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6.変装人間

 写真の額縁の木材がビギンズ村の近くで取れる木と同じだ。匂いで分かる。このジジイで間違いない。

 エレノアがふとふとと目を覚ました。


 「おはようございます。ここはどこでしょうか」

 「コーヒーでも飲むかいお嬢さん」

 「誰ですか。この人。あれ、カルロス。私、カルロスに殴られたような」

 「気のせいだろ。それよりもジジイ! お前、ロウの親父だろ?」

 「ジジイ? まだピチピチの三十歳だ! 若造め! てかてめえ! 今ロウがどうしたって? まさかロウを攫ったのか! 貴様ら盗賊か! 許せん、ぶっ殺してやる!」

 「落ち着け落ち着け! 逆だ逆!」

 「逆? まさか暗殺者で俺を殺しに来たのか! 待て、それだけは止めてくれ!」


 なんだか起伏が激しいジジイだぜ。村の優等生のロウとは似ても似つかない。ほんとに父親なのか。顔もちっとも似てねえ。

 エレノアもロウの写真に気づいたようだ。


 「もしかしてあなたがロイスさんですか」

 「なぜ名前を知っている? 逆ナンか? すまねえが、俺にはたった一人の妻が――」

 「ロウが攫われた。敵はこの町の領主。テルナだ。しかもそいつは魔物だ。早く助けに行かねえとロウの身があぶねえ」

 「なんだと?」

 「聞こえなかったのかよ。ほんとに老人かてめえ」

 「領主って、ドボさん? ドボルザーグのことか? あの人が魔物? 嘘だろお前」

 「嘘じゃねえ!」

 「いいや、嘘だ! 魔物なわけがねえ! だったらどうしてこの町は平和なんだ!」


 ロイスはガラリとカーテンを開けた。眩しい正午。行き交う日常。鳴る音泣く音も人の営みの内側だった。さざ波が聞こえる。ここは港町だからだ。勢いある漢の声が聞こえる。この町に誇りがある。

 ロイスの言うとおり、この町は平和だ。


 「だったらなぜ俺たちは牢に入れられたんだ」

 「わかりませんね。とにかく疲れました。しばらくここで休みましょう」

 「そうだな」

 「おいおい! 勝手に人の家でゴロゴロするな」

 「いいだろ。俺たちはロウの友人だ。だから菓子とか出してみろよ」

 「生意気なガキだな。ぶっ飛ばしてやる。表出ろ――ん?」


 「おーい。ロイスさん。ドボさんがなんかやってるぜ」無精髭が窓を開けてきた。


 ロイスはそこにあった白い粉、鍛冶で使う滑り止めみたいなものなのか? を俺の頭にバンバン叩いて撒き散らした。一緒に来いと。エレノアは待っていろと。俺は鍛冶屋の陰った扉をひとまず閉じた。

 豚っ腹に豚の鼻、耳は人のもんだが、髪はねっとりしていて不快だ。あれはどう見ても豚だ。魔物じゃなくても豚だ。人間だとしても人間みてえな豚だ。あれは豚だ。そんなやつが品行方正装って話している。


 「最近、魔物の出没が相次いでいます。兵士は日々鍛錬を惜しまず、命懸けで戦っております。鍛冶師の皆様も町の皆様も同様でございます。ワタクシは敬意を表します。今のテルナの平穏は市民の努力の結晶なのです。されど犯罪も増えております。特に我々の努力、真面目、正義をあざ笑い奪う、詐欺が増えております。先日、勇者と名乗る女が来ました。魔物を狩りをするから金が欲しいと。しかし彼らは魔物を倒したと偽って、金を貰っていたのです。調べてみれば本物の勇者は白髪の身長二メートル近くの大男というではありませんか。ワタクシは兵士と協力し、詐欺師を追っています。捕まえました。しかし彼女らは衛兵を数人殺害し、今も逃亡中です。しかも今! 今ですよ!! 恐ろしい詐欺師は人命厭わずこの町に潜伏しているのです! いえ、落ち着いてください! 今もまだ逃亡中です。けれども落ち着いてください! こういうときこそ力を合わせましょう。ワタクシたち、テルナの市民は崇高な人間なのです。彼女らの特徴を言います――全部で二人。金髪の長い髪、身長は百六十センチの女だ。いかにも私は勇者ですと威張るが、ただのカスだ。武力はほとんどない。それと青髪の身長百八十五ほどの男だ。こいつもちょっと大きいだけのゴミだ」


