39.メアリー
食堂の隣りの道を進むと結晶の塔がある。そこが学生寮である。
深夜となれば月光を反射する塔は黄金を見せる。エレノアはそれに見惚れていた。
「学長は言ってなかったが、成績が急に上がったやつが失踪するんだな? おい、聞いてるのかよ」カルロスが視界を手で遮った。
「あ。すいません。そのようです。セラフィナが言ってました。だからそういった生徒を見張って置けば真相がわかるはずです」
「学長に聞いてみるか。あのおっさんなら生徒の成績表とか持ってそうだ」
「私はひとまず学生として生活して怪しいことが無いか探します!」自信満々。
「お、おう」
なんか嬉しそうだな。とカルロスは戸惑った。
寮の前までつくと二人は別れた。カルロスはセラフィナの研究棟へ。エレノアは学生寮の中へ。
エレノアはすっかり寝静まった廊下と階段をあがって自分の部屋。
そっとドアを開けて、開けっ放しのカーテンからの月光では暗い。
エレノアは荷物から取り出したカンテラを灯した。
パチン、
――その瞬間。部屋が昼のように明るくなった。カンテラの灯りではない!
「誰です!」
後ろ。エレノアはすぐに刃を向けた! そこには!
――腰を抜かした黒髪ロングヘアの子がいた。内股になって震えている。
「こ、こ、学院内は武器の持ち込み禁止ぃ! じゃなくて!」
「ご、ごめんなさい! 魔物だと思って!」
「えぇ?」
エレノアは冷静に剣をしまい、部屋の天井にある眩い球体に関心を寄せた。まだまだ怖がっている同居人に構わず。
椅子の上に乗って背伸びしながら球体を覗いているくらい、こいつは自分に興味が無いとわかったから、同居人はなぜかガッカリした。
「新入生だから知らないんですね。それは照明球です。部屋にあるスイッチを押すと球体内に火が灯るのです」
「城にはありませんでした !」
「それはそうでしょう。魔力のない人がスイッチを押してもなんともならないですから」
「そうなんですか」
スイッチ。ペタペタ。
エレノアには魔力がある。のでもう一回押すとちゃんと消灯。もう一回押すと点灯。
チカチカ。
「遊ばないでください!」
「ご、ごめんなさい」消灯。
「消さないでください!」
「ごめんなさい!」点灯。
なぜか下着姿。
「ふ、服を着てください!」美少女の肌に赤面する同居人。
「学生服のまま寝ろって言うのですか!」
「そうです!」
「わかりました!」消灯。
「だから消さないでください!」
「寝たいのですが……」
一通り茶番を終えるとエレノアはパジャマに着替えた。学院指定のパジャマは可愛らしい星柄。ちゃんと帽子付き。なお、真面目に着ているのは彼女たちだけのようす。
黒髪の子はエレノアを怪しんでいた。
「私、ずっと見ていましたよ。もう一時です。こんな夜中まで外で何をしていたんですかね――カルロス先生と!!! そこにいたのを見てましたよ。もしかしてあなたたちって、も、もしかして不純な関係ではぁっ!」
「そんなわけないじゃないですか。そんなことよりあなた誰ですか。私もう眠たいからどっか行ってください」
「急に辛辣ですねっ! いいでしょう。エレノアさん! 私はメアリー! 第103期生の首席にして、将来裁判官になる女です!」
「そっちが名乗ったのなら私も名乗らないといけませんね! 私はエレノア! 光の里しゅ――ビギン村出身の田舎娘ですぅ……」
勇者と名乗れない屈辱を噛みしめるビギン村の田舎娘。
「ビギン村? 聞いたことないですね。そもそもただの村人がどうやって学院に入学――あっ。失礼でしたね。ごめんなさい」
「いえ、お気になさらず。ところでいつ帰ってくれるのですか」
「何を勘違いしているの? 私はあなたのルームメイトです。ちゃっかり荷物を上のベッドに置いていますが、私が上です」
「そうなんですか。ごめんなさい」しゅん……。
「で、でも新入生を歓迎するのも先輩の務めですね。いいですよ。上で」
真面目だけど甘い女、メアリー。
部屋には二つ机がある。窓側の、教科書やノートが散らかったままの方がメアリーの机である。メアリーは照明を消すと、速やかに机へ戻った。机に置いてある蝋燭が勉強する彼女の真剣な表情を照らしていた。
「えっと。寝ないのですか?」
