5.このチビが!!
ぽちゃりぽちゃりとシャーシャーと海の洞窟とサメが徘徊する地下牢獄で俺はエレノアと二人、閉じこめられてしまった。あの馬車、町についても止まらないで全速力で城に突撃して、そのまま衛兵に連れて来られてこれだ。俺は暴れようとしたのだが、ロウを人質にされてこのザマだ。
隅の骸骨が動かないだけ良かった、いや、良くない。
「クソ! 変だと思ったんだ。馬車どこからやってきてんだって。北からだよ。そうだ。北、北に町なんかねえぞ! クソ! 変だと思ったんだ! 馬車どこからやってきて……おい。エレノア! どうするんだよ」
「とにかく黙ってください」
「黙って座ってろってか! じゃあエレノアはなんかするのかよ! しないだろ。俺はするぜ!」
「何をするのですか!」
「何って? 便所に行くんだよ!」
「トイレ? トイレならそこに」牢獄の端にぽっかりと開いた穴。腕が通るくらいの小さい穴だ。
「残念だな。俺の大はあの穴じゃ通らねえんだよ!」
「はぁ?」
「だからちゃんとしたトイレに行くぜ!」
鉄格子を掴んでドカーン!っと無垢な娘じゃなくその屈強な親父がカーテンを開けるように、俺は鉄格子をひん曲げた。あと格子の一本を剥がして武器の代わりにした。エレノアの分もいるか。
「ええ……凄い怪力」
「ロウを助けに行くぞ!」
「そうですね。急ぎましょう」
「おい! 今の音はなんだ! 脱獄だ!」
バレた。ぞろぞろと衛兵が集まって壁を為した。とんでもない数いるな。あそこを殴り抜けるのはちょいと厳しいな。でも後ろは崖。下には鮫がむらむらと。
「無駄な抵抗はよせ! 黙って牢に戻れ!」
「カルロス。だから言ったのに」
「よく村の野郎らが言ってることだぜ」
「あの村の人達はトイレ行くのに壁を壊したりするのですか?」
「そうじゃない。男に二言は無い」
「無いのは逃げ道ですよ!」
「あと鮫にビビってるやつは漁師じゃない――ってな!」
俺は崖に追い込まれたんじゃない。むしろ崖からダイブした。威勢よく見せつけていた背ビレを目当てに、気づいて開いてきたギザギザの口をへし折る勢いで鉄棒で鮫をぶん殴る!
ここで気絶させないことが重要だ。そのまま鉄棒を紐の代わりにして背中に乗っかる。
「よし! エレノア、真似しろ!」
「できるわけないっ!」
「じゃあこっちに飛び降りろ」
「無茶苦茶だ!」
エレノアがちゃぷんと着水。そのまま後ろに乗っけて鮫バイクが洞穴を駆け抜けていく。衛兵は無慈悲に矢を飛ばしてきたが、俺のドラテクには遠く及ばない。俺たちは近くの沖まで逃げた。
鮫はバテて気絶した。
「腹が減ってたからちょうどいい」
「これ食べるのですか」
「美味しくは無いだろうけどな」
「いえ、人の排便を食べていた可能性が――」
「やめだ」
さて最悪な状況だ。ロウは攫われたし、町は要塞のように衛兵が守りを固めている。腹は減ったし、勇者様は頼り無いし。とりあえず今はゴロゴロしたい気分だ。
「寝ていられるだなんて呑気ですね」
「呑気なもんか。現実逃避って言うんだよ」
「テルナの領主が魔物なのは間違いなさそうです。私を待ち構えていたのでしょう」
「だろうな。俺とロウだけなら馬車は門で止まってた」
「恐らく違いますけど。そうかもしれませんね」鼻につく女だぜ。
「魔物の要塞をどうやって攻略するんだ。勇者様~」
「魔物の要塞などはありません」
「何言ってるんだか。領主は魔物なんだろ」
「そうです。城の中枢に魔物の色が見えました。けれど町の住民のほとんどは、衛兵もですよ、人です」
この前からそうだが、勇者と話していると頭がこんがらがる。危機を前にしても何か区別をつけている。というか正論を求めている。この期に及んでも俺が間違ったことを言えば指摘してくる。細かいことをだ。レスバしてんじゃねえんだぞ。だけどそういう雰囲気になる。
「どっちでも同じだ。ロウを助ける。邪魔な衛兵も倒す。領主を倒す」
「違います」
「何がだ」
「衛兵は人間です。勇者が倒すことができるのは魔物だけです」
「だったら勇者は人間じゃないってことか? 人間は人間を倒せるぜ」
「違います。能力の話じゃなく、正義の話です」
「正義? 笑わせるなよ。ロウが攫われてんだ。邪魔なら誰でも殺すぞ」
「物騒ですね。人殺しは悪ですよ」
「悪? 善? どうでもいいぜそんなの。俺は勇者じゃねえ! 女! お前はロウを見捨てるって言うのかよ!」
「女じゃありません! 勇者です!」
「勇者じゃねえ。クソ女だ! 魔物倒す前に人を救ったらどうだ!」
「そのために人を殺せと? それじゃ本末転倒ですよ!」
「もういいぜ! 一人で行く!」
俺は平原を走った。
村のやつらはあいつを英雄視していたし、俺も昨日のことでちょっとだけ信頼したけれど間違いだった。婆以上に腰が重いぜ。ロウより自分のことが大事なやつのどこが正義なんだ。ああ、なんかイライラして止まないな。
門には衛兵が待ち構えていた。辺りは平地だから近づけばすぐに見つかるし、矢も飛んできそうだ。となると正面から突破するのは不可能――