 皆俺のこと見たけど、合っているのは身長だけだなって納得したらしい。白髪だもんなぁ、俺は。もしかしたら勇者かもしれねえからな。うん。助かった。


 「ちなみにこの男は性格が極悪だ。さらに超不細工で馬鹿だ。何の取柄も無いクズだ! もう一度言う。ちょっと大きいだけのゴミだ!」にたにた笑顔。


 なんだとてめえ! と行かない自分は賢いと自覚することで怒りを抑える。あとでぶっ殺す。生姜焼きにしてやる。


 「この二人は危険だ。しかしテルナ市民の敵ではない。見つけ次第、衛兵を! もしも城に持ってきたら礼もしよう。では皆さん。栄光なる日々の暇にお邪魔した」


 ドヤ顔豚野郎は去っていった。少なからず今の演説にときめく男がちらほら。

 豚野郎の信頼はあのリーダーシップにあるみたいだ。正義を全うする、方向を示す権威に。けれどもその全てが真逆だって、奴こそが魔物だって知らないのは皮肉だ。びっしりと豚野郎からは魔物の臭いがする。兵長と似た臭いだ。間違いない。例え鼻炎でもする。

 だのにロイスも知らない一人だ。鍛冶屋に戻った。


 「わかっただろ。カルロス。ドボさんは真面目な人さ。実績だってある。前の町長は酷かった。増税はしたがるわ、難破船の救助に自ら行って混乱させるわ。サクシフラガに喧嘩売るわ。ドボさんはそこから立て直してくれたし、港町だって活気が戻った。文句が無いな」

 「でも魔物だぜ。あいつは」

 「だから魔物なわけが無いって言ってんだ。むしろ英雄だ。俺たちにとっちゃ! 魔物の数は増えているが、守ってくれている。昔は――」

 「わかった。肝心な話をするぜ。わかってんだろ」

 「ああ。身長百八十五、青髪。お前だな、詐欺師は」

 「いいや、わかってないな。あいつがロウを誘拐してんだ」

 「嘘をつくな!!」


 ロイスは金槌を投げてきた。ボロ屋の壁に穴が開いた。そこから例のごとく浮浪者が「何の騒ぎですかぁ?」と聞いてきたから、俺とロイスは言い放った


 「うっせえ!」


 口喧嘩していると風呂上がりのエレノアが来た。


 「こんな状況なのに呑気だな」

 「慌てても仕方ありませんし、作戦実行まで時間がありますし」

 「作戦? 考えがあるのかよ」

 「ええ。私は勇者ですよ」

 「ほんとだかねぇ」ロイスだけでなく俺も。

 「ごほん。ロイスさん。事態は一刻を争います。決行は夕方です。あなたの協力が必要です」

 「断る。百歩譲ってあんたらが詐欺師じゃないと認めてもいい。そうだったら今頃、俺は縛られてるか殺されてる。けどな、息子の名前まで使って国家転覆? 信じられねえ」

 「まだ信じていないのですか。私は正真正銘勇者ですよ」

 「ほんとかよ」

 「わかりました。いいでしょう。ちょうど今から病院に行きます。どこですか」


 エレノアは頑固なところがあると思う。べつにロイスの手なんか借りなくてもあんな豚野郎倒せるだろ。俺がそうするし。だのにわざわざ公衆の面前に出て、追われてるんだぜ? 病院の患者のところに行くんだもんな。しかも元々病院に行くつもりだった。俺よりこの女のほうが馬鹿だろ。

 もう一度言うぜ。ロウよりもこの町の病人を優先する? 追われてるのに病院に行くとかバレたらどうなるわかんねえのか?――ってツッコミはこのボケ勇者には効かなかった。

 白髪の大男(俺)、ちんちくりんな丸メガネ医者エレノアに変装。すぐにバレた。そりゃそうだ。勇者にしか使えない光を輝かせちまえば。結局、看護婦や医者が詐欺師だと叫ぼうとしたので、俺が脅してどうにかした。 

 ん。詐欺と恐喝。あれ、なんか豚野郎の言った通りになってねえか?

