41.学院ロマンス
早朝、二段ベッドから落ちる。呆れたメアリーが落ちてきたエレノアをキャッチする。おかげで寝ぼけているので洗面台までメアリーに引っ張られる。歯磨きを口に突っ込まれる。ぴきーん!っと目が覚める。
着替えて支度して階段を降りて食堂へ。朝も朝で混むので早起きした甲斐がある。メアリーと一緒に静かな朝を満喫する。
人は疎らにだけいる。
「なんか肌寒い」
「気のせいですよ」
体操着に着替えグラウンドを走る。メアリーの日課に付き合う。エレノアは面倒くさがってだらだら走る。のでもうメアリーに三回抜かれた。今、また抜かれた。
9時頃。講義室へ。授業を受ける。エレノアは真面目に先生の話を聞いているが、ちっともわからないようだ。首を傾げている。その隣でメリメリとノートを取るメアリーだった。
それから昼までほとんど同様。エレノアが居眠りしようとするとメアリーが頬をペチペチして起こす。その回数が徐々に増える。
「はい。そこのエレノア。寝ない。罰としてプリント五枚やって出しなさい」
「げっ。なんで私だけ! 他の子だって寝てます!」
「先生に逆らったのでプリント八枚に増えました! やってきてくださいね!」
「そんなぁ……」
声の主は青髪だった。こっちは真面目に先生やってんだからサボってんじゃねえという恨みである。
食堂。メアリーダッシュ。流石メアリー、朝の日課もあって速い! 他の生徒たちを置き去りにして席を取った! エレノアはメアリーに甘えてとろとろ歩いていた。
午後の授業。ほぼ同じ。マリーがエレノアの悪口を言う量が増えるくらいである。
「エレノアって調子乗っているよね。いっつもダラダラしてる」
「それに自分よりも胸が大きいもんねぇ~」にやにや銀髪パーマ。
「そんな話してない!」
エレノアは依然として居眠り。メアリーがついに鉛筆を突き刺そうとしたが、内なる善なるメアリーがそれを止めたらしい。
五時。夕焼け。授業から解放され、清々しそうに講義棟から出てきた。他の生徒は部活動など。メアリーは図書室に行くと。エレノアは研究棟へ行く。
それから七時頃までセラフィナの研究室でカルロスとも一緒に適当に今日の出来事を話したり、セラフィナに身体を弄られたりして、時間を潰す。
その後は食堂でメアリーと夕食を食べて、寮へ戻り、風呂に入って、歯を磨いて、勉強するメアリーをよそにぐうたらする。
十時の消灯の時間になるとエレノアは寝る。メアリーはそれから数時間、勉強を続けている。
そしてまた。
朝。
昼。
夜。
ぐーすか。
朝。
昼。
夜。
ぐーすか。
朝。
昼。
夜。
ぐー……!?
「こんなんじゃダメじゃん!」
「なんですか。いきなり大声出して!」
「ごめん!」
「あ。わかりました! 勉強不足だとようやく自覚したのですね!」嬉しそう。
「そうじゃなくて」
「一緒に勉強しましょう! このままじゃ落第ですからね!」
目を輝かせて迫ってくるメアリーから目を逸らすエレノアだった。
もちろんメアリー。こんなんじゃ諦めない! おすすめの参考書や図書室から借りてきた本をエレノアに紹介し始めた。
「いいですか! エレノアさんはかなり遅れているので! 幼稚園レベル! 絵本からはじめましょう!」
「流石にそんなに馬鹿じゃないよ!」
「そうですか。じゃあ東大数学から」
「どこの神童だよ! そもそも勉強じゃなくて」
「勉強じゃない? もしかして不純ですか? 不純なことですか!!」
「そうでもなくて……」
「いいですか! せっかくソナリカ学院にいるのに勉強にうつつを抜かして恋だなんて舐め腐っています! そんなこと知ったら親御さんが泣きますよ!」
「ははっ」渇いた笑い。
「あ! 今! 私を馬鹿にしましたね!」
「べつにそんなんじゃ」
「だったらなんです! 私だって頑張ればモテるし! 今は勉強しなきゃいけないだけで、本気になればどんな男だってモノにしてみせます!!」消しゴムを握り締めながら。
「だからそうじゃなくて……」
「だったらなんですか! ええ! なんなんですか!」
顔が近い。
