34.屈服(後)
チーズになる前に思い付いた。
頭突きならぬカルロスロケット発射。
あーでもそれも避けられちまった。
が、屋根の上まで突き抜けて、エンヴィの両手引き裂きを躱せた。
エンヴィが屋根にあがってきた。
「お前は楽しくない。まだゴロツキのほうが威勢がよかった」
「お前。勘違いしてるぜ。もっと攻めてこいよ」
「それも。そうだ」
速い。エンヴィが前から引っ掻きに来た。
と思って大剣を盾にすりゃ、違った。
爪を屋根に引っ掻けて俺の上を通って後ろへ。手を大きく開いて背中から引き裂くつもりだ。
いくら体をエーテルで被覆してるとはいえ、受けりゃ、多少マシにはなるが、裂けちまう。
だから急いで大剣を屋根に叩きつけて、今、エンヴィがやったみたいに宙返りして躱した。
「危機一髪!」
「追撃だ!」
その上空。
エンヴィが屋根を爪で引っ掻いて瓦の破片をぶち撒いてきた。
俺は大剣を離し、丸まって身を守った。
そこにエンヴィが踵落とし。
俺は屋根を破って床に激突した。
すかさずエンヴィが爪を立てて落下。突き刺しに来た。
のをくるんと転がって躱す。躱す。
家の壁を蹴って、宙返り、足にエーテルを被覆させ、空いたエンヴィの横っ腹を蹴り飛ばした。
エンヴィはまた家に穴を開けて飛んでった。
「あんまり家に穴開けんなよ?」
「だったら早く死ね!」
空いた穴からミサイルみたいにエンヴィが飛んできた。
とんでもないスピードだ。躱せねえ。
身を守るも俺は吹っ飛ばされた。
ついに俺はエレノアがいるところまで飛ばされた。
「トドメだ!」
と何かが飛んできた。それを躱、
――せば後ろで治癒しているエレノアと衛兵にぶつかる。
だから白羽取り。
何かと思えば、俺の大剣だった。
「返してくれてありがてえな」
「しぶとい男だ。人間なのか、ほんとうに。クソ」
エンヴィは俺の後ろに居るエレノアを睨んでいた。
早く殺したくて仕方ないみたいだ。
「人間だぜ。お前は今から人間に殺されるんだ」
「カルロス。まだ治癒が終わっていないですから。どうにか別の場所で」
「そうしたいのは山々だけどな。余裕ないぜ」
「だったらどうするのです」
「本気出す!」
「ええ……」
エンヴィは顔を歪めた。
こいつよく見たら唇がぷるぷるしてる。気持ち悪。
「本気だと? 笑わせろ。さっさとお前を殺して勇者ちゃんとイチャイチャさせろ」
「勘違いしてたぜ」
「なに?」
やっとわかった。
俺は大剣を片手で持つことにした。もう一生両手でなんか持たないつもりで。
そして全てのエーテルを大剣に被覆させた。俺の身体には一粒だってエーテルを流さない。
「どうせ引き裂かれるなら始めから守らない。全部、ぶっ放してやる。もう俺は攻撃しかしねえぞ!」
「ほざけ。ならすぐ殺してくれる!」
エンヴィが踏み切ると同時に俺も踏み切った。
もちろんエンヴィのほうが速い。
そして長い。エンヴィの爪が俺へ掛かってくる。
「(避けるだろう)」
裂けば形の残らないエンヴィの爪。
エンヴィはこの爪に相当自信がある。
実際、即死だ。
でもそれこそが、付け入る隙だ。
「にぎっ!」
避けない。踏ん張る。
真っ赤な血が噴き出た。
「なに!」
「からの一発!」
俺はエンヴィに引き裂かれながら大剣をエンヴィの腹へ叩き込んだ!
