48.決意と哀しみ
あれから二日経った。俺は変わりなく白衣を脱ぎ捨てセラフィナの研究室でゴロゴロしている。
衛兵が学内をうろちょろしていたり、生徒共の俺への視線がキラキラしていてキモいし、休める場所がここしかねえ。まぁセラフィナもセラフィナで変な目で見てくるが。
「超人って漫画だけじゃないんだね?」つんつん。
「触るな!」
「うおっ。もしかして恥ずかしがってる?」
「怖えんだよ! てか俺は良いだろ。エレノアの研究はいいのかよ」
「ああそれね。キノコ君がしばらく休むみたいだし、一人じゃね。私もなんだかんだ暇なんだよ」ぶさっ。
「髪を抜くな!」
セラフィナがコーヒーを入れてくれた。俺は砂糖を入れた。袋一つ分。大匙一。
今は午後四時。今日は授業もないみたいだ。昨日が試験だったし、それで休み。まぁ事件だからかもしれない。どうでもいいか。もう俺は先生じゃねえし。
「ふわぁ~なんかこう。暇だな。エレノアもいねえし」
「もってことはキノコ君も入ってる? 意外と寂しがり屋なのかな?」
「違う。アレンだ。あーいや、まーそうだ! キノコは風邪か? 馬鹿は風邪引かねえんだろ?」暇だから聞いた。
「風邪。って本人は言っていたけど」
「アレンも風邪だったよな。流行ってんのか?」
「そうだね――」
セラフィナはいつも通りに話そうとした。そうもいかない。唇が震えていた。
俺は魔法も呪文も使えない。なのに俺の今の言葉は氷の棘みたいだ。セラフィナが寂しく凍えているのはそのせいだ。
「……アレンも死んだよ」
なんかコーヒーが苦くなってきた。もっと砂糖入れておくか。くそ。暇だからって聞くんじゃなかった。セラフィナがすげえ辛そうだ。
話題を変えよう。じゃねえと場所を変えなきゃいけねえ。それはそれで面倒だ。
「そういえば生徒にアンケート取ったんだけどよ。町の美人にセラフィナが入ってたぜ。意外とモテるんだな――」
「実はフライに誘拐されていた人にはもう一つ特徴があったんだ。咳さ。アレンも咳していたんだ。だからわからなかった。そういえば最近、凄く集中していたし。ずっとだよ。寝ずに。だから身体を壊したのかと思ったけど。違ってたみたい」
話によるとフライは誘拐した人間を実験台にしていたみたいだ。例外なく。あそこにいたときはそうは思わなかった。魔物ってのはこうも畜生なのかよ。こう悲しむセラフィナを見てると実感させられる。
人間に死ぬのに理由なんて無いって思って俺は生きてきた。でも魔物の犠牲になった人にとっては違うのかもしれない。
「フライは何をしようとしてたんだろうな。魔物ってのはよくわかんねえ。あっちじゃ兵長に化けていたり、こっちじゃ副村長に化けてもいた。と思ったら普通に殺人鬼だったりもする。よくわかんねえ」
「……キノコ君が昨日、渡してきたんだ」
セラフィナはあっちの机に置いていた資料と手紙を俺に渡した。
資料には見たことのない言語で色々書かれていた。絵や写真はない。
手紙が二枚。同じ言語だ。読めない。形式からして上に宛先、下にフライの名前が書いてあるみたいだ。
「この言語は古代バルガ語だ。未解読言語さ。ただ一部、名詞はわかっている。上にある宛先は魔の主って意味さ」
「魔王か?」
「ああ。君の今までの冒険の話からも人に化ける魔物には何か目的があるかもしれない。カー村の副村長だったよね。あれも麦の収穫量を減少させていたみたいだし。予想だけど、フライの場合は人間の最先端の学問を魔王に知らせていたんじゃないか」
「そうか? 魔物がそんな回りくどいことする必要あんのかよ。普通に戦えばいいだろ?」
「……ああそうだね。あくまで私の見解さ。キノコ君やアレンならもっと良い推理をしてくれるかもね」
あー。気まずい。嘘までついたのに聞きやしねえ。実はアンケートに入ってたのはアレンなんだぜ。って本当のこと言っても話題が続きそうだ。嫌だ。どうする。
俺はこういうのが苦手なんだ。考えろ。あ、そうだ。
「お、俺が代わりに助手になってやろうか?」
「……え? なにそれ、笑える」笑ってない。
「冗談だ」
「冗談? カルロスが私の助手? あははは。笑える。後で笑おう」
「今、笑えよ。あー用事思い出した。ちょっと行かねえと」
もう逃げよう。耐えられね。
「そうか。悪いね」
「ほんと悪いぜ。そういう話をするならコーヒーじゃなくて酒を出せよ」
「ん? アルコールって勇者様の光でも分解できるのかな?」
なんかまぁ大丈夫そうだ。
俺は外へ出た。
ふらふらしてみりゃ、相変わらず生徒共が俺を見てくるぜ。あれ、勇者様の従者だって。やだ、イケメーンって。
「え。あんなのが従者かよ」女子ヒソヒソ。
「勇者趣味悪」男子笑い。
「おい、今なんて言った!」
「わーにげろー! にげろー!」
だから外出たくないんだ。もう慣れても来たけど。
暇に紐付けて散歩。適当にグラウンドにやってきた。
生徒共が球蹴って遊んでやがる。昨日のせいで球が火球か骸骨にしか見えねえ。俺も病んでんな。
