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33.屈服(前)

 その一部始終をフルールは見ていた。

 勇者が光を剣に込めた後、解き放つ瞬間、エンヴィが嘘のように素早く動いたのを。

 

 「なぜだ」


 今、笑みを浮かべるエンヴィからフルールは気付いた。


 「そうか。わざと怯んだふりをしていたのか。勇者のあの無防備な必殺技を誘発するために! 策士かよ!」

 「行ってる場合じゃないでガスよ」


 エンヴィは鼻歌を歌う。


 「簡単な手品でした☆~それにまだショーは終わりませんよ~?」


 エンヴィはサーカスの団長のようにお辞儀をすると踊り狂った。

 エレノアがただ膝をついて睨みつける中で。

 なぜ殺さないのか。エレノアにとって屈辱だった。

 だとしてもエレノアはすぐに自己治癒をはじめた。

 エンヴィはなお踊っている。


 「いいお顔をしますねぇ! 勇者ちゃん! るんるぅん~♪ そのお顔、わかります! なぜ殺さないのかってことでしょ~♪ わたしがぁ、少女を殺すような残虐者に見えますかぁ~?」


 エレノアの頭に広場の血の池と屋台通りの死の嘲笑が通り過ぎた。

 途端、エレノアは怒りを抑えられなくなり治癒を辞めてエンヴィへ斬りかかった。

 エンヴィはすらり。踊るように躱す。

 すらりすらり。

 いくら攻撃しても容易く躱してしまう。


 「ああああああああ!」


 エレノアはだんだんと光を強め、力の籠った一撃を放った。

 しかしエンヴィは、


 「ふ~ん?」


 余裕に躱し、エレノアを顔から蹴り飛ばした。

 そして笑った。


 「弱い! 勇者弱いぞ! あっひゃっひゃぁ! こんなのにやられる魔物などいるのでしょうか!」


 飛ぶ最中のエレノアを追う、猛スピード。

 追いつけば、蹴る殴る。甚振る。


 「素人の剣技! 感情的な攻撃! 勇者の資格! 誇り! 弱い! 当たらなければ恐くないですわぁ! 光さえも踊って躱してしまえますぅ!!」


 るんるんとまた蹴ると、手を広げてトリプルアクセル。勇者を弾き飛ばした。

 エレノアはやられるがままだった。今の攻撃で強く頭を打ち付け、冷静になった。

 自己治癒を再開した。今度は数秒と経たず完治した。


 「調子に乗るな。汚らわしい魔物め!」


 ただエレノアは鬼のような覇気を纏っていた。ぎらつく光が刃に渦巻いていた。

 エンヴィはエレノアの変化を察知し、足を止めた。


 「なんだ?」


 エレノアのそれは、人であれ魔物であれ、見た物を突き刺すような強い光。

 眩しい以上に白く、とても耐えられない苛烈な光だった。

 一言で言えばそれが正義。彼女は怒りの白い化身。

 少なくともエンヴィはそう悟ったようだ。


 「あれ?」


 そして初めて気づいた。気付いたら自分が家の陰へ退いていたことに。怖気づいていた。本能的に。


 「(勇者? あれが勇者? そんな馬鹿な。あれはまるで)」


 無言のままエレノアは剣を天へ向けるとエンヴィのいる陰へ。剣を振り下ろした。

 細い光の刃が解き放たれた。それは大きく膨張しながらエンヴィへ走っていった。

 そう、エレノアは辺り一帯ごと、エンヴィを消し滓にするつもりだった。

 そこには衛兵の死体があった。逃げ遅れた浮浪者だっていただろう。

 だのに勇者はそれごと消し去ろうとしたのだ。

 ゆえにエンヴィはさらに恐れた。そのとき、エンヴィは初めて魔物としての使命を自覚した。


 「(あれを殺さねばならない)」


 しかしエンヴィは光波に抗えず、飲まれてしまった。

 その一帯は言葉通り、まっさらになっていた。

 フルールはガタガタしている。エレノアはすっきりしたのか、剣をしまってペチペチ自分の顔を叩いた。


 「これで終わりです」

 「ガタガタ」

 「フルールさん。終わりましたよ?」

 「終わった?」

 「はい」

 「だ、だったらさ。あの黒いのはなんだよ?」


 地面から黒く長い手が生えていた。それが地面を押して這いあがってきた。


 「危なかった」


 エンヴィだった。片足が無い。今の一撃で損傷したらしい。

 もう片方の手は萎んだ何かを掴んでいた。それを投げ捨てた。

 投げ捨てたところにあと二つそれがあった。

 

