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10.風介術

 デッキにデブのババアがいる。ちょうどピザをガブガブ食っている。イラつくぜ。この前の豚野郎を思い出しちまう。爺がなんでか俺を強くしたがっているけど、理由なんてどうでもいい。もちろん、教わるぜ。

 爺はバーのカウンターへ肘を付けた。付かなかった。机のほうが高かった。爺はやんわりと声を掛けた。気づかれないのでぴょこぴょこ跳ねた。


 「お主、何か飲むか? さっきの侘びじゃ」

 「オレンジジュースでいいぜ」

 「ではオレンジジュースを沢山」

 「一杯でいいぞ、爺さん。無理すんなって」

 「若造。儂はこれでも凄いんじゃぞ。この前だって武道会で――おっと、ご苦労さん。おっと、氷はいらんぞ。あれは氷恐怖症だから」

 「威勢がいい爺だ。最終回までに始末してやる」

 「ふぉっふぉっふぉ」


 爺はグラスの肌から水滴が垂れるキンキンのオレンジジュースを一つ、こっちへ持ってきた。ふぉっふぉってはしゃぎながら。


 「待て。お主。名前は?」

 「カルロスだ」

 「儂は……そうだな。キヨンテだ」

 「本名じゃないだろその感じ」

 「気にするな。唯名論、唯名論。ゆいゆいメロン☆」


 なんか面倒になってきた。パッと取った。そんでグイッと飲んだ。飲んだ――飲めない。なぜかって? コップを逆さまにしてもオレンジジュースが落ちて来ねえ。まるで食塩の瓶を逆さまにしても落ちてこないみたいな張り付きようだ。振っても叩いても断固として落ちてこない。それどころか水滴も時が止まったみたいに付いたまま動かない。あと見た目の割にあんまり冷たくない。べつの何かの肌触りだ。


 「そろそろ落ちてくるぞ」

 「え?」どぼーんっと青髪がオレンジ色に平成のギャル男の怒った顔。

 「ひゃっひゃっは! 侘びな気分~?」パチパチ。

 「うぜえ……」

 「まぁそんな怒りなさんな。儂みたいに禿げちまうぞ。これ以上禿げたくないから笑っているだけじゃ」

 「もういいから、なんなんだよこれ」

 「うむ……風介術。だな」キリッ。

 「不愉快術?」

 「風に介入する術じゃ。これを覚えればどんな魔物もイチコロじゃぞ!」


 爺はオレンジジュースの入ったグラスを持った。それをもごもごと握ると――バキッ! とグラスを割った。破片はそのまま床に落ちて――オレンジジュースはゼリーみたいに爺の手の中にあった。


 「魔物とは闇の存在。忌憎しみ、人を殺す残虐なモンスター。そして不老不死。適当に傷をつけてもすぐに再生して塞がっちゃう! でも光の力を扱う者なら簡単。魔物の傷は塞がらず、さらにスラスラッとそこの店員がフルーツを切るみたいに一刀両断できる。なら光の力を持たない戦士じゃ勝てない! いいや、加えて魔物は個体によって様々な能力がある! たとえばスライム状の形の無い体、たとえば石の強靭な体、それから骨の細いが素早い体や、うるさい猿、それから太っているがゆえの弾力な鎧。まず傷さえつけられない! ああ、勇者様!! お助けを!」

 

 熱演爺。周りの人がめっちゃ見てるぞ。恥ずかしい。


 「でも実際は違う。訓練された戦士は勇者様や光の使い手に頼らずとも倒せちゃう」

 「訓練しなくても倒せたぜ」茶々。

 「あの豚っ腹は無理だったんじゃろ?」

 「なんで知ってんだよ?」

 「酒場の衛兵が笑っておったわ」

 

 奴らいい性格してやがる。今からバタフライで町まで戻って殴り倒してやろうか。


 「そこで風介術なんじゃよ。この自然界に溢れる光を運ぶもの。エーテルを自由自在に操る術だ。光を扱えなくても光を操るものを操ればいい。という理屈じゃ!」


 爺はオレンジジュースの塊を指先でプイプイ回すと俺のほうへ投げてきた。それが俺の前で弾け、俺は再びびしょ濡れになった。


 「なんだよ! これがエーテルかよ。水遊びじゃねえか!」

 「これは風介術の基礎の一つ、被覆じゃ。オレンジジュースの周りにあるエーテルを圧縮して留める。儂の手を離れれば押さえつけられていたものが無くなるから弾ける。たとえばこれを魔物にぶつけるだけでも倒せちゃうかも? どうじゃ、面白くなってきただろう」