失踪事件を解決しなきゃいけない。など教えるわけにもいかないので、エレノアは顔を逸らし続ける。
「まぁどっちでもいいです! しかし本当に焦った方がいいですよ」
「そうですよね。このままじゃ本当に学生になってしまいそうですし……」
「むしろ逆ですよ」
「え?」
「今のままじゃ明々後日の期末試験で全教科赤点確定です。そしたら――」
「そしたら?」
「――この場合退学処分ですね!」
「たいがくしょぶん?」
「はい。勉強の意欲が無いと判断されると退学処分になりますね。つまり学院から追い出されます」
「ええ!? じゃ、じゃあ勉強しなきゃダメじゃないですか!」
「そうです。何しているんですか! 勉強してください!」
「はい! やります!」
勉強する。メアリーが丁寧に教えてくれる。
……五分後。
「だから違うって!」
エレノアは鉛筆を投げた。
「何が違うんですか! ここの解答ですか? 不正解ですけど」
「そうじゃなくて」
「わかります。私も初めは勉強が嫌いでした。でも勉強は裏切りません。真面目に取り組んだ分だけ結果が出ます。結果を出せるようになるまで苦労しましたが、私は今、勉強が好きですよ」
「だから違ってて……」
メアリーは鉛筆を拾ってエレノアの手に置いた。
「エレノアさんは名誉あるソナリカ学院の生徒なのです。なぜあなたみたいな人がうちにいるかわかりませんが、素質があるからここにいるはずです。私も付き合いますから頑張りましょう」
「ソナリカ学院の生徒」
エレノアは力が抜けたようだ。
そうだ。失踪事件を解決するには私は学生じゃなきゃいけない。だから仕方のないことなんだ。今は勇者じゃなくて普通の女の子を演じなければいけない。退学になったら台無しだ――と、エレノアは嬉しげに鉛筆を握った。
「よ、よし! が、頑張るぞぉー!」
「はい。次は引き算ですよ!」
「41-36は3!」
「5ですよ! これ、終わるのかな……」
結晶塔にひとつだけ、ちっぽけな橙色が輝いていた。
◇
その次の日、昼。カルロスは教科書と小道具を持って講義室へ向っていた。
俺はカルロス。すっかりこの、講義室への廊下も見慣れたもんだ。朝はキノコ野郎にソファから落とされて寝違えた。馬? 馬はもう使わねえ。衛兵が何かに憑りつかれたみたいに見張ってるからな。
ガラガラとドアを開けた。
「絶対、引っかかる!」やんちゃ男子くすくす。
黒板消しが頭上から落ちてきた。邪魔臭いからそいつを手で弾いた。それが今、笑っていたやつ、レオンの顔面にぶつかった。
「ごほごほっ! なにすんだ!」顔真っ白。歌舞伎より白い。
「悪い。わざとじゃねえぜ。お前ら、授業始めるから座れ、あ、そういやレオン、宿題やってきたか?」
「やってるわけねえだろ? なんだこの、町の美女を調べて来いって?」
「じゃあべつにいいや。あっちの席の、ケマルだっけ? にお前が好きだってバラすから」
「好きじゃねえよ」
「じゃあ好きじゃないって教えておくぜ」
「やめろ! わかった! もう悪戯しねえよ」
「俺はするが」
「わかった。町の美女調べて来ればいいんだろ! 青い悪魔め」
俺はカルロス。こいつらに興味なんかねえが、物事をうまく進めるためにはある程度知っとかなきゃいけない。といってもこいつらが馬鹿にしてこなきゃ、俺は何もしなかったんだけどな。
おかげで成績のこともよくわかった。
悪ガキのレオン、ドレイク、エリス、あとエレノア。ここら辺が成績悪いやつ。
ドレイクとかいうよくわかんない銀髪はもっとよくわかんねえぜ。
「(やっほ~)」ドレイク、こっちに手を振ってくんな。
小テストの成績は悪い癖に、試験となると九割取ってくる。こういうところでも先生を舐めている感じがするぜ。
俺が作る試験は甘くねえ。痛い目見せてやる。
「エレノア。寝てんじゃねえ」
「ぐへっ!」
「お前も宿題やってきたのかよ」
「宿題って。なんですかこれ! 学院(生徒除く)の美女を記入せよって!」
「真面目に授業を受けないから真面目な宿題だって出ないんだぜ」
「意味わかりませんよ、その教育方針」
