37.カルロス大先生と金髪美少女転校生
光沢ある家具で威張ったつもりの学長室。学長はどっかの髭のオッサンみたいなポーズで机に前屈みになって怖い目をしていた。全然怖くないが。
「我が学院には様々な国から有望な学生、研究者が来ている。アスチルベという温暖な土地と国からの資金。それによる施設。あと美味しい学食。学問をするにはこれ以上ない環境がここにある。ここの全てが世界の未来。宝なのだ!」
「わかったから本題に入れよ」
「……」泣き止んで拗ねているエレノア。
「よし。本題に入ろう。今、ここソナリカ学院で重大な事件が発生している。生徒だけではない、研究者もだ!」
「溜めすぎだろ」
「ぼとーん……」拗ねているエレノア。
「失踪事件が起きているのだ。始まりは二カ月前。最初はまた、成績不良の生徒が逃げただけかと思ったが、同時に研究者もいなくなった。我が学院の施設は世界一。研究者が居なくなるなどありえない。今までに一度もなかったし。調べてもらったよ。衛兵によると、どうやら彼は研究に行き詰っていたらしい。だからどこかで自殺したのではないのか。まぁそのときは大きくは考えてなかった。学院の生徒たちを不安にさせてはいけないと思ったのだ」
「しょぼん。」エレノア。
「しかしまた起こった! あれから二週間後、しかも今度は優等生がだ! ただでさえ居なくなると親がうるさいというのに! 優等生だ! 衛兵に頼んで探させたよ。でも見つからなかった。衛兵たちによるとだ。彼は親との仲が悪い。だから失踪したのだと。ここにいる学生の親のほとんどは貴族だ。だから期待も多い。彼は耐えられなくなったのだと。そうなのかと受け入れたよ。ただ彼は少し妙だったが」
「ぷいぷい」エレノア?
「しかしだ! まただ! 次も二週間後! しかも今度は十名、一気にだ! 研究者が二名。生徒が八名。どれも優秀な人間だった! 衛兵に言ったのか? 言ったよ! 流石におかしいと思ったからね? 衛兵は言ったよ。ちょうど卒業試験と国家試験の時期だ。逃げたんだろう。流石におかしいと思った! なわけあるか! こっちはもう親御さんを誤魔化せないし、記者に払う金だって無いぞ! もしもこの事件が公になったらうちの学院は終わりだ!! あぁああぁ……」
学長はまるでドラマみたいに机から膝から崩れ落ちた。咽び泣いた。
「ぷにゅん」エレノア。
「おまえ、ふざけてるだろ」
「そんなことないですよ。学長さん。泣かないでください」エレノアはハンカチで学長の頬にあてた。
「おお。すまないねぇ」
「で、俺たちに何の用なんだよ。まさか事件を解決してほしいとでも言うつもりか?」
「ごほん。そのまさかだ」さっぱり。
学長は嘘みたいにさっぱりした顔で椅子に座って例のポーズを取った。
エレノアが「うわっ」と若干、引いていた。
「衛兵は使い物にならない。かといって冒険者などに頼る? 信用ならない。どうしようかと悩んでいたときにちょうど、君たちがやってきた。勇者。ううん! 良い響きだ! 勇者!!」
「えへん。」満足げなゆうしゃ。
「勇者様! どうかお願いだ! この事件を解決して学院を救ってほしい! この通り、お願いだ!」
ゲンドウしたと思ったら泣いて今度は土下座。このおっさん忙しいな。
あー。最悪だ。エレノアがキラキラしている。おだてられて気持ちよくなってる。強く頷いて口を開いた。
「は――むぐっ!?」俺が手で口を塞いだ。
「待て。おっさん。勘違いしちゃ困るが、俺たちは魔王を倒さなきゃならねえ。一秒だって無駄にできねえ。エレノアもだ。忘れてんじゃねえぞ」
「そうですね。ちょっと乱心していました」
「わかっている。新聞で拝見させてもらいましたよ。勇者様のご活躍を。魔物虐殺事件。お見事でした」
「そうですか……」
「褒めようとするな。おっさん。要は取引だぜ。対価はなんだ」
「ほう。見た目よりも間抜けじゃないようだな。もちろん。報酬はある」
「いくらだ?」
「5000ゴールド。」
少ねえな。5000ゴールドじゃ、高い時計一つ分ってくらいだ。こいつが失職するかもしれないってのに、学院の存続の危機だってのに、時計一つだけ? 少なすぎる。
「んー? なんだって? 聞こえねえなー!!」
「ぬっ。これでもかなりの額だ」
「そうですよ! ただでさえ金欠――むぐぐっ!!」例のごとく。
「10000ゴールド」俺が読む。
「一万だと? ふざけているのか? わかった。6000ゴールドに負けてやろう」おっさんが躱す。
「8500ゴールド。これ以上はあり得ねえな!」念を押す。
「高すぎる! わかった! 7000ゴールド! こっちもそれ以上は無理だ! 財政がただでさえ厳しいのだ!」演技だな。
「じゃあ無理だな。交渉決裂だ。じゃあな。学長――」
違うか。
「――ただのおっさん」
俺はのろのろと学長室の寂れたドアを開いていく。なおエレノアが目をキラキラさせて「それでいきましょう!」と言いかけたので、衿を引っ張って止めた。
「待て! わかった! それでいい!!」
「8500ゴールド、確かに決めたぜ」
「……盗賊め」
ということで俺とエレノアはソナリカ学院失踪事件を解決するべく、それぞれ地理の講師と女子生徒に変装して学院に潜入調査することになった――え?