捨て身の一撃。
エンヴィは直立したまま大きく飛ばされた。踏ん張ろうとした。
が、勢い殺せず転倒した。
「うぐっ。流石に痛い。でもこれなら確実に当たるし、全部が最大火力だ!」
「正気か?」
「エンヴィ? 我慢勝負の時間だぜ」
「正気か!!」
「なわけねえだろ!!」
今度は俺から踏み込んだ。
エンヴィは準備ができていない。威力以上に驚きがあったみたいだ。
ちょっと遅れてエンヴィが引き裂いてきた。
「死ねえ!」
が、もちろん構わない。
受けてやる。
「痛てぇ!」
血が湯水のごとく飛び散る。のも気にせず。
過ぎ去ったエンヴィの右腕にエーテルを纏った大剣で叩きつける!
「痛でぇ!!」
やっぱり当たる。
これならアイツのスピードなんか関係ねえ。
でもいい気分だ。こんな間近であんだけ虐殺したやつが悶えてるのを見られるなんて。
もっとぶちのめしたい。
――血が吹き荒れる。
「もっと殺し合おうぜえええええええ!」
「やるかぁああああああああああ!」
今度の一発は躱され、エンヴィのカウンター。
クソ素早いし、鋭い。
直撃。体中、引き裂けた。
「どうだ!」
「痛いてえ。滅茶苦茶痛い。でもこっちだって負けちゃいねえんだな!」
でもすでに俺は大剣を振っていた。
今度は左腕だ!
「痛てぇええええええええええええええええ!」
「怯んでいる暇なんてねえぞ! 次行くぜ!」
「人間の癖に!」
案外、エンヴィの自己再生が速い。
けど攻撃直後だ。両手を使えないエンヴィのほうが不利。
体中、裂けそうでもこの機を逃せない。
「うおおおおおおおおおおお!!」
攻撃!
攻撃!!
攻撃!!!
竜巻の如き大剣の連続攻撃がエンヴィを逃がさない!
「まだまだ行くぜ!」
「(殺さないと殺される!)」
エンヴィの鋭い蹴りが顎に直撃。
頭がグラグラする。脳震盪ってやつか。
「だとしても勝手に手が動く!」
「えぇ?」
大剣の身でエンヴィの顔面をぶん殴る。
顔がぐちゃぐちゃになってて哂えるぜ。
エンヴィはすでに満身創痍だった。身体中、痣まみれ、血塗れ。再生するも、だんだんとスピードが落ちてきている。
もの数分で、タフじゃねえな。
「こいつ! 馬鹿げてる!」
いよいよエンヴィもヤバいと思ったみたいだ。
全力で地面を蹴って逃げようとした。
でも俺はしっかりその足を掴んじゃった。
「離せえ!」
「離さないぜ!」
「離せえ!!」
「……わかった!」
ぐるん。ぐるん。ぐるんぐるん。振り回してぶんなげる、
――待てよ。このままこいつにエーテルを纏わせたらどうなるんだ? エーテルって光のばい、ばい、なんだっけ。まぁいいや――やってみよう。
「えーい!」
「う、うぎゃあああああああああ!!」
勢いよくエンヴィが飛んだ。地面に激突すると蹲ってゴロゴロゴロ。
悶えている。まるで火だるまになったかのように足を抑えて。
「なんだ。これは? なんだ!」
「そうか。エーテルを流し込むとこうなるのか。こりゃあいいな」
「な、何をする気だ! やめろ! もうわかった!」
「ん?」
エンヴィが這いつくばって頭を下げている。懇願している。
地面に頭をぶつけて死に物狂いに命乞いしている。
「もうしない! 人殺ししない! だから助けてくれ!」
「改心したってことか?」
「そうだ! 改心した! 人間だろ。助けてくれよ」
「そうだな。俺はエレノアほど魔物を恨んじゃいない」
「じゃあ見逃してくれるのか」
「いいぜ」
「感謝しますぅ!! 感謝しますぅ!」
バンバンと地面に頭をぶつけて土下座してやがる。なんか白けちゃったな。
と俺が徐に背を向けて帰ろうとしたとき、とんでもない殺気と風の音がした。
「やった。アホな人間風情が! 手間取らせやがって! 食ってやる! 食ってこの傷を!」
エンヴィは両手の自己治癒を終えると、両爪の渾身の一撃を俺に解き放った。
俺は気づいて向くまではいったが、遅かった。