「カルロス先生! さっさと授業を進めてください!」メアリー。
「はいはい。そうしますかね。また学長に怒られちまうし」
カルロスが真面目に地理の教科書を読み上げる。
一方でマリーは頬杖をついて不機嫌だった。ドレイクは面白がっていた。
「なになに~そんなつまらなそーにして~?」
「ただ教科書読んでいるだけでお金貰えるって楽な仕事。腐敗しているわねこの学院」
「じゃあサボちゃう?」
「腐敗しているだけならまだマシ。だなんて言いたくないけど。居眠りしたりサボったらあいつうるさいじゃん。最悪の教師だわ」
「そうかな? 刺激的で面白いけどね~カルロス先生」また手を振る。
「は? マジで言ってんの?」
「あんな先生いなかったじゃーん? それによく見たらイケメンだし?」
「どこがよ。もしかしてあんた、あんな野獣に興味あるの?」
「野獣って。でも多分、夜はそんな感じかもね。悪くないかもー」
「呆れた」
レオンが「つまんねー」と煽るのでカルロスが「うるせえな」と言いつつ、どこかから持ってきた付け髭をつけて学長の真似をして教科書を読み始めた。賑やかになってきた。
マリーは全く興味が無い。鉛筆を指先に立てて揺らした。
ドレイクは一緒になって笑ってルンルン銀髪を揺らす。
「何が面白いのかしら」
「似てるじゃーん?」
「そうかしら?」
「みんな笑ってるよ?」
「ふん……」
マリーは意地悪な笑みを浮かべた。
「私のほうが皆を笑顔にできるわ」
カルロスが教科書をアスチルベの政治家のように熱弁する中、マリーは静かに手を挙げた。爆笑していた生徒たちがだんだんと静かになっていく。
「大臣の不倫! 騎士の傲慢! それから私のこの髭!」
「マリーさんが手を挙げてるって、カルロス」
「先生を付けろ。あ、なんだ、マリー?」
「こんな下らない授業をするよりももっと有意義な授業をするべきだと思います」
「あー? めんどくせえな。わかった。ちょっとふざけすぎたな。真面目にやるぞー」
「違います」
「は? なにがだよ」
「教科書を読むだけの授業に何の意味があるの? 地理なんでしょ? 直に学ぶべきだわ」
「直に?」
マリーはいよいよ悪魔めいた笑みを溢した。
「校外学習なんてどう?」
教室がざわざわし始める。
学院の外じゃなく町の外、平原だ。魔物が出る。危険であり、校則違反だ。
ただざわつくというのは迷いがあるからである。彼らは四年間、そのほとんどを学院内で暮らす。毎日勉強と決められたスケジュールに縛られている。彼らの中にある迷いとは自由と未来。あるいは校則を破るという快感の予感である。
こういうことはカルロスも好みそうなものだが。むしろ真顔だった。
「おい待て。落ち着け。平原に出るだって? そんなことしたら校則違反だろ? お前ら、ちゃんと将来考えろ」
「でも、ちょっとくらいならいいんじゃ? なぁ、どうにかなんねえの?」レオンの説得。
「どうにもなんねえよ」
「なるでしょ。だって私はアスチルベの姫よ。そしてカルロス先生は変態だもの」
「誰が変態だって?」
見るからにカルロスが激怒していた。ずかずかとマリーのところまで階段をのぼっていく。
しかし近づけば近づくほどマリーの掲げたプリントがよく見えてしまう。
「町の美女を調べろですよね? 生徒を利用してこんなことをしていたって私が学長に報告したらどうなると思う? 他の生徒なら隠蔽するでしょうけど。私の場合はそうはいかないわ」
「ぐぬっ」
「ほら? 何か言い返してみたら?」カルロスの眉間の皴をつつく。
「この女……」
「あら。そんな口の聞き方でいいのかしら? 私はアスチルベのお姫様よ?」
「このお嬢様……」
「一緒じゃん」ドレイクの冷静なツッコミ。
「じゃあ決まりね! 皆! 準備しなさい! 外へ行くわよ!」
「うええええい!!」生徒が飛び跳ねた。
こうしてカルロス大先生と生徒たちは町の外へ。
◇
警備員や衛兵が正門や町にいるので隠密行動していく。
「お前ら、案外気配消すのうまいな」
「これくらいの魔法序の口だよ」
「流石ソナリカ学院の生徒ってか」
