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ミルの旅の準備

――昨晩の出来事を受けて、おじさんのトレードショップ『ジョンのお店』は閉店していた。


とはいえミルはいつものようにお店の手伝いをしていた。

テーブルや床をきれいにして椅子を並べ直し、

ショーケースに子供たちがベタベタとつけてしまった汚れをふき取っていた。


「おじさん、お掃除終わったよ。

 今日はお店、開けないんでしょ?」


「ああ、そうだよ」


普段だったらショーケースを眺めたりお客さんのリクエストに応えるのだけれど、

今日は少し勝手が違っていた。

気になるのはトッドとドラゴンのことだった。

そのことについてミルはおじさんから何か話をしてもらいたかった。

しかし、おじさんは黙ったままだった。


ミルは少しおじさんの顔をみて挨拶した。

「じゃあ、僕はもう帰るね。おじさん良い一日を」


「ミルも、良い一日を」



次の日も、また次の日も、おじさんはあまりしゃべらなくなった。

ミルはお店の手伝いをしながら壁や天井を見る時間が増えていった。

気になるのはトッドのことだった。


「トッドはいいなあ……ドラゴンと一緒で」


心の中に少しだけ、ほんの少しだけ自分だけおいてけぼりにされたような気がした。

それはなんだかミルにとってほんの少しだけ悔しさと焦りに変わっていき、諦めにたどり着いた。


「まあ……トッドと僕は違うから」


さらに幾日か経ったある日のことだった。

いつものようにお店にいたミルの目の前にはトッドの両親とおじさんがいた。

もちろんミルの両親もだ。


ミルは不思議そうに聞いてみた。

「どうしたのみんな?」


ミルの問いかけに答えたのはおじさんだった。

「トッドが行方不明になったから彼のお父さんから相談を受けて探すことになったんだ。

 おおよその検討はついてるんだけど遠いといえば遠い。すごく遠いね。

 だからみんなで話あって……ミルのご両親にも理解してもらったことなんだけどね」


ミルはおじさんと自分の両親の顔を見て言った。

「どんなこと?」


「トッドが向かった先だよ、ミルに行ってもらいたい」


そう言われ、ミルは目を見開いて答えた。

「ほんと!」


「いきなりトッドがいる場所じゃなくて、一度立ち寄って欲しいところがあるんだよ」

「うんうん、それで!」


「僕が以前いた学校さ」

「なんだつまんないよー」

「そうじゃなくて、クラフトマンの学校さ。向こうの世界のね」


ミルは再び目をまんまると見開いて、おじさんの話を聞いた。


その学校の名前はCLCといって、いろんな世界から転移を許された者が集う場所だった。

ミルがいる世界から転移したのはおじさんが最後で、ずっとその枠があいたままだった。


「クラフトマンとして一通り学んだ後で、その学校の図書館に保管されているカードを借り、

 トッドがいる世界に行ってほしい」


「なんだか楽しそう」


ミルの無邪気な表情に大人たちは心配そうな顔をしていた。


「ミル、君に渡せるのはこのカードだけだよ」

「鈴……銀色の鈴?」


「そうこの世界や異世界を行き来できるカードだよ。

 スペルは君にだけ教えるよ。それに学校に渡す推薦状もね」


「へー、なんだか優等生になった気分だね」


「学校の先生は『千寿の人』と呼ばれる人たちだ、

 寿命が私たちの十倍ほどあって何度か絶滅の危機を乗り越えて来たんだ。

 だからなんだよ」


「もしかしてカードに生き物を閉じ込めるようにしたのは彼らなの?」

「そうなんだよ、彼らの知恵や技を利用したのが『フリースタイル』で使われるカードなのさ」


「よし!そうと決まったらスペルを唱えよう」

「ミルちょっと待ってくれ。お父さんとお母さんにも挨拶しないと」


「あっ、そうだ。行ってくるね、父さん母さん。トッドのお父さんも。

 おじさん、早くスペル教えてちょうだい」


「待て待て、ちょっと待てミル。焦らないで。

 その格好で行くのかい? ちゃんとした服装が必要だよ」


「どんな?」


「これだよ」


そういっておじさんは木箱を取り出した。


「ちょうどミルと同じ年だった頃に学校へ行ったんだ。

 多分、大きさは合うと思うよ」


木箱の中には革と布で出来たショルダーバッグ、フード付きのコート、手袋やポーチが入っていた。


「なんだか格好いい!」


「むこうの世界では服装で判断されるんだ。

 これを着て行けば誰かが学校へ案内してくれるよ」


「ありがとう、おじさん」



ミルはみんなと食事をして、トッドがいなくなった同じ時間にスペルを唱えた。


「我は永遠の旅人、彼の地にゆかん」


ミルのそばの空間はねじ曲がり、夜の闇よりも暗くなったと思った先に異世界が現れた。

そこには継ぎ足しされた家が上にも横にも連なり崩れずに建っていた。

鳥たちが羽ばたく先には抜けるような青空が見えた。


「ミル、行ってらっしゃい。気をつけて」


ミルとトッドの両親、おじさんに見送られ、一歩足を踏み入れた。

振り返って『行って来ます』を言おうと思ったが、もといた世界とは既に別れた後だった。


ミルはまた一歩踏み出してつぶやいた。


「冒険の始まりだ」


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