11.圧縮
湯気揺らめく月夜の栄えるベランダ。
エレノアが足を伸ばしていた。
湯船の少女はエーテルの使い手ではないが、湯気が快適と鼻歌を運んでいた。
すなわち夜の海を眺めながら入浴中、
――おっと上から誰かが海に落ちた!
ドボン。バタバタ。
「だ、大丈夫ですか!」
エレノアはバスタオルを巻いて手すりから心配した。
「おお? ラッキースケベ?」上から覗く爺。
「ん? エレノア?」すでに同じ手摺。
「うわああああ!!」猛烈ビンタが炸裂。
「……アンラッキー」カルロス、ドボン。
――こんな感じで俺の頬は真っ赤。
エレノアが治癒してくれるわけじゃない。ただじとじと申し訳なさそうに見てくる同じ部屋。
それをわっひゃっひゃと笑う爺。中盤までには倒す。
「カルロス。塩臭いですね」
「誰のせいだと思ってんだ」
「私が叩く前に落ちてました。それでどうしたらあんな勢いよく落ちてくるのですか?」
「修行してたんだ。この爺さんと」
「あっ、私はエレノ……勇者です」ギリッ。
「儂はジョージ」
「名前がコロコロ変わるから爺でいいぜ」
「よろしくのう、お嬢ちゃん」
「勇者ですが。まぁいいでしょう。それより知っていますか」
「魔物か? ゴブリンなら倒しておいたぜ」
「それはいいですが、まだいるかもしれません。ああ。もどかしいです」
「なぜわかるんじゃ?」爺、勝手にケーキ食べてやがる。
「第六感です。勇者ですから。一匹、どこかに」
「残念。二匹じゃ。まだまだじゃな、お嬢ちゃん」ニタッ。
エレノアはむかむかした。
むかむかしてケーキとかをむしゃむしゃした。
爺がなぜか対抗したので、二人でデザートを食べまくった。
俺だけ置いてかれたので、なんか寂しくなって混ざろうとした、
――ピンポーンっと放送が鳴った。
「ポンポンピンポーン! 勇者様~勇者様~迷子のご案内です。あなたの大事な大事な人間様、船長です。至急、船長室までどうぞ。一人でどうぞ。でないとコイツを殺す。ちなみに逃げたら全員殺す。来い、勇者女ァ~!」
物騒な放送だぜ。クリーム付いた口を拭いた。
「よし。修行の成果を見せてやる!」
「ちょっとカルロス!」
「今のうちにケーキを独り占めじゃぁ!!」パクパク。
俺たちは急いで船長室へ。
スタッフがおどおどしちゃって通路でここですって。
すでにスタッフの数人が怪我をしている。どれも軽傷だ。
エレノアがそいつらを治癒しようとしたけれど、その前に魔物が船長室から出てきやがった。
――手には短刀。向けるは船長の首。
背丈は俺と同じ百八十五センチ。
トサカに尾ひれに二足歩行の魚面だ。
吊り目のでかい目にギザギザの歯。
魚の魔物だ。
「治癒なんざ必要ねえ。お前は今から死ぬんだからな!」
魚の魔物が短刀をスタッフに突き刺しにいく。
エレノアがそれを剣で攻撃して牽制。
「そうですね。あなたを倒した後で」
魚の魔物は一歩退いた。
短刀でチクチク、船長の首を突く。
「おっと! 忘れんなよ。こいつが死ぬぜ~?」
「ならどうしろと?」
「そうだなぁ~どうしようかなぁ~?」ぎょろぎょろ目を優雅に泳がせている。
なんか妙だ。
エレノアを倒しに来たならさっさと痛め付けちまえばいい。
ビビっているのか。
それもありそうだが、だったらなんで呼んだんだ。
そもそもこいつから覇気を感じられねえ。
元から戦う気なんてないって感じだ。
エレノアにビビってる。
「カルロス。この魔物にお嬢ちゃんを倒せると思うか?」
「無理だろそりゃ」
「ふむ。となるともう一匹じゃな」
「もう一匹?」
スタッフが走ってきた。
「船尾です! 魔物がもう一匹、あっちです!」
俺と爺はそのまま走ろうとしたところ、魚野郎がキメエ笑い声を出して、また船長をツンツンと。
「やっと気づいたのか。鈍いねえ。俺は足止め。本命はあっち。でもダメ。いかせない」
「こういうやつは無性に腹が立つな。人質とってイキがって。粋がいいのは寿司にされた後だけでいい。ゲロ不味そうだけどな」
俺はズカズカ近づいていく。
「おい。てめぇ、自分で言っただろ。人質だって。それ以上近づいたら殺すぜ」
「どっちをだ? 俺は勇者じゃねえ、一般市民だ。それでも人質だって? 相当の雑魚らしいな」
「なんだと?」
「プランクトンにだって近づくなって叫ぶんだろ? 単細胞」
「てめえええええ!! 舐めやがって! 刺身にしてやらあああああ!!」
魚野郎は船長を突き放して俺に掛かってきた。
――計画通り。
魚野郎は右手に持った短刀を、俺から見て左側から突き刺す勢い。
だからあいつの右手を弾いてこっちの右拳でぶん殴る、
――までもない。
遅い! このまま右で蹴り飛ばす!!
