38.エンチャント
もくもく。ダンマリと煙も浮かぶ。
夜になった頃、ここはセラフィナの研究室。
青煙が入ったフラスコを揺らすと、フラスコに金色の液体を一滴。
ぽつんぽつん。しーん。
「反応なしかぁ」セラフィナはゴーグルを外した。
なおキノコ(マティアス)ともうひとりの女性研究者(細身で長身の女性)はブルブル震えて机の下に隠れていた。
「なんで隠れてるのさ?」
「馬鹿ですか! 先生は!」キノコが噴火した。
「馬鹿でも教授にはなれるんだよね。えへへ」
「認めないでください! じゃなくて!」
「教科書にも書いてありますよっ! 異なる属性同士の化合は大爆発の恐れがあるって」女性も訴えた。
「そうなのかな? ほいっ!」
また青い煙に金の液体を入れた。スッと二人は机の下に隠れて研究魔女を睨んだ。まるでウサギ小屋のうさぎのように。
「ぎゃはは! おもしろ!」
「遊ぶな!」
ドン。爆発したと思ってまた二人が隠れた。が、これはドアが開く音。
白衣にメガネ、つんつんの青髪、カルロス大先生が入ってきた。
「ん? なにこいつら隠れてんだ?」
「何その恰好?」セラフィナは目を丸くした。
「何って? 先生になったんだよ。色々あってな」
「どんな色々なんだろ。前代未聞だよ? こんなアホそうなのが」
「おい。ナチュラルに悪口言うな」
「ぷくっ。なんだ、その恰好! 笑える! あっはっは!」キノコ。
キノコ大爆笑。腹抱えてゴロゴロしている。女性研究者がああっと慌てている。カルロスがものすごい人相になっているからだ。
「なんだこの。初対面でなんだその――」
「そうだ! この記憶力! これは傑作だ! 酒だ! 酒を持ってこい! 飲まなきゃやってらんれないねぇ!」
「はい」セラフィナ、緑色の液体。
「あっはっは! ごくごく――うえっ!! なんだこれ! ポーション?」
「うん。味は不味いっと」
「先生、ちょっと! これ何が入っているんですか!」
「いやね。精力剤とか全部混ぜて、町のパン屋のパンを液体にして調合(?)してみた。なんとなく」
「死にそうなんですが……と、と、トイレ!」
慌ただしくキノコが駆けこんでいった。
カルロスの熱も冷めていた。でもじーっと見られている女性研究者はそうでない。
「え、えっと?」
「おい、この女は誰だ?」
「あ。申し遅れました。私はアレン。ごほっ。セラフィナ様の助手です」
「あーそうか。こんなイかれた女だ。助手が必要だよな。苦労してそうだな」
「あ、はい」深刻そう。
「ちょっと。悪口止めな?」
「お前が言うな」
カルロスはソファにくたばった。気を利かせてアレンがコーヒーを入れて持ってきた。一方でセラフィナはぶつぶつ言いながら何やらよくわからん数式を弄っていた。
「はい。よかったら」
「お、ありがとよ」
「あ、はい。ごほっ。なんの先生なんですか?」
「歴史。じゃなくて地理だ」
「冒険者だから?」セラフィナが片手間に言った。
「ああそうだよ! でもダメだ。さっきやらかしちまった」声が反響する。
「何かあったんですか?」目をパチパチとアレン。
「あんまり聞かれたくねえけどな。興味あるのか?」
「いえ。そんなに」顔を逸らした。
「じゃあ狂乱女とこっそり話すぜ」
「えぇ」
アレンは案外、美人らしい。美形が色々と表情が変わるのを見てカルロスは楽しんでいた。それだけではない。コーヒーなんか初めて入れて貰ったからちょっと好きになっていた。
「悪かった。まぁこれでつまらない話じゃなくなっただろうよ」
「早くは話せよ~」黒板コンコン。
「じゃあ話すか――」
一通り話した(めんどいから前回読め)
賑やかな笑い声が廊下まで響いてくる。パタッとキノコが入ってきた。ものすごい顔色だ。
「なんだ。そんなに笑っ――」
キノコは見た。カルロスがアレンの肩に組んで楽しそうに笑っているのを、アレンも満更ではないのか、俯きながら笑っているのを。
キノコはさらに白くなった。もはや髪以外マッシュルームだ。キノコヘアは非連続関数。
と思ったらカッと赤くなった。嫉妬に火がついて、半ば赤くなった。よくある赤と白のキノコみたいだ!
