35.勇者の旅立ち
新聞では魔物虐殺事件と呼ばれているらしい。エンヴィを倒してから数日経った。夜のように静まり返っていた町も少しは活気を取り戻している。でも選挙なんてごめんだってなってな。先延ばしになった。
それでも下町で声を上げている演説家たちがいたりして、嘘みたいに無視されている。あんな事件があったばかりなのに衛兵、魔物がどうだとか、不正がどうのとか。考えたくもないという感じだろう。
あの後からずっと城にいる。貴族の庶民的な料理をたらふく食べながら、金持ちをおだてて夜遊びしたり。バレてエレノアに叱られたり。
「俺がどうしようって勝手だろ!」
って結構イライラしてたりもしたが、言ってないぜ。酔って怒っちまうような碌で無しじゃ、しょうがないからな。
それにエレノアの顔がなんだか陰っていて、なんか嫌だったから。
せっかくエンヴィを倒して一件落着だってのに、新聞だって勇者様様だっておだててるのに、なんでこう元気がないのか。これもまぁエレノアのファンだけかもしれねえけどな。
もう寝よう。
……朝。
どたばたと隣りの部屋から走ってきた。
バタン!
「カルロス! いつまで寝ているのですか!」
よし、そろそろ寝よう。ふかふかベッド気持ちええ。
どろん!
なんてことしやがる! エレノアが布団を剥いできた!
「まだ朝だろ! 昼飯になったら起こせって!」
「カルロス。忘れたのですか! 昼飯なんてありませんよ!」
「飯抜き? なんだ? まさか、貴族を下町まで連れて行ったのがバレたか?」
「そんなのどうでもいいです! 今日、出発ですよ!」
「シュッパツ? 食べれるのかそれは」
「寝ぼけないで。早く支度してください!」
「そんな慌てんなよ」脱ぎ脱ぎ。
「また見たくないものを見せられたぁ……」
とつまらないこと(支度)をさっさと済ませ、エレノアと一緒に玉座の間へ。王様は「やっと来たか」と溢して宰相を呼んだ。
いそいそ。宰相が高価そうな布に覆われた何かを持ってきた。
「エンヴィの討伐報酬的なやつか?」
「散々食わせてやったのにまだ望むのか。王、これを」宰相は何かを王様へ渡した。
「うむ。では始めるとしよう」
ごほんごほんと。珍しく緊張しているみたいだ。エレノアももじもじしてなんだ? エレノアが王様の前まで来てひざまついた。
布を剥がすと、これ以上透き通るものもないであろう透明な宝玉があった。王様は玉座から立ち上がり、より厳格な面持ちになった。岩盤みてえな顔だ。
「アスチルベ王が告げる! 勇者よ! 伝承に倣い、この宝玉を以て悪の化身、魔王を葬りたまえ!」
王様が宝玉をエレノアへ渡した。エレノアは大事そうに受け取った。なんかの儀式だろうな。よくわからんが。と、ちょっと離れたところからあくびする俺、を睨む宰相。
「カルロス。仮にも私の従者ということになっているのですからしっかりしてくださいよ」
「はいはい」
「わかっているのですか」
とむむっとしながら戻ってきたエレノア。
王様が話し始めた。
「勇者よ。知っての通り。魔物の脅威が日に日に増しておる。この諸悪の根源は魔王に他ならない。先日、北ユーシア町にマッムスの村人がやってきた。村人によると魔物の軍勢が東の古城で確認されたらしい。かなりの数のようだ。恐らく、そこに魔王がいる。勇者よ。ソナリカ山脈の向こう、マッムスの古城まで行き、魔王を倒してきてほしい。やってくれるか?」
「もちろんです」
「そうか。期待しておるぞ」
すぴーっと。バタッ。ビンタされて起きた。終わったか聞けば、終わったらしい。エレノアと玉座の間を後にした。
廊下を歩く。長窓の向こう。今日はやけに気持ちのいい空だ。空気が良さそうだ。
「カルロス。ほんとうに一緒に来るのですね」
「エレノアやこの国の騎士に頼るよりも俺が行って魔王を倒しちまった方が早そうだからな。エンヴィの一件でわかったし。お前どんくさいし。衛兵なんて使えねえって。」
「……そうですよね」
なんでそんな哀しそうな顔をする。どんくさいって言っただけだぞ。よくわからない女だ。
白亜街に下りるとエレノアが左に曲がった。どこに行くんだと、ついていく。ついていくほどに門から遠ざかる。
草の微笑む静かな丘についた。ここからは城壁を通り越して、港と青い海が眺められる。いい景色だ。波の煌めきと歌うように鳥が飛んでいる。
「まぁでも。ピクニックなら門の外でやろうぜ……墓か」向こうばかり見ていて気付かなかった。
「はい。ここで少し待っていてください」
湿った草を踏み、兜の置かれた墓の前に。エレノアは花をそこへ置いて祈った。
知り合いか。衛兵の兜だあれは。そういうことだったのか。
祈るとまた別の墓へ花を置いて祈った。
こういう辛気臭いのは苦手だから景色を眺めていた。すらっと知らない女が横を通ってびっくりした。
「あ。ごめんなさい」
女は質素な服装だった。エレノアと通り過ぎて女も兜の置かれた墓へ屈んだ。
「もしかしてあの人が――」
「衛兵の家族か?」
「ええ、恐らく」
「話さないのか?」
「何をですか……」
エレノアの寂しい声色は決してあの恋人のすすり泣くのとは添えないようだ。