屋根の上、建物の隙間、時には煙突の中。真っ黒になったカルロスを生徒が笑っている。
新鮮な空気。
心地よい風。
草の音。
そんなこんなで平原まで辿り着いた。生徒たちは仲のいい同士で適当に散った。
カルロスは木の日陰で屈んで退屈そうに遊ぶ生徒を見張っていた。
「久々の外は気持ちいけど。面倒なことになったな。あの女。このまま調子に乗らせて置いたら厄介だぜ。まぁ、今はいいか」
何かを思ったわけではない。カルロスは楽しそうに遊ぶ生徒に呆れつつも喜び、でも何故か、遠くで一人ぼっち座り込んでいる黒髪の暗い女子を見つめていた。
そんなカルロスにボールが転がってきた。レオンと男子数人がサッカーをしているようだ。
「俺、久々だよ。草むらでサッカーするの。しかもこんな大人数で」
「俺も学院入って以来だわ」
「おーい! 先生、ボール取ってくれよ!」
「はいはい」適当に蹴った。
「暇なら先生も混ざるか?」
「だったらそうするかな。むかつくやつがいくらかいるようだし、ボコボコにしてやるか!」
カルロスが意気揚々と男子とサッカーをするのをエレノアは遠くからぼーっと見ていた。隣りで教科書を読んでいるメアリーがそんなエレノアに気づいた。
「混ざってくればいいのでは?」
「いえ。カルロスがああやって遊ぶのって意外だなって。面倒見良かったんですね」
「何を言っているんですか? ほんとに妹なんですか?」
「そ、そうだよ。あーお兄ちゃん。今日も元気だなぁ!」
「変なエレノアですね」
「あはは。それよりも本当にこんなことして大丈夫なんでしょうか」
「私もそう思いましたよ。でもまぁ、いいんじゃないですか。たまには。気持ちいいですし」
「魔物が出てくるかもしれません」
「そうですね。でも私たちは戦えないわけじゃありません。戦闘魔法だっていくらか習っていますし」小さな火を指先に出した。
「そう……ですね」
エレノアはふーっと、指先の火を吹き消した。
ドレイクとマリーは散歩をしていた。他のクラスメイトから結構離れて、川まで歩いてきた。マリーは冷たい川の水に足を入れて涼しくした。
「もうすぐ夏かしら」
ドゴーン!
「今年は涼しくなりそうね」
ドンガラガッシャーン!
「さっきからうるさいんだけど?」
「あーごめんごめーん!」ドレイクが爆発パーマになっていた。
「なにやってんのよ?」
「だって。外に出られることなんて無いからさー。大規模な魔法の実験できるじゃーんって」
「ほどほどにしなさいよ。気絶してもおぶってかないから」
「するわけないじゃーん。あっ」ふらふら。
「マジだからね!」
「私の命はここまでのようだ。あとは頼んだ、姫殿」ガシッ。
「いやよ。やめなさいよ」
ソナリカ学院はいわゆる貴族学園だった。誰もが将来を約束された少年少女だ。だから日頃から徹底的に教育されてきたし、今も勉学に集中することを強いられている。
だから彼らはこの解放的な時間を純粋に楽しんでしまう。誰よりも純粋に。久々にこう何も縛られない時間を、しかもここで出会った友達と過ごせるのだから。
皆、嬉しそうにしていた。特にマリーは輝くように微笑んでいた、
――それが今、巨大な影に飲み込まれた。
ぽつり。
彼女の頬に水滴が流れた。
涙ではない。
雨でもない。
それは、
――涎だった。
「ガルルルルル!!」
全長5mになる二足歩行、竜のような頭、人間など容易く引き裂く歯、岩のような肌、長く太い尻尾。目の前の獲物を欲して荒れる息からは炎さえ出そうである。
マリーは恐怖のあまり、目を見開いたまま固まってしまった。
「(レックス。ありえない。なんでソナリカ平原にいるの。しかもかなり飢えてる。ありえない)」
「ガルルルルルルゥ!!!」
「喰らえ!!」
火球が飛んできた。レックスに直撃。
マリーの危機にドレイクが迅速に魔法でレックスを攻撃したのだ。
ドレイクは火球を次々とレックスへぶつける。
しかし弾かれるだけで何の効果もなかった。
「嘘、効かない……」
「グルルゥ!!」
レックスはドレイクを気にせず、マリーを睨みつけた。お前は何かしてこないのかとまるで煽るようだ。マリーは未だ、現実を直視できず、指先ひとつ動かさせなかった。
