44.vsキモ
三つの巨大な目、何かを掘り抉るような鼻、分厚い艶やかな唇、尖った耳。
ローブを完全に脱ぐと丸く膨らんだ胸、その先から垂れるいくらかの毛、あまりに細いウエストにミニスカート、下腹部から膝まで何かを摩るような太いものがぶら下がっている。図太い足にサイハイブーツ。筋肉のしっかりついた太い腕が左右二本。骨のように細い腕が左に二本、右に一本。カニの足のように細く尖った腕が右に一本。
蛇のような杖を太い腕に持っている。
名はフライ。擽るように動く左右の腕が人を嘲笑う魔物。
「さぁ。エレノアさん。私と一緒に来なさい」
「……」
「ごほっ。エレノアさん。あなたも私みたいになるんでしょ? フライさんに沢山、弄ってもらわないと」エリスがエレノアを触る。
「私は……」
べっとりとエリスについたメアリーの血が付く。まだ温かい。だけど横たわるメアリーはもう真っ白になっている。
エレノアは気持ちの整理がつかない。自分の友達が死んだ。自分が見ている間に死んだ。同じ女の子が殺した。また誰かを死なせてしまった。現実を直視できない。
「怖がらなくていいの」
フライの細い手がエレノアへ伸びる。まるでそれは何かの催眠術かのよう。
エレノアは朦朧としていく。悲惨な現実から逃げるようと。
ヒールと少女の足音が鳴る。
台座まで行く。エリスがエレノアの服を脱がせていく。エレノアは眠たそうにしている。
甘い香りがエレノアの肌を摩る。
芳しいフライの手がエレノアを掴んで、レオンの隣りへ運ぶ。
「私たちは誰だって特別。特別な存在になるの。唯一無二になるの」
優しい魔物。エリスのように少年少女の胸の奥をすっきりとさせてしまう。
エレノアの素体が台座へ横たわった。フライが呪文を唱えながら少女の素肌を撫でる。
まるで眠るように。まるでどこかへ行ってしまうように。
ただ気持ちいい。
ただそれだけで。
……?
「フライさん。どうしました?」エリスが恍ける。
「何か来る。なんだ? 速い。あまりに速すぎる。これは」
風を切る音。屋根を一度蹴った。また風を切った。
それがだんだんと凄まじい間隔に。
風を切った。ずっとそうだ。宙にいる。空を走っているとさえ。
「ヤバい。何かとんでもない者が来る。ここから去――」
ズドーン。飛び散る瓦礫がフライの口を塞いだ。壁に大きな穴が開いたのだ。
月光と煌めく夜空。
――白衣を着た青い髪の大男が立ち上がっていた。
「カルロス……?」
「魔物か。そこにいるのはえっと。名前忘れたが、うちの生徒じゃねえか。で、そっちで寝ているのが――って待て。なんであいつら裸なんだ? え。怖!」
「先生。何の用ですか。例え先生でも!」エリスは短刀を構えた。
カルロスは短刀を睨みつけた。
「俺は人殺しの趣味はねえ。ただ相手によっちゃ、手加減できねえかもな」
「言ってろ!――ごほっごほっ!」咳き込んで立てなくなった。
「ん? 興覚めだぜ」
▼さて。ここからは俺のターン。
エレノアのみっともねえ格好。
魔物相手にハニートラップでもしようとしたのか?
なんかぼんやりしてるから、魔物は俺が倒しちまってもいいよな。
「にしてもキモい見た目だな。すぐ殺してやるよ」
「ここはなんとしても逃げるべきですねぇ!」
このキモいやつ! 煙の出ているカンテラみたいのを俺へ投げつけてきた。
なんか煙が怖いから躱したが、その間にキモは杖を回した。
青い光の粒がキモの姿をぼやかしていく。何かの魔法か?
でもなにチンタラやってんだ。このキモ。
「遅せぇ!」飛び蹴りをかます。
「速い!」
キモは杖で身を守ろうとしたものの、俺のエーテル圧縮蹴りの威力を知らないようだ。
キモの体勢が崩れた。
「からの! このライトニングスォードだぜ!!」
その開いた腹に大剣。雷エンチャントされたばかりのものをぶち込む! エーテルもちゃんと被覆させてよ!!
刃から解き放たれる雷の筋。それをエーテルが囲うと、刃は紫に輝いた。色は違えどそれはまるでエレノアの光のようだった。
「この輝きは!?」
体勢に加え光る大剣に驚けば、避けられるはずもない。キモは勢いよく吹っ飛んだ。
弾丸よりも速く壁を破った。
「久々の大剣はっと? おー三枚か。石の街だからか思ったよりいかなかったな」
「ぐっぬぅ……」
キモが瓦礫から起き上がる。
手をあてる腹には痛々しい傷が出来ていた。
「なんだこの威力は。それに痺れる。人間の力じゃない。それにあの大剣、そうか! 雷の――」
「呑気に独り言か? 逃がさねえぞ!」スタスタ。
砂煙漂う廃屋を跨ぎ、裏路地を走るキモを追う。足はくそ遅い。この前のなんだっけ? エンヴィか。あいつより段違いに遅い。
簡単に追いついた。
「射程距離だぜ」
「同じく!」
前にいたはずのキモが煙になっていなくなった。で、声が上から聞こえた。
から上を向いてみるとまさかまさかの、屋根の上に。
「チンチロリンパララン~??」
唱えながら見覚えのある大火球を六本の手で込めている。しかもすでにキラキラしちゃって、いつもでも爆撃できる感じ~?
