた。
それでも、それはすぐに固さがなくなって、サラサラの黒髪が少し揺れた。
「…ん」
何か特別なことを言うでもなく、ライル様は私に左手を突き出した。
私の方が、瞬きをしてその手をじっと見てしまった。
「あら、いいんですか?」
「やってみる価値は、あるんだろう…?」
「触られるのは、嫌かと思っていました」
「…緊急事態みたいなものだから」
「ふふふ、ありがとうございます」
私はロリック様と手を離すと、次第に光も元の大きさに戻った。
「ありゃ、大きくなくなっちゃった」
「ロリック様の中にある魔力分を引き出したので、私が力を貸さなくてもできるようになりますよ」
「じゃあ、もっと練習するね!」
「はい、ぜひやってみてください」
離れた右手をゆっくりと、ライル様へと近づけていく。
その顔は強張っていたけれど、目が恐れていないように感じた。
ロリック様の時と違って、慎重に確実に手を伸ばした。
私の指先がライル様に触れた時、ピクリとしたから、反射的に離れそうになった。
「大丈夫っ…!」
けれど、ライル様の声が遮った。
「ライル様…」
「大丈夫だから、そのまま」
「はい」
私は、ライル様の手のひらに自分の手を重ねた。
ほんのり熱が伝わってくる距離だ。
まだ互いに握らずにいて、私もたぶんライル様もどちらが握るか躊躇っていた。
庭に風が通って、時間が流れる。
「ライル兄さま、ぎゅ、だよっ!」
ロリック様が私たちの手を両手で挟んで、握り合わせてきた。
なんとなく、私とライル様の手の力も強まる。
指が、相手の手の甲へと届いていく。
「兄様のヘタレ…」
「そんなんじゃない…!」
ルイド様がぽそりと呟いたのは聞こえなかったけど、そのあと大きく言い返したライル様の声は随分と近い場所で聞けた気がした。
私は、小さく息をついた。
「ふう、なんか緊張しますね。でも大丈夫です、私の方はいつでも魔法を発動できますよ」
「あ、ああ。…魔法を使おうとすればいいんだな?」
「ええ、それで私がツボを探します」
「…いくぞ」
グッと握られた力が強くなって、魔力が動いたのがわかった。
やっぱり、直接触れたからわかったけれど、魔力がいっぱいだ。
これは詰まりすぎて、痛そうかも。
ライル様はよく平然としていられるものだと、感心してしまう。
「…何も起こらないな」
「指先がじょうろみたいになるイメージで出してみてもらえるといいかもしれません」
「じょうろ?」
ライル様は片眉を動かしたが、すぐに自分の手元に集中した。
数秒間があったあと、中指からちょろっと水滴が浮き上がった。
「出た!ライル兄さま出てる!」
「やっぱり水属性ですね!」
「なんか、むずむずするんだが」
ロリック様とルイド様は大はしゃぎなのに、当の本人はなんでもないような顔で水魔法を眺めていた。
思ったよりも感動していなくて心配になったが、表情は曇っていない。
どちらかというと、さっきより顔が晴れている。
なんだこんなもんか、という心の声が聞こえてきそうだ。
「慣れないからですね、そのまま続けてみてください」
私はぎゅむぎゅむとライル様の手を握って、もっといいところを探す。
この魔力量なら、早めに出してしまう方がいい気がする。
「うっ」とライル様にジト目で見られたのですが、何かありましたかね。
「今のうちに感覚を掴むのがいいと思います」
「わかってる…っ」
「あ、水分量が変わりましたね。いい調子です」
そんなことを言っているうちに、水滴ではなく水の流れへと変わっていく。
中指だけだったのが、人差し指、薬指と、出る本数まで増えていく。
そうして、本当にじょうろぐらいの水の量になってきた。
「すごいよ、ライル兄さま!」
「安定の量まで保てるなんて、はじめてとは思えません!すごいです、兄様!」
「ちょっと静かにしててくれ。…もう、いいんじゃないか?」