 「念とか波紋ってことでいいのか?」

 「違う! 気であり呪力であり霊力じゃ!」

 「それは違うだろ」

 「だいたい一緒じゃ。ぶっちゃけ。ごほん。人間がエーテルを発するのではない。人間はエーテルを弄るだけじゃ。自然にあるものの流れを変えるだけ。だから人間の持っている力以上の力が出せる。自然の力じゃ」

 「あーなるほど。よくわかんないし、どうでもいいや。理屈はいい。とにかくそれで魔物が倒せるんだな?」

 「然様。魔物の弱点は光。エーテルは光を運ぶもの。太陽などの光ある場所なら勝手に光も乗る。そうでなくても人体も魔物もエーテルじゃ」

 「どういうことだ? 魔物も光? 意味わかんねえぜ」

 「エーテルとは光を運ぶものじゃ。人間も魔物も松明を持てば光を運んでいるようなもんじゃ」

 「因果関係は?」

 「うるさい! それっぽいことを言うな! とにかくエーテルとはむしろ人体のことなんじゃ。地人体はエーテル変換器なんじゃ!!」

 「もういいや。教えろよ、爺! 魔物をぶっ飛ばす方法を!」

 「よし。儂は修行が嫌いじゃ! ついてこい。魔物を倒しに行くぞ」

 「おいおい、ここは船の上だぜ。魔物がいるわけねえだろ」

 「そうじゃな。ここにはいない。魔物がいるのは――船の中じゃ」


 爺はオレンジジュースの入ったグラスを一つ持って船内へ下りていく。


 「風介術とは風介の術。風介とはエーテルを操る六つの事じゃ。圧縮、被覆、放出、変換、吸収、貯蓄じゃ。前の三つは鍛えれば覚えられる。まぁざっと三年くらいじゃな。後ろの三つは鍛えても才能が無ければできない、鍛えなくとも生まれつきできる。そんな感じじゃ」

 「ヒフク?ってなんだ? さっきも言ってたけどさ」

 「被覆とは纏うことじゃ。エーテルを纏ったり、纏わせたりすることじゃ。ちなみにこれが一番大事じゃ。それと、いいか? エーテルは人体の中にもある。二種類あるんじゃ、内と外。自分の体にあるエーテルをコントロールするのか、あるいは周りにあるのをするのか」

 「なるほど。わかんねえ」

 「まぁ見ていろ。あれじゃ」


 廊下。爺が指差したところに客室から女のスタッフがオドオドして這いずって出てきた。腰が抜けている。なんか様子が変だな。何かうねうねした気配がする――女の後に緑色の不細工なやつが出てきた。あいつからだ。


 「ゴブリンじゃな」

 「見てる場合かよ」

 「慌てるな、雑魚じゃよ。あれは」爺は飾り壺を取るとフッと投げた。


 飾り壺は揺らめかず重力に作用せず、投げた後に速くなったように見えた。まるで行くべき場所へ引きつけられるように。あるいは爺とゴブリンの間に横向きの滝があってそこの上を流れるように。

 ゴブリンが壺に気づいて斧で撃ち落とそうとしたとき、壺は斧を砕き、ゴブリンの頭へ触れた――瞬間、ゴブリンの頭が破裂した――壺はそのまま床を転がってあっちにいる乗客のつま先に触れて止まった。


 「今のが外じゃ。外の圧縮。壺をエーテルで圧縮させることによって壺は岩石になる。圧縮とは物の強化なんじゃよ。まぁざっとこんなもんじゃ。ほれ、やってみろ。そこから二匹出てくるぞ」壺を渡してきた。