キンコンカンコーン。午後の鐘が鳴った。
食堂や運動場、広場にいた生徒たちが吸い込まれるように講義棟へ入って行った。
とある教室。静かな一風。ホール状の席に生徒たちがぴっちりと座っている。
銀髪ウェーブパーマでスカートの丈が短い女学生が隣りの茶髪ボブカットの貧乳女学生と話している。
「せんせーおっそいねー。どうせ来ないならサボらね?」
「それもありかもな」
前の席の黒髪ロングストレートで眼鏡の女学生がぎろっと彼女らへ振り向いてきた。
「なに? そんな怖い顔して」茶髪。
「サボっていいわけがないです。ちゃんと考えてますか?」
「メアリーってマジメすぎー。ちょっとくらい楽したっていいんだよー?」銀髪。
「ちょっとくらいってこの前だってサボってましたよね? 出席だけ取って」
「おぼえてんのー? うわーそういう趣味? タヨウセイってやつ? ごめんー私、そういうのはちょっとー」
「違います」
「おこったの? 勝手に話しかけてきて勝手に怒って馬鹿じゃないの?」
「!!――もういいです!!」
この後しばらく意地悪な女子二人は前の子の悪口で盛り上がった。しかしあまりに長かったか。冷めてしまった。
他の生徒も駄弁を始めた、彼女たちだけでなく。
「こねえし。サボらねー? 単位入るっしょー?」パーマクルクル。
「そう言えば思い出した。失踪事件ってわかるでしょ? 噂なんだけど、研究者がまたいなくなったって」手をパチン。
「あーもしかして、エレンちゃん逝ったー?」
「かも」
「じゃあサボってもいいんじゃねー?」
「そうね。前は代わりの講師が来たけど」
「あ、あのキノコヘアの童貞君のことー?」
「そうだっけ? でもこれだけ遅刻してるならどっかいっても学院の自業自得――」
そのときだった。
カタカタカタ……。
廊下から何か走る音が響いてくる。それが彼女たちの教室に近づいていた。
廊下側にいた生徒たちが音に気づいて
「なんだなんだ?」
「ゴキブリじゃね?」
とワイワイと話し始めた。すぐに中央の生徒も、端の生徒もそっちを向いた。
すとん――。
止まった?
いや?
「うおおおおおおおお止まれってんだよぉおおおおおおおおお!!」
ずどん!!
ごんがらがっしゃん!
教室の扉をぶっ飛ばして馬と共に誰かが入ってきた!
そのまま壁に激突。ペチャンコになった。
馬とぶっ倒れた。砂埃が舞ってよく見えない。
「なになに?」
ざわつく教室。
だんだんと姿が明らかになる。そこにいたのは、
――ツンツン青髪に眼鏡をかけた白衣の185cmの男だった。若い。
「せっかくの衣装が台無しだぜ。まぁ望んじゃいないが」
「だれだれ?」
ざわつく教室。
不審者の青髪が入ってきたところから金髪ロングの由緒正しそうな少女が入ってきた。
「もう何やっているのですか。廊下が長いから馬が必要だって。廊下、馬の足跡まみれですよ。どうするんですか」
「誰あの子?」
「知らない」
「てか可愛くね?」
「めっちゃタイプだわ」
ギラっ。茶髪ボブの女学生の目つきが変わった。隣りの銀髪ウェーブパーマの女学生がにやにやした。
「たしかにーかわいいかもー」
「そんなでもなくない?」
「おもろーw」
ざわざわ。
カルロスは忙しい席を睨みつけた。若干、派手な登場をした自分より目立っているエレノアに嫉妬して。
「知らねえよ。長い廊下が悪い。それより! お前ら、静かにしろ! 授業始めるぞ!」
しーん。
「ってあいつだれ?」男子学生。
「ゴキブリじゃね?ww」男子学生たち。
ゲラゲラ。カルロスの顔、真っ赤。
くすくす。エレノアも。
「お前も席つけよ!」
「そうですね。自己紹介をしなくていいのでしょうか」
「ああそうだな。お前ら静かにしろ! 俺が新しい地理の先生のカルロスだ! こいつはエレノア、転校生だ!」
「転校生? 学校って他にもあったっけ?」とある男子学生。
「新入生ですよ」ボソッ。
「新入生だ! いいから静かにしろぉい! 座れぇ!」
エレノアはパタパタと階段を登っていった。男子女子両方の視線を集めながら緊張しながら。ちょうど空いていた席に座った。
「えっ」
ぼさっとしていた陰鬱な女学生が驚いた。自分の隣の美少女に。