そう言って、ライル様は私の方をチラリと見たけれど、私は即座に首を振った。
「まだです。まだ全然溜まっているので、このまま回路を循環させる方がいいです」
「だが」
「大丈夫です、すぐですよ」
私はライル様の手を握り直して、一気に魔力を込めた。
「お、うおおい、ちょっと待てって…!」
「大丈夫、やめないで!」
ライル様の慌てた声に手を振り解かれそうになったけれど、構わず魔法を続けた。
ジャバジャバジャバッと、もう手のひらも見えないくらい水が溢れている。
ライル様の戸惑った様子がよく見えるが、気にしていられない。
「ライル様、魔法をゆるめないでください」
「だが、もうこんなにっ…!」
「こんなもんじゃないですよ、あなたの魔法はっ!」
私はニコッと笑って、最大限に流れそうなところのツボを刺激した。
「おい、って」
「ライル様、今です!」
「くっそ、全然話聞かねえ…!」
そう言いながらも、ライル様は水魔法を使っている手を突き上げた。
次の瞬間、ライル様の指先から溢れる水は、上に向かって伸びていき、弧を描いて空を舞った。
「うわあ…」
誰かの声が漏れた。
水は橋をかけるような形になって、目の前の花にすごい勢いでかかっていく。
あっという間に、辺りにも水たまりができていく。
私がさっき作った土人形も、他の土と一緒に泥になっている。
「噴水みたーい!」
「た、滝じゃないかな、もはや」
「…これが、俺の魔法?」
ライル様は目をパチパチさせながら、地面に降り注がれる水を見ている。
ようやく自分の力を認識しているようだった。
「リーゼお姉さま、すごいねっ!水いっぱいだね!」
「本当にすごいです、リーゼ姉様!一番大きい魔法って、こういうことだったんですね!」
「これは元々持っている力を引き出しているだけなので、ライル様がすごいのですよ」
「うん!ライル兄さまもすごい!リーゼお姉さまもすごいっ!」
「わたしももっと魔法を使えるようになりたいです」
「僕もーっ!」
きゃあきゃあはしゃぐ2人の弟を見て、ライル様は普段の表情に戻っていった。
わたしもそれを見て、重なった手の指を離していく。
ライル様は水魔法を止めて、こちらを向いた。
「できましたね、魔法」
「ああ」
ライル様が離れた手を目で追いながら、小さく頷いた。
「あっ、見て!虹ができてるよ!」
ロリック様が指差す先を目で追うと、優しい淡さの虹ができていた。
水をいっぱい浴びて、水滴だらけの花たちとよく合っている。
「あれだけの魔法なら、納得の虹ですねぇ」
「キレイだね」
「ほんとだね。兄様、また見せてね」
「これ以上は、庭の花を腐らせて怒られるよ」
「ふふふ、その時はみんなで謝りに行きましょう」
私たちは4人で肩を並べながら、庭の小さい虹を見つめた。
「ふふふ、これでみんな魔法も座学もバッチリですよ、お父様」
「本当だね。思ったよりみんな優秀で、これは本当にその理由で引き取ったことになりそうだ」
「今からあんなに魔法が使えるなら、当主になるのも問題なさそうですね」
「ああ、なんだかんだ3人とも適性はありそうだしね」
「まあ、いいじゃありませんか!私がますます旅に出やすくなりますね」
最近の報告も兼ねて、久しぶりにお父様と書斎でお茶をしていた。
お父様は可笑しそうに笑いながら、カップをテーブルに置く。
「それは影魔法で誤認識魔法が完璧に使えるようになってからだと言っているだろう?」
「そうなのです。最近ではかくれんぼのつもりでいても、ロリック様に見つかってしまうのですよ。私もまだまだですね」
「あはは、そうかいそうかい。他にも護身魔法や攻撃魔法が使えないと旅の許可は出せないなぁ」
「むう、先は長いですね」
「はははっ、エストリーゼもあの子たちと一緒に、まだ父様の庇護下にいておくれよ。父様、寂しくなっちゃうよ」
「そうですね、まだ兄弟でいたいですし。まだ、お父様の子どもでいたいです」
