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9.親子と使命

 あれから数日経ってようやっと船がやってきた。あの豚がいなくなったからしばらく衛兵が町を仕切るようになって、これがまぁ酷い、俺から見ても一目瞭然だから市民からすれば暴動寸前。詳しく言うと魔物が一気に増えてそっちに衛兵割いたら、ちょうど天候が悪くなって海で遭難船が出て大忙し、しかもこの兵士の配分が滅茶苦茶で。まぁこういうところは衛兵の地が悪いんだろうけどな、さらにここで謎の不況、なんだかよくわかんないが貧民も暴れて――まぁこんなところでいいだろう。

 衛兵長の爺がみっともなくもう限界だってエレノアに泣きついてきたときだ、やっと向こうの町から大臣が来た。その知らせが来た時、爺の涙がひゅんっと嘘みたいに引いていったぜ。傲慢その顔、頭下げたのも無かったことにしてどっかへ行った。皮肉なもんだ。あの豚野郎が政治してたときの方がよかったんだろうからな。

 で、その次の日の話。俺はロイスが働く鍛冶場でアイツが作った武器を適当に見て時間を潰していた。


 「この剣、衛兵長が持ってたやつだ。仮に武器が上等でも酷評されているんだろうな」

 「いいや。そんなことはない。これを作ってくれってよく市民が訪ねてくる」

 「おいおい。ここの奴らはゲイか? それにしたって趣味が悪いぜ。それとも保守的な爺崇拝か?」

 「その剣は……あの魔物の愛用でもあったからだ」

 「なるほど。あーこれなら生姜焼きだって簡単に――」

 「つまらない話はよせ。明日、船が来る。俺はそれに乗ってアスチルベへ行く。カルロス、お前はロウを連れて村へ戻れ」

 「なっ!?」


 俺が驚くとロイスがギロっと睨んできた。反論を許さねえって感じで。

 でもする。


 「意味が分かんねえぜ。俺がなんでここに来たか言ったよな。お前を村へ迎えるためだ。そうだ。よくよく考えたらもう帰ってもいいはずだ。なのに――」

 「うるせえな。仕方ないだろ。魔物が増えて武器が必要なんだ。これでも評判いいんだぜ。俺は」

 「そいつはわかってるけどな、もう少ししたら、べつに村に帰ればいいだろ」

 「もう一度確認するぞ。村に魔物が出たんだろ? それも人に化けた、強敵だった」

 「雑魚だったけどな? 雑魚だったけどな?」

 「人に化けるレベルは他とは違う。勇者様がいなかったら危なかった」

 「待て待て。俺は?」

 「ボコボコにされてただろ。まぁしかし勇者様がいなくなるとなればお前しかいない。だからお前は村に帰って――」

 「冗談じゃねえ!」


 正直に打ち明けよう。ピンチ。誤解されてるかもしれねえから注意しておくけど、俺はロイスを止めようとしてるんだぜ。慈愛みたいなもんだ。いいや違うな。ロウが寂しがるからだ。それだけだ。こんなクソ親父なんざどうでもいい。でもロウには父親と一緒にいる時間が必要だろ。