「うおおおおお!」ぐるぐるパンチ。
「うわっなんだ!」カルロス、ひょいっと避けた。
「ぶはっ!」ことんと転んだ。
「なにやってんだこいつ」
でも今避けたからカルロスがアレン離れた。キノコは昇天した。
しなかった。ぶんぶんぶん。セラフィナが起こした。
「ちょうど良かった! ここのところ見てほしいんだけど!」
「もう。ここで終わってもいい……」
「死んでる場合かー! 手伝えー!」
キノコは振り回されるばかりである。
そういうのを賑やかだなとカルロスは笑っていた。
一方でアレンが少し陰鬱そうで、カルロスはそれに気づいた。
「どうした?」
「いえ。ごほっ。なんでもないです」
「おい。クソ野郎。あんまり調子に乗るなよ」ギラッとキノコ。
「なんだよ。急に?」
「あの。カルロスさん。勇者様ってどんな人なんですか?」
「あ? どんなって、見りゃわかるだろ。そろそろ来るだろうし」
「そうなんですけれど。あの、私。この後」紅潮する頬。
「うおおおおおおお!」ぐるぐるパンチ再び。
「だからなんだよ」再び。
「むぐっ」再び。
しかし怪しげな会話が中断されたので満足した。キノコはそのまま昇天。
どうせできないのですぐ立ち上がってセラフィナのほうへ戻った。
アレンが支度を始めた。
「あの、すいません。先生。ごほっ。先ほども言いましたが」
「あーうん。デートでしょ? 頑張って」
「デート?」キノコの涙がポロリ。
「お。頑張れよ! なんとなくだけどアレンならうまく行くと思うぜ!」カルロス。
「うまく行く?」号泣。
「あ。ど、どうも」
パタン。アレンは帰った。冷たく暗い廊下を一人。
ちょうどアレンの後ろ姿が見えなくなった頃に忙しなく走ってきた。黄金の頭髪の少女。
バタン!
「はぁはぁ……遅れました!」
「おお! いいねぇ~」
黄金の若干くせっ毛のある長い髪の頭に黒いカチューシャ。青いブレザーがちょっと大きめでエレノアの170cmの身長をやや小さく魅せる。でも中のワイシャツがしまりをみせて、輪郭がぼやけない。長袖も手がちょこっとだけでて少女らしい。からの黒のスカート。長くも短くないちょうどいい長さ。そこへ勝利のいつもの白いハイソックス。可愛くなはずがない!
と心の中で叫んで頷いているセラフィナ。
「うぇーん」キノコ男泣き。
「キノコさんはどうして泣いているのですか?」
「勇者ちゃんが可愛すぎて泣いてるんだよ」
「え? そうなの?」きょろっ。
「よくわからん」
「男には泣きたいときがあるんだぁ~」
「そうなの?」きょろっ。
「俺は無い」
きょろきょろはまだ続く。エレノアは無造作に研究エリアへ入って行くと背伸びしたり、屈んだりして色々覗いた。そして忌まわしき金色のフラスコとほっぽり出された自分の毛(どこのかは知らん)を見つけた。
「こ、これはぁ……」
「勇者様。いくら勇者様でもここにいられると邪魔です」キノコ。
「あの今、なんの研究をして?」
「勇者の毛からあらゆるの人間とのエレメンタルの違いを調べています。今は魔法適性のある人間との違いをですね――」
「あっ……はい」
キノコの真剣さに気圧された勇者だった。
とぼとぼとカルロスがくつろいでいるところへ向おうとした途中、剣の納められた机が目に入った。装飾された机のど真ん中に剣が刺さっている。十六歳の少女の好奇心が刺激される。
「なんだろ。これ?」
「触るな!」キノコ剣幕。
「ご、ごめんなさいぃ……」
「あ、それ? 興味あるの?」セラフィナがやってきた。
「あります」若干、しょげつつ。
「これはね。エンチャント器具だよ。見たことある?」
「ないです。えんちゃんと?」
「うん。良かった。だってソナリカ学院にしかない秘密器具だからねぇ。これ、私の師匠が作ったんだよ」
「へぇ。どんな器具なんですか?」
「これはだねぇ~」にやにや。
「先生。研究は?」真剣さ。
「いいじゃないか。勇者ちゃんも私たちの研究に興味があるみたいだよ。光栄だね!」
セラフィナはエンチャント器具をごちゃごちゃ弄ると、よくわからない紋章が書かれた羊皮紙を器具の机に接地し、赤、青、緑、様々な宝石を器具の中へ流し入れた。