「見つけた♡」
「そうそう。こういう感じの話し方――ってお前、生きてやがったか!」
俺は振り返りざま、拳を思いきりぶち込んだ。
ギシギシ。しかし俺の拳が手で止められた。なんてごつい手だ。
それに人間離れした筋肉。マッチョ。顔面の気持ち悪さ。まじで目がキラキラしている――ロック。
「良い! この力! 私しか受け止められない♡」
「あ。ああ。離してくれねえか」
「話すわ。私、カルロス先生のことがぁ好きになっちゃったかも♡」
「違う。勘違いだ」
「なわけないわ! 聞いたわよ。魔物を幾度もなく倒してきたんでしょ? あーかっこいい! 勇者様の従者だって。やだ、イケメーン!!」
「お前が言うな」
「照れなさんな♡」
「引いてんだよ」
「あなたの逸話を耳にしたの。新聞に書いてあったわ。学院の事件も解決したって。どんな風に戦ったのかしらって想像しているうちにドキドキしちゃって。もしかして恋? でも私にはキノコさんが」るんるん。
「おい。これいつまで続くんだ?」
「強くて。カッコいい。肉体的にも心も。あの邪悪を払う勇敢さ! 私の中の二人が同じ男に恋をした~♪」
勘弁してほしいぜ。とにかく俺は蛸のように張り付く青シャツの手から拳を引き剥がして、、走った。逃げた。
青シャツが「待って~♡」って追いかけてくるが、走り方が陸上選手過ぎて怖え。俺は校舎の角を曲って一気に屋上まで飛んだ。下に俺を探している青シャツがいるが、上さえ見そうだから下を覗くのを止めよう。しばらくここでじっとしてるか。
ありきたりな不良のように塔屋の上で居眠りを始めたころ、マリーとドレイクが屋上へ上がってきた。
「あー授業がないって結構暇だねー。部活動やってみようかなー。テニス、サッカー、レスリング。うーん。やっぱし、興味ないなー」
「ねぇ。ドレイクも聞いたでしょ?」
「ん。声色からして真面目な話? そういうのはちょっと。最近ちょっと重たいし」
「失踪者が皆、死んだ。犯人は魔物だって。しかもその中にはメアリーとエリスもいたって」
夕焼けがマリーの影を伸ばすところにドレイクも飲みこまれた。ふざけていたものが落ち着いてしまった。
「衛兵が話していたね。魔物はフロウド先生の研究棟に現れて、フロウド先生も犠牲になったって。そこに勇者様とその従者がやってきて魔物を倒したんだって。まさか学内に魔物がいただなんてねー」
「そうよ。学院に魔物がいた。今だってどこかで隠れているかもしれない。魔物は学生を襲っていたし、今も狙っているかもしれない」
マリーが手すりを握り潰さん限り掴み、グラウンドで遊ぶ学生たちを睨みつけていた。まるで復讐者のように声を強張らせていたから、ドレイクはやや怖がっていた。
そよ風がマリーの髪を靡くと、彼女の高貴な表情がはだけ、それでドレイクは変わらず笑えた。
「で? なんか面白いことするの?」
「しないわよ」
「しないの? 復讐とか? 先生についていって魔王倒しちゃうとか?」
「しないわよ……私は私にできることをするだけよ。魔物は未来に不安を抱える子を狙っていた。私はそういう子が明るくなれるようにするだけ」
「よっ! マリー姫~! 皆のアイドル~!」
「あんまりふざけているとここから突き落すわよ」
「わー助けてー! 先生~なんちゃって?」
ぞろっ。
青髪がそこへ駆け降りた。
「魔物じゃねえが。助けが聞こえたからやってきたぜ。なんともないようだが? ってお前らかよ」
「あ。あ。な、なんで。こ、ここ、ここに!」
「あ?」
マリーがまるで神でも拝むような表情で、明らかにときめいた感じで俺を見つめている。
その後ろでドレイクがにやにや笑いながら、すらっと、物陰に隠れた。
「ち、違う! ええ、き、聞いたわ。カルロス様、じゃなくて! カルロス、あ、あなた? いやでもこれはそういう意味じゃなくて!」
「なんだよ。用があるならさっさとしろ」
「きゃー! 勇者様の従者だって。やだ、イケメーン!」
なんか違うんだよな。ガキだし。
もっと大人の、髪の長い、巨乳のお姉さんに言われたい。
ん? マリーが仏像みたいに顔を顰めている。
「ガキって?」
「あれ、口から漏れてた」
「私は絶賛十六歳よ! 法的には結婚だってできます!」
「あー。そうなのかよ」
「って! これじゃ告白したみたいじゃん! そ、そんなんじゃ! な、ないけど? ないけど?」チラチラ。
めんどくさくて意味わからねえ。これだからガキは。
お前らはこんなガキが可愛いとかほざくけど、よく考えろ。子供なんてアホだろ。
それにツンデレって言葉は邪教だぜ。思い出せ。コイツと初めて出会ったときとか。それに姫とかめんどくせえだろ。
「すまねえ。俺は忙しいんだ」
「従者だものね!」キラッキラッ。
「あ、ああ。これから修行をしなきゃいけなくてだな」
「衛兵ネットワークで聞きました! 風介術を使うんだよね! 前時代的だけど、理に適っているわ! 私もこれから習おうかなって思ってるの」キラッキラッ。
風介術が理に適っている?