ゆえにレックスは大きく口を開き、自分がなんであるかをマリーへ突きつけた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
咆哮。レックスとマリーとの間にあった全てを消し飛ばす。
風圧。
気迫。
怒号。
外の世界では自分がなんであるかより力があるのかどうかだけが残る。
マリーの整った髪も制服も、無残に乱れ、唾液に汚れてしまった。
そしてマリーは直視せざるを得ない。レックスは決してマリーをどこにも逃がすつもりはなかった。
こうするとレックスの涎纏う牙も毒の塗られた刃のようだ。
レックスは徹底的にマリーを屈服させる。
マリーはその場で震えた。レックスを見上げたまま、小刻みに震えた。まるで凍えたように。高貴な瞳も完全に弱い生き物の姿をしていた。こうしてマリーは無意識に涙を流したのだ。マリーの理性を完全に砕いた。
こうなればもうあとは喰らうだけ。レックスの巨大な影から口の中の永遠の暗闇へ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアウ!!」
「違うな!――こうなればあとは倒されるだけだってことだろ!」
嘘のように晴れた。まるでサッカーボールのようにレックスが飛ばされた。そこにいたのはカルロスだった。
続いて白衣の青髪は姿に似合わず、光を拳に踊らせる。構える。
「グルルゥ……」
レックスが漸く起きる。誰が自分を蹴ったのか。まさか目の前にいるこの人間なのか。と、レックスは理解できなかった。
が、レックスはカルロスの生徒ではない。カルロスは容赦なくレックスへエーテルの被覆した拳を叩きつける。
「どりゃあ!!」
そうしてレックスは虚空の彼方まで消し飛んだ。レックスの身体の破片が落ち葉のように散った。夏の桜のようだった。
ドレイクがマリーの元までやってきて抱きしめた。
「大丈夫? 怪我無い?」
「あ。うん。無い」
「良かった!」
生徒たちも集まってきた。中には泣いている男子もいた。レオンだ。
カルロスが泣くな泣くなと言いながら、マリーのほうまでやってきた。
「大丈夫か? だから危ないって言ったんだ。これに懲りたらちゃんと先生を敬えよ?」
カルロスは無造作にも涎だらけのマリーの髪を撫でた。マリーはじっと俯いたまま何も言わなかった。
危険だと判断して、カルロスは帰るぞと指示して、生徒たちを歩かせた。なお、危険とは生徒よりも自分自身の身の安全だった。ああそうである。すでに遅かった。
空からぷんすかぷんすかと、セラフィナがやってきてしまった。
「もう何してるんだよ! 外に生徒を出しちゃいけないって知らないの?! しかもマリー姫を!
信じられない!」
「悪かったって。今、帰るところだからさ。落ち着けよ」
「当たり前さ! さっさと隠蔽しないと私たちの首飛ぶって! 冗談じゃなくて!」
「あはは。大袈裟だぜ。ちょっと」
「マジだよ! そうだ、マリー姫! お怪我はないですか?」
セラフィナが駆け寄ってきてもマリーはじっと俯いていた。
陰になって表情が見えないし、見たくもなかった。これは相当怒っている。
セラフィナはショックのあまり、その場でくらくらと崩れてしまった。
「オワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタオワタ……」
「うるせえよ!」
「大丈夫ですか。カルロス。とにかく今は帰りましょう」エレノアが入ってきた。
「ああ。そうだ。とにかくそうだ!」
こう大人たちがあたふたする中、依然としてマリーはじっと下を向いていた。流石におかしい。ドレイクが心配してマリーの表情を伺った、
――泣いていない。赤面して、唇を軽く噛んでいる。というか耳まで赤い。瞳がうるうるしたまま。全身から淡い熱を発していた。
ドレイクはハッと。にやにやした。
「あれ。これってもしかしてー? もしかしちゃった?」
ドレイクは――にやにやした。