 「は?」


 言った通りあっちの人が群がっているところからゴブリンが二匹。わざわざこっちにやってきた。顔をしかめて服脱いで帽子ほっぽって。やる気満々って感じに。


 「どうやるんだよ」

 「習うより慣れろ? こうじゃよ!」そこにあった花瓶を投げた。そこそこ高級そうだ。

 「うわ。また頭から。むごいぜ」

 「ほれ、こっち来とるぞ。もう一匹。とりあえずやってみろ」

 「よし。おりゃ!」


 単にぶん投げただけ。命中して割れて、ゴブリンは倒れた。


 「なんかうまく行った、のか?」

 「倒れたな。流石じゃ、もうマスターしたのか!」

 「ああ。俺は天才」

 「ヨグモヤリガヤッテ!!」ゴブリンが起き上がってまた走ってきた。

 「勘違いじゃったようだ」

 「は?」

 「エーテルは見えないんじゃよ! あと十分に圧縮されていたら壺は割れん」

 「そうかよ! ややこしいボケするな!」


 俺はゴブリンを普通にぶん殴った。頭蓋骨の折れった感触と一緒に。ゴブリンを倒した。


 「ふむ。死んでおる。とんでもない馬鹿力じゃな。おや、まだおるな。ちょうどいい。今度は内の圧縮を見せよう」


 客室から屈んで出てきた。身長二メートル越えの角の生えたトカゲ面の魔物。肩幅だけで廊下が埋まっちまっている。ただものじゃねえ。豚野郎レベルの存在感だぜ。


 「狭めぇ!!」丸太のような腕をぶんぶん回して客室の壁を破壊した。廊下がずいぶんと広くなった。

 「スーパーゴブリンじゃな」

 「如何にも。お前らが手下をやったのか。老いぼれ相手に情けねえ」スパゴは自分の客室から大剣を取って握った。片手で持っている。馬鹿力だ。


 スパゴが平静に一歩一歩――そのたびに船が揺れる――爺へ近づいてくる。爺は右手だけを出して左手は後ろに組んだ。


 「なんだ? 老いぼれ。片手で十分ってか?」

 「まぁ小指一本でも倒せるがの」

 「抜かせ!」スパゴは大剣を爺へ叩きつけた。


 ただの大剣であってもあの巨体のパワーからの一発は人間の想像以上の破壊力がある。避けなきゃ即死。幸いスパゴの一振りはさほど速くねえ。

 なのに爺、全く動かねえ。微動だにしねえ。タヌキの置物にしたって震えて逃げるぜ――爺はひとつ研ぎ澄まされた呼吸をした。何が研ぎ澄まされたかなんてわかんねえ、そこにあるべき呼吸とさえ思える風の流れが爺という一点にあった。蟻より小さい点だ。

 その点が、大剣に比べてあまりにも弱弱しい爺の拳が――ふらっとスパゴの胴体へ伸びて触れた瞬間、胴体が水飛沫のように飛び散った。胴体が枯れたという感じだ。湖に小石ひとつ落としただけでそこにあった水が全部外へ出たような――まんまとスパゴは破壊された。瞬きもしない間にスパゴは倒れた。


 「うむ。今のが内の圧縮。そうだな、圧縮パンチじゃ! 辺りにあるエーテルを体へ吸い込み、身体の内側から拳へ圧縮。拳を強化。そこから繰り出される一撃の破壊力は見ての通り。魔物の腹に触ってみよ」

 「硬いぜ。鋼みてえだ」

 「魔物を倒す方法は二つ。魔物体内のエーテルの流れを壊すこと、光の疑似と言ってよい。これが外の風介術。内の風介術とはだいたい身体強化じゃ。魔物を破壊する。物理じゃ。一撃で倒してしまえば魔物の治癒など関係ないからの。まぁ内と外なら外のほうが強い。だから内はそこまで覚えなくてもいいぞい」

 「なら爺、さっきの壺が外の風介術か? 壺が硬くなっただけで魔物があんなやられ方するのかよ」

 「よく見ておるな。実はあれは単純な圧縮ではない。壺に記憶させたエーテルが魔物のエーテルを乱したのだ。実は風介術には内と外に加え、もう一つある。高度な技術が要求されるからお主にはまだ百年早いのう。ふぉっふぉっふぉ! さてと、まずは修行じゃな」

 「……結局やるのかよ」

 「老人は気まぐれ☆ 老害じゃないぞ。定番の修行があるからまずはそれからじゃ」


 爺はまたデッキへ出ていった。俺はついていった。

 正直、原理原則なんざどうでもいい気がするぜ。

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