 「あれは人間だ」フルールが零した。


 にょきにょきと無くなった足が生えていく。

 エンヴィは毛伸びをしてエレノアとフルールのほうへ向いた。

 すると、

――フルールを突き刺していた。


 「は?」

 「避けたな。勇者」


 エレノアは剣を抜き、急いで光を込めながら後ろへ下がった。

 エンヴィの攻撃を躱そうとした。

 しかしエンヴィはそうしない。その代わりに、

――そこにいた赤子を抱いた浮浪者を掴んだ。


 「恐いんでね。恐いんだね。その目」

 「うがっ……」

 「虫けら。うるさい」フルールを蹴り飛ばした。

 「なんのつもりです」

 「見てわかるだろ。人質さ。この汚い爺さんを殺してほしくなかったら、剣を投げてもらおうか」

 「私が、そうするとでも?」

 「いいさ。こんな何の価値もない人間を殺して戦うならそうすればいい。ただそれでいいのならな」


 エレノアは剣を向けたまま迷っていた。

 エンヴィはその様子が面白くなってきたのか、だんだんと口角が上がっていく。

 浮浪者は「あわたわ」とよくわからない言葉を発している。

 ここにきてエレノアにとってエンヴィとは悪の化身ではなく、審判者であり哲学者に見えていた。

 エレノアは自分が勇者であるかを、勇者とは何であったかを自分に問い掛けさせざるを得なかった。


 「私は……」

 「勇者ぁ! 構うなぁ! やれぇ! そんなやつやっちまえ! 数人死んでこいつを消せるならマシだ! しょうがないことなんだ!」

 「でも同じ命です!」

 「だったら私の治癒をしろぉ! 迷う時間があるなら治せぇ!」


 「遅い♡」


 エレノアは蹴り飛ばされていた。

 さらに殴り飛ばされた。エンヴィの動きが速い。さっきの数倍速くなっている。

 エレノアはなお迷っていた。なおさらエンヴィの甚振りに逆らえなかった。

 もはや剣を投げようかどうかなど関係ない。

 しかしエレノアの目つきが変わった。


 「なんだ?」エンヴィは途端、引いた。

 「やらないのですか。痛くも痒くもありませんよ」

 「なに?」

 「言っているのです。私は勇者です。誰であれ救いを見逃しません」


 威圧感があった。

 エンヴィは萎縮した。人質を抱えているのに。自分が優位であるのに。

 本能は強く、逃げろと諭す。

 エンヴィはそこで抗った。本能を論破した。


 「……じゃあ剣を投げなよ」


 自分が優位である。手の内で怯える老人、抱えられた赤子。

 勇者が勇者であることを信じた。


 「わかり……ました……」


 エレノアは剣を投げた。

 エンヴィは宙にあるそれを蹴り飛ばした

 してすぐ、エレノアへ殴りかかった。


 「あっひゃっひゃっひゃ!!」


 エレノアはされるがままだった。

 けれど彼女はそのことを誇りに思っていた。

 エンヴィはなおも殴った。

 血塗れになっても殴った。

 このまま殺せばスッキリするかとニヤリとした。

 違う。エンヴィは気づいた。


 「殺すよりも屈服させるほうが気持ちいいいいいいいいいい!!!」


 エンヴィはエレノアの服を裂いた。なおも殴った。

 殴った。

 殴った。

 殴った。

 蹴った。

 殴った。

 勇者の血を浴びた。

 殴った。

 殴った。

 青くなった少女を哂った。

 殴った。

 蹴った。

 己の恐怖を噛みしめた。

 殴った。

 蹴った。

 殴った。

――殴り飛ばされた。


 勢いよく飛んだ。

 自分が人間にしたかのように飛ばされた。

 家の壁を十枚ほど破って倒れ改めて気付いた。自分が殴り飛ばされたことに。

 家の中、老夫婦が自分を見上げて震えている。それすらどうでもいい。

 ぶち抜いた穴の向こうにいる何かを確認した。


 「だ、だれだ?」


 右手をこちらに向けた青い髪の男がいる。左手には大剣を抱えている。


 「勇者の従者だ」


 つまらない人間がこれほどに自分を飛ばした。

 口から血を吐いた。ありえない。

 エンヴィは勇者よりも恐ろしい何かをそこに見つけてしまった。


――ということでターンチェンジ。

 エレノアがまぁ酷い顔、酷い恰好で屈んでいる。

 そこに荒くれ者、道場のやつらがやってきてブルドクを下ろしてくれた。


 「なんですか。この人は」

 「なんだって? 治してくれよ。そいつを。瀕死だから自分よりも先に。ああ、そうだ。おい、そこの門下生。そうそうお前、服脱げ! エレノアに着せてやれ! 裸が見たい? 趣味悪いぜ? まぁ断るならお前を倒して奪うが。いいから、早く脱げって」

