36.ソナリカ学院
研究室の風呂場から艶やかな(?)声が響いてくる。
「ひぃやぁっ!」
「わっふぃ!」
「触るなぁー!」
「ふぉふぉふぉい~!」
「ぐすん……」
あ。やっと終わったみたいだ。エレノアが飛び出てきた。タオル一枚で。あわあわしながら。
ん。目が合った……時が止まる。ピタリとエレノアが固まった。
ど、どうしたんだ?
どさっ――エレノアの顔面が蛸みたいに真っ赤になった。
「ぎゃああああああああああああああ! 見るなぁぁああああああああああ!」
ぼこぼこぼこ。なんか色々投げてくる。痛いっ! 痛いっ!
「何すんだ!」
「どっか行けぇえええ!!」
「っち。なんだよ」
と研究室から出ようとしたところ。エレノアの背後ににゅるにゅるする影が。
「いひひぃ。まだ観察は終わってないよぉ~?」
「うぎゃあああああああああああああ! やっぱカルロス、助けてぇえええええ!」
「知らねえ!」ガラガラ、ドア。
「きゃああああああああああああ!!」
良い悲鳴だぜ。
しばらく研究(?)が続きそうだし、ここら辺をぶらぶらするか。
乙女の肌のように傷一つない結晶の塔が連なる、ここはソナリカ学院。立地は町の一番高い。値段のことじゃなくて高度な。五角形の丘の上。
正門から入って真っすぐ。ひとつひとつ違う品種の木が左右に並ぶ。少しして新円の広場がある。そこから各施設へ分岐する。外からだと、ここは建物が乱立して、でこぼこしているように見える。しかしこう中へ入ると不思議なことに景観に一様性がある。建物と建物の間にある隙間と風、それと道が建物を区別しているのだ。
広場から真っすぐ。最も大きな建物が本館だ。中は五芒星に吹き抜けた天井が特徴的だ。
広場から七時の方向にある豆腐みたいな建物が講義棟だ。青と黒のブレザーを来た少年少女が緑色の壁に書かれたつまらないことをノートに写している。
一時の方向にはとんがりコーン、マカダミアナッツ、きのこの山、みたいな形の建物がある。ここら一角が研究エリアだ。異世界じゃないぜ。あれ全部研究施設なんだってよ。
さて、エレノアはどこで体中を調べられているのでしょうか。はい。あそこにある、なげわでした。
他にも施設はあるが、省略。
待った。忘れていた。十一時の方向に食堂があるんだ。今、俺はちょうどそこに着いて、今日の定食(鮭のシチュー)を食べている。
「あんまり美味しくねえな。薄味でパンと合わねえ」
「そう思うかね?」
「量だって少ないし、パンがちいせぇ! 腹膨れないな」
「そうかね? この芳しい香りを堪能してみなさい。この鮭は温暖なカーム産、貝はなんと熱帯のヤラッサ産だよ。パンも特注でマリア町から仕入れている」
「色んなところから仕入れてるから高いわけか。だとしても普通に不味いし、値段の割に少すぎんだろ」
「そうでもある。しかしね。食べ物を通して世界を知ることができる。視て聴いて学び、香り味わい学ぶ。そういうことだよ」
「でもな。料理がこれじゃ、やる気が出ないな」
「うむ」
「これじゃ食った気がしねえし、お、なんだこのカツ丼ってのは。よし、これにするか」
「うむむ……やはり人気が無いか」
「なぁ、ところであんた誰だ?」
「学長の私がこだわり抜いた献立なのだが」
「ん? 学長?」
さっきから隣りでぶつくさ絡んできたこの白髪に四角い眼鏡の、気取った爺さんが、学長?
マジか。びっくりし過ぎて手が震える! 箸が掴めない! しょうがないフォークを使おう。箸を使えないわけじゃないぜ。
「時に君。勇者の従者であろう。是非とも勇者様へ挨拶をしたいのだが、彼女はどこへいるのかね?」ニヤッ。キリッ。
「うおっと。箸が」
コロコロ。箸が床に落ちた。取ろうとすると――おっと間違えて踏んでしまった。
ドキューン! テコの原理で箸が勢いよく飛ぶ。まるでロケットのように。
それがズサッ。
「ぬっ」
学長が白目を向いた。
主に鼻に。学長の鼻に。刺さった。
「あ……悪い」
「いや。気になさらず」なお白目。
とりあえずカツ丼を食べ終わると学長をエレノアのいるなげわまで連れて行った。学長が「せっかくの登場が」とぼそぼそ言っているのを無視して。
ノックして返事が無いので中へ入る。すでにお祭りは終わった後みたいだ。狂乱女が白衣の恰好で顕微鏡を覗いていた。
「お邪魔するよ。セラフィナ君」
「あれ。学長さん。どうかしたの? まるで鼻に箸でも突っ込んだみたいなみためして」
「い、いつものと同じだが?」白目。
「ひっくひっく……」
「今、研究しているから用事なら後にしてくれない? 滅茶苦茶大事な研究だから!」
「うむ。いつも君はそう言って話を聞かないんだよね。まぁ君ではなく勇者様に用があるのだが」
「そうなんだ」
「ひっくひっく……」
「して、勇者様はどこにいるのかね?」
「どこって? そこにいるよ?」
「そこって?」
「ひっくひっく……」
さっきからひっくひっく煩かったのはソファに丸まって泣いているエレノアだ。
「この子が? このすすり泣いている幼気な子が?」
「うん」
「この子が??」きょろ。
こっち見んな。
「おい。エレノア。何があったか知らねえけど。知りたくもねえけど。学長が用あるんだってよ」
「なんでこうなるのぉ……」
「おい。聞いてるか。おーい」
泣き止みそうにないな。相当酷いことがあったらしい。残念ながらこの物語は18禁ではないので細かいところは気にしないが。てかべつに残念でもない。
「むぐぐ。むぐぐ」
一方で学長の様子がおかしくなってきた。悶えるように解放するように。なんか踏ん張っている。スーパーサイヤ人にでもなるのかと逃げる準備を始めた。間に合わなかった。
「むぐぐ!! せっかくの勇者様との対面なのにこんな場所じゃ良くない! 移動しよう!!」
「おい。どこに行くんだ。白目爺!」
「秩序秩序~るんるんらんらん」鼻歌学長。
なんかまた面倒な予感がする。だいたいエレノアがいると厄介ごとに巻き込まれるんだ。
とりあえず展開が進まないので、泣いているエレノアを担いで白目爺について行った。
「わぁ~ん! はなせぇ~! うわぁ~ん!」
「こいつが勇者だって? 信じられねえぜ」
「はなせぇ~! もう帰るぅ~!」
泣く女の子を担ぐ青髪の大男が広場を通っていく。ちょうど昼休みの時間帯。講義棟から出てきた学生たちが俺たちを見てざわついていた。
「なにあの男。女の子を担いで何するつもり?」
「乱暴。ありえない」
だいたい俺の悪口だ。俺も泣きたい。
――情けなく本館へ入って行く二人を眺める茶髪ボブカットの女子学生が一人。
「ふーん」
と怪しげな笑みを浮かべていた。