 それよりも先にエレノアは病人を、重傷の人を特に、そんでもって簡単に、光の力で癒した。


 「ほんとうに勇者なのですか?」医者は驚嘆し畏怖し青ざめた。

 「あなたも病気なのですね?」高度な煽り。ではなく顔色が悪かったから。「むむ?」と治らないところに疑問を浮かべる天然勇者。


 さて同じく口開けたままのロイス。見事なまでのアホ面。


 「わかっただろ。本物だ」

 「じゃあ詐欺師ってのは?」 

 「豚の嘘に決まってんだろ。詐欺はあっちだ」

 「そんな馬鹿な。なんでだ?」

 「なこと知るか!」

 

 ドタバタ廊下が騒がしい。衛兵共が病院に入ってきていた。どいつもこいつも武器抜いて、物騒だぜ。


 「くそ。やっぱりそう平和にはいかねえよな。逃げるぞ――エレノア!」

 「まだ患者が残っています!」

 「なこと言ってる場合かよ! 捕まるだろ! またあそこに戻りてえのか?」

 「嫌ですけど。もう少しで……」 

 

 この部屋の入り口に三人、通路に二十人。窓の外にゴロっと十人くらい、さらに集まってきている。

 入り口にいるやつらは治療が終わるまで待っているが、その後は捕まえる気満々。もたもたしてたら逃げ切れない。


 「治療なんて豚野郎倒した後でいいだろ! てかよかっただろ!」

 「ダメです。私は勇者です。苦しんでいる人を放っておくわけにはいきません」

 「ああそうかい。だったらもういい!」

 「ちょっと、何をする気ですか!!」


 俺はベッドを患者とエレノアごと担いだ。そんでもって窓を蹴破った。驚いているロイスもついでにベッドの上に乗っけた。エレノアはやっと目が覚めたか。


 「ああっ! もういいです。わかりました!」

 「おーけぃ!!」

 「おっけーじゃにゃいですって!!」


 患者を下ろしてベッドを下にぶん投げた。うわっと衛兵は避けた。そこにエレノアとロイス担いだ俺が着地、びょんっと飛び跳ね屋根の上。実際、トランポリンみたいにベッドにバネはなかったが、ほとんど俺の脚力でカバーしたぜ。そんでもってこのまま逃亡!

 屋根を上ってきた正面も背後も殴って蹴って、待ち構えて弓を放ってくれば全て避け――るにはロイスにもエレノアにもぶつかっちまうから――ヤバい。どうしよう。


 「ああ、もう! どうにでもなれ!」


 両手の指の間四つで四本掛ける二本、まぁ八本取ってすぐに捨てて一本取って矢で矢を弾いて、とここまでうまく行ったが、囲まれた。

 そうだ!


 「大勢で弓矢ってのは卑怯じゃねえか? だったらこれくらい許せよな!」

 「許さん! 一斉射撃!!」


 ベリベリベリ。屋根を剥がし、浮かべた瓦を盾にする。正面は意気揚々。後ろはエレノアとロイスを蹴って下に落とす!


 「え? なにするんですかっ――うわぁっ!」ちょうどそこに商店街のテントがあるからまぁ、ジャッキーが余裕なんだから勇者ならなんの全く問題ない。エレノアがものすごく眉をひそめて見上げてくるけどさ。ピンピンしてんな。

 俺は屋根蹴って向こうの屋根へ。ここからは別行動。俺は俺で逃げる。エレノアは、、勇者なんだからなんとかなるだろ。


 「よし、一人になったから楽だな」

 「調子に乗るなよ。青髪詐欺師!」

 「俺が乗ってんのは瓦だぜ! ほぅれ!」秘儀、瓦投げ。


 ついでに秘儀、中の主婦にご挨拶。


 「修理は衛兵によろしく!」

 「おのれ!」

 「おっと!」避ける。


 あっちも避けるだけで落ちていくのが高所での戦い。衛兵は数こそあるが、なかなか攻撃しにくそうだ。


 「これなら余裕だ――」


 ――なんだ? とんでもない気配がこっちに来る。嘘かって惑うのも命取りな気配。でも嘘だろって思ってる。今まで味わったことのない圧力が陰湿な風が体中を叩きつけてくる。その癖、決して逃がさないって感じだ。豚じゃない。もっと意味わかんないやつだ。

 来る。


 「よいしょっと」


 ――屋根をゆらりとのぼってくる。正面だ。尖がり帽子、羽根? リュート? 吟遊詩人? 鼻の尖った青年がふわりとコートを香らせ着地した。たっぷりの余裕の形相。弓をリュートの弦に当てて俺を帽子の影から見上げてきた。


 「こんなところで一曲どうだい? 詐欺師さん」

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