なんとなくだ。あの女は妹とかじゃない。頬の柔らかそうだし。
墓場をあとにして賑やかな下町へ下った。まだエレノアがしんみりしているから居心地が悪い。
下町にしたって息が沈んでいた。この前の血だまりは綺麗さっぱり無くなっているものの、まだその記憶は濃く残っているようだ。
行く人が俺たちに気づいて目を細めた。
「あんなのが勇者なのかよ……ふざけやがって」
喧嘩売ってるなら買う。それが俺の心情。ただエレノアがもっとしんみりしたから気分が乗らなかった。
それだけじゃない。腹が減って冷静過ぎちまう。
「あー朝飯まだだった。エレノア。食べてから外出ようぜ」
「嫌ですけど」
「それも嫌だから断る」
「ええ? 寝坊したカルロスが悪いですし。それにあんまりお金ないですし」
「王様からお金貰ってねえのか?」
「100ゴールドだけ」
「少なくねぇか?」
「そういう風習なのです」
「なんだそれ。俺は結構あるぜ金が。奢ってやるよ――ケバブ!」
「けばぶ?」
座ってケバブ。
いつもの店主とケバブ。
案外むしゃむしゃ食べているエレノア。
ケバブ。
見覚えのあるやつらが隣りの席。
ケバブ。
「カルロス。朝から良く食うな」
「マーカスとブルドッグじゃねえか!!」
「ブルドクだ」
「もう怪我は治ったのかよ」
「ああ。勇者様のおかげで。聞いたぞ。お前がエンヴィを倒したってな。ウルブスの若頭として感謝する」
「気にすんなよ」
「えっと、どうも」エレノアが食べながら言う。汚い。
「ほんとうにお前が勇者の従者か」
「ウルブスとしては鼻が高いすね。マーカスさん」
「そうかもな」
「成り行きだ。じゃなかったらこんなのやんねえよ」
「褒めてんだぞ?」
「褒めなくていいですよ」
それから話が弾んで長居しちまった。
エレノアが早く早くと急かすのも気にせず。なんかこいつらが来た途端、エレノアの喉が細くなったみたいで。
それにこいつらもあんまし食欲ないみたいだ。
ついにぷんすかして俺を置いて行ったので急いだ。
「もう行くのかよ?」
「ああ。魔王を倒しに行ってくるぜ」
「エンヴィの次は魔王か。大変だな」
「じゃあな。お前ら」すたすた。
「お前らか。一応、若頭なんだがな」
「だったら泣かないでくださいよ」
「ああ!」案外涙もろい。
通りを通って下町の広場。初めてこの町に来た時と似た景色がある。
背伸びした下町の商人たち。
まだうるせえ演説家。
聳える白亜の城。
思ったより長く居すぎたな。
門を潜る。潜れない。ぶつかった。
「ちょっと! カルロス! 僕を忘れてるよ!」
「誰だっけ」
「酷いよ! 本当に忘れてる!」リューが激怒した。
「冗談だって」
「まったく……」
「カルロス。この子は?」
「下町にいる間、世話になった。リューだ」
「この人が勇者? 本当に女の子なんだ! カッコいい!」
「かっこいい? そ、そうかなぁ……」
エレノアは自信なさげだった。
なおもリューの目は輝いていた。
「俺は? 勇者の従者もかっこいいだろ?」
「あーそうだね? ねぇ、勇者様! あの、サインをくれませんか?」
「いいですよ」
リューはエレノアの写真(非公式)とペンをエレノアに渡した。
売らないならサインに何の意味があるんだろうな。わかんねえ。
エレノアは少し戸惑いつつもそれにサインした。
「ありがとう!」
「俺のは――」
「いらない!」
「そうかよ!」
エレノアはにやついて照れていた。リューの純粋な憧れに励まされ。
流る人の道に点々とリューに似たような感情を向ける子供などがいたが、苦渋を浮かべて過ぎていく。
そういうのに気付くと居心地悪いな。
なので在りもしない右手首の時計を確認した。
「あー時間が無い! またなリュー! 風邪ひくなよ!」
「えー? カルロス?」
「待ってくださいよ! 私より先に馬車に乗るとか、不敬ですよ!」
「おっさん! 魔王のところまで!」
「だけでなく出すつもりですか!」
忙しなく車輪は回る。勇者飛び乗る。
リューが手を振っている。こんな別れになって悪かったかもな。
「またねー! あんまり勇者様に迷惑かけちゃダメだよ!」
「元気でやれよ!」
「あと魔王倒したら借金払ってねー!」
聞かなかったことにした。
草原に馬車が走る。
リューの小さな背ももっとずっと小さくなって見えなくなった。
あれだけ高かった城ももう良く見えなくなった。
それから腰を落とした。
「……いいところでしたね」
「そうだな。まぁビギン村には負けるが」
「そうかもしれませんね」
「さっさと魔王を倒して村に帰りてぇー」
「簡単に言いますね」
「簡単だろ」
「そうだといいのですけど。ところで馬車はどこへ向かっているのですか? 北へ進んでいるのですが。次の目的地は西ですよ」
「ん? おい、なにやってんだ! 運転手!!」
「いやだって馬車出せって言うから! え、今から戻るの!?」
「戻れ戻れ!」
「もう町ついちゃうけど! 休憩したいんですけど」
「知らねえ! 戻れ! 死ぬまで運転しろ!」
「そんな殺生な!って」
若干口論になりそうでせっかくの草原の新鮮な空気が淀みそうなところ
――きぃーん!っと馬車が急停止した!