「どりゃぁ!」思ったよりも硬てぇ。でも芯に届いてない。
「くそぉあ!」
魚野郎は勢いそのまま。
窓をぶち破ってデッキに落ちた。
「エレノア、お前はもう一匹のほうへ行けよ」
「そうですね。命令されるのは心外ですけど」
エレノアが走っていく。俺はデッキへ飛び降りた。
誰もいねえから広く感じるし、風があたって寒い。
それはそうと、魚野郎が見当たらねえ。
――視界の端に何かが飛んできた。
凄まじいスピード! 避けられねえ。
だったら手で受けるしか――
デジャブ。
そうか。爺の氷球も魔物の不意打ちをどうするかっていうのを見ていたのか。
ってそんなことあのボケ爺が考えてるわけねえだろ。
直視。
――なんだ、これは針? 違う、水だ。
細く圧縮された水。水の矢だ。
受けても手ごと吹き飛んじまう。仕方ねえか。
――いや待てよ。
俺は掌の辺りにあったエーテルを圧縮、
「で・き・な・い!」
――しょうがねえ。手は捨てる! なんとか頭だけでも躱す!
「うわぁあああ! 手がぁあああ!」
吹き飛びはしなかったが、窓が出来ちまった。
「ヒエッ! ざまあみろ! お前なんか朝飯前なんだよ!」魚野郎は海でぷよぷよ泳いでいた。
「うるせえ! 朝飯はお前だ! 塩焼きにしてやる!」
「やれるもんならやってみな! 人間が!」
魚野郎は泳いでいたところから止まり、口を膨らませた。
俺のほうを見てやがる。
その口の向きも――口の先に溜まる水の球。
そいつがだんだんとスナイパーライフルの弾丸のように細く鋭くなって、
「喰らえ!」
解き放たれた。さっきより数段速い。
しかし方向が分かっていればなんてことない。簡単に躱せる。
水飛沫は空を切った。
「あの人間! 避けやがった!」
「いくら撃ってきても無駄だ。ほれ、こっちまで来やがれ!」
うねうねうねと近づいてきた。
よし、このまま挑発して船の上に登らせて叩きのめす。
「あれ? 来ない」
「馬鹿かオマエ、俺はマーメイドじゃねえ。マーマンだぞ! マーメイドでもお前みたいな人間のために陸になんて上がるもんか!」
「そうか。じゃあ、いいぜ。ずっとそこにいやがれ」
こいつを倒す必要はない。
海が広いからって地主面してもここは公道みたいなもん。船は通り過ぎるだけ。
エレノアに加勢するだけだぜ。
――と走ろうとしたとき、頬を膨らましている魚野郎に気付いた。
狙いは俺じゃない。
「船か!」
「そうさ!」
スナイパーライフルとは違う。魚の頬にいくつかの穴が開いていた。
そこに水の弾丸が。今度は散乱銃ってことか、
――乱れる水飛沫が船底に穴を開けた!