私がそう言ってお父様を見上げると、いつものようにその手が頭を撫でた。
いつか同じように、ロリック様やルイド様を撫でる姿も見てみたい。
きっと、ライル様は嫌がるだろうから、それは無理に見たいとは思わない。
あの虹を見た日以来、ライル様には直接会っていなかった。
ライル様、大丈夫かしら。
「ライルはすっかり熱も引いたようだね」
お父様が優しくそう言ったので、私も頷いた。
「ええ、随分長いこと熱が続きましたね」
「あれだけ魔力回路が活発になれば、成長熱も出るってものだよ」
ここ数日心配そうにしていたお父様の顔が曇っていなくて、私も安心する。
そうなのだ。
魔法が使えるようになった日、ライル様は初日のロリック様たちみたいに高熱を出して寝込んだ。
しかも長いこと熱が下がらずに、1週間も部屋から出てこなかった。
昨日、ようやくベッドから起き上がれるようになったと聞いたが、まだ安静にしているだろう。
今までの成長を全部巻き取るように、ライル様は眠り続けていた。
その間、ロリック様とルイド様はとても不安そうにしていたけれど、ライル様と違って、時々部屋を覗きに行くくらいで、日中は勉強などに勤しんでいた。
その代わり、ライル様がいない分、私にベッタリだったのだが。
まあ、今回は仕方ないでしょう。
熱のあるライル様をそっとしておくためにも、この機会に下の弟2人には自分たちの部屋が与えられた。
慣れないようではあったが、少しずつ自分の部屋で過ごす時間も増えているみたいだ。
昨日はロリック様とルイド様は移動せず、各々の部屋で寝たようなので、大変成長したといっていいだろう。
3人で固まっていなくても、眠れるようになったのはよかった。
「まあ、ぼちぼち起きてくるだろうからね。また家族5人でご飯にでもしようね」
「はい。お父様、よかったら今度3人を誘ってピクニックでも行きませんか?」
「おや、それはいい提案だね」
「そろそろ、お母様の好きな季節ですし」
「そうだね、彼女ともよく行った場所に今度は3人を連れて行こうか」
「はい!」
お父様は再び私の頭を撫でて、懐かしそうに笑みを深めていったのだった。
「それにしても、旅人への道は遠いですねぇ」
「旅に行くのか?」
知らない低い声がして振り返ると、長身の男の子が立っていた。
黒髪がサラサラしていて、その長めの前髪から硬い表情が窺える。
「あらあらまあまあ、一瞬誰だかわかりませんでしたわ」
「…身長、伸びたからな」
「あらあらあら、まあ〜、やっぱりあの背の高さはすぐに終わりでしたね。もうすっかり抜かされてしまいました」
「魔力回路が流れたから、本来の身長に追いついたらしい」
「そうなのですね、にしても大きいですねぇ。巨木くらいありますよ」
「んなわけあるか…。でも、伸びすぎて、骨は痛い」
「でしょうね、でもいいですね。素敵ですよ、ライル様」
身長も私より頭一つ分以上大きくて、肩幅も広がり、手や足も大きくなったライル様になっていた。
どうやら声変わりもしたらしく、馴染みのない声が耳をくすぐる。
ここまで急成長する人ははじめて見たけれど、よっぽど魔力回路に魔力を溜め込んでいたらしい。
ちょっと年上のお兄さんと言われてもわからないくらいの成長っぷりだ。
「服が、なんだか大きそうですね?」
「ああ…、急に大きくなって入る服がなく。新しい服を作るまで、当主様のお下がりを頂いたんだ」
「お父様の服でしたか」
「若い頃の時の服らしい」
「へえ〜!」
それははじめて見ました、新鮮です。
思わずまじまじ服を見ていると、ライル様は身を引くように一歩下がった。
まずいです、見過ぎましたわ。
「それで、お前旅にでも出るのか?」
ライル様の眉間に皺の寄っている顔を見て、なんの話かわからないし、一通りの会話を思い出して、さっき自分が言っていた独り言を思い出す。
「ああ、夢なのです。旅に出るのが」