ごろんごろんと馬車が横転。
瀕死の重傷。
ではないが。草が口に入った。外まで飛び出たってことだ。
ゲロっ。
「くそ! 運転手! よそ見してんじゃねえよ」
「だって話しかけてくるから」
「外れ運転手だぜ」
「大丈夫ですか? 怪我してませんか?」
「天使様! くそ青髪!」
文句言いながら治癒を受けるくそ運転手。あとで一発殴りたい。もちろん大剣で。素振り。
「喧嘩しないでください」とエレノアが宥めてくるが無駄だぜ。
「わ、私にも治癒を~。天使様ぁ~。クソ青髪~」
「誰だ! 俺を馬鹿にするやつは! お前か、運転手!」
「違う違う! クソ青髪。あっち!」
「また言いやがったな!」
瀕死ではないが重傷だ。こいつが事故の原因か?
品位ありそうなローブが血塗れになった女がバタンと倒れた。
誰だこいつとじーっと見つめると、掠れた声で「治癒を~」と懇願してきた。
「今すぐ!」エレノアが治癒する。
「だから誰だこいつ。まぁその前に運転手を殴る」
「待ってくださいよ! この女の人がふらふらと、突然道に出てきたから横転したんですよ!」
「よそ見してただろ」
「それはあんたが話しかけてくるから!」
「ち、ち、ち、治癒だあああああああああああああああ!」
な、なんだ。ローブの女が叫んだ。
「うおおおおおおおおおおお! こんな治癒は初めてだ! 魔法? 光の術? でも色黄色いし、もしかして君が勇者様? こんな可愛らしい子が! うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「わ、わかりましたから落ち着いてください。傷が開きます」
「うおおおおおおおおおお!」血が噴き出している。
なんだこの狂乱女。エレノアに治癒されるのがよっぽど嬉しいのか。短剣取り出したと思ったら自分の腕をズサズサ刺してる。
エレノアがあわあわ。動転した。
「頭の治癒はできません!」
ずさずさ。
「ち、治癒をぉ~」
あ。倒れた。
「なんなんですか! この人!」
「とりあえず治さなくていいだろ。それより運転手。てめえどうすんだ! これじゃ魔王倒せねえじゃねえか!」掴みかかる。
「ひえええ!」
正午。俺は運転手をボコした。そうしようとしたらエレノアに水の魔法をぶっかけられた。
なにしやがると血が上ったが。エレノアに治癒されてまた叫ぶ女が隣り。なんかこの女と同類なのは嫌だって思って冷静になった。
「もう治癒しませんから!」
「怒った! 勇者が怒った! 可愛い! じゃなくて怒っても普通の人間と同じか! メモメモ。ってメモ用紙無いや! しょうがない腕に彫るか」
「ミズノマホウ……」
「うわあ!」
「なんなんですか! この人!」
俺も聞きたい。じゃあカルロス、なんなんですか! この人!
知るか。
運転手が馬を撫でている横でローブの女が!っと。
自信満々に俺とエレノアの前にやってきた。
「ふっふっふ。私こそは! アスチルベ第六騎士長!! セラフィナ!!!」
……。
「えへん。これでもすごい女なんだぞ!」
「ひひーん!」馬糞を蹴る。
「うぇえ~。勇者様。水の魔法やってぇ~」それが顔にもろあたった第六騎士長。弱そう。
「もうなんなんですか。この人」びちゃー。
「温度はだいたい19℃ってところかな?! 平均より1.5℃低いんだ!! これも勇者の特性が――うわぁ!」
今度は水に滑って転んだ。水に溶けた馬糞が体中についてドロドロ臭い。
あ。エレノアが諦めて歩き出した。そっち何も無いだろ。
あった。女がエレノアの前にでてきた。糞が付いた手でエレノアの手を握りしめた。
「触るなぁ!!!」
「よし。勇者様。私のラボへ行きましょう! さぁさぁ! まずはそこで体中をチェッ――ごほん。お風呂入りましょう! 一緒に!」
「嫌だあああああ!!」
ということで女がずさーっと幼気な少女を誘拐したのを追ってソナリカ学院街へついた。
モンサンミシェルみたいな寒色優麗な街並みの。
犬も歩けば棒にあたる?