「もうすぐ試験がありますから。お気になさらず」
「そうなんだ。風邪引かないように頑張ってくださいね」
エレノアは梯子を上ると布団へ入った。三秒でぐーすか眠った。
そんな彼女の、今のさりげない一言がメアリーの胸を撃ち抜いたようだ。メアリーは嬉し泣きしながら鉛筆を動かしていた。
次の日、一限目。時計の針が静かに鳴る講義室。黒板には『魔術生命概論、定期試験』。
メアリーが問題を一刀両断する隣りでエレノアは頭を抱えていた。
「試験って、今日だったのかぁ~うわーん!」
「わかる! わかる! ここ! 神剣ゼミでやってたところだ!」そんなの無い。
フロウドが時計を見上げて知らせた。
「はい。試験が終わった方から退出していただいて結構です」
エレノアを含む、調子の悪そうな生徒を残してほとんどの生徒が教卓へ解答用紙を提出して出ていった。
エレノアは思った。
「どうせわかんない」
エレノアも真似だけして出ていった。
あまりに清々しい学生の退出。フロウドはかなり出来がいいのだろう。と彼女の解答用紙を見てみた――見るも無残な滅茶苦茶な解答用紙。
「……」
こんなのを見せつけるように提出したのか。フロウドは唖然とした。
その間に髪がぼさぼさの、顔色の悪い女学生がそっと解答用紙を提出して出ていった。
一方で。
――バッタバッタ。カルロスはまたしても馬に乗って講義室へ。今度はちゃんと停馬できたようだ。
「マジで馬に乗ってきたぞ」
学生が慌てふためく中、面倒になったのか自己紹介せずに授業を始めた。いささか昨日よりも段取りよく進められているようだ。
というのも昨日よりも明らかにカルロスの眼光が鋭い。だから生徒がふざけられない。
しかし、それすらも面白がる生徒もいる。
「先生、いつになったら戦場に戻るんですかー? 負け犬?」
男子生徒がにやにやと煽る。クスクスと周りの奴らが笑う。
するとカルロスの眼光はより鋭くなった。
「名簿によるとアイツは赤点ギリギリ。あり得る……」
「な、何見てんだよ。先生」
「おい。お前。夜道に気を付けろよ。次に失踪するのはお前かもしれねえからな」
「えっ……」
カルロスにとってこれは警告だった。そしてこの男子生徒にとってもこれは警告だった。先生が自分の命を狙っているという。間違いなくハッタリではない気迫があった。
だから男子生徒の血色が悪くなった。なら先生は心配せざるを得ない。
「おい。何かあったらすぐに先生に言えよ。すぐにぶちのめしに行くから」
「殺害予告!?」
一層、男子生徒が怖がるだけだった。
こうしてこれから成績の悪くヤンチャな生徒たちはカルロス大先生から目を付けられ、どの授業も真面目に受けるようになった。
キンコンカンコーン。ちょうど授業が終わった。
「じゃあお前ら勝手に勉強しとけー」
とカルロスが廊下に出ると、体操着の女学生がそこを通り過ぎていった。なんだあの服は。と驚く暇もなく、そこにエレノアとメアリーがやってきた。
「おい、エレノア」
声を掛けたものの、エレノアはカルロスに気づかず、そのまま通り過ぎていった。
「おい。聞いてんのか」
と何度も声を掛けるも、気づかない。というか無視。
カルロスはいよいよ憤った。
ドン! カルロスはエレノアを壁ドンした。廊下がざわつく。
「聞いてるのかって言ってんだ!」
「ちょ、ちょっと、いきなりなんですか!」
「お前が無視するからだろ!」
ざわざわ。メアリーあたふた。
いや、これは事件だ! とメアリーが決意。
「カルロス先生。暴力はいけません!」
「お前は下がってろ!」獣のような咆哮。
「ひ、ひどいぃ」
メアリーは打ちのめされた。
廊下に人が集まってくる。そこにはマリーとドレイクも。
「おーなんかおもしろそー。また女の子、泣かしてるしー」
「まだ言ってる」
「壁ドンだってー熱いよねー。もしかして生徒と教師、禁断の恋なのかなっ?」
ドレイクの弄ぶような笑みとは違い、暴力沙汰のようだ。衛兵が向こうからやってきた。
「何があったんだ!」
「あの青髪の大男が女子を泣かせました!」
「なんだと。そこの君!」衛兵はカルロスの肩を掴んだ。
「なんだ? こっちは大事な話をしているんだが?」鬼の形相。