こいつもこいつで俺より船かよ。放っておいたら沈没だ。
「いいぜ、いいぜ、どっかに行け。どうせ海の藻屑になるんだからよ!」
「じゃあ倒すしかねえか」
「おうよ! 下りてこいや!」
「断るぜ」
「だったら沈めてやる!」
水中戦はアイツの土俵。
俺に残された手は一つだった。
デッキにあるバーまで走り、冷蔵庫をぶち壊して氷を取り出す。
真四角のそりゃまあ大きな氷。
このままじゃ使えねえから殴り砕き、氷の球。
「ピカッピカッだぜ!」
そのまま走って手すりの上へ……そよ風が染みる。
「なんだ。氷の球なんか持ってよ。酒でも入れてくれんのか?」
「ああ入れてやるよ。大海原にお前の骨と一緒に」
「――その前に撃ち殺してやる!」
魚野郎が龍の物真似か。
目を尖らせた。急速に頬を膨らませる。
互いに射程距離。決して外さない一射一撃。
だから俺が負ける、
――って魚野郎は考えてんだろ。
だって氷の球が例え頭へめり込もうが撃ち抜こうが、不死、すぐに回復できるから。
俺が人間だから。
「残念! 俺は一級風介術師だぜ!」
「不愉快術?」
投球――氷球はだんだんと熱を失っていく。
同時に俺の背中を何かが押した。
これがエーテル。エーテルを吸引し、体の中で
――”圧縮”――
素の筋力に加えエーテルによる強化。
すなわち脳筋×パワー。
つまり圧倒的暴力。
「ぶっ放す!!」
剛速球。
メジャーリーガー顔負けの一投。
「なんだ、速いっ!」
魚野郎はまだ充填していたまま。ぷくぷくしてやがる。
氷球は空気との摩擦で熱を帯び、水になっていく。
しかしそれが自然の原理――尖る氷の弾丸へ変貌する。
「口を漱いだだけだったな!」
驚く目が丸いまま。
エーテルで強化された氷弾が魚野郎の眉間に直撃。めり込み巻き上げた。
魚野郎が脳天から弾け飛ぶ。そうして飛び散った黒い血が魚のように海を跳ねるのだった。
魚野郎の肉体が海の上に佇み、もう動かない。
水に溶けて消えていった。
「これがエーテル?」
決して今までの地力じゃ勝てなかった敵を倒した。
俺は奇妙な感覚に襲われた。
達成感ともう一つ、エーテルの流れ、その感覚に近い。
俺の体を走り回っている。血を喰らうように血液が走っている。
「今なら圧縮だけじゃねえ。被覆とか放出とか全部できる気がする! ひょい! えーい! あれ?」
全くできねえ。圧縮も手だけ。爺みてえに他の物体にはできねえ。
エーテルを感じ取れるようになったからできないこともよくわかる。
成長ゆえの皮肉の歓迎。
爺がとことこやってきた。
「まぁそんなもんじゃ。一日で内の圧縮を覚えたなら大したもんじゃ。儂は三十分で覚えたけどな」
「いらねえ自慢」
「明日は外の圧縮じゃな」
「三秒で終わらせてやるよ――ってエレノアだ。アイツまだ戦ってんだろ。急げ急げ!」
――その頃エレノアは。
足元が浸水、びちゃびちゃになっていて気持ちが悪かった。
雨の日の靴の中のような感触。お風呂に入ったばかりだからなおさら。
その目の前にいるのは、
――エレノアより一回り小さい、百五十センチの樽男。樽の顔と体、樽から手足の出たタラコ唇の魔物。
この魔物は自分のことをこう呼ぶ。
「爆弾男! この船を爆破してやるぜ!」
よく見るとゆらゆらと頭から紐のようなものが出ている。
そして手にはマッチ棒。
自信満々にニヤニヤしている。
が、これはポーカーフェイス。内心焦り散らかしていた。
「勇者来るの早すぎだろ。まだ爆弾生んでねえんだけど。自爆しかねえぞ……」
「聞こえていますよ」
「げっ。漏れてた? いや、わざとだっていってんだろ! 俺はマジだ!」
「私も本気です」スタスタと近づく。
「来るな! 船が爆破するぜ。バンッ! じゃねえ、ドッカーン! とだ! いいか。船ごと全部消し飛ぶんだぜ!!」
「だったらなんですか。魔物と話すことなどありません。死んでください」
「この女。外道かよ――いいぜ! 本気だってところ見せてやる!! おりゃああああああああああ!!!」
樽男はなんとかマッチに火をつけ、それをたじたじになりながら震える手で頭の紐へ持っていった。
火を運ぶもの、樽男エーテルである!
――しかしびしゃっと水が頭から。
「あれ?」
打ち水がやってきたほうには手を伸ばしたエレノアの姿が。
「水の魔法。初歩の魔法です」
「な、なるほど?」
エレノアは瞬歩。光の刃で樽男を一刀両断。
「ふぅ……」
ひと仕事終わったのでエレノアは遠回りせず自分の部屋へ戻った。
またお風呂に入る為である。
湯船に入っているときにスタッフの治癒を忘れていたことに気づいた。
なお船尾でスタッフと一緒に船の修理をするカルロスのことは全く知らない。
~あとがき~
ちょっとだけ書き方を変えてみた。まだ実験中。
正直、変えても変えなくても同じ気がする。