「よろしくね!」きらきら。
「ま、まぶしぃよぉ……」
ということでカルロス大先生の授業が始まった。
内容は地理。なぜ地理かというと、前任が失踪したのもあるが、旅の経験からだ。カルロスは自信が無いから嫌だと抗議したが、他は国語、幾何学、音楽だった。「音楽とかw」とエレノアが笑っていたのは置いておいて、消去法だった。
もちろん授業はくたばっていた。教科書の内容を読み上げながら黒板に書き写すだけ。意外と字は綺麗ではあったものの、退屈な授業だった。
エレノアは首振ってるんるん~っと黒板を写しているが。
「なんでそんな嬉しそうなんですか」隣りのボサっ子が墨汁を垂らしたような声で言う。
「え? あ、ごめんなさい。つい……」
「(か、かわいい)」
「あ、あの。私、エレノアです。お名前を窺っても?」覗き見た。
「(言葉固っ)えっと、エリスです」
「こ、これからよろしくお願いしますね!」赤面ぺこぺこ。
「改まって。べつにそんな……(かわいい)」
男子生徒の視線が集まる。エリスは注目されて余計に声が小さくなった。
一方で、こう退屈になるとコソコソと話し始めたり。あくびする生徒も出てくる。特に銀髪と茶髪。
「つまんねー結局サボれねぇしー。なんかおもしろいはなしあるー?」
「その振り方無理なんだけど」
「だよねー(笑)」
「どうせ地理なんかつまんなかったでしょ」
「でもさー入ってきたとき湧いたじゃん。だから余計に地味ー」
「そうかもね」
未だに馬がぶっ倒れている端。端の男子学生がたまに手を伸ばして鉛筆で突いている。ゲホッと馬が咽ると周りのやつらとワイワイしている。
カルロス大先生はそういったおふざけを――許す。全く興味が無かった。というか面倒臭かった。
「あー。つまんねー。早く終わんねえかな。なにが面白いんだこれ。えっと『オフォラン大橋はソナリカ大陸とロラル大陸を繋ぐ大きな橋で、エーテル町とヘトロム橋街を繋ぐ架け橋でもある』なわけねえだろ。ファンタジーかよ」
チョーク加えながら青髪を掻き、授業するみっともない男をじろっと見て茶髪の女学生は何かを閃いたようだ。悪い笑みを浮かべた。
「じゃあ今からちょっと遊んでみる?」
「いいじゃん。やれやれー」
「せんせ~ちょっと、今の説明わからないんですけど~!!」
茶髪ボブの女学生が純粋そうに立ち上がった。カルロスはふっと振り返った。
「な、なんだ? どこだ?」
「この『オフォラン大橋は――繋ぐ架け橋でもある』のところなんですけど?」
「その通りだろ。繋いでるに決まってんだろ。見たことねえのか?」
「先生見たことあるんですか? すご~い。でもわかんないとこってトケイソウ宗教国とサクシフラガ王国の境目になぜ大きな橋があるのかなってところで~」
「そ、それはだな?」
カルロスは教科書を見回した。このページにはねえのか!とペラペラペラ――バラバラバラバラ。彼の人間離れした動体視力によると、どこにも書いて無いようだ。
青い髪をぼさぼさ掻きながら焦る姿が露呈する。教室にクスクスと笑う声が現れ、増え始める。
「えぇ? さっき、見たことあるっていいましたよね? わからないんですかー?」ニヤリ。
「見たことはあるんだよ。でもな、見ただけで分かるわけじゃねえんだ。それも見たらわかる」汗ダラダラ。
「あ、そういえば思い出した! 110年の和平条約の証に建築されたんでした! うっかりしてました!」
「そ、そうだ。110年のな、和平のときにな!(歴史じゃねえか)」
「あ、もっとうっかりしてました! これはアイオス見聞録の内容で、最近これが偽書だとわかったので違うって。正しくは最近発見されたミレイク文書の-1080年の大魔法でした。あれ~? おかしいですね~? 歴史学者なら常識だって前任の人が話していましたれど~?? え? こんなこともわからないのに学者になれるんですね~? すご~い!」
バギッ。加えていたチョークが折れた。吹っ飛んだ破片が笑っていた男子学生にクリーンヒット。馬の横にならんだ。
「おい。女。お前、なんのつもりだ?」
「え。生徒に向かって女? うわ~怖~」ニヤニヤ。