「エンチャント。それは人ではなく道具が魔法を使えるようにするものさ。まぁ道具を使うのは人なんだけどね。魔法の宿った武器や道具を作成することができる。だから魔法が扱えない人間でも似たようなことができるんだ」
「凄いですねっ!!」宝石のように輝く瞳。
「ふふ。そうでしょ! 見てろぉー!」
机に描かれた模様が青く光る。羊皮紙が透明な炎で散り、紋章だけが残る。それが青く輝くと次は剣が青く点滅を始めた。
至って静寂。魔力の風が吹くだけである。
点滅はやがて色となり輝きとなる。剣はすでに剣では無くなり、魔法へ移り変わる。
すれば色が消え、剣の持ち手に紋様が浮かぶ。
器具は眠るように光を沈めた。
「どうぞ。抜いてみなよ」
「は、はい」
エレノアは両手で剣を抜いた。
剣は青い息を吐きながら白銀の刀身を見せた。刀身には紋様が渦巻いている。
「この剣にはどんな効果があるのですか?」
「なんだっけ?」
「ちょっと貸してください。この模様は水ですかね。剣を振るうと刃から水エレメントが出ます。ざっと百回くらいですかね。百回振ったら元の剣に戻ります」
「残量だよ。沢山宝石を使えばそれだけ容量も大きくなるけど予算も掛かるねぇ。宝石高いんだ。あと最大でも七百振りくらいだったかな。もちろん使用者がどれほど一撃に込めるかで変わるけど」
「自分で調整できるのか?」
カルロスが顔を出した。
「できるよ。慣れが必要だけどね」
「エンチャントすることで剣の耐久とか、切れ味とかは?」
「ほとんど変わらん。剣なら刃から魔力粒子が出てくるが、完全にエレメントになるのは噴出してから少し離れたポイントからだ。だからエンチャントは実際には武器そのものではなく、武器から少し離れたところからエレメントを出している」
「エレメントが何なのか分かんねえな」
「馬鹿だからな」ボソッと煽るキノコ。
「うるせ」
他にもカルロスが色々とキノコに聞いている。なかなか真面目に。するとカルロスは研究室に立て掛けていた自分の大剣を持ってきた。
「エンチャントするには少し大きいな」
「そうだね。それに素材もあまり見ないものだね。うーん」
「できないってのかよ」
「これは誰が鍛えたものだ?」
「ロイスだ。テルナの、ビギンでもあるけど」
「テルナのロイス!! 知らないねぇ」
「この素材、黒曜石が入っているのか? 僕たちの専門じゃないし、アレンならわかるかもしれんが」
「なんだ? だったら待つぜ」
「いや。実は僕たちよりもエンチャントに詳しい研究者がいる。紹介してやろう」
「お、そうか。頼むぜ」
そう言うとキノコとカルロスは研究室を出ていった。
セラフィナは「こういうときは喧嘩しないんだねぇ」と面白がっていたが、キノコがいないと研究が進まないことを思い出してげんなり。ソファで休憩した。
エレノアはセラフィナと二人きり。ブルブル震えていた。
「そんなに震えなくても。座りなよ。ゆっくりお話ししようよ」
「あ。えっと。あはは~」
「真面目な話だよ。失踪事件だろう?」
「知っていたのですか」
「まぁ、あの学長からの頼み事なんてそれくらいしかないし。で、報酬はなんなのさ?」
「8500ゴールドです。ってそんなのどうでも良くて」
「おーなかなかの大金だ。それだけあれば勇者ちゃんを隅々まで研究できそうだ」
「笑えない。」
「失踪事件か――」
セラフィナが一変、照明の陰に真剣な表情を浮かべた。
「――ねぇ、君って人間って変われると思う?」
セラフィナが意味の分からないことを問い掛けていた。
キノコとカルロスは地球儀の研究棟へ入っていた。看板には『魔法生命研究棟』と書いてある。
人気の全くない真っ暗なまるで迷路のような廊下を進むと一つだけ灯りが零れた扉があった。キノコはノックする。
キィーン。と錆びた音が鳴る。中から皴の濃い細い男が出てきた。180cmのなかなかの高さがあった。カルロスよりは下であるが。
「こういう輩ってちっこいのばかりだと思ってた」
「なんだ。こういうって?」キノコ。
「なんのようかね?」声は意外と若かった。