避けるには狭いし、時間がねえ。
「身を守るしかねえな」
「なら私の勝ちね!!」
何を言っているのかわかんねえな。
キモは自信満々に大火球を俺へ放ってきた。とんでもない勢いで大火球がやってくる。
太陽みたいで眩しいぜ。
俺はエーテルの被覆で身体をぎっちりと固めた。
こんなのへっちゃら!
ドカーン!っと大火球は案の定、エーテルの膜で爆裂!
俺は無傷、
――では済まないかも。
――爆裂した球体の中にあったのは無数の短刀だった。鋭利なそれらが勢いよく飛んできた!
エーテルの被覆は今の爆撃ですでに解けている。
しかも反動で腕も上がって、胸部がら空き。
だからあれを正面から?
「やべえ!」
冷静な分析の通り。
短刀の雨が俺の体を簡単に喰い破っていく。胸に十三本かそこら、短刀で串刺し。
血が湯水のごとく巻き散って、息ができない。
「ぐはぁ!」
俺はぶっ倒れた。痛いし、傷だらけで動けねえ。
屋根の上からキモが俺を見下ろしてやがる。気に食わねえ!
「殺したつもりだが、まさか生きているとは。しぶといわねぇ。ここで始末しておくべきだわ」
キモは左手にうねる何かを出した。ミミズの塊みてえな感じだ。
そんなうねるのがだんだんと大きくなって、だんだんと圧縮されていく。
なんとなくわかる。ヤバいタイプの毒だ。
「カルロス。残念だねぇ!」
キモはミミズ爆弾を俺へ向けて放出した!
ミミズは飛び散りながらもうねりながら俺のほうへ飛んでくる!
で、俺は動けないわけ。
つまりピンチ!
「誰か助けてくれえ!」
「しょうがないなぁ!!」
でもそんな声届く訳無く――
「え? 今の誰?」
スライムみてえなものがどこからともなく飛んでくると、宙を走るミミズ爆弾を囲んだ。
するとスライムは氷結して地面に落ちて砕けた。氷と一緒にミミズ爆弾は砕け散った。
これをやったのは間違いない。
――路地裏から出てきた白衣の狂乱女! セラフィナだ!
「まさかソナリカにもこんな魔物が出るとはね。衛兵、君たちは廃屋にいる生徒の保護を」やってきた衛兵たちがあっちいった。
だんだんと痛みが引いてきた。立てるくらいには。
「あのキモめ。あいつは俺が」
「カルロス。急ぐな。まだまともに動けないだろう?」
「一対二。不利。やはりここは逃げるべきね」腹の傷を撫でるキモ。
「そうはさせない。ここは私に任せてよ。魔物、私から行くよ!」
セラフィナは杖をくるくる回すと詠唱を始めた。杖がだんだんと青く輝いていく。
キランキラン。結界みたいなものがちらほら浮かんで出てきて、杖の輝きと結びついていく。今まで見た魔法とはちょっと違うのか?
すると青は銀色に固まっていった。氷だ。青い光が集まって氷の塊になっていく。
近くに居るだけで凍えそうだ。当たったら凍死するんじゃねえか?
って驚いているのは俺だけか。キモは余裕そうに腕組みしてやがる。
「見たところ大した魔法ではない。私を倒せるほどの破壊力は無いわ」
キモは杖をスッと振ってセラフィナがやったことを瞬時に真似た。氷ではなく炎で。
セラフィナの氷球とキモの火球。
傍から見て、俺の意見としては、キモの火球のほうが強そうだ。キモの火球には生命の輝きがある。なんとなくだが。
「やってみなきゃわからないよ?」
「ほざいてろ人間」
「じゃあ。実証しちゃおう!」
セラフィナが氷球を解き放つと、少し遅れてキモが火球をぶっ放した! 発射速度もキモのほうが上、来る火球の轟音が威力を物語っている。
たしかにセラフィナの氷は熱を奪うだろうが、火球のあのスピードじゃ、奪う前に粉砕されそうだ。
おい。そうなると火球はセラフィナにぶつかるわけで、となるとその近くにいる俺も危なくねえか?
「よし。今のうちに逃げるか」
「ふふ。スピード、密度、魔力で負けていると思うだろ? それが狙いなのさ」
白銀の氷球と業火球が今、衝突する。
俺の読んだ通り、火球に氷球は砕かれ、火球がこっちに
――こない。光の刃が火球がせん断されている!
「ってなんで光の刃があるんだ? あんた勇者だったのか?」
「違う違う。これが私の研究成果。光のエンチャントだよ。氷の中に光を込めて置いたんだ」
よくみりゃ、セラフィナの杖に紋様がある。
光のエンチャント。そうか。そんなこと言ってたな。
光の刃はそのままキモのほうへ飛んでいく。キモは不意を突かれたみたいだ。守り手がねえ。
「勇者でないのに光を使うとは。しかし――」
キモは片手で光を弾いた。
「弱いわ!」
するとキモは六本の手から炎を生み出した。
それを一気に俺たちへ解き放った。
炎の嵐が俺たちを襲う。
「おい、どうするんだ?」
「任せてよ。これくらい!」
セラフィナが杖を回し、瞬時に結界を張って嵐を凌いだ。
これが魔法か。嘘みたいに何も無くなっちまった。
でもこれも魔法か?
視界が開けた時にはキモはいなかった。
「逃げられたね。慎重なやつだ」
「そうだな。気持ち悪いやつだ」
「そうかもね。とにかく勇者様の様子を見にいくよ」
「ああ。裸で寝てたし、心配だぜ」
「え。裸?」
この後、俺とセラフィナはエレノアとレオンを拾って学院に戻った。
エリスの姿はどこにもなかった。