そしてこの真摯な眼差し。嘘じゃねえ。もしかしてマリー。優等生では?
「やっと風介術がわかるやつが現れたか」
「ええ。古い時代にあったっていう詐欺だって話だったけど、カルロス様、そうじゃないのよね?」
「ああ。そうだ。見てろ。これをこう!」エーテルを込めた素振り。竜巻が起った。
「す、すごーい! い、今のはなんという技なの??」
「エーテルパンチ」ドヤッ。
「だ、ださ――いや、でもかっこいいかも! うん。かっこいい!」
「だろ? おらおら!」エーテルパンチ炸裂。
「どうやるの! 私にもできるのかしら?」
「風介術を使いこなすには修行が必要なんだぜ。まぁ俺は二日でマスターしたが」チッチッ。
「流石、カルロス様だわ!」
「そうだろ。教えてやるよ!」
といった感じでカルロスとマリーがイチャイチャ?
しているのを見ていたドレイクはなんか違うなって難しい表情。
そこでドレイク、何か思いついたみたいだ。魔法で衣装を作り、黒い帽子とドレスを着て、どこぞの夜の女王のように歌いながらやってきた。
「――やっぱり声出ない!」
「なによ! ドレイク。せっかく二人きりだったのに!」
「ふふ。私は夜の女王。マリー姫を誘拐しに来たんだ! おらぁ~よいではないか~!」絡み。
「な、何するのよ!」
「私のカルロス、助けて~って、ほら」ボソッ。
「あ!――私のカルロス助けて~! って私の!?」
「なんだ? 演劇の練習か?」
「ほら。このままじゃやられちゃう(性的な意味で)って」ボソボソッ。
「やられちゃう~?」チラチラッ。
なんだかよくわかんねえな。
ありもしない右手首の時計を見つめ、わざとらしく叫ぶ。
「あ! そろそろ美女とディナーの約束があったな。帰るぜ」
「あっ。ちょっと!」
「ちぇ!」
逃げる。
そろそろ青シャツもいなくなったろうし、階段を降りて研究室で寝るか
――なんだいきなり視界が真っ青になった。
「み・つ・け・た♡」
「み・つ・かっ・た?」
「きゃー! カルロス様! 抱いてー!」
「うわああああああああああああああくるんじゃねえええええええええええ!」
真夜中まで続いた。
◇
真夜中。
エレノアは暗い部屋。
寮の自室で一人、冷たい枕に涙を垂らしていた。
胸を強く、学生服が破けんばかりに強く、掴んで喚いていた。
「今回もダメだった。なんで私は。いつもそこにいるのに」
エレノアの脳裏にはアスチルベでの一件。魔物に殺された下町の人々、衛兵、その惨状が蘇っていた。
勇者が、自分が町にいる。なのにそれでも魔物を防げず、殺されている。その事実がエレノアを叩きのめしていた。
「私がちゃんとしていればメアリーは!――間に合っていても何もできなかった」
目の前でメアリーは殺された。エレノアは思い出して気付かされた。このソナリカの一件はただ見逃していただけではない。完全に自分が未熟だったのだと。
「私はここの生徒じゃない勇者。わかっていたのに……もう、忘れよう」
自分への呆れ、後悔。どれほど憎んでももう戻らない命。
エレノアは眠る。忘れようと眠る。次へ切り替えようと眠る。
けれどどうしても瞼の裏には昨日までのことが焼きついていた。その惨状、悲劇が。
そういう夢を見ても現実と同じ。
エレノアは怖がりながらも受け入れるべきものだ。
そう念じて瞼を強く閉じた。
黒い血の光景をもうけして目に入れまいと。




