7.裸の豚野王
鮮やかな音色だった。風に味や色をつけてそれを貴婦人のごとく華麗に歩かせた。思わず心が奪われそうだ。けども二三人の貴婦人が、まるで看守のごとく俺を囲っている気もして心地が悪い。複雑な心情だぜ。平和な音色とは逆の混沌とした、荒波や渦みたいな気持ちだ。イライラする。
「お前、誰だ? 吟遊詩人なんかが何しに来た」
「何も?」
「馬鹿にしてるのかよ。だったら退けよ」
旋律走る。俺はまるで呼ばれたみたいに拳を振り上げていた。警告はした。だから殴り飛ばされても文句はねえはずだ。って思っていたのに、この野郎はひょいっと俺の拳を避けやがった。演奏しながら踊るように躱して。
だったら無視すればいい。べつに倒さなくたっていいんだからな。わかっている。俺は冷静だ――なのになぜ俺は殴ってんだ? 殴るのをやめられないんだ?
「踊れ踊れ。旋律があるから音がある。音があるから情がある。情があるから人は動く。さぁ踊れ踊れ」
「上等だぜ。ぶっ飛ばしてやる」
「そう来なくちゃね」
依然として俺の攻撃はあたらなかった。
どれだけ拳を振るおうが、走ろうが、何も変わらなかった。
弓で弾かれて音が鳴ってだんだんとくらくらしていた。
力を失い。魂が抜けて。そのまま意識を失った。
……
……
……「おぅ? こいつが青髪か。ぶはは! 手こずらせよって」
豚。きたねえ面がそこにあった。豚が偉そうに玉座に座ってやがる。
俺は衛兵に縛られていた。体に力が入らねえ。また捕まっちまったのか、俺は。
豚がワインを泥のように飲むと、それを俺に吐きかけた。
「いけすかない表情だねえ! おい。キサマ、ワタクシをもっと敬いたまえよ。ぶあっはは!」
「見れば見るほど豚みてえだ」
「ん? なんか言った?」
「ロウはどこだ!」
「ロウ? ああ、あのガキか。人質のつもりで捕まえたわけじゃなかったんだけどな。おい、吟遊詩人連れてこい」
「そう言うと思って連れてきました」
「カルロス!」
ロウは無事みたいだ。怪我はしてねえ。吟遊詩人が掴んでいる。まずアイツから倒さないとダメだな――吟遊詩人が目を細めてきた。俺がどうするか気づいたか? だったらなんだ、俺はやるぜ。
「領主。この男の身体能力と回復力は人間離れしています。さっさと懲罰房に入れた方がいいかと」衛兵が言った。
「なにを焦っているのかな。ワタクシがどうやって町を幸福にしてきたか忘れました? 知力だけではなかったはずですよ? おい、お前、離れろ」
俺を縛っていた衛兵が離れた。豚が玉座から立ってこっちにきた。拳をぼきぼきしながら。やる気だな。よし、だったらここがチャンスだ。作戦変更!
「ぶひひ。たかが猿一匹。身の程を弁えるがいい」
豚が大振り、拳を俺に叩きつけてくる――ここだ!
俺は筋肉で綱を引き千切った。そのまま豚のパンチを横に躱し、でかっぱらに蹴り。殺す勢い。
「この豚、死ねえ!」
勢いよく吹っ飛んだ。そりゃもう気持ちいいぐらいに。飛んだ――俺が。壁にめり込んだ。
ボヨヨンって。あいつの腹のあり得ねえ弾力、あの伸縮が俺を弾き飛ばした。強めに蹴った分の力がそのまま、いやそれ以上に俺に返ってきた。
かなり痛たい。せっかく回復したのが無くなった。
「はっはっは! 歯向かおうとするからだ。言っただろう。身の程を弁えろと。おい、兵士。あいつを牢獄に入れておけ。そのガキもだ。おいお前ら、あの勇者と名乗る詐欺女はまだ見つからんのか!」
衛兵は平然と俺を縛る。俺は衛兵に抗議した。こいつが人間なわけねえって! そしたら衛兵はデブなだけだ!ってしらばっくれやがった。洗脳されてんのか、こんなデブいるかよ!