 なのにこいつはむしろイライラした。金床打つ音を痛く鳴らして俺の説得を掻き消した。近所迷惑だろ。


 「いいか。俺がアスチルベの王に村への支援を要請してくる。お前はロウと一緒に村にいろ。兵士が来るまではお前が村を守れ」

 「嫌だぜ。断る。あんたも村に帰ればいいだろ。王のところへ行くのなんかエレノアがやってくれるだろ」

 「そうはいかない」

 「あんた、俺のこと嫌いだろ。全部否定批判しやがる」

 「カルロス。俺たちの故郷はどこだ? 村の名前はなんだ?」

 「ビギンズだろ。名前の由来とか知らないけどな」

 「それを王は答えられない。村のことなんて知らないからな。名目上、ビギンズはアスチルベ領だがもうずっと交流がない」

 「でもエレノアが知ってるぜ」

 「たしかに勇者様は信頼されているだろう。でもそこじゃない。とにかく俺が行ってくる。というか俺以外に行けるやつがいない」


 相変わらずロイスっておっさんは気持ちが悪い。ロウはあんなに良いやつなのに。回りくどいんだ。

 あーわかった。村で信頼されている人間が謁見しないと面目が立たないって。だとしても俺はこいつを村に帰したい。

 そんでもって俺は船に乗りたくなかった。俺も帰りたい。けどもう無理そうだ。


 「……いるだろ。いや、いるぜ。俺が行けばいいんだろ! アスチルベ? どこだかわかんないけど、俺が行って話を付けて来ればいい。そういうことだ!」

 「お前が王様のところに? 認められるか。婆さんが許さないだろう」

 「でもあんたが許してくれるだろ?」

 「俺はお前のことなんざこれっぽっちも信頼してないぞ」

 「だったらぶん殴ってでもさせるしかねえか」

 「どうしてそこまでする――」


 俺はきっと今にでもやってやろうって表情をしていた。心が青く黒く燃えている。単にロイスの性格が捻じれているところもあってイライラしていたけど、俺がここまで食い下がらないのは、それを遥かに越えた、不快だったからだ。

 ロイスがやっと気づいたみたいだ。俺が本気だって。


 「もしもその理由を聞いてきたら殴ってたぜ」

 「しょうがねえ。わかった。悪かった。任せる。俺から婆を説得しておく。まぁうまくいかねえだろうからさっさと行っちまえよ。あの婆、追いかけてくるかもしれねえからな」

 「せっかく気遣ってやったのに。つまらねえ返事だな」


 俺は散歩にでも行こうとした。


 「おい。待て。そこにある大剣を持っていけ。魔物でも雑魚くらいなら簡単に倒せるはずだ」

 「いらねえよ」

 「いいから持っていけ!」


 そのまま逃げようとしたら投げてきやがった。影が大きくてビビった。人を投げたのかと思ったぞ。

 ずっしりとは意外にもいかない。だいたい三四キロくらいの重さ。大きさは俺より二十センチ小さい、だいたい百六十センチ。大剣だ。

 それでもいらねえって言ったらまた面倒くさくなりそうだ。しょうがないから持っていった。要らなくなったら捨てちまえばいいし。

 ともかくしばらくの間、俺のすることが決まっちまった。なんとなくそういう予感はしていたけどさ。

 散歩していたらロウが「それグレートソードだよ。どうしたの?」って目を輝かせて聞いてきた。ロイスに貰ったって説明したらもっとわくわくしていた――捨てずらくなった。


――早朝、家柄良さそうなやつも並ぶ客船の上。あくびが白雲まで浮かんだところを鳥が突く青の下。 群衆がエレノアを見送ろうと手を振っていた。鳥の群れが羽をパタパタさせているみたいだぜ。

 なんだかエレノアばっか持てはやされてちょっと嫌だな。たしかに俺は豚に負けたけど。にしたってなんだか不愉快だ。


 「なんですか?」

 「いやべつに」


 うわぁ。こんな常識ない女ともうしばらく一緒かよ。しんど。


 「おーい!」


 ロウがロイスに肩車してもらって、手を振ってくれていた。


 「じゃあーねー! あんまり勇者様を困らせないでねー!」

 「心配すんな! すぐ帰るからよ!」


 見送ってくれる人がいるっていい気分だ。気持ちが晴れた。もう少しだけエレノアと一緒にいなきゃいけないのはやっぱり嫌な予感しかしないが、まぁ頑張るか。

 こうして俺は船へ乗った。しばらくして町が小さくなって、エレノアの作り笑みが綻んで哀らしいものになった。疲れているからかと観察していたけれど違う。気じゃなくて感傷みたいなもんだろう。

 


 「あなたには帰る場所があるのですね」エレノアがふと零した。


 そんな大層なもんじゃないって言い返そうとも思った。あれだけの人から応援して貰える、どっかのアイドルほどじゃないって。まぁ言えなかった。その前にエレノアが船の中へ去ったから。単に。