すなわち敵意。と勘違いして衛兵はカルロスを掴みにかかった。が、カルロスは適当にそれを投げ飛ばした。
衛兵は窓を割って外まで吹っ飛ばされた。完全に衛兵はキレたようだ。剣を抜いた。
「上等だ。誰に喧嘩売ったか教えてやるぜ!」
「馬鹿ですか。カルロスは!」
エレノアはカルロスの足を掬い、転ばせた。
「なにをしやがる!」
「こっちのセリフです。話があるんですよね?」
「ああ。そうだ。そうだった! 昨日――」
「ちょっと! ここじゃダメですって!」
あの青い教師は金髪の子に暴力を振るうつもりはないのか? と周囲がだんだんと落ち着き始める。
しかしドレイク。
「ここじゃダメって。どこならいいんだろうねぇ~やっぱりあの二人って~」にやにや。
この騒動の真相が見えてきたようだ。べつの意味で周りの生徒がざわつき始めた。
「わかった。じゃあ研究室でいいか?」
「一体何を研究するのかなぁ~?」ドレイク。
「後じゃダメなんですか? 次の授業が」
「ダメだ!」迫真。
「何が抑えられないんだろうね~?」ドレイク。
「わかりました。だったらここは人目があるので。こっちに」カルロスの手を引っ張る。
「私はついていくけどね~」ついていくドレイク。
「あの、二人ってどういう関係なんですか! 昨晩だって二人で!」
メアリーが余計にややこしくした。むしろドレイクの怪しい笑みが消えた。マジかよと、ドン引きした。
「違います! 昨日も言いましたよね! 私とカルロスはそういうのじゃ!」
「でもあまりに距離が近すぎますよ! こんなの風紀に反します! というか犯罪です!」
「おいおい。勝手な妄想を事実だって捏造しようとするな。俺はエレノアの従者――」
女子生徒の従者? ほとんどの生徒が混乱した。
そこにさらにドン引きしているドレイクの言葉がさっと駆け抜けた。
「従者って? もしかしてー召使いって意味じゃ? エレノアってそういう性癖だったんだー意外~!」
疑惑がさらに深まった。こうして捏造されていくのである。
いよいよ衛兵の増援がやってくる。
「違います! どうしてそうなるんですか!」
「夜の召使い? 女王様プレイ? なんだそれは?」
「私に聞かないでください! わ、私だってよくわかりませんし!」
「じょ、女王様プレイとはっ――」恥じらいながらも説明しようとする真面メアリー。
「聞きたくないです! わ、私とカルロスは!」
「やっぱり名前で呼んでる」生徒がざわつく。
「ち、違ってて!!」
収拾がつかなくなってきた。
衛兵たちが収拾を付けに来た。彼らによると「カルロス先生に未成年者への性的暴行の容疑」らしい。
ぞろぞろ。衛兵たちがエレノアたちを囲った。逮捕する気満々の剣の構えだ。
しかし変だ。いつものカルロスなら衛兵に囲まれると喧嘩腰になるのだが、今、カルロスは冷静に佇んでいた。
そして決めた。
「兄妹だ。何を誤解してんだ? 俺とエレノアは兄妹だ。なぁ、妹?」
「兄……妹? そ、そんなの死んでも嫌なんですけど」
「だったらカップルのほうがいいのかよ?」
「もっと嫌です――そ、そうですよ! ね、ねぇ、お兄ちゃん!」
エレノアの引き攣った笑み。
こんなの明らかに嘘だろとわかる。衛兵たちにとってはそうではなかったようだ。
「なんだ。兄妹か。なら仕方ない」
去っていった。衛兵たちは妹設定に弱かったのだ。
衛兵たちが去っていたのなら仕方ない。というか次の授業まで時間がない。ので周りの生徒も急いで教室などへ走っていった。
「ふぅ。なんとかなった」
「なってるのかな?」
「私はまだ疑っていますよ」メアリーは訝しんでいた。
「こいつは誰だ?」
「ひ、ひどい。前の歴史の授業居たのに……」
「メアリーさん。私、カルロ――お兄ちゃんとお話があるので! 先生には授業に遅れると言ってくれると助かります!」
「いいですけど。本当に健全ですかね?」
「残念でもねえが、この小説はR18じゃ――」エレノアに口を摘ままれた。
「じゃあよろしくお願いしますね!」
すたすた。兄妹は物陰へ姿を消した。
メアリーは真相を突き止めようと追ったが、そこには二人の姿はなかった。仕方がないし、成績を下げたくないのでメアリーは運動場へ急いだ。