「と、ふつうなら考えるが? ここで自社製品の”草原になれ~る!” これを被ることで敵から身を隠し、近づけるのだ!」
と説明は十分。馬の皮に葉っぱ擦りつけたものを被ってじりじりと近づいていく。衛兵共はキリンのごとくよく首を回しているけど、俺の巧みな擬態には気づかない。そのまま壁までやってきた。
「さて、ここからどうするかだ」
「どうするのですか?」
「決まってんだろ。よじ登るんだ――え?」
エレノアが目を丸くしていた。
「おい、なぜいる?」
「ロウ君を助けるため。魔物を倒すため。それからあなたが人殺しをしないか監視するため」
「ああそうか。じゃあ置いてくぜ」
「ちょっと!」
びょんっと垂直跳び四メートル。クルっと回って壁の上にこんにちわ。それから梅干しみてえな顔してる衛兵にもこんにちわ――さようなら! 応援呼ばれる前にぶん殴って気絶させた。そいつを草原なれ~る!で巻き巻きして壁の外へ落とす。勇者がキャッチして驚いた。
「まさか殺したんじゃ!」
「やってねえよ。ほら、今のうちに跳んで来いよ」
「跳ぶ? できるわけないじゃないですか」
「逆上がりだって自転車だって練習すれば乗れるだろ?」
「何のこと言っているかわからないですけど気持ちじゃなくて能力の問題です。ロープなどありませんか?」
「ないな。じゃあそいつとそこで待ってろよ。俺は行くぜ」
「待ってください! 置いていったら叫びますよ!」
「お前馬鹿なのか! 捕まるだろ、どっちも!」
「あなた一人が暴れまわるよりはマシです。もう一度牢獄に入った方が」
「ったく。仕方ないな。手を貸すから跳べ」
「届きません」
「わかった。もうちょっとだけぶら下がる」
「届きませんっ!」
「このチビが!」
「勇者なんですけど! なんて口聞く!」
「勇者なのに跳べねえのかよ。そんなんで魔王とか倒せんのかよ!」
「倒せますけど! 馬鹿みたいなジャンプ力なんて馬鹿の武器だし!」
「言ったな! だったら置いてく!」
「じゃあ叫びますからね!」
「わかった。俺の負けだ」
結局エレノアを担いで壁を跳び越えた。この女を連れて行って戦力になるのかを疑うぜ。いいや、すでに邪魔でしかない。こいつもここで気絶させておくべきか。じゃないとロウを助けられねえ。
ちょうど水道の溝がそこにある。こいつをそこに隠しておけば衛兵にも見つからねえだろ。よし。
「なにをじっと見ているのですか」
「さぁ、なんだろうな!」俺はそこにあった箒を持つとじりじりとエレノアに近づく。
「本気ですか?」
「ロウの為だ!」
「己惚れてますね。返り討ちにしてやる!――あ」エレノアは剣を抜い――ない。
「城で取られただろ! 勝った!」
ちょっと女を箒で殴って気絶させるだけ。と思って叩きつけてみれば、エレノアは瞬時に光を両手に溜め込み、俺に解き放った。俺はものすごい勢いで飛ばされた。ボロ屋三軒ほど壁をぶち破った。
「な、何の騒ぎですかぁ?」中にいた老人が顔を窄めた。
「うっせえ! 女! 俺を殺す気だったろ! 人殺ししねえって言った癖に!」
「そ、そんなつもりはなかったのですか……つい力が入り過ぎてしまいました。安心してください。次はちゃんと気絶させてあげますよ」
「いいぜ! こっちだって手加減しねえ!!」
「何の騒ぎですかぁ?」窄め。
「だからうっせえ!!」
家にあった鍬を取って構えた。エレノアは斧を持った。俺は男女平等。きっちりと鍬を振り下ろすぜ! エレノアはよく避けて反撃してくるが――斧の一撃が俺の腿に命中した。
「どうだ! ちょっとは懲りましたか?」
「なにがだ? 痛くも痒くもねえな!」
俺はエレノアのそれはそれはか弱い顔面に拳を――やろうといたら思いのほか泣きそうな顔をしたから腹に一発! エレノアは気絶した。
「よし。あとはドブに捨てるだけだな」
「おい。てめぇ、なにしてやがる」
「え?」金槌が飛んできた。そいつが頭をバチン。バタン。俺は倒れた。
「やれやれ。酔っ払いと売女の喧嘩か?」
顎髭黒綿飴のいかついジジイが俺を見下げていた。エプロンにもう片手には刀剣。鍛冶師だ。
「――って、なにしやがる! ジジイ!」
「なにっ、すぐ起きただと!」
「あの世に送ってやるぜ!」
俺は老若男女平等。次世代のリベラリスト。老体でも構わずぶっ飛ばす。と頭に血がのぼっていたところにバタバタと足音が。
「衛兵だな。逃げるか」と言ったのは俺じゃない。ジジイだった。
「いいぜ。許してやる」と言ったのは安心しろ、俺だ。
「よし」ジジイはエレノアを担いだ。
「おい」
「なんだ。邪魔をするなら金槌で殴るが」
「エレノアを返せ」
「なに。浮気も許せんのか」
「誘拐だろ」
「いたぞ! 青髪だ!」衛兵が来ちまった。
「ああもういい。さっさと逃げるぞ!」
「そうだな」
俺は得体のしれないジジイと一緒に逃げた。ジジイはこういうのに手慣れている様子だった。ようやっと腰を下ろせたのはジジイの家、というか鍛冶場。そこには――ロウの写真が飾られていた。