「やった!」
もろに喰らっちまった。
血液が馬鹿みたいに噴き出した。
それがエンヴィの顔を洗った。満面の表情を。
「気持ちいいいいいいいいいえええええええええええええええええええええええええ!!」
しかしそれはエンヴィではない。
――俺だ。
「ど、どうしてだぁ……」
エンヴィは気づいていた。
俺が大剣にも身体にもエーテルを込めず、向いたのを。
満を持して天を仰ぎ、その攻撃を胸に受けたのを。
カウンターできるのにしなかったのを。
「なんだよ? それがお前の全力かよ? いいのか? もっと俺を苛めなくて? 愉しんだろ? 人間を弄ぶのが?」
「な、なに?」
「もう一度命乞いしろよ。おい、してみろ? 受けてやるからよ」
「な、なんだ、なんなんだこいつは!」
「しないのか? しないのかぁああああああああああああああ!!」
「来るな! 私に近づくなあああああああああああ!!」
エンヴィは恐怖した。裸の。攻撃されるのを待っている男に。
自分がどれほど殺そうとしても死なない不死身に。
自分がどれほど嘲笑おうと立ち上がる化け物に。
「なぜだ? 痛くないのか? なぜまだ? 死なない? 怖がらない? それどころか、なぜ、なぜ自分から切り裂けれようとする? 攻撃さえもせずに?」
――理解不能だった。
「ああああああああああああああ!!」
エンヴィは混乱して左手で俺を引き裂こうとした。
この左手が今までで一番鋭い攻撃だった。恐怖という本能が秘められた力を解放させたのだろう。
俺はそれを片手で掴むと、エーテルを注ぎ込んだ。
「うぎゃああああああああああああああああ!」
うわ、馬鹿みてえにエンヴィが溶ける。
エンヴィの左腕が溶けていく。あんなに長かった腕がまるでなくなった。
広く感じるぜ、町が。
「面白いな。ああ。面白い。再生させろよ。もう一回、今のやりてえからよ」
「は、はぁ……?」
「いいなぁ。魔物って。永遠に殺し合える」
「ふざけるな。ふざけるなぁ……あああああああああ!!」
「この痛み、たまんええええええええええええええええええ!!!」
右腕。同様。
「うっ、うっ! 私の、芸術がぁ、こんなふうにだなんて!」
「なぁ、俺はエレノアみたいに優しくねえぞ。だからたっぷり遊んでから殺してやるよ」
「ふひひぃ! ふはっは! 世紀の怪人、エンヴィが! 勇者ではなく! 勇者ではなく!! ただの人間に弄ばれる! 弄ばれながら死ぬだなんて!! ハッハッハ! ハッハッハ!!!」
それから夜の街。黒い悲鳴と青い笑いが響いたという。
民衆は確かにそれを聞いたが、悪夢だと言って知らないふりをした。
たまたま逃げ遅れていた記者が言うには魔物がもう一匹いたらしい。エンヴィよりも遥かに恐ろしい真の魔物が。
午前12時になる前にエンヴィは抜け殻になった。最後は「もういい……」と掠れた声をあげながら悶えていた。恐らく死んだのだろう。
でも一応、エーテルで滅却してやろうと触れたが、触れただけで体が崩れ、灰になった。死にまっくたら灰になる? 死にまくったっていうのが正しいかはわからねえが、そんな感じだな。
「青髪……勝ったのか?」
数分してフルールが片手を引きずりながらやってきた。
「ふるふる?だっけ」
「フルールだ! 片付けがある。去れ」
「ちょっとくらいゆっくりさせてくれよ」
「朝までに遺体を運ばなきゃいけない」
「わかったよ」
「そうだ。ちゃんと勇者に治癒して貰えよ」
「見ての通り、ピンピンだぜ?」
「ああ? ほんとうだ。しかし治癒を受けろ。呪われるぞ」
「なんだそれ。脅しかよ」
「民を……守る為だ……」
死に切った。疲れ切った下町に少ない足音が平和を知らせた。
エンヴィの灰が夜風と混ざり、ここに住む人間の心を冷やした。
歓喜など無く。安心など無く。
あったのは過去の絶望と未来への失望だった。