衛兵は俺とロウを懲罰房に投げた。
「カルロス! 大丈夫?」
「ああ。怪我はしてねえ。ただ意識がちょっと朦朧とするだけだ」
「疲れてるんだよ。休みなよ」
「それもいいかもな。お前が安全だってわかったし」
「うん。僕は何もされてないよ」
「……? なんか変だな」
「なにがさ?」
「いや、気のせいだ。それよりまずはここから出てエレノアと合流しねえと」
「だから休みなよって!」
「周りは岩壁。俺の力でも流石に壊せねえな。となるとあの分厚い扉をどうにかするしかねえか」
――その頃。上の階、城の中にエレノアとロイスがいた。ロイスが友人の衛兵を説得し裏口から侵入した。
巡回する衛兵が一人、エレノアは後ろから剣でドカン……。
「治癒!」
「おい。勇者様、あっちからもくるぞ」
「ちょうど終わりました。次はあっちですね!」
エレノアは殴って治癒する戦法で敵を気絶させていった。これも正義を守る為に。
「何がそんなに尊いのかな」
吟遊詩人が梁から覗いていた。彼は急いで玉座に戻る。
玉座につくと、吟遊詩人はある話を領主に持ちかける。秘密の話だと言って、衛兵を外へ出した。
吟遊詩人は値打ちがありそうな衣を広げた。
「領主殿。私は世界を冒険中。あなたにぴったりの衣装を見つけました。これを見てください。見えるでしょう? これは賢者の纏う衣。賢者にしか本当の姿は見えません。領主様の活躍は海を越えてどこでも聞きましたから、これを手にしたときから領主様に渡すべきだと悟りました」
「う、うむ? どういうことだ」
領主、目をパチパチ。見える。滅茶苦茶見える。ふつうに在る。
「いいえ。勘違いしないでください。領主様ほどの賢者などどこにもいませんよ。だからこれを纏えばわざわざ擬態せずとも済みます。誰もが愚か者。人も魔物も真の姿などわかりませんから」
「これを着ると擬態しなくていいのだな?」
「はい」
「よし寄越せ! 人間の姿になるためにわざわざ力を消耗するなど馬鹿げているからな。着る! さぁ、寄越せ!」
「どうぞ」ニヤリ。
領主が衣着て、ちょうどそこに勇者がやってきた。どたばたやってきた。衛兵はちゃんと気絶していた。
エレノアは躊躇なく剣を領主へ向けた。
「見つけました! 領主、いえ、魔物ドボルザーグ! 私は勇者! 貴様の悪行を払いに来た!」
「勇者? ぶひ。勇者と言ったのか? そしてワタクシを魔物と? どこがだ。見てみろ、ワタクシは人だ。勇者、いや、詐欺師、いいや、反乱者!! 領主が命令する! 皆の者! この女をひっ捕らえ、処刑せよ!!」
領主の声を聞きつけて衛兵がぞろぞろと入ってきた。衛兵は剣、槍を持って勇者を囲んだ。それにロイスをひっ捕らえていた。
「ぐふふ。人質もか。流石ワタクシが教育した兵共……ん?」
ざわざわ。衛兵たちが玉座に座る姿を二度見三度見――天井に着くほどの体長四メートル。肥満を越えてはち切れんばかりの大きな腹。冒涜的な全身のイボ。豚の手足、その蹄。顔に至っては鼻が伸びるほどに豚鼻。それでいて尖る獰猛な目つきと牙――これはどう見ても。
ロイスが叫んだ!
「だから言っただろ! ドボルザーグは魔物だ!」
「なぬっ!」
衛兵の武器が一斉にドボルザーグに、豚獣の魔物に向いた。
向いた武器の反射、鏡映るところに豚人間は自分の姿を確認した。吟遊詩人は笑いを堪えながらその場を去った。ドボルザーグは賢者ではなかったようだ。
「くそ! ほら吹きめ!!」
「魔物だ! 皆の者、かかれ!」衛兵長が命令する。衛兵の血相が変わる。斬りかかった。
しかし飛び散った血は真っ赤だった。豚獣は太い腕と無敵の肉体で攻撃を弾き飛ばした。飛び掛かった衛兵は次々と返り討ちにされる。
「そうだ! ワレは魔物! だから何だというのか! 言っただろう! ワレは強い! 歯向かうもの全て殺してくれるわ!!」
肉体だけではない。肉厚な覇気が衛兵の足を止めた。戦意さえも弾き返されてしまった。
その前をエレノアが踏み込んだ。研ぎ澄まされ、シャンデリアの光を反射する眩き刀身。ロイスが今さっき研いだロングソードだ!
「来るか。勇者!」
「消し飛ばす!」
エレノアは光のごとく素早く斬りかかる。
ドゴーン!!! っと城がとんでもなく揺れた。
――爆発音が上のほうからいくつも。ドタバタと衛兵が走り回っている。豚野郎のきたねえ声もここまで響いてくるぜ。
混乱。この隙に脱出するのが一番。なんだが、この鉄の扉硬すぎるぜ。叩いても殴っても齧っても開きやしねえ。
「齧るは意味ないよ。うん? 誰か来るよ」
「ああ?」
足音が近づいてくる。無機質な音だ。足が木なんじゃねえかってくらい生き物って感じがしない――うわっ! 耳当ててた扉が開いた。転んだ。
「ん? なにをしている? 出なよ」妖しくニヤリとしている。
「吟遊詩人? お前、何のつもりだ!」
「教えてやってもいいよ。勇者が死んでもいいのなら」
「ッチ。やっぱりこの暴れよう、エレノアか。ロウ、ついて来い!」
「う、うん」
なんで俺を解放した。敵じゃねえのか?って心地の悪いものが胃の中にあるが、今は気にしない。吟遊詩人の横を通り過ぎた。
階段を登ると衛兵らがアホ面して俺を見てきた――これは敵に違いない! 俺はそいつらをぶん殴った。
「よし。積年の恨み発散!」
「おい、あいつはやっぱり詐欺師なんじゃ?」衛兵A。
「で、でも勇者様の仲間じゃ?」衛兵B。
「発散!!」容赦ない青髪。
ロウがやっと階段を登ってきて暴れまわる俺を見つけた。
「衛兵は多分、捕まえに来ないよ! それに玉座はこっち!」
「あ? そうなのかよ。じゃあ急ぐぜ!」
と言いつつ間違えちゃったとなおも衛兵を殴りながら。