「舐めてんじゃねえぞ」ドシドシと階段を上る。
「舐めてる? 何のことですか? 私、わからないから聞いただけなんですけど? そもそもせんせ~が勝手に自爆しただけじゃん?」
「てめぇ!!」
バタッ。カルロスはそこから跳躍した。
ざわざわ。生徒たちは今までの怒りがお飾りではないと、この化け物じみた跳躍に叩きつけられ、唖然とした。それだけではない。椅子からこけたり、本能的な身の危険を感じていた。
だのに、この女学生は目を閉じて自慢するように話しているから気づいていない。
「てめぇって? 先生、私が誰だかわかって言っているの? 私はアスチルベの姫、マリー!」
ズドン。
青い炎が机にヤンキーのように座って、女にガンを付けていた。ガンと言うにも温い。気迫だけで殺しにかかる勢いだった。
マリーはやっと気付いた。こいつは本当に自分を殺すつもりだと。
「お前が……なんだって?」
「……っ」
マリーは顔すら見られない。気持ち悪い汗を掻いてじっとしていた。
そこに――パン。まるめた教科書でカルロスの頭を叩いた。
「だれだ! ぶっ殺してや――」
「カルロス先生。生徒を叱るのも教師の仕事なので否定はしません。が、机に足をつけるのはよくありませんよ?」
学長だった。エレノアがその後ろで教科書二刀流していた。一足早い学長だった。
ぎょっと。鱗が落ちるようにカルロスはそっと机から下りた。
「いや。でもな。こいつが」
「こいつ? 先生。今、なんと?」
「ああ。この、えっと」
「マリー。あ、私はドレイクねー?」にやつく銀髪ロールがこそっと耳を当てた。
「マリー。そうマリー。マリーさんがですわね?」
「なぜ言葉が女らしくなるのですかね。ちょっと見回りに来てみれば。そもそもなんですか、扉は壊れているし、馬、馬を授業で使っているのですか?」
「ああ。この馬な。そう、使ってたんだ!」
瞬く間に跳躍着地。
「おい、起きろ。起きろってんだよ」バタバタ。
「おや。そろそろお客様が来るのでした。カルロス先生。今回は!! 初めての授業ですから多めに見ますが。気を付けてくださいね」ニコッ。
「わかってるって。えへへ。おい、お前ら、授業再開するぞ~」
キンコンカンコーン。
「あ。終わりだ。おーい、今日は宿題なしだ! サービスだぜ!」
そらそら。生徒たちが無関心に教室から出ていく。
マリーがカルロスを見上げたまま腰を抜かしていた。目が合った。
「あ。悪かった。立て――」
「さ、触んじゃないわよ!」
ペチン。マリーは逃げるように教室から出ていった。ドレイクが「まてよ~」とマリーの教科書も抱きかかえて、にやついて出ていった。
カルロスは肩に手を置かれた。しわしわだけでなく震える手。白髪は抜け落ちそうだ。
「学長?」
「あはは。ほんと、しっかりしてくださいよ。おほほ。マリーさん、姫ですからね? 首が飛びますよ。本当の意味で」
「あーさっきはすまなかった。ついカッとなっちまって。学長、カッコよかったぜ? ああうん」
「カルロス君……死ぬときは一緒ですからね?」
震える爺さんの足跡に汗が。まるでそれは削り出る寿命のようだった。
スッと胸を撫で下ろしたカルロス――ドンシャリ!!――を襲ったのはエレノアの教科書二刀流だった。
「なにすんだよ!」
「カルロス。いいですか。あんなに暴れたら怪しまれますよ」
「誰にだよ」
「犯人にです。それに女子泣かせるとか最低です」
「いいだろ! それは……べつに……」苦い顔。
「どうかしたのですか?」
「な、なんでもねえよ! あ、次の授業の時間だ!」
「今日は一時間だけって言ってましたけど?」
「あれ、そうだったっけな?」
カルロスは尻尾を巻いて出ていった。
一方でドレイクはマリーに追いついていた。まだまだニヤニヤしている。
「なに笑ってんだよ」目を掻く少女。
「いやぁ。珍しいもの見られたと思ってー」
「なんだよ!」
「泣いてる~(笑)」
「泣いてねえよ! 泣いてねぇし……」
こうしてカルロスはアスチルベの姫、マリーの純涙を奪ったのだった。
なおカルロスもちゃんと反省文を書いて涙を流しましたとさ。
「めでたくねえからな?」