「エンチャントをして貰いたい。この男の」
「見ない顔だが、その服装、君のところの新しい研究者か?」
「まぁそんなところだ。入っていいか」
「ああ。いいとも」
中は特に語ることも無い。理科室と瓜二つ。
奥へ行くとエンチャント器具があった。
男は説明する。
「エンチャントを発明したのはサウザス・キー。解析術と変質術の達人で魔剣の仕組みを解明しようとした。実際、まだ完全に解明できてはいないが、彼の研究の集大成がエンチャントだった」
「割とよくしゃべるな」
「久々の客で嬉しいようだ」
「しかし彼の作ったエンチャントは魔術師にしか利用できなかった。非魔でも扱えるようにするには生命術が必要だった。人間がどうやって魔法粒子を生成するかを解明する分野だ」
「興味ないぜ!」
男は器具の準備を始める。引き出しを開けて、さっさと色々な素材を整理している。
「実のところ、エンチャントの真髄は解析や変質、エレメントでもない。生命術だ。元を辿ればジア・ローグの生命秘術が数多く取り込まれている。一方でサウザスの、魔法粒子は人体からではなく、自然の流れから来るという考えには賛同しかねるが。エーテルなど存在するわけがない」
「エーテルは存在するぜ?」
男は何一つ変わらぬ顔でカルロスを観た。
「見たところ。魔法使いではあるまい。エンチャントを使う魔法使いなどほとんどいないからな」
「似たようなものだ。風介術」
「風介術。なるほど。不愉快だ」
お前も言うのかよ。とカルロスは呆れた。
「グニセンによると魔法は自然から来ると言われていた。エーテルという場があり、人間はそれを操って自然の力を放出すると。しかしそれでは物化術を説明できない。ジアの魔法子論がこの欠点を完全に克服した。サウザスはエーテルを含む粒子論を唱えていたが、結局彼の発明したエンチャントがその存在を完全否定したのだ。ゆえにエーテルなど存在しない。そう考えるのが今の常識だ」
「じゃ、じゃあ光は?」
カルロス。なぜか悔しがって苦し紛れに反撃。
しかし意外と効いたようだ。男の手が止まった。すぐにまた動いたが。
「光。勇者などが扱う光の力。魔物が持つ闇の力。確かにこの原理は魔術じゃ説明ができていない。これがエーテルというのなら確かに見落としているかもしれないな」
「なわけないだろ」キノコが嘲笑する。
「そうだな。だとしたら1600年の常識がひっくり返る。準備ができた。その大剣だろう。貸せ」
「待て。あんた名前は」
「自分から名乗るものだろう」
「おい」キノコが小声で注意する。
「大丈夫だ。俺はカルロス。ありきたりな名前だろ」剣を渡す。
「私はフロウドだ。エレメントは火、水、風、雷があるがどれにする」剣を受け取った。
「雷で」
「理由を聞いていいか」
「なんとなくだ」
「非論理的だな」
フロウドは自身の手に青い光。魔法粒子を集中すると、注意深く大剣の刀身をなぞった。
それを終えると大剣をエンチャント器具へ納め、器具を起動した。
なお、工程及び表現は同様なので省略。
フロウドはエンチャントされた大剣を取り出すと刀身を眺め、カルロスへ渡した。
「容量は、回数でいえば2500振り程度だ。大剣の素材が良かった。余っていた宝石を全て注ぎ込んでも足りなかったほどだ」
「じゃあまだ入れられるのかよ」
「できるがやらん。やってほしければ宝石を持ってこい。それでもやらないが」
「研究者ってこういうやつばっかだよな」
「なぜこっちを見た?」キノコはキノコ。
「まぁありがとよ。色々よくわかんなかったがわかったし、素振りするけどいいか」
「駄目だ。外でやれ」
「あいよ。じゃあ失礼するぜ。あ。タダってわけじゃいかねえか。これを置いていくぜ!」
カルロスは去っていた。廊下をスキップして。研究室だから大人しくしていたらしいが、内心はウキウキしていた。キノコは「迷惑をかけた。また今度、必要だったら協力するつもりだ」と一言礼を言って追っていった。
フロウドはカルロスが置いていったものを手に取った。
「……なんだこの、ゴミのエンチャントがされた剣は」
セラフィナの腕は最悪だった。