 「いらないですよ。いや、やっぱり貰っておきます」

 「頼んだぜ」

 「いいですけど。またこういう感じですか」

 「あと。アイツの爪にぶら下がっていたやつら、そこに下ろしておいたから好きにしろよ。こんなやつらのために命張るとか気が狂ってるぜ。赤ちゃんは可愛いけどな。可愛いだけだろ」

 「何を言っているのですか。カルロスだってだから来たんじゃないのですか」

 「知らねえよ。俺はただ、リベンジしに来ただけだ。この前やられたのが忘れられない。あと、どうでもいいが、あいつらをあんなにしたからな」

 「あいつら?」


 エンヴィがこっちまで歩いてきた。


 「話は終わったか。人間」

 「そっちから来てくれたのか。ありがてえ」

 「リベンジと言ったか。覚えてないな」

 「そうか。死んでから思い出してとけよ」

 「ん? その言葉、どこかで聞いたような? いや、忘れた」


――カルロスが大剣を握りしめる。構えるっていうほど構えていない。この男は剣技など全く知らないからだ。ただしエーテルを知っている。カルロスは全身をエーテルで纏っていた。

 一方でエンヴィはいくらか戦闘経験と本能があった。だから間抜けな構えを前にして自分は本当にこんなやつにぶっ飛ばされたのかを疑った。

 しかしいくら目を凝らしてもエーテルは目に見えない。

 ゆえにエンヴィは、

――すでに蹴られていた。


 「(痛いし、速い)」

 「じゃあもう一発」


 この前とは違って。ちゃんと感触があるな。

 てかそもそもこの前と全然格好が違うじゃねえか。

 まぁいいか。


 右から左へ蹴って蹴る。

 明らかにこいつ、怯んでいるな。効いてる効いてる。

 だったら今度は大剣で思いきり叩きつける!

 がたん。かちん。


 「あれ?」

 「(速い。けど全然痛くない)痛くない!」


 ぐはっ!っと腹蹴りされた。

 この前みたいに思いのほか飛ばないのは修行の成果。

 みっちり、体中にエーテル纏っちゃってるもんね。

 でも大剣はまだまだか。難しいな。こんなでかいもんにエーテル被覆させるの。体に張っているエーテルが無くなっちまう。

 あと間合いもか。


 「どうした人間? 遠いが」

 「間合いだな。エンヴィの手と足の長さとスピードを警戒して距離を取っている」フルールが割り込んできた。

 「もう治ったのかよ」

 「距離を詰めればいいのに」エレノアが文句を言う。

 「臆病なんだろ」


 なんか外野がむかつくな。


 「ああ! だったらそうしてやるよ!」

 「そうはさせないね!」


 エンヴィが爪を吹っ掛けてきた。

 その長い腕からの遠心力が乗った引き裂き攻撃は、エーテルを纏っていても受けられない。

 だから大剣で受けてみたものの、鉄でさえ削っちまう威力だ。

 振動が小刻みに伝わってきてくすぐったい。気持ち悪いぜ。

 というところでエンヴィがまた腹蹴りしてきた。そっちはあんまり痛くない。

 が、大剣のせいで視界が悪くなってわからなかった。だからあたった。


 「さっきまでの勢いはどうした?」

 「準備体操の時間がいるんだよ」

 「時間稼ぎか?」

 「なわけねえだろ」


 なんで大剣なんか武器にしようと思っちゃったんだろうな。

 捨てちゃった方が楽だな。


 「まぁハンデってことで」

 「つまらん。死ね!」


 エンヴィの姿が消えた。俺以外のやつを狙ったのかと見回したが、安心した。

 エンヴィは蝙蝠みたいに屋根にぶら下がって、両手を広げていやがった。

 俺を包むように手を動かして、俺を裂くつもりだ。

 

 「でもそれって!」


 至近距離。大剣にエーテルを被覆する。

 そのまま上へ突き上げる。エンヴィは手の盾が無いから無防備。

 よってエンヴィは――首を捻って躱した。


 「え?」

 「つまらん!」


 俺はチーズみたいに引き裂かれました。

 パンに塗って食べてください。

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