 限りなく広い青の平原。波の瞬くのを宝石だって勘違いして飛び込びたくなる。ができない、デッキからだ。

 船は西に。ユーシア大陸へ。到着まで二日。ここからだとよくわかる。向こうもどっちもこっちもなんもねえ。

 港はカームってところに着くらしい。

 そこから南にカー村。豚の手紙の宛先。エレノアの目的地。

 そこからさらに南にアスチルベ王国。俺の目的地。

 ビギン村はアスチルベ王国の領地らしい。信じられないぜ、大陸跨いで辺境までよく統治しようだなんて。ご苦労なこった。まぁできてねえけど。おかげでちょっとばかし長い旅になりそうだ。

 二日は船の上。まぁ暇だ。エレノアはじっと部屋で読書。部屋っていってもスイートルームだ。市民が勇者様なんだぞって大臣に迫ったんだ。で、スイートルーム。もう部屋から出なくても飯が来るし、風呂もある。使用人は常にいる、、ってわけじゃないけどな。

 で、俺は勇者の仲間だって扱いにされてる。だから同室だ。年頃の娘とずっと同じ空間に? 無理無理。俺一人なら部屋の窓割ってそこから釣り糸垂らして酒を飲んだりだってできるのに、勇者様の隣じゃ居心地が悪い。だから暇だ。なんかあればすぐ兵士がやって来るし。さっきだってちょっと言い争っただけで来た。俺が朝食のニンジン残そうが勝手だろ。


 「あー暇だ。四六時中ぼーっと揺られる。こんなのが二日も続いたら死んでしまいそうだ」


 鳥。白い腹側と黒い翼側がぷかぷか気持ちよさそうに飛行している。優雅だな。ぴーぴーぐーぐー鳴いている。泣きたいのはこっちのほうだ。骨にシバかれ、豚に殴られ、今度は何が起こるんだ?


――ブン。剛速球。視界の端。球のようなものがすでに。顔が砕ける剛球。


 「避ける? 無理だ、速すぎる。掴むしかねえ!」


 掴めた。が、球は止まらず、俺ごとデッキから弾き飛ばした!

 海にドボン。俺と浮かんで浮かび上がった球のようなもの、氷だ。丸い氷。バーテンダーが削ったものだ。にしたってなんて威力。氷の癖に触れた手が熱いぞ。

 デッキに太陽がもう一つある。

 

 「いやぁ、悪かった。ちょっと転んでしまって氷が飛んでしまった!」


 浮き輪と一緒に飛んできた声。その主は白い髭が垂れた爺さん。禿。ヒョロヒョロでちっこい。サングラスにアロハシャツだ――って転んだだって? 嘘に決まってやがる!頭に直撃していたら死んでいたかもしれねえだろ。

 もちろん俺は憤慨した。船の配管とか窓の縁とかを掴んでは飛んで、ともかくデッキまでよじのぼった。

 そんでもって拳で一発ぶん殴る!


 「おいクソジジイ! 言い訳は聞かねえからな!」

 「待つんじゃ。何か誤解をしておる。もしかして儂が氷を投げたとでも? 儂がそんな屈強に見えるか?」

 「た、たしかに……じゃない! だとしてもあたっていたら死んでた!」

 「死因は事故死になるのかね? それとも他殺かね?」

 「他殺だろうが。ぶっ飛ばす!」


 しかしこの爺、水のようによろめいて俺の攻撃を躱しやがる。全く当たらねえ。

 そのうち、俺のほうが疲れちまった。


 「爺、人間の癖に何もんだ?」

 「ふぉっふぉ。ならば教えてやろう」


 爺の雰囲気が変わった。重っ苦しい何かが俺を包み込んだ。何か目に見えるわけじゃない。でもたしかに、誤魔化しきるには無理も余る重圧感がある。爺から出ているのか。そうは感じる。そうは見えない。爺は飄々と笑っているだけだ。


 「魔物を倒すヒントを教えてやろう――君はエーテルを知っておるか?」


 すっと空気が軽くなった。まるで浮遊感があって気づいた。やっぱりとんでもない気迫だったって。それとこの爺の凄さが。

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