「でも、お前ここの跡継ぎじゃ…?」
「あら、まだ決まってはいませんよ。何より、私には優秀な弟が3人もできましたので」
「当主の座を譲るのか?」
「うーん、どちらというと継いでくれたらとっても助かる、というのが正直な感想ですね」
「お前、やっぱり変だよ」
ライル様は苦笑いしながら、目にかかっている前髪を掻き上げた。
この家にやってきた時よりも端正な男前の顔に、これは社交界デビューしたら大変そうだなぁ…という将来が見えてしまって、私も苦笑いした。
「まあ、この先なんて何があるかはわかりませんし」
私は後ろで自分の手を組むと、ゆっくりと廊下を歩いていく。
その横を一歩遅れて、ライル様がついてきた。
2人だけで歩くのははじめてで、洗い立てのシーツみたいな気持ちになった。
「お父様が3人は優秀だと褒めていたんですよ。お世辞を言わないお父様が言うって、相当すごいことだなって思っているんです。だから3人なら誰がなっても不思議ではありません」
隣を歩いてくれるようなので、話の続きをしてみる。
ライル様は何か言いたげに口を開いて、また閉じるのが横目に見えた。
「ライル様は男爵家にお戻りになるんですかね、きっと」
そこまで言うと、ライル様の息を吸う音が聞こえた。
「エストリーゼ」
ライル様の低く掠れた声が、耳を掠めた。
お父様とも、家の使用人とも、弟2人とも違う響きで、私の名前なのに私じゃないみたいだった。
位置が高くなった顔を見上げるように横を向くと、ライル様もこちらを見つめていた。
「俺、ここに来たことが相応しい人間になるよ。それで、お前と対等になれるように頑張る」
「ライル様は弟なのだから、もう対等ですよ?」
「いや、今のままじゃまだ足りない」
「そう、ですか」
「ああ、だから、成長したその時には、俺がエストリーゼの隣に立つ」
真剣な眼差しが何かを訴えてくるようで、ずっと見ていたい気持ちになった。
せっかく素敵なのだから、前髪は少し切ってもらったほうがいいかもしれない。
「ふふふ、じゃあ、その時は一緒にお父様に内緒で旅に出ましょうか」
「え、っと、そういう意味じゃなくて」
「私も、もっと姉らしくなれるように頑張りますね」
「俺は兄弟以上に…っ」
ライル様の手が私の方へと伸びた時──。
「あああ!ライル兄さま、ずるい!リーゼお姉さまを独り占めしてるう〜!」
「兄様、抜け駆けはなしですよ」
「お前ら、うるさいぞ」
廊下の向こうからロリック様が駆けてきて、狭いのに私とライル様の間に入ってきた。
私とライル様の両方の腕にギュッとしがみついてくる。
「あらあら、レディーには簡単に触ってはいけませんのよ?」
「リーゼお姉さまは、お姉さまだから特別なの〜!」
「まあ、それはそうですね?」
「エストリーゼ、そんなの聞かなくていいからな」
「リーゼ姉様、今日は姉様の好きなパウンドケーキを用意してもらったんです。一緒に食べに行きませんか?」
「あら、嬉しい」
「ルイドまで、真っ向から邪魔しにくるなよ」
「んー、よく聞こえないなあ」
「お前らぁ〜」
「せっかくみんな揃ってますし、みんなでおやつでも食べに行きますか?」
私の声に、3兄弟は一斉にこちらを向いて、大きく頷くのだった。
「僕、リーゼお姉さまの行くところに行く!」
「リーゼ姉様と一緒がいいです」
「エストリーゼ、行くぞ」
どうやら背が伸びた3人は、『お兄さん』をやりたいみたいだ。
全員に背が抜かされるまでは、私がお姉さんでいたいんですけどねぇ。
まあ、出会った頃よりずっと近くにいれるからよしとしましょう。
突然ですが、私には弟が3人います。
新しくできた義弟たちは、みんなと〜〜〜ってもかわいいです!
了
お読みくださりありがとうございました!!
毎日投稿188日目。
当初の構想よりだいぶ長くなって、「分けててよかった〜!」となりました。ありがとうございました